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31話-3、祝福をする風の噂(閑話)
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温泉街の店が閉まり始め、眠りの準備を進めている夜十時頃。
受付の仕事が緩やかになり、合間を縫って支配人室に訪れていた女天狗のクロは、食器類を下げ、ぬらりひょんの書斎机を綺麗に拭いていた。
普段であれば、食後の一服に現を抜かしているぬらりひょんであったが、今日はいつもと違い、七福神の一人である布袋を思わせる笑顔になっており、その顔からは似合わない不気味な笑い声を延々と発していた。
「ぬふっ、ぬふふっ……、ふひっ、ぬっふっふっふっふっふっふ……」
「……」
その、耳の中を這うような笑い声を聞いていたクロは、プレゼント、相当喜ばれたみたいだな。このまま無視して部屋から出ていくのもアリだが、何があったのか聞いてくれと言わんばかりに、私をチラチラ見てくるんだよな……。
と、心の中でボヤけながらため息をつき、諦めのこもった視線をぬらりひょんに向ける。
「花梨達、喜んでくれたみたいですね。表情が緩み切って、顔が溶けそうになってますよ」
「あぁ~、分かるかぁ~? 「すごく気に入りました!」って、満面の笑みで言っておったぞぉ~。ぬふふふふふふふふっ……」
「そりゃよかったですね。何をプレゼントしたんですか?」
「前にあげた靴がボロボロになっておったから、花梨には赤い靴。ついでにゴーニャにも、ショルダーポーチをあげたぞ」
「また靴ぅ!? 小銭入れ、Tシャツ、靴、小銭入れ、Tシャツ、靴のローテーションじゃないですか」
「う、うるさいっ! 第一、お前さんが花梨に欲しい物を聞き出せなかったせいもあるんだぞ」
追い詰められた子供のような言い訳をされつつ、責任転換までされたクロは、呆れ返って眉と口元をヒクつかせる。
「わ、私のせいですか? ほぉ~……。だったらこれからは、自分で花梨に欲しい物を聞いてきて下さい。分かりましたね?」
痛烈な反撃を受けたぬらりひょんは、黙ったまま視線を逸らし、クロから逃げるように首を限界まで右に回し、「……恥ずかしいから、嫌だ」と、ボソッと呟いた。
「はっ? 今、何か言いました? 全然聞こえませんでしたよ、ハッキリと言って下さい」
「……は、恥ずかしいから嫌だ、と言ったんだ」
「恥ずかしいぃ~? よくもまあそんなんで、妖怪の総大将が務まりますねえ」
「おいっ! それとこれとは関係ないだろうが! そんな強気で言うんだったら、ワシよりも良いプレゼントが用意出来るんだよなぁ? んんっ?」
「うっ……」
痛い所を突かれたクロは「え~っと……」と、視線をキセルの煙が薄っすらと漂っている天井に向け、「ん~っ……」と、目を泳がせながら眉間にシワを寄せ、最後には目をギュッと瞑り、長考をし始める。
そして、右目をゆっくりと開け、恐る恐る「い、イヤリングや……、化粧品、とか?」と、ぬらりひょんの様子を伺いながら口にする。
「バカめ、それは既にワシが通った道だ。何気なく似たような質問をした事をあるが、花梨はなんと言ったと思う?」
「……なんですか?」
「「化粧って時間が掛かるじゃんか。そんなの朝やる暇があったら、限界まで寝てたいや。あと、イヤリングって痛そうだからイヤだなぁ」って、言っとったわ」
「か、花梨らしいですね……。つか、なにか限界まで寝てたいだ! いつも限界突破して寝坊していただろうが!」
「はっはっはっ、だな」
軽く笑ったぬらりひょんが、キセルに新しい詰めタバコを入れ、マッチで火を付けてから話を続ける。
「花梨はどっちかと言うと、男勝りな性格をしておる。スカートもスースーするからイヤだと言って、頑なに拒んでおったわ」
「ああ、それなら私も知ってます。だから花梨が高校に上がった時に、ジーパンをプレゼントしてやったんですよ。んで、ジーパンってやたら頑丈じゃないですか? 花梨の奴、未だに私がプレゼントしたジーパンを履いているんですよね」
「見覚えがあるジーパンだと思ったら、やはりそうだったか。よくもまあ、あそこまで長持ちするもんだ」
書斎机を拭き終わったクロは、食器類が乗っているお盆を持ちながら、ふわっと笑みを浮かべる。
「それだけ大事に扱ってくれているって事ですよ。嬉しい限りじゃないですか」
「そうだな。お前さんも休日が来たら、何か花梨に買ってやったらどうだ?」
「いいですね。赤い靴でも買ってきてやりますよ」
「バカッ、やめんかっ! ワシと被っとるだろうが!」
「ふふっ、冗談ですよ。では、失礼します」
声を荒げたぬらりひょんが、クロの後ろ姿を睨みつけながら「……ったく」とボヤキ、キセルの白い煙をふかした。
そして、先ほど花梨達に言われた嬉しくもあり、温かみのある感想を思い出したのか、表情が再びとろけ始める。
「ぬっふっふっふっふっ。花梨達めぇ~、すごい喜んでおったのぉ~。にっひっひっひっひっひっ……。カワイイ奴らめ。さ~て、あの靴とポーチは何年持つことやら」
いつもより遥かに美味く感じるキセルの煙が、音も無く部屋内に充満していき、ぬらりひょんの不気味な笑い声と共に、提灯が灯っている温泉街に流れていった。
受付の仕事が緩やかになり、合間を縫って支配人室に訪れていた女天狗のクロは、食器類を下げ、ぬらりひょんの書斎机を綺麗に拭いていた。
普段であれば、食後の一服に現を抜かしているぬらりひょんであったが、今日はいつもと違い、七福神の一人である布袋を思わせる笑顔になっており、その顔からは似合わない不気味な笑い声を延々と発していた。
「ぬふっ、ぬふふっ……、ふひっ、ぬっふっふっふっふっふっふ……」
「……」
その、耳の中を這うような笑い声を聞いていたクロは、プレゼント、相当喜ばれたみたいだな。このまま無視して部屋から出ていくのもアリだが、何があったのか聞いてくれと言わんばかりに、私をチラチラ見てくるんだよな……。
と、心の中でボヤけながらため息をつき、諦めのこもった視線をぬらりひょんに向ける。
「花梨達、喜んでくれたみたいですね。表情が緩み切って、顔が溶けそうになってますよ」
「あぁ~、分かるかぁ~? 「すごく気に入りました!」って、満面の笑みで言っておったぞぉ~。ぬふふふふふふふふっ……」
「そりゃよかったですね。何をプレゼントしたんですか?」
「前にあげた靴がボロボロになっておったから、花梨には赤い靴。ついでにゴーニャにも、ショルダーポーチをあげたぞ」
「また靴ぅ!? 小銭入れ、Tシャツ、靴、小銭入れ、Tシャツ、靴のローテーションじゃないですか」
「う、うるさいっ! 第一、お前さんが花梨に欲しい物を聞き出せなかったせいもあるんだぞ」
追い詰められた子供のような言い訳をされつつ、責任転換までされたクロは、呆れ返って眉と口元をヒクつかせる。
「わ、私のせいですか? ほぉ~……。だったらこれからは、自分で花梨に欲しい物を聞いてきて下さい。分かりましたね?」
痛烈な反撃を受けたぬらりひょんは、黙ったまま視線を逸らし、クロから逃げるように首を限界まで右に回し、「……恥ずかしいから、嫌だ」と、ボソッと呟いた。
「はっ? 今、何か言いました? 全然聞こえませんでしたよ、ハッキリと言って下さい」
「……は、恥ずかしいから嫌だ、と言ったんだ」
「恥ずかしいぃ~? よくもまあそんなんで、妖怪の総大将が務まりますねえ」
「おいっ! それとこれとは関係ないだろうが! そんな強気で言うんだったら、ワシよりも良いプレゼントが用意出来るんだよなぁ? んんっ?」
「うっ……」
痛い所を突かれたクロは「え~っと……」と、視線をキセルの煙が薄っすらと漂っている天井に向け、「ん~っ……」と、目を泳がせながら眉間にシワを寄せ、最後には目をギュッと瞑り、長考をし始める。
そして、右目をゆっくりと開け、恐る恐る「い、イヤリングや……、化粧品、とか?」と、ぬらりひょんの様子を伺いながら口にする。
「バカめ、それは既にワシが通った道だ。何気なく似たような質問をした事をあるが、花梨はなんと言ったと思う?」
「……なんですか?」
「「化粧って時間が掛かるじゃんか。そんなの朝やる暇があったら、限界まで寝てたいや。あと、イヤリングって痛そうだからイヤだなぁ」って、言っとったわ」
「か、花梨らしいですね……。つか、なにか限界まで寝てたいだ! いつも限界突破して寝坊していただろうが!」
「はっはっはっ、だな」
軽く笑ったぬらりひょんが、キセルに新しい詰めタバコを入れ、マッチで火を付けてから話を続ける。
「花梨はどっちかと言うと、男勝りな性格をしておる。スカートもスースーするからイヤだと言って、頑なに拒んでおったわ」
「ああ、それなら私も知ってます。だから花梨が高校に上がった時に、ジーパンをプレゼントしてやったんですよ。んで、ジーパンってやたら頑丈じゃないですか? 花梨の奴、未だに私がプレゼントしたジーパンを履いているんですよね」
「見覚えがあるジーパンだと思ったら、やはりそうだったか。よくもまあ、あそこまで長持ちