あやかし温泉街、秋国

桜乱捕り

文字の大きさ
上 下
315 / 379

85話-6、夢の中に出てきた名前

しおりを挟む
 持ち上げられやすいように、猫又と化した花梨が両前足を挙げると。
 待ち侘びていたゴーニャが、花梨の体をやんわりと抱き上げ。右手を脇の下に入れ、左手を尻の下から背中まで回し、安定した体位を取らせた。

「ちゃんと服を着ちゃってるから、モフモフ感が味わえないけど。思ってたよりずっと軽くて、体全体が温かいわっ」

「ゴーニャの体も、すごく温かいよ。それにこの体勢、すごく落ち着くや」

「よかったっ。抱っこの仕方は、これで合ってたみたいね」

 生涯で初めて抱っこされた花梨は、妹に包まれてリラックスし出し。表情をぽやっとさせ、耳を外側に向け、垂れた二本の尻尾を大きく揺らし始めた。

「それになんだか、バラの香りがするなぁ。シャンプーの匂いかな?」

 猫又の姿になり、嗅覚が鋭くなったせいか。ゴーニャの金色の長髪が、外から流れてくる風でたなびく度に、柔らかなバラの匂いを発して鼻をくすぐっていく。

「ゴーニャ、ゴーニャ。後で私にも花梨を抱っこさせて」

 後でとは言わず、今すぐにでも抱っこをしたさそうにしている纏《まとい》が、ジト目をキラキラと輝かせ、鼻をふんふんと興奮気味に鳴らす。

「いいわよっ。それじゃあ花梨っ、日向ぼっこをしてみる?」

「そうだね、してみよっか」

「ニャら、わっちもしようかニャ」

 日向ぼっこをする前から、糸目をしぱしぱさせ始めた莱鈴らいりんが、口をクワッと大きく開け、あくびをする。

「莱鈴、抱っこしてもいい?」

「香箱座りで寝たいから、丁重に断るニャ」

「むう、残念」

 ゴーニャ達の背中を追う莱鈴に、素っ気なく断られると、不服そうにしている纏の眉間に浅いシワが寄り、口を軽く尖らせた。
 その短いやり取りをよそに、ゴーニャ達は陽の光で暖められた縁側に着き。足を伸ばして座ったゴーニャが、花梨の体だけ太ももの上に乗せ、脇に手を通したまま一息ついた。

「花梨っ。その体勢で大丈夫かしらっ?」

「うん、すごく楽だよ」

「そうっ、よかったっ」

 いつもより大きく見えるゴーニャの顔がほくそ笑むと、花梨も微笑み返し、太陽が頂点へ向かっている青空を仰いだ。
 現在の時刻は、十一時前ともあり。燦々さんさんと降り注ぐ秋の陽光は、強いながらも心地よく。店内に居てほどよく冷えた花梨達の体を、外側からじんわりと温めていった。

「うわぁ~……、なにこれ? 信じられないぐらいに気持ちいい~……」

「そんなに?」

 ゴーニャのすぐ隣に座った纏が、瞬時にとろけた表情になり、夢心地の世界へ旅立った花梨の言葉に反応する。

「……もう、さいっこうですよぉ。纏姉さんも、後日試してみたらどうですかぁ~?」

「やってみたいけど黒猫になりそう」

「わっちは分からんが。黒い毛ニャみは陽光を効率良く吸収するから、至福の気持ち良さらしいニャよ」

「そうなんだ。じゃあやる」

「ニャら、あの首輪はお前さんらにやるニャ。取り扱いに注意して、予定がニャい日にでも使うニャよ」

 突拍子もない莱鈴の提案に、纏のジト目が僅かに開き、空へ仰ぎ直した顔を莱鈴へ戻す。

「いいの?」

「元々、廃棄しようとしてた首輪だからニャ。タダでくれてやるニャ」

「そう、分かった。ありがとう」

「あれ、花梨っ? かりーんっ」

 纏と莱鈴の会話に一区切りがつくや否や。右隣から、ゴーニャの不思議そうにしている声が聞こえてきたせいで、纏は目をきょとんとさせ、ゴーニャ達が居る方へ顔を移した。

「ゴーニャ、どうしたの?」

「ふふっ、花梨が寝ちゃったのっ」

 声を細くして、何度も花梨を呼んだ理由を明かしたゴーニャが、大人びた苦笑いを浮かべた顔を下げる。
 その横顔を追い、纏も花梨へ視線を向けてみると、花梨は早々に陽光の暖かさに負けていたらしく。ゴーニャに抱えられたまま、静かに寝息を立てていた。

