あやかし温泉街、秋国

桜乱捕り

文字の大きさ
上 下
264 / 380

77話-1、続・妖狐神社の手伝い

しおりを挟む
 闇夜に彩られた空が、朝焼けによって淡い薄紫色を帯びてきた、朝の六時頃。

 早めの朝食を済ませた花梨とゴーニャは、永秋えいしゅうにある露天風呂の一つ『炭酸泉の湯』に浸かり、まだ眠気が残る身を清めていた。
 普段、風呂の解放時間は、開店時間である朝の八時なので、客や宿泊客の姿は人っ子一人おらず、永秋に住んでいる二人の貸し切り状態であった。

「あっはぁ~、文字通りの一番風呂よ……。すっごく気持ちいい~」

「ふぇゃ……。朝風呂って初めてだから、新鮮に感じるわっ……」

 薄紫色の空へ向かい、花梨が身に染みる感想を放てば。花梨の太ももの上にちょこんと座っているゴーニャも、とろけた表情をしつつ後を追う。
 今日二人の仕事は、妖狐神社の手伝いをするべく、ぬらりひょんの『行く前に、全身を綺麗に洗って好きな風呂に浸かり、身を清めてから行ってこい』という指示に従い、それを実行している最中であった。

「しっかし、なんでお風呂に入ってから行くんだろう? 何か特別な事でもするのかな?」

「ぬらりひょん様に聞いても、教えてくれなかったわよね」

「だね。気になるなぁ~」

 そうボヤくも、二人は底から湧き出してきては弾けていく泡の音楽を楽しみ、雑談を交わしていく。そして、空の闇が全て晴れ、薄っすらと水色に色付いてきた頃。
 二人は露天風呂から上がり、清潔なタオルで全身を拭き、私服に着替えて脱衣場を後にする。そのまま、開店時間に備えて慌ただしくなり始めたメインフロアを通り過ぎ、永秋の外へ出て行った。

 まだ早朝ともあってか。永秋の前に列は無く、温泉街の大通りも人通りは疎らであり。道のど真ん中では、スズメ達が平和そうに地面をついばんでいる。
 そんな、早起きした者にしか拝めない光景を堪能した花梨は、眠気が飛んでいる体をグイッと伸ばし。ゴーニャも真似をするかのように体を伸ばした。

「う~ん。空気が美味しいし、風も気持ちがいいし。早朝はこういう所が好きだなぁ」

「私もっ。でも、朝早く起きると、夜になるとすぐに眠くなっちゃうのよね」

「確かに。十時ぐらいに眠くなってきて、あくびが止まらなくなるんだよねぇ」

 早起きのメリットと体に良いデメリットを言い合い、手を繋いでから歩き出す二人。歩みを遮る通行人がほとんど居ないのをいい事に、あえて道のど真ん中を歩いていく。
 まどろみが包み込んでいる辺りを見渡してみると、開店に向けてシャッターを開けている店や、既に準備を終えており、店先を箒で掃いている者。
 開店時間が遅いのか。未だにシャッターが下りている店など、個々の差が明らかになっていた。

 ろくろ首の首雷しゅらいが営んでいる、『着物レンタルろくろ』も。雪女の雹華ひょうかが営んでいる『極寒甘味処ごっかんかんみどころ』も、まだシャッターは上がっていない。
 座敷童子のまといは、起床した時には一緒に居たものの。『座敷童子堂』に帰宅して寝直しているのか、縁側には居なく、引き戸が閉まっていた。
 そして、『座敷童子堂』の隣ある『妖狐神社』に着き、眠る事を知らない立派な赤い鳥居をくぐり、境内けいだいに入っていく。

 やはり、神社は早起きな部類のようで。眠気をものともしていない妖狐達が、あちらこちらで短い列を成しており、ゆっくりと歩いている姿がうかがえた。
 が、傍から見ると、何をしているのかまったく分かっていない二人は、棒立ちして目をキョトンとさせ、互いに顔を見合わせた。

「何をやってるんだろうね?」

「並んで歩いてるようだけど、楽しいのかしら?」

「流石に楽しそうには見えないけど……。すごく真剣そうにやってるなぁ」

「あれは、『狐の嫁入り』の練習じゃ」

「へぇ~、あれがかの有名な狐の嫁入りかぁ。んっ?」

 流れるがままに相槌は打ったものの。たった今聞こえてきた声がゴーニャの物ではなかったので、遅れて違和感に気づき、眉をひそめる花梨。
 不思議そうな表情をしながら振り向いてみると、視界一杯には、妖々しい笑みを浮かべている天狐のかえでの顔が映り込み、思わず「ふおおおっ!?」と声を上げ、半歩後退る。

