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85話-1、こっそりと企む秋風家の長女
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秋風家に新たな家族が増え、三日間が過ぎた、朝九時前。今日は休日なのに対し、花梨の部屋に目覚ましのけたたましいアラーム音が鳴り響く。
しかし、三姉妹となった花梨、ゴーニャ、纏の耳には届いていないのか。起きる気配をまったく見せず、目を開ける者は誰一人として居ない。
その傍らで、部屋に朝食を持ってきていた女天狗のクロは、アラーム音を聞きながらほくそ笑み、朝食をテーブルに置いた。
「仕事の日はちゃんと起きるようになったのに、休日だとてんで駄目だな」
休日はしっかりとダラける三人の顔を拝み、携帯電話から発せられているアラーム音を止め。ベッドの横に立ったクロは、花梨の体を軽く揺すった。
「ほら、起きろ。今日はどっか行くんだろ?」
「ブラックホールって、タコの吸盤みたいに吸い付いてくるなぁ……」
「こいつ……、とうとうブラックホールまで食いだしたか」
無差別級の食物連鎖表があれば、他を寄せつけず、圧倒的優位に立つブラックホールまでも食す花梨に、クロの顔が引きつっていく。
「あんな物、味なんてしないだろうに。……いや、するか? まあいいや。ほれ、さっさと起きろ」
「ゴーニャ、纏姉さん、あっちに星雲のわたあめが……、ふぇっ?」
再び体を揺すると、今回は眠りが浅かったようで。すぐに花梨の瞼が薄く開き、虚ろな寝ぼけ眼をクロへ合わせた。
「あっ、おかーひゃん。おはよーございまふ」
「おはよう。毎回とんでもない夢を見るな、お前は」
体をグイッと伸ばした花梨が、あくびをしながら上体を起こすと、「へっ?」と腑抜けた反応を返す。
「私、また何か言ってました?」
「ああ。ブラックホールの吸い付きが、タコの吸盤みたいだとか言ってたぞ」
「ぶ、ブラックホール? ……何食べてんの? 私」
「こっちが聞きたいわ」
呆れ気味にツッコミを入れたクロが、クルリと回って花梨に漆黒の翼を見せつけ、扉へ向かって歩き出していく。
「朝食はテーブルに置いといたから、みんなでゆっくり食えよ」
「あっ、すみません! ありがとうございます!」
休日にも関わらず。前日に起きる時間を聞いてきて、朝食を準備してくれたクロの背中を見送ると、花梨は未だに寝ている妹達を起こし、ベッドから抜け出していく。
全員揃って歯を磨き、顔を洗い終え。会話を交えながら部屋へ戻り、朝食が並んでいるテーブルに注目した。
「わっ、すごい豪勢だ!」
テーブルの上を埋め尽くしていたのは、中央にどんど構えている、酢飯が山盛りに入った大型のおひつ。
その周りに連なり、細長く切られた厚焼き玉子に、きゅうり、サーモンやマグロ、エビといった刺身もあれば、醤油漬けされたイクラもあり。
既にかき混ぜられた大量の納豆、ツナマヨ、梅肉、キムチ、牛肉のしぐれ煮。その他、もろもろの具材達。それらを巻くであろう焼き海苔や、備え付けのワサビと醤油瓶も置かれていた。
「間違いなく手巻き寿司だけど、具材の種類が豊富だなぁ」
「どうしよう、目移りしちゃうわっ」
「朝から気合いが入ってる」
堂々と鎮座している具材群を認めつつ、テーブルの前に座ると、左右にゴーニャと纏がちょこんと座る。
「肉、魚、野菜。確かに、どれを巻くか悩んじゃうや」
「玉子は絶対巻くとして、あとはどれにしようかしら」
「私は刺身から攻める」
「サーモンやマグロがあるし、私もそれらから食べようかな~。それじゃあ、いただきまーす!」
花梨が朝食の号令を高らかに唱えると、ゴーニャと纏も後を追い、気分が高まる朝食が始まった。
