あやかし温泉街、秋国

桜乱捕り

文字の大きさ
上 下
313 / 384

85話-4、お前さん、日向ぼっこは好きかニャ?

しおりを挟む
「全員集まったニャ。ではでは。先にも言ったように、わっちが取り扱う骨董品は、主に趣味で集めた物。詰めて言うと、様々ニャ効果をもたらす呪いが掛かった、曰く付きの逸品ニャ」

「呪い……?」

「そう。例えばー」

 物騒な出だしで語り始めた莱鈴らいりんが、ちょうど背後にあった大きめの桐箱を引っ張り出し、床に置いて箱を開ける。
 その中には、白薄紙で包まれた何かが入っており。丁寧に捲っていくと、青藍せいらん色をした壺が姿を現した。

「この壺は特定の条件を満たすと、水が際限ニャく湧き出してくるんだニャ。ニャので、陸地に住む濡れおんニャや河童、水を必要とする妖怪達に需要があるニャ」

「へぇ~。見た目は、ただの壺にしか見えないや」

「特定の条件って、なんなのかしらっ?」

「陽の光を浴びてニャいつゆ、それが付着した新芽。または、それらが凍った物を入れればいいニャ」

 説明が終わると、僅かな出番が終わった壺を、桐箱の中に戻していく莱鈴。

「水を止めるにはどうするの?」

「壺をひっくり返して、ニャかの水を全部出せばいいニャ。条件はちと面倒くさいが、とても扱いやすい代物だニャ」

 纏の質問に答えた莱鈴が、隣にある小さめの桐箱を取り出し、蓋に薄っすらと溜まったホコリを前足で払う。

「比較的安全だし、なんだか魔法の道具みたいですね」

「見方を変えると、そうとも取れるニャ。次はっと」

 花梨の感想を肯定すると、莱鈴は桐箱の蓋を開け。中から艶やかな光沢を走らせた、小紫色のとかし櫛を持ち上げる。

「このとかし櫛は、とかした箇所の髪が数ミリ伸びるニャ。ただし、とかす度に、寿命が数分ずつ櫛に吸い取られるニャ」

「おっ。寿命を吸い取られるのが、いかにも曰く付きっぽい。けど数分だけなら、リスクは少ないかも?」

「自分で髪の毛を切って、失敗した時に使いたい」

「良い例の使い方だニャ。しかも不死が使うと、ノーリスクで髪を伸ばせるニャ」

 光に当てると、虹色の煌めきを放つとかし櫛を顔横まで持ってきた莱鈴が、その櫛をユラユラと揺らす。

「ちなみに、この櫛。いくらだと思うニャ?」

「いくら? う~ん……」

「まったくわからないわっ」

「曰く付きだし、安いかも」

 曰く付きに足を引っ張れ、値段の想像がまったく付かず、目を細めてとかし櫛を凝視する姉妹達。一般的な櫛であれば、安くて数百円。が、とかし櫛になると数千円に膨れ上がるものの。
 相場を知らない三人は、ただ唸り声を出す事しか出来ず、皆してとかし櫛に顔を寄せていった。

「いくらだろう? 二万円ぐらいかな?」

「それじゃあ、私は七千円っ」

「五百円」

 当てずっぽうながらも、値段の幅を利かせてきた三人の答えに、莱鈴「チッチッチッ」と舌を鳴らし、とかし櫛を桐箱にしまう。

「こういった曰く付きの物は、末端価格の変動が激しいんだニャ。現在は~、そうだニャ。百万円前後といった所かニャ」

「ひゃ、百万円っ!?」

「百万円って、一万円札が百枚ってことよね? すごく高いわっ」

「莱鈴。さっきの壺はいくら?」

 花梨が理想的な驚きをし、ゴーニャがぽやっと計算している中。新たな桐箱に手を掛けている莱鈴に、纏が好奇心の強い質問を投げかける。

「あー、おおよそ一千万ぐらいかニャ?」

「とんでもなく高い」

「作りたくとも作れニャいから、需要と供給がまったく釣り合わニャいんだニャ。更に安全性も高く、条件が緩くニャってくると、あっという間に億を超えるニャ」

「お、億……? はぇ~……」

 曰く付きの脅威よりも、目に見える莫大な値段のせいで思考が止まった花梨の肩が、なで肩になる勢いで下がっていく。
 そんな花梨をよそに、莱鈴はとかし櫛が入っていた物と、同程度の大きさをした桐箱を持ち、蓋を開けた。

