あやかし温泉街、秋国

桜乱捕り

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62話-5、蜜柑と花梨の一騎打ち

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 今日は私が妊娠したお祝いと言うワケで、ぬらりひょんさんが祝賀会を開いてくれた!

 酒羅凶しゅらきさんや酒天しゅてんさん、クロさんと雹華ひょうかさんが沢山の料理やお酒を用意してくれて、盛大に行われたよ!
 その祝賀会で主役となった私は、恥ずかしながらみんなの前で妊娠した事を改めて報告すると、再び温かい拍手を送ってきてくれたんだ。
 照れて顔が真っ赤になっちゃったけど、本当に嬉しかったなぁ。思わずまた泣きそうになっちゃったや。

 で、祝賀会のメインである赤ちゃんの名前決めだけども、本気で決めにきていた人と、個性豊かである人が明確に分かれていた。ざっと並べていこう。


ぬらりひょんさん:あんず
クロさん:あかね
鵺さん:椿姫つばき
楓さん:夕狐ゆうこ
雹華さん:雪世ゆきよ
釜巳さん:菓菜子かなこ
酒羅凶さん:呑美のみ
酒天さん:いばら
辻風さん:颯香そよか
薙風さん:蘭子らんこ
癒風さん:美菜みな
青飛車さん:青那あおな
赤霧山さん:赤夜あかよ
幽船寺さん:舞幽まゆ


 とまあ、大体こんな感じである。名前自体はとてもいいんだけども、その人の特性というか種族というか、さり気なく入れてる人が多々いるよね……。
 鵺さん、カマイタチさん達の考えてくれた名前はどれもいいなぁ。ここから選びたくなっちゃいそうだ。
 だけども私とお父さんも、もし赤ちゃんが出来た時の為に、すごく考えて温めてきた名前があるのだ!

 それは、『蜜柑みかん』と『花梨かりん』! この二つである! 実は、杏と茜も候補に入っていたんだけども、ぬらりひょんさんとクロさんが考えてくれていたので、今回は弾いておこう。
 この二つの名前を考えたのは、お父さんが蜜柑で、私が花梨である。だけど、お父さんは花梨という名前を気に入っているし、私も蜜柑という名前を気に入っている。
 問題はここからどうやって名前を決めるかだけども、そこで、ぬらりひょんさんの鶴の一声が割って入ってきたんだ。

 「やはり、鷹瑛たかあき紅葉もみじの子だ。ワシらが考えた名前よりも、その二つの素晴らしい名前で決めた方がいいだろう」ってね。
 この発言に妖怪さん達も賛同してくれて、結局お父さんとの一騎打ちになったのだ。その時のお父さんってば、だいぶ乗り気だったなぁ。
 そして肝心の決め方だけども、私とお父さん、各自の名前の由来について熱く語った後。私達と妖怪さん達による投票制になったのだ。

 二人で決めるとなると、ずっと平行線を辿る事が予想されたので、私とお父さんと全員総意による決め方となった。
 これで蜜柑と花梨、どっちの名前に決まってもお互いに恨みっこ無しだ。正直に言うと、どっちに決まっても嬉しいけどもね。
 それで二人で約十分ずつ名前の由来や、どうやってこの名前に行き着いたのか熱弁した後、ドキドキの投票が始まった。もちろん、投票した人の名前は無記名でね。

 その場にいた鬼さん達も合わせて三十一人の投票が終わり、ワクワクしながら投票箱を開けた結果。蜜柑が十五人、花梨が十六人という僅差の結果で花梨が勝ったんだ!
 実は後で、こっそりとお父さんが教えてくれたんだけども、お父さんも花梨に一票を入れていたんだって!
 「お前の話を聞いていたら、心が揺らいじまってな。やっぱり好きだぜ、花梨っていう名前がよ」って言ってて、照れ笑いしながら鼻の下を指で擦っていたなぁ。

 と言うワケで、赤ちゃんの名前は『花梨』に決まった! 花梨、花梨。あ~、早く産まれないかなぁ。今から楽しみでしょうがないや!