各々自由に具材を選んでいる中。花梨は焼き海苔を左手に添え、酢飯を丁寧に敷いていき。まずはサーモンだけを乗せ、手際よく巻いていく。
綺麗に巻き終えると、醤油を数滴垂らし、大口を開けて、パリッと爽快な音を立たせながら齧った。
香ばしい焼き海苔の豊かな風味が先行し。次に尖った酸っぱさはなく、甘さが際立つ酢飯の味を感じ取り。
食欲を増進させる、醤油の香ばしい匂いが鼻の中を通っていき。ようやく顔を出すは、サーモンの柔らかな食感。
噛めば噛むほど、甘さを含んだ脂が溢れ出してきては、全ての風味と絶妙に絡み合い、やがて塗り替えていく。
最終的にサーモンの味が勝つも、満足度の高い一口目を満遍なく味わった花梨は、笑顔でゴクンと飲み込んだ。
「あっはぁ~……。このサーモン、脂が多いし、甘さが濃くて最高~。んまいっ!」
「玉子と醤油って、なんでこんなに合うのかしら~。おいひい~っ」
「このマグロ、赤身だけど生臭さがまったく無い」
「本当っ? 私も食べてみよっと」
初めて寿司を食べた時、ワサビ入りのマグロを口にしてしまい、それ以来マグロは避けていたものの。今回はそれらが分かれていることもあり、ゴーニャは一切れのマグロを箸で摘み、口の中へと入れた。
「う~ん、纏の言う通りだわっ。醤油を付けなくても、すごくおいひいっ」
「でしょ。イクラもプチプチしてて美味しいよ」
「そういえば、イクラって食べた事ないわね。けど、なんだか宝石みたいにキラキラ光ってるし、食べるのがもったいないわっ」
ほのぼのとする妹達のやり取りに、梅肉ときゅうりをチョイスし、梅肉の強烈な酸っぱさで口をすぼめていた花梨が、思わずほくそ笑む。
そのまま花梨は、納豆やキムチ。ツナマヨとエビ。刺身を全種類巻き込んだ海鮮手巻き寿司を楽しみ、全ての具材を網羅して食べ進めていく。
そして、朝食が始まってから二十分後。テーブルに並んでいた食材を完食すると、三人は床に両手を突き、天井を仰いで至福の余韻に浸り出した。
「……ふうっ。なんだろう、だんだん温泉に入りたくなってきたや」
「分かる。なんか気持ち的に、温泉から出て夕ご飯を食べて、また温泉に入りたい気分になってる」
「きっと、旅行をするとこんな気分になるのねっ」
温泉旅館『永秋』に居る事も相まってか。本格的な旅気分に酔いしれ始めた三人は、二度目の温泉に浸かり、星空を眺めている場面を想像し出していく。
天然のプラネタリウムが開演し、天の川を渡る流れ星を目で追っていると、早々に温泉から上がったゴーニャが、「そういえば」と口にした。
「花梨っ、今日はどこに行くのかしらっ?」
「ああ~、きんもちいい……。おっと、そろそろ言わないとね。今日は『骨董店招き猫』に行く予定だよ」
「『骨董店招き猫』って。確か、橋を渡った先にあるお店よね?」
「花梨、行った事なかったんだ」
妹達にも明かしていなかった目的地を告げると、花梨は「そうそう」と続ける。
「ぬらりひょん様から、『骨董店招き猫』と『丑三つ時占い』は行かなくていいって言われてたんだけど、ちょっと気になっててね」
「骨董店招き猫は、猫又の『莱鈴』が趣味で開いてる。基本寝てるから、私もほとんど喋った事ない」
纏も温泉街に来てから二年目と、それなりに日が経つのに対し。交わせた会話は二、三回程度であり、ほとんどが会釈付きの挨拶だけであった。
それ故に、この場に莱鈴を深く知っている者はおらず。今日は内密に動く予定でいるので、聞くにも聞けない状況になっていた。
「纏姉さんも、喋った事がないんですね。一体どんな人なんだろ?」
「とりあえず、挨拶はちゃんとしておきましょっ」
「そうだね。第一印象が大切」
「ですね。さってと、食器類を洗ったら行きますか」
そう、余韻をたっぷり味わった花梨達は、体を伸ばしながら立ち上がり、食器類を水洗いする。