「次は~……。っと、これはいかんニャ」

 中身を確認した矢先。莱鈴は蓋をパタンと閉じ、流れるように桐箱を棚へ戻した。

「莱鈴さん。今の桐箱には、何が入ってるんですか?」

「曰く付きでもニャんでもニャい、ただの腕輪だニャ」

 素っ気なく、これ以上の詮索を許さない莱鈴の返しに、花梨達は互いに顔を合わせ、首をかしげる。
 先の桐箱には、かつて雪女の雹華ひょうかが莱鈴に無理をしてお願いした、雪女に変化へんげ出来る予備のブレスレットが入っており。
 それを見られると、後々ばつが悪いと危機感を抱いた莱鈴は、早急に話題を変えるべく。天狗に変化出来る兜巾ときんが入った桐箱も飛ばし、更に隣の桐箱を選択した。

「こいつは~……。ああ、これかニャ。廃棄するのをすっかり……、ん? 待てニャ?」

 一旦は、小言でボソボソと呟いていた莱鈴であったが。何か悪巧みでも思い付いたのか。
 桐箱を凝視したまま、かえでは、妖狐神社で働くという名目で。雹華は、己の欲に赴くむままに。クロは、皆に感化されて、花梨を同種族の姿へ変えたニャ。
 ニャら、わっちも一回ぐらい花梨の姿を変えたとしても、バチは当たらんだろうニャ。と、欲が生まれてしまい。
 モフモフの口角をいやらしく吊り上げた後、営業スマイルにすり替えた顔を、花梨達へ向けた。

「そういえば、花梨。お前さん、妖怪に変化出来る道具を、沢山持ってるらしいじゃニャいか」

「妖怪に変化出来る道具、ですか? はい、持ってます」

「ちニャみに、どんニャ道具を持ってるんだニャ?」

 花梨の持っている道具は、事前に全て把握しているのにも関わらず、莱鈴は軽く耳に聞いた程度のていで質問を続ける。
 その質問に対し、花梨「え~っと」と言いながら視線を右上へ持っていき、指を折り始めた。

「妖狐になれる、葉っぱの髪飾り。茨木童子になれるお酒。座敷童子になれる首飾り。天狗になれる兜巾ときん。雪女になれるブレスレット。これぐらいですね」

「ふむふむ。改めて聞くと、すごい数だニャ。時に、花梨よ。お前さん、日向ぼっこは好きかニャ?」

「はい、好きです。暖かい陽の光をボーッとしながら浴びてると、すごく気持ちよく眠れるんですよね~」

 唐突に始まった話題ながらも、花梨は思った事をそのまま答え。纏も「いいよね、日向ぼっこ」と話に加わる。

「縁側で熱いお茶をすすって、空を見ながら黄昏れるのが好き」

「私もっ。花梨にギュッとされながらすると、お布団よりも暖かくて心地がいいのよねっ」

「分かる。けど、一つだけ欠点がある。本当に心地がいいから、すぐ寝落ちしちゃう」

「ねっ。どんなに眠くなくても、一分もしたらウトウトしてきちゃうわっ」

 互いに、数え切れないほど経験してきた事もあってか。些細な不満を明かし合う二人に、花梨は「あっははは」と苦笑いをした。

「けど、莱鈴さん。どうして急に、日向ぼっこの話なんかを?」

「ちょいと、日向ぼっこが格段に気持ちよくニャる物を見つけてニャ」

「へぇ~、そんな物が。どんな物なんですか?」

「それはだニャ~、これニャ」

 日向ぼっこの話題に持ち込んだ理由を明かすと、莱鈴は四角い桐箱の蓋を開け直し、中に入っていた物を『チリン』と音を立たせながら持ち上げた。
 その掲げた右前足には、小さな鈴が付いたカーキ色の首輪があり。皆の注目を集めると、花梨の元へずいっと寄せていく。