「なんだ、ワシが考えた名前も候補に入っていたのか」

「私のもみたいですね、ちょっと意外でした」

「もし他の名前を上げていたら、杏か茜になっていた可能性もあったんだな。ちなみに、ワシは花梨に入れたぞ。クロはどっちに入れたんだ?」

「もちろん、私も花梨に入れましたよ」

 互いに顔を見合わせると、同時にふわりとほくそ笑み、鼻で小さく笑ったぬらりひょんが話を続ける。

「やはりな、そうだと思ったわ。そうなると誰が蜜柑に入れたんだろうな。少し気になるところだ」

鷹瑛たかあきは、共に温泉街の建築をしていた鬼達に人気がありましたから、鬼の票が多そうですね」

「なるほど。となると、初期メンバーのほとんどが花梨に入れたと予想できるな」

「たぶん、そうでしょうね」

「ふっふっふっ。だからみんなして、花梨を我が子のように慕っとるワケか。愛されとるなあ、花梨の奴は」

 ぬらりひょんが嬉々として言葉を漏らすと、美味そうにキセルの煙をふかし、日記の次のページを捲った。














 赤ちゃんの名前が『花梨』に決まった、次の日!

 今日も色々とお手伝いをしようと思ったんだけど、みんなに赤ちゃんに何かあったら大変だと言われ、激しい運動及び建築のお手伝い、大量の料理作りを一切禁止されてしまった……。
 まだお腹もそんなに膨らんでいないし、少しぐらいなら大丈夫だと必死に抵抗したけども、みんなの鬼気迫る表情と圧に負けてしまい、泣く泣く待機となった……。
 じっとしているのって苦手なんだよねぇ……。ずっと座って見てるだけの生活なんて、暇すぎて死んじゃうよ……。だから何かと細かい作業を見つけては、率先してやっていったよ。

 掃除や洗濯、布団干しなど主に家事のお手伝いだ。仕方がないので、これからはみんなの主婦になってやるのだ。これだけは譲れない!
 それでも暇になってしまったら、工事のお手伝いが出来ない人達と談笑していたよ。釜巳かまみさんと話すと会話が弾んじゃって、あっという間に時間が過ぎていたなぁ。
 そんなこんなをしていると、ぬらりひょんさんから新しい妖怪さんの紹介が始まったんだ、今日は二人もいたよ。

 一人目は、ろくろ首の首雷しゅらいさん。
 深紅の着物を身に纏い、舞妓まいこさんを思わせる黒い髪型には、沢山の煌びやかな髪飾りが付いている。
 普段は糸目なんだけども、喋る時は麗しい黒い瞳を覗かせてくるんだ。小顔で肌も透き通ったように白く、見た目は理想の女性像である。
 京都訛りが強い喋り方なんだけども、首雷さんに出身地を聞いてみたら、やはり京都であった。

 ぬらりひょんさんとは昔からの仲であり、百鬼夜行にもよく参加していたらしい。……百鬼夜行って本当にやってたんだ。少し見てみたいなぁ。
 でだ、このろくろ首の首雷さん。今まで紹介されてきた妖怪さん達の中で、ダントツに妖怪らしい妖怪をしている。
 だってさ、隙あらば私とお父さんを驚かせてくるんだよ? 後ろを振り向いたら首雷さんの顔が間近にあったり、伸ばしてきた首で私達の体を拘束してきたり……。

 でもね、この人には弱点がある。それはマッサージ! なんでも首雷さんは首や肩がよく凝るらしく、私がマッサージをやってあげたら、すっかりと虜になっていたんだ。
 そう。だから驚かせてきたら隙を突き、即座にマッサージを開始している。必ず素直に大人しくなってくれるから、今後も活用していこう。
 ちなみに首雷さんは、京都で仲間と共に着物の修繕やレンタルをしているお店を営んでいるらしく、新しいお店をこの温泉街に開いてくれる事になったんだ!

 次に二人目は、木霊の朧木おぼろぎさんである。
 この人はとても小さい体をしている。ぬらりひょんさんの手の平に乗れるほどのサイズだ。
 青いチェック柄の三角頭巾をかぶっていて、青いブロックチェック柄の民族衣装を思わせる服を着ている。
 髪色や瞳は灰色で、鼻の下に灰色のちょびヒゲをちょんと生やしていて、とても礼儀正しい人だ。

 なんと言っても、見た目がキュートだよねぇ。小人だよ小人? つぶらな瞳を見て、思わずカワイイ! って言いそうなっちゃったや。
 今日は一人で来ていたんだけども、どうやら莫大な人数の仲間がいるようであり、その内に連れて来ると言っていた。
 そこで私は直感したよね。この朧木さんは、牧場か農園をやってくれるんだろうと。そして、その予想は見事に当たったよ!

 どうやら朧木さん達は趣味で、他の隠世かくりよで野菜を育てて自給自足で暮らしていたらしい。
 だけども、その野菜を狙った妖怪さん達が頻繁に現れては、野菜を根こそぎ奪って畑を荒らしていたんだって。
 それで、その噂を耳にしたぬらりひょんさんが妖怪さん達をやっつけて、朧木さん達をここに保護したとのこと。ぬらりひょんさんってば、カッコよくて優しいなぁ。

 で、ここでも野菜を育てて暮らす事になったんだけども、その野菜は朧木さん達の自由にしていいんだって。
 自分達で食べるのも良し。他の人や温泉街に売るも良し。なに不自由なく無条件で暮らしていけるんだ。
 理想の生き方だよね、自由に暮らせるって。でも、朧木さんはぬらりひょんさんに深い恩があると言い、温泉街分の野菜は無償で提供すると申し出てきたんだ。

 だけどぬらりひょんさんは、無償なら悪いから受け取らんと断り、そこから長い交渉の末。安く買い取る事になったんだって。
 ちなみにぬらりひょんさんいわく、木霊さんが作る野菜は一つ一つ丹精込めて作られているらしく、とっても美味しいらしい。
 う~ん、早く食べてみたいなぁ~。野菜が出来たら沢山料理を作ってみたい! そして、その料理を木霊さん達にいっぱい食べてもらうのだ!
















「……そういや花梨の奴、赤ん坊の頃に首雷にしこたま驚かされていたよな」

「そうですが……。まさか、花梨が怖い物が苦手なのって……、首雷のせいですかね?」

「幽霊やお化けが怖いとは前から言っていたが、ろくろ首だけは段違いに怖がっていたし、間違いないだろう。この温泉街に来て、初めて永秋えいしゅうの手伝いをした時も、首雷に驚かされて体が上手く動かせなかったと嘆いていたしな」

 ぬらりひょんが懐かしさを感じながら物思いにふけると、無意識に上がった口角をヒクつかせていたクロが、「な、なるほどです……」と掠れた言葉を返す。

「これで温泉街の初期メンバーは後、馬之木ばのき八吉やきち莱鈴らいりんぐらいか」

「ですね。確か他の奴らは、温泉街が出来てから少しずつ来たんですよね」

「うむ。まとい流蔵りゅうぞうは朧木と同じく温泉街に保護し、残りの奴らは客としてここに来ていたが、募集を見て働き始めた感じだな」

 ぬらりひょんが改めて確認すると、鼻でため息をついたクロが腕を組む。

「そうか。花梨が鵺に連れ回されないで、高校を卒業した後にすぐここに来ていたら、纏と流蔵がぬらりひょん様と出会うことも、ここに来ることも無かったのか」

「そう考えると、ゴーニャと出会うことも無かったんだな。……ふむ、それだけは鵺に感謝しておくか。さて、早く続きを読もう」
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