全て洗い終えると一箇所に集め、支度の準備を念入りに済ませた後。食器が乗ったお盆を持ち、朝食の匂いが残る部屋を後にした。
しかし、三姉妹となった花梨、ゴーニャ、纏の耳には届いていないのか。起きる気配をまったく見せず、目を開ける者は誰一人として居ない。
その傍らで、部屋に朝食を持ってきていた女天狗のクロは、アラーム音を聞きながらほくそ笑み、朝食をテーブルに置いた。
「仕事の日はちゃんと起きるようになったのに、休日だとてんで駄目だな」
休日はしっかりとダラける三人の顔を拝み、携帯電話から発せられているアラーム音を止め。ベッドの横に立ったクロは、花梨の体を軽く揺すった。
「ほら、起きろ。今日はどっか行くんだろ?」
「ブラックホールって、タコの吸盤みたいに吸い付いてくるなぁ……」
「こいつ……、とうとうブラックホールまで食いだしたか」
無差別級の食物連鎖表があれば、他を寄せつけず、圧倒的優位に立つブラックホールまでも食す花梨に、クロの顔が引きつっていく。
「あんな物、味なんてしないだろうに。……いや、するか? まあいいや。ほれ、さっさと起きろ」
「ゴーニャ、纏姉さん、あっちに星雲のわたあめが……、ふぇっ?」
再び体を揺すると、今回は眠りが浅かったようで。すぐに花梨の瞼が薄く開き、虚ろな寝ぼけ眼をクロへ合わせた。
「あっ、おかーひゃん。おはよーございまふ」
「おはよう。毎回とんでもない夢を見るな、お前は」
体をグイッと伸ばした花梨が、あくびをしながら上体を起こすと、「へっ?」と腑抜けた反応を返す。
「私、また何か言ってました?」
「ああ。ブラックホールの吸い付きが、タコの吸盤みたいだとか言ってたぞ」
「ぶ、ブラックホール? ……何食べてんの? 私」
「こっちが聞きたいわ」
呆れ気味にツッコミを入れたクロが、クルリと回って花梨に漆黒の翼を見せつけ、扉へ向かって歩き出していく。
「朝食はテーブルに置いといたから、みんなでゆっくり食えよ」
「あっ、すみません! ありがとうございます!」
休日にも関わらず。前日に起きる時間を聞いてきて、朝食を準備してくれたクロの背中を見送ると、花梨は未だに寝ている妹達を起こし、ベッドから抜け出していく。
全員揃って歯を磨き、顔を洗い終え。会話を交えながら部屋へ戻り、朝食が並んでいるテーブルに注目した。
「わっ、すごい豪勢だ!」
テーブルの上を埋め尽くしていたのは、中央にどんど構えている、酢飯が山盛りに入った大型のおひつ。
その周りに連なり、細長く切られた厚焼き玉子に、きゅうり、サーモンやマグロ、エビといった刺身もあれば、醤油漬けされたイクラもあり。
既にかき混ぜられた大量の納豆、ツナマヨ、梅肉、キムチ、牛肉のしぐれ煮。その他、もろもろの具材達。それらを巻くであろう焼き海苔や、備え付けのワサビと醤油瓶も置かれていた。
「間違いなく手巻き寿司だけど、具材の種類が豊富だなぁ」
「どうしよう、目移りしちゃうわっ」
「朝から気合いが入ってる」
堂々と鎮座している具材群を認めつつ、テーブルの前に座ると、左右にゴーニャと纏がちょこんと座る。
「肉、魚、野菜。確かに、どれを巻くか悩んじゃうや」
「玉子は絶対巻くとして、あとはどれにしようかしら」
「私は刺身から攻める」
「サーモンやマグロがあるし、私もそれらから食べようかな~。それじゃあ、いただきまーす!」
花梨が朝食の号令を高らかに唱えると、ゴーニャと纏も後を追い、気分が高まる朝食が始まった。
各々自由に具材を選んでいる中。花梨は焼き海苔を左手に添え、酢飯を丁寧に敷いていき。まずはサーモンだけを乗せ、手際よく巻いていく。
綺麗に巻き終えると、醤油を数滴垂らし、大口を開けて、パリッと爽快な音を立たせながら齧った。
香ばしい焼き海苔の豊かな風味が先行し。次に尖った酸っぱさはなく、甘さが際立つ酢飯の味を感じ取り。
食欲を増進させる、醤油の香ばしい匂いが鼻の中を通っていき。ようやく顔を出すは、サーモンの柔らかな食感。
噛めば噛むほど、甘さを含んだ脂が溢れ出してきては、全ての風味と絶妙に絡み合い、やがて塗り替えていく。
最終的にサーモンの味が勝つも、満足度の高い一口目を満遍なく味わった花梨は、笑顔でゴクンと飲み込んだ。
「あっはぁ~……。このサーモン、脂が多いし、甘さが濃くて最高~。んまいっ!」
「玉子と醤油って、なんでこんなに合うのかしら~。おいひい~っ」
「このマグロ、赤身だけど生臭さがまったく無い」
「本当っ? 私も食べてみよっと」
初めて寿司を食べた時、ワサビ入りのマグロを口にしてしまい、それ以来マグロは避けていたものの。今回はそれらが分かれていることもあり、ゴーニャは一切れのマグロを箸で摘み、口の中へと入れた。
「う~ん、纏の言う通りだわっ。醤油を付けなくても、すごくおいひいっ」
「でしょ。イクラもプチプチしてて美味しいよ」
「そういえば、イクラって食べた事ないわね。けど、なんだか宝石みたいにキラキラ光ってるし、食べるのがもったいないわっ」
ほのぼのとする妹達のやり取りに、梅肉ときゅうりをチョイスし、梅肉の強烈な酸っぱさで口をすぼめていた花梨が、思わずほくそ笑む。
そのまま花梨は、納豆やキムチ。ツナマヨとエビ。刺身を全種類巻き込んだ海鮮手巻き寿司を楽しみ、全ての具材を網羅して食べ進めていく。
そして、朝食が始まってから二十分後。テーブルに並んでいた食材を完食すると、三人は床に両手を突き、天井を仰いで至福の余韻に浸り出した。
「……ふうっ。なんだろう、だんだん温泉に入りたくなってきたや」
「分かる。なんか気持ち的に、温泉から出て夕ご飯を食べて、また温泉に入りたい気分になってる」
「きっと、旅行をするとこんな気分になるのねっ」
温泉旅館『永秋』に居る事も相まってか。本格的な旅気分に酔いしれ始めた三人は、二度目の温泉に浸かり、星空を眺めている場面を想像し出していく。
天然のプラネタリウムが開演し、天の川を渡る流れ星を目で追っていると、早々に温泉から上がったゴーニャが、「そういえば」と口にした。
「花梨っ、今日はどこに行くのかしらっ?」
「ああ~、きんもちいい……。おっと、そろそろ言わないとね。今日は『骨董店招き猫』に行く予定だよ」
「『骨董店招き猫』って。確か、橋を渡った先にあるお店よね?」
「花梨、行った事なかったんだ」
妹達にも明かしていなかった目的地を告げると、花梨は「そうそう」と続ける。
「ぬらりひょん様から、『骨董店招き猫』と『丑三つ時占い』は行かなくていいって言われてたんだけど、ちょっと気になっててね」
「骨董店招き猫は、猫又の『莱鈴』が趣味で開いてる。基本寝てるから、私もほとんど喋った事ない」
纏も温泉街に来てから二年目と、それなりに日が経つのに対し。交わせた会話は二、三回程度であり、ほとんどが会釈付きの挨拶だけであった。
それ故に、この場に莱鈴を深く知っている者はおらず。今日は内密に動く予定でいるので、聞くにも聞けない状況になっていた。
「纏姉さんも、喋った事がないんですね。一体どんな人なんだろ?」
「とりあえず、挨拶はちゃんとしておきましょっ」
「そうだね。第一印象が大切」
「ですね。さってと、食器類を洗ったら行きますか」
そう、余韻をたっぷり味わった花梨達は、体を伸ばしながら立ち上がり、食器類を水洗いする。
全て洗い終えると一箇所に集め、支度の準備を念入りに済ませた後。食器が乗ったお盆を持ち、朝食の匂いが残る部屋を後にした。
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