あやかし温泉街、秋国

桜乱捕り

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74話-1、クロと花梨の間食事情。その3

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 温泉街を照らす提灯も眠りに就き、フクロウの鳴き声が等間隔に響き渡っている、夜中の一時前。

 今日の仕事を終えた女天狗のクロは、くたびれた体で自室の押し入れを漁り、隙間なく埋まっている間食の壁の中から、お供のお菓子を精査していた。

「昨日はポテトチップスを食べたから~……、今日はサラダ煎餅にするか? いや、ここはあえて、またポテトチップスを食べるという手も……」

 ぶつくさと欲にまみれた独り言を呟き、決まりつつある品定めをしている最中。
 コンコンという、何かで叩いているような音が窓から鳴り出し、その音を耳にしたクロは一旦押し入れから身を引き、窓の方へ顔をやる。
 すると再び、窓から同じ音が鳴ったので、クロは目を細めながら窓に近づき、勢いよくカーテンを開けた。

「グェッヘッヘッヘッヘッ。お母さ~ん、窓を開けてぇ~」

 閉まっている窓の先には、座敷童子に変化へんげしている花梨が張り付いており、なぜか白目を剥いたニヤケ面でいて、鼻先を窓に付けて豚鼻にしていた。

「……こんな夜中に何やってんだ、お前?」

「我が名は、妖怪腹ペコお化け~。お菓子をくれないと、イタズラしちゃ―――」

 夜中のテンションにでもなっているのか。花梨が突っ込み所の多い自己紹介を始めた途端、クロはカーテンを素早く閉め、その場を立ち去ろうとする。

「ぬあっ!? ちょっとお母さん!? カーテンまで閉めないでよ! 謝るから、謝るからせめて窓を開けて!」

 想定外なクロの対応に、素に戻された花梨が外から切に叫ぶと、呆れ返ったクロは、ため息をついてからカーテンを開け、蔑みを含んだジト目を送りつける。

「ったく、ヤモリみたいに引っ付きやがって。扉から入って来いよな」

「えっへへへ……、ごめんね。扉の近くで、八葉やつはさんと夜斬やぎりさん、雹華ひょうかさんが寝てたから、起こさないようにと思って窓から来たんだ」

「ああ。そういやあいつら、お前の部屋に泊まるとか言ってたな。というか、雹華まで来てたのか」

 本当は全ての経緯を知っているものの。知らないていを装いつつ窓を開けると、いそいそと花梨が入ってきて、「座敷童子さん、おやすみなさい」と唱え、元の人間の姿へと戻った。

「昨日からだけど、私の部屋に遊びに来てくれるようになって、今日からちょくちょく泊まる事になったんだ。お母さん、知らなかったでしょ?」

 雹華が遊びに来てくれて嬉しかったのか。事情を説明し終えた花梨は、嬉々とした笑顔をふわりと浮かべる。
 その弾んだ説明にクロは、ぬらりひょん様、上手くやってくれたみたいだな。よかったよかった。と安堵し、釣られてりんとした笑みを返した。

「ああ、知らなかったよ。雹華が部屋に遊びに来てくれて、嬉しいか?」

「うんっ! すっごく楽しくて嬉しいよ! 今度みんなと一緒に、温泉街巡りをする約束もしたんだ~。お母さんも一緒にどう?」

「温泉街巡りか、いいな。じゃあ、その時になったら誘ってくれ」

「やったー! 分かった、絶対に誘うね!」

 クロとも約束を交わせて、大きくバンザイした花梨が、その場で一度飛び跳ねた後。クロの体にガバッと抱きつき、甘えるように頬ずりをする。
 そんな甘えん坊の愛娘に、クロは母性の混じった苦笑いをし、愛娘の頭に手をポスンと乗せて撫で始めた。

「お前、隙あらば私に甘えるようになったな。まるでゴーニャみたいだぞ?」

 何の抵抗もなく甘えてくる花梨に、つい本音を言うと、花梨は頬ずりを止め、顔の下半分をうずめたままクロを見上げた。

「だって、この時間だけしかお母さんって呼べないし、みんなの前では甘えられないんだもん。だから今だけでも、こうやって全力で甘える事にしてるんだ」

 普段では決して打ち明けない本音をサラリと晒し、自分が母親の愛情に飢えている事を伝えると、花梨は子供のような無邪気な笑みを浮かべた。
 その何も言い返す事が出来ない笑みに、クロは負けたと言わんばかりに鼻からため息をつき、話を続ける。

「お前がこんなにわがままだったとはな。それはそうと、腹がへってんだろ? 何か食うか?」

「あっ、そうだった」

 甘えたい気持ちが先行してしまい、この部屋に来た目的をすっかりと忘れていた花梨が、一旦クロから距離を取る。

「ねえ、お母さん。今日の夕食はカレーだったでしょ? そのカレーって、まだ余ってる?」

「カレー? まだ余ってるけど……。まさか、この時間に食うのか?」

「うん! ほら、今日も無古都むことさんの打ち合わせがあったでしょ? それでね、カレーと面白そうな組み合わせを思いついてね」

 そう説明を始めた花梨が、ジーパンの後ろ側に結んでいたビニール袋を漁り出す。
 後ろにあるせいでやや手間取るも、取り出した物を両手に持ち、その手をクロの顔がある高さまで挙げていく。

「じゃーん! 今日の打ち合わせで貰った温泉卵と、牛鬼牧場うしおにぼくじょう産のコーンビーフ! これ、絶対にカレーと合うと思うんだ!」

 意気揚々に語る花梨の右手にあるは、四つの温泉卵。左手にあるは、花梨が買ってきたであろう、赤と黒の牛鬼印が付いたコーンビーフの容器。
 二つの具材を交互に見返し、左右に泳いでいたクロの目が、だんだんと細まっていく。

「たぶん美味いだろうが……。夜中の一時だぞ? 流石にこの時間帯は重くないか?」

「この時間だからこそだよ~。カップラーメン以上の背徳感があるだろうし、絶対に美味しいって」

 決して引き下がろうとはしない花梨に、クロは右手を顎に添え、目線を右斜め上に持っていった。
 花梨に考えているような素振りを見せるも、だんだんと食べたい欲が湧いてきたのか。花梨に聞こえない程度の音で、ひっそりと腹の虫を鳴らす。

「しょうがないな。私も腹がへってきたし、食事処に行くか」

「うん、行こう行こう! よーし、いっぱいおかわりするぞー!」

「おいおい、何杯食うつもりでいるんだ?」

 クロの許可を得られたので、先に扉へ向かって行った花梨に問うと、花梨はその場でクルリと回り、「え~っと」と口にした。

「三杯以上かな?」

「食い過ぎだ、ほどほどにしとけ」

「そうかな? お母さんは、どのぐらい食べるつもりでいるの?」

「私か?」

 質問を返されたクロは腕を組み、欲が強いワンパク気味な笑いを返す。

「超特盛を一杯だ」

「なにそれ~、私と大して変わらないじゃんか」

「一杯は一杯だ。ほれ、行くぞ」

 花梨以上に食べるつもりでいるクロが、手招きをしながら扉へ向かうと、花梨も「はーい」と言い、小走りでクロの後を付いていく。
 そして静かに扉を開け、しんと静まり返っている薄暗い廊下に出ると、小声で会話を交わしつつ、一階にある食事処へ向かっていった。
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