あやかし温泉街、秋国

桜乱捕り

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39話-2、信頼があるからこそ(閑話)

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 ぬらりひょんに呼ばれて支配人室まで来た女天狗のクロは、没収したキセルを書斎机の上に置いた後。
 ただひたすらに、ぬらりひょんがキセルを吸っている姿を眺めていた。数分もすれば室内は白く染まり、濃霧が発生したのかと疑う程に濃くなっていく。

 そこから更に数分経ち、ぬらりひょんが満足気な表情になると、腕を組んで黙って見ていたクロが、頃合いだと感じて口を開く。

「んで、禁忌の一つである事をしでかした私は、いったいどんな処罰を受けるんですかね?」

「処罰? とんでもない、むしろ感謝しておる。あのままクロが棒立ちでいたら、ワシは怒りに身を任せて辻風つじかぜを殺めていただろう。しかし……」

 話を止めたぬらりひょんが、クロに強くビンタされたせいで、赤く腫れた右頬を擦る。

「お前さん、本気でビンタしただろ? 口の中が切れてしまったわ」

「本気でやらなきゃ効果が無いと思いましてね。後で辻風の塗り薬を溶かしたお茶を持ってきますんで、我慢してください」

「まあ、一理ある。中途半端にやられていたら、余計に逆上していたかもしれんな」

 キセルを吸い終わったぬらりひょんが、新しい詰めタバコをキセルに入れつつ、黒ずんだ暴風に煽られている窓に目を向けた。
 風の勢いは依然として収まっておらず、窓を殴りつけるように吹き荒れており、ガタガタと揺らしている。
 この黒ずんだ風に思い当たる節があったぬらりひょんが、窓に煙をふかしてからクロに目を移す。

「この風はお前さんの仕業だな。封印したはずのテングノウチワを使っただろ?」

「バレちゃいましたか。これでも一割程度の力なんですがね。数十年振りに使ったもんですから、威力をすっかり忘れてました」

「阿呆、温泉街を吹き飛ばすつもりか? 『黒い風神』とまで恐れられたお前さんが本気を出したら、止められるのはワシとかえでしかおらんのだからな? もうここでは使うんじゃないぞ」

「懐かしいですね。以後、気をつけますよ」

 おどけた笑いを飛ばしてきたクロに、ぬらりひょんが「ったく」とボヤキを入れる。そして同時に、大きな違和感を覚えた。

 クロがテングノウチワを使用すると、本気を出さずとも巨大な黒い竜巻で温泉街を全壊させ、残骸ごと全てを吹き飛ばす程の威力がある。
 誤って使用する可能性があると危惧していた二人は、極力テングノウチワを使用するのをやめようと内密に決め、ぬらりひょんの書斎机の中に封印していた。

 その危険なテングノウチワを使用する機会があったという事は、それ相応の場面が訪れた事を意味する。
 そして、どうしてもその内容が気になったぬらりひょんが、キセルの白い煙を大量にふかしてから話を続ける。

「で、なんでテングノウチワを使ったんだ?」

「例の二人組を脅す為に使いました。温泉街にいる人間達に手を出したら、黒四季くろしきとぬらりひょん様の怒りを買う事になるぞ、っと。んで、締めにテングノウチワを軽く振ったら、外がこんな有様になりました」

「なんだ、お前さんが自ら本名を名乗るなんて珍しいな。それで、その二人組はどうしたんだ?」

「裏の世界の奴らに、この事を広めてこいと命令して帰らせました。もう花梨とゴーニャを襲う妖怪は、金輪際現れないでしょう」

 二人を生かして帰した事に、多大なる不満が残るものの、これ以上問題が起きないであろうという安心感から、ぬらりひょんは胸を撫で下ろした。
 だが今度は、花梨達を襲った元凶が目の前にいるのにも関わらず、脅し程度で済ませた事に疑問を抱き、質問を続けた。

「よくそいつらを殺さずに帰せたな、ワシなら確実に殺っとるぞ」

「正直に言うと、私も殺る寸前でしたよ。花梨が頭部、ゴーニャが右頬を細い奴に傷つけられたじゃないですか。それで『一発は一発だ』と言って、酒天しゅてんから借りた金棒で同じ箇所をぶん殴ってやりました」

「ふっ、結局はお前さんも手を出しとるじゃないか」

 鼻で笑ったぬらりひょんが、詰めタバコをキセルに詰め込み、火をつける。

「当たり前じゃないですか。花梨は私とぬらりひょん様にとって、我が子当然の愛娘ですよ? 怒らない方がおかしいです」

「ああ、そうだったな」

 会話の内容は穏やかではないものの、真面目な表情で語るクロに対し、ぬらりひょんは口元を緩ましつつ白いを煙をふかす。
 キセルを吸う本数が徐々に減っていき、窓が騒がしい支配人室の煙臭い濃霧が、だんだん薄い霧へと変わっていく。
 その中で、今までの会話で今後の対策を思いついたぬらりひょんが、キセルの灰を捨てながら口を開いた。

「そうだ。手が空いている時にワシもちょくちょく行く予定だが、お前さんも暇な時に、かえでの所に行って千里眼を習得してこい」

「千里眼、ですか。そう易々と習得できるもんなんですかね?」

「さあな。だが、試してみる価値はあるだろう。それとこれからは、温泉街にいる奴らに携帯電話を持たせることにする。連絡手段は多い方がいいからな」

「いいんじゃないですか? ただ……」

「ただ?」

 クロが言葉を濁すと、ぬらりひょんがオウム返しをしてキセルの煙をふかす。

雹華ひょうか釜巳かまみが、花梨に鬼電する未来しか見えませんね」

「なるほど、確かに。あいつらも花梨を我が子のように慕っているからな」

 ほくそ笑んだぬらりひょんが、容易に想像できる場面を頭の中で思いえがき、二人に捕まり、困り果てている花梨の表情を思い浮かべ、笑みが増していく。
 数え切れないほどのキセルを吸い終え、吸い殻を片付けたぬらりひょんが、おもむろに椅子から飛び降りた。

「善は急げだ。今から人数分の携帯電話を用意してくる。予備を含めて五十台もあれば充分だろう。後で温泉街の奴らに報告しといてくれ。花梨の事も頼んだぞ」

「今からですか? 花梨のそばに居なくて大丈夫なんですか?」

「いや、今戻ったら辻風がまた怯えてしまうだろう。それに、その信頼できる辻風が花梨を診ているんだ。安心して出掛けられる」

「なるほどですね、分かりました。気をつけてくださいよ」

「うむ。ワシが居ない間、またワシの代わりを頼むぞ」

「任せてください」

 頼り甲斐のある返事にぬらりひょんは、小さくうなずいて支配人室を後にする。
 そして代わりを託されたクロは、キセルの煙で白く染まっている支配人室の換気をした後。花梨の様子を伺う為に、慌てて花梨達の部屋に向かっていった。
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