「レザーの首輪だ。まさか、これを身に付けると、日向ぼっこが更に快適になると?」

「そうだニャー。フリーサイズだし、お前さんでもニャんなく身に付けられるニャ」

 早く付けろと遠回しに感じる莱鈴の催促に、花梨は確信すら持てる嫌な予感を抱いてしまい、口元を引きつらせていった。
 既に花梨は、妖怪から貰った物を身に付けるイコール、その妖怪と同じ姿になると学んでいて。今回も、予想せずとも当たってしまうだろうと半ば諦めつつも、話を続ける。

「あのー……、莱鈴さん? これを身に付けると、私は一体、どんな姿になってしまうんですかねぇ?」

「ニャんだ、やはり察しはついてたかニャ。それは、身に付けてからのお楽しみだニャー」

 やはり当たってしまった嫌な予感に、花梨は莱鈴に合わせていた視線を首輪に持っていき、嫌そうに細めて莱鈴に戻す。

「……身に付けないという、選択肢は?」

ニャいニャ」

「あっ、やっぱり……?」

 キッパリと即答されてしまい、元から無かった逃げ場を完全に失うと、花梨は急激に重くなった手で首輪を受け取り、短いため息をついた。

「……なんだか久々だなぁ、この感じ。せめて、小さな姿にはなりませんようにっと」

 最早、変化へんげする姿まで分かり切っている様子の花梨は、おぼつかない手で留め具を外し、首に当てる。
 そのまま、ある程度のゆとりを持たせて首輪を身に付けた途端、『ポンッ』という軽い音が鳴り、全員の視界から花梨が消え失せてしまった。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな

ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】 少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。 次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。 姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。 笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。 なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中

真夜中の仕出し屋さん~料理上手な狛犬様と暮らすことになりました~

椿蛍
キャラ文芸
「結婚するか、化け物屋敷を管理するか」 仕事を辞めた私に、父は二つの選択肢を迫った。 料亭『吉浪』に働いて六年。 挫折し、料理を作れなくなってしまった―― 結婚を断り、私が選んだのは、化け物屋敷と父が呼ぶ、亡くなった祖父の家へ行くことだった。 祖父が亡くなって、店は閉まっているはずだったけれど、なぜか店は開いていて―― 初出:2024.5.10~ ※他サイト様に投稿したものを大幅改稿しております。

晴明さんちの不憫な大家

烏丸紫明@『晴明さんちの不憫な大家』発売
キャラ文芸
最愛の祖父を亡くした、主人公――吉祥(きちじょう)真備(まきび)。 天蓋孤独の身となってしまった彼は『一坪の土地』という奇妙な遺産を託される。 祖父の真意を知るため、『一坪の土地』がある岡山県へと足を運んだ彼を待っていた『モノ』とは。   神さま・あやかしたちと、不憫な青年が織りなす、心温まるあやかし譚――。    

おっ☆パラ

うらたきよひこ
キャラ文芸
こんなハーレム展開あり? これがおっさんパラダイスか!? 新米サラリーマンの佐藤一真がなぜかおじさんたちにモテまくる。大学教授やガテン系現場監督、エリートコンサル、老舗料理長、はたまた流浪のバーテンダーまで、個性派ぞろい。どこがそんなに“おじさん心”をくすぐるのか? その天賦の“モテ力”をご覧あれ!

―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟、その異世界を巡る叙事詩――《第一部完結》

EPIC
SF
日本国の混成1個中隊、そして超常的存在。異世界へ―― とある別の歴史を歩んだ世界。 その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。 第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる―― 日本国陸隊の有事官、――〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟。 歪で醜く禍々しい容姿と、常識外れの身体能力、そしてスタンスを持つ、隊員として非常に異質な存在である彼。 そんな隊員である制刻は、陸隊の行う大規模な演習に参加中であったが、その最中に取った一時的な休眠の途中で、不可解な空間へと導かれる。そして、そこで会った作業服と白衣姿の謎の人物からこう告げられた。 「異なる世界から我々の世界に、殴り込みを掛けようとしている奴らがいる。先手を打ちその世界に踏み込み、この企みを潰せ」――と。 そして再び目を覚ました時、制刻は――そして制刻の所属する普通科小隊を始めとする、各職種混成の約一個中隊は。剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する未知の世界へと降り立っていた――。 制刻を始めとする異質な隊員等。 そして問題部隊、〝第54普通科連隊〟を始めとする各部隊。 元居た世界の常識が通用しないその異世界を、それを越える常識外れな存在が、掻き乱し始める。 〇案内と注意 1) このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。 2) 部隊規模(始めは中隊規模)での転移物となります。 3) チャプター3くらいまでは単一事件をいくつか描き、チャプター4くらいから単一事件を混ぜつつ、一つの大筋にだんだん乗っていく流れになっています。 4) 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。ぶっ飛んでます。かなりなんでも有りです。 5) 小説家になろう、カクヨムにてすでに投稿済のものになりますが、そちらより一話当たり分量を多くして話数を減らす整理のし直しを行っています。

狼神様と生贄の唄巫女 虐げられた盲目の少女は、獣の神に愛される

茶柱まちこ
キャラ文芸
 雪深い農村で育った少女・すずは、赤子のころにかけられた呪いによって盲目となり、姉や村人たちに虐いたげられる日々を送っていた。  ある日、すずは村人たちに騙されて生贄にされ、雪山の神社に閉じ込められてしまう。失意の中、絶命寸前の彼女を救ったのは、狼と人間を掛け合わせたような姿の男──村人たちが崇める守護神・大神だった。  呪いを解く代わりに大神のもとで働くことになったすずは、大神やあやかしたちの優しさに触れ、幸せを知っていく──。  神様と盲目少女が紡ぐ、和風恋愛幻想譚。 (旧題:『大神様のお気に入り』)

【完結】イケメンイスラエル大使館員と古代ユダヤの「アーク探し」の5日間の某国特殊部隊相手の大激戦!なっちゃん恋愛小説シリーズ第1弾!』

あらお☆ひろ
キャラ文芸
「なつ&陽菜コンビ」にニコニコ商店街・ニコニコプロレスのメンバーが再集結の第1弾! もちろん、「なっちゃん」の恋愛小説シリーズ第1弾でもあります! ニコニコ商店街・ニコニコポロレスのメンバーが再集結。 稀世・三郎夫婦に3歳になったひまわりに直とまりあ。 もちろん夏子&陽菜のコンビも健在。 今作の主人公は「夏子」? 淡路島イザナギ神社で知り合ったイケメン大使館員の「MK」も加わり10人の旅が始まる。 ホテルの庭で偶然拾った二つの「古代ユダヤ支族の紋章の入った指輪」をきっかけに、古来ユダヤの巫女と化した夏子は「部屋荒らし」、「ひったくり」そして「追跡」と謎の外人に追われる! 古代ユダヤの支族が日本に持ち込んだとされる「ソロモンの秘宝」と「アーク(聖櫃)」に入れられた「三種の神器」の隠し場所を夏子のお告げと客観的歴史事実を基に淡路、徳島、京都、長野、能登、伊勢とアークの追跡が始まる。 もちろん最後はお決まりの「ドンパチ」の格闘戦! アークと夏子とMKの恋の行方をお時間のある人はゆるーく一緒に見守ってあげてください! では、よろひこー (⋈◍>◡<◍)。✧♡!

処理中です...