「気持ち良さそうに寝てる」

「ねっ。今度、私も猫又なって日向ぼっこをしてみようかしらっ?」

「ゴーニャの毛並みは、どんな色になるんだろうね」

「花梨はオレンジ色の毛並みになったから、私も髪の毛と同じ金色になるかもねっ」

 寝ている花梨の邪魔にならぬよう、ひそひそと会話に花を咲かせ、互いにどんな毛並みになるのか予想しつつ、己の猫又姿を頭に思い描いていく二人。
 そして、しばらく会話を続けていく内に、ゴーニャと纏もうつらうつらとし出し、四人揃って眠りの世界へ落ちていった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 一足早く眠り就いた花梨は、『座敷童子堂』や『建物建築・修繕鬼ヶ島』、茨木童子の酒天《しゅてん》と人魚の里へ行く道中でも見た、夢の続きを見ていた。
 視界は明るい闇に包まれていて、一向に晴れないでいる中。闇の果てから、二人の反響する声が近付いてきた。

「よし、六日目も決まり! それで最終日は、みんなで一緒に『牛鬼牧場』に行って、またピクニック大会をやらない?」

「おっ、いいなぁ! 秋国が本格的に始動したら、出来る機会が減るだろうから、やるなら盛大にやろうぜ!」

「もちろん! 準備をしないといけないから、午後からやるとして。あっ、そうそう。たぶん、バーベキューも並行してやるでしょ? そうしたらさ、大食い対決もやらない?」

「大食い対決か。そろそろいい加減、ぬえさんに負けそうな気がするんだよな」

「だよねぇ。前回のケーキ大食い対決は、ほとんど僅差だったもんね。やる前に体を動かして、うんとお腹をすかせておかないと」

「だな。……ああ、もう十二時前か。そろそろ寝ようぜ」

「そうだね。っと、扉の鍵を閉めたか確認してこないとっと」

「おいおい。帰って来た時、鍵が開いてたんだろ? 物騒だから忘れんじゃねえぞ?」

「うーん……、確かに閉めたはずなんだけどね。おかしいなぁ」

 不思議そうに女性がボヤくと、一つの軽い足音が遠ざかっていく。その間に、男性が「一応、窓も見とくか」と呟き、重そうな足音が鳴り出した。

「うっし、ちゃんと閉まってる。しっかし、雪が全然止まねえな」

 憂鬱そうな男性の声に、『シャッ』という短い音が後を追う。数秒すると、女性が部屋に戻ってきたのか。
 再び足音が聞こえてきて、一旦止まり。『パタン』という音を挟み、明るい闇が突然黒みを帯びていった。

「扉の鍵、しっかり掛かってたよー」

「おお、あんがとよ。おっと、石油ストーブも消しとかねえとな」

「窓は確認した?」

「したした。ちゃんと閉まってたぜ」

「そう。ありがとう」

 入念に戸締りした事を確認すると、『ガサゴソ』と両隣から音が鳴り、数秒すると収まっていった。

「うっはー、冷たーい。んじゃ、お父さん。おやすみ」

「おう、おやすみ。“紅葉もみじ”」

 お父さんと呼ばれた男性が、女性を紅葉もみじと呼び返し、闇の中に耳鳴りが混じりな静寂が訪れ。
 何も無くなった世界に、二つの寝息だけが聞こえ出し。やがてその寝息も、闇の彼方へと遠のいていった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「……う~ん。あれ?」

 闇が横に裂け、ようやく色付いた景色が拝めたかと思いきや。花梨の視界に映ったのは、猫又と化した己の前足が二本。
 その先にある、狐の大きな尻尾に、巫女服を着たゴーニャの両足。そして真正面には、夕日色に染まった深い紅葉の森。
 全ての景色を認め、寝ぼけていた脳の処理が追いついてきた頃。そこで花梨は、初めて自分が寝落ちしていた事を理解した。

「……寝ちゃってたんだ、私。また夢の続きを見てたようだけど、今回は全部ハッキリ覚えてるや」

 忘れないようにと思い返すは、夢の中に出てきた紅葉という名の女性と、お父さんと呼ばれた男性の、聞き覚えがあり過ぎる会話ややり取り。
 『牛鬼牧場』でピクニック大会を開く事や、男性の口から出てきたぬえという名前。扉と窓の戸締りや、石油ストーブを止めた事まで。

 鮮明に覚えていた夢を、最初から最後まで記憶に刻み付けると、なんだかモミジっていう名前、とても懐かしい響きがするなぁ。と思いにふけ、夕焼け空を仰ぐ。
 更に、それに、どこか他人には思えない感じがするし。名前を聞いた時、心の底からホッとする暖かい安心感があった。と視線の先にある景色に黄昏、ピンク色の鼻からため息をついた。
 秋の風にたなびくヒゲや、猫耳が垂れていくと、鵺さんって、きっと私も知ってる鵺さんだよなぁ。今度会った時、モミジという人を知ってるか、聞いてみようかな。と心に決め、猫特有の大きなあくびをクワッとついた。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

孤独な少年の心を癒した神社のあやかし達

フェア
キャラ文芸
小学校でいじめに遭って不登校になったショウが、中学入学後に両親が交通事故に遭ったことをきっかけに山奥の神社に預けられる。心優しい神主のタカヒロと奇妙奇天烈な妖怪達との交流で少しずつ心の傷を癒やしていく、ハートフルな物語。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

処理中です...