「ふっふっふっ。お主は、毎回ちゃんと驚いてくれるのお。これだから背後に立つのはやめられん」

「か、楓さん……。未だに慣れないなぁ、これ。お疲れ様です」

「お疲れ様ですっ」

 鼓動が速まっている花梨をよそに、ゴーニャも健気に挨拶を済ませると、楓の背後から妖狐のみやびがひょっこりと現れては、二人に向かい手をヒラヒラと振ってきた。

「やっほー、二人共ー。おはようさーん」

「あっ、雅。おはよう」
「おはよう、雅っ」

 雅の出現に、花梨の鼓動が正常に戻って落ち着いてくると、雅が楓の横に立ち、体をゆらゆらと揺らし出す。

「そんじゃあ二人共も、夕方の狐の嫁入りに備えて練習を始めるから、早く妖狐の姿になってー」

「えっ? 私達もやるの?」

 雅が唐突に話を進めると、楓が流れるように雅の背後へ回り、雅の頬を優しく引っ張り出す。

「そうじゃ。お主らの今日の仕事内容は、狐の嫁入りの列に加わり、新郎新婦をもてなす事じゃ」

 仕事内容が明かされるも、花梨は信じられない様子で目を丸くさせ、「はぇ~……」と抜けた声を漏らすばかり。

「まさか、私達もやるだなんて。私達人間ですけども、本当にいいんですか?」

「ああ、構わん。それに今回は、新郎新婦たっての願いじゃ。それを聞いたからには、無下に出来んじゃろ?」

「新郎新婦たっての願い、ですか。その新郎新婦さんって、一体どなたなんですかね?」

 止まらない花梨の質問攻めに対し、初めて楓の語り口が止まり、口角を緩く上げる。

「それは、夕方までの秘密じゃ。楽しみにしておれ」

「むう~。またそうやって焦らすんですから~」

「ふふっ、そう怒るでない。楽しみは後に取っておいた方がいいじゃろ? それに、今回祝う新郎新婦は、お主らもよく知っとる人物じゃ。お主の事じゃ、自分のように喜ぶじゃろうて」

「私達がよく知っている人物、かぁ……」

 答えに近いヒントを得られた花梨は、私達も知っている人物って、誰だろう? 知っているからには、温泉街の人に違いないはず。……いや、それでもかなり多いなぁ。と思案し出し、顎に手を添えた。
 答えは絞れてきたものの、視線を空に向け、う~ん……。まあ、夕方になれば分かる事だ。今は考えるのはやめて、完璧な狐の嫁入りが出来るよう、練習に専念しよっと。と一旦諦め、視線を楓で戻す。

「とりあえず、練習出来る時間が少なそうなので、早速練習をさせて下さい」

「うむ。その心構え、非常に良いぞ。なら花梨、ゴーニャ、妖狐の姿になれ。ワシら直々に指導してやろう」

「分かりました」
「わかったわっ」

「う~ん、久しぶりの狐の嫁入りだー。張り切ってやるぞー」

 自分に言い聞かせ、ストレッチを始めた雅をよそに。花梨とゴーニャは、リュックサックと赤いショルダーポーチから葉っぱの髪飾りを取り出す。
 二人同時に頭に付けると、螺旋を描いた白い煙に包み込まれ。花梨は普通の妖狐姿に、ゴーニャは大人の妖狐に変化へんげしていった。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

後宮の系譜

つくも茄子
キャラ文芸
故内大臣の姫君。 御年十八歳の姫は何故か五節の舞姫に選ばれ、その舞を気に入った帝から内裏への出仕を命じられた。 妃ではなく、尚侍として。 最高位とはいえ、女官。 ただし、帝の寵愛を得る可能性の高い地位。 さまざまな思惑が渦巻く後宮を舞台に女たちの争いが今、始まろうとしていた。

辺境伯へ嫁ぎます。

アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。 隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。 私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。 辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。 本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。 辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。 辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。 それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか? そんな望みを抱いてしまいます。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 設定はゆるいです。  (言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)  ❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。  (出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)

朝起きたら同じ部屋にいた婚約者が見知らぬ女と抱き合いながら寝ていました。……これは一体どういうことですか!?

四季
恋愛
朝起きたら同じ部屋にいた婚約者が見知らぬ女と抱き合いながら寝ていました。

下っ端妃は逃げ出したい

都茉莉
キャラ文芸
新皇帝の即位、それは妃狩りの始まりーー 庶民がそれを逃れるすべなど、さっさと結婚してしまう以外なく、出遅れた少女は後宮で下っ端妃として過ごすことになる。 そんな鈍臭い妃の一人たる私は、偶然後宮から逃げ出す手がかりを発見する。その手がかりは府庫にあるらしいと知って、調べること数日。脱走用と思われる地図を発見した。 しかし、気が緩んだのか、年下の少女に見つかってしまう。そして、少女を見張るために共に過ごすことになったのだが、この少女、何か隠し事があるようで……

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

冥府の花嫁

七夜かなた
キャラ文芸
杷佳(わか)は、鬼子として虐げられていた。それは彼女が赤い髪を持ち、体に痣があるからだ。彼女の母親は室生家当主の娘として生まれたが、二十歳の時に神隠しにあい、一年後発見された時には行方不明の間の記憶を失くし、身籠っていた。それが杷佳だった。そして彼女は杷佳を生んですぐに亡くなった。祖父が生きている間は可愛がられていたが、祖父が亡くなり叔父が当主になったときから、彼女は納屋に押し込められ、使用人扱いされている。 そんな時、彼女に北辰家当主の息子との縁談が持ち上がった。 自分を嫌っている叔父が、良い縁談を持ってくるとは思わなかったが、従うしかなく、破格の結納金で彼女は北辰家に嫁いだ。 しかし婚姻相手の柊椰(とうや)には、ある秘密があった。

処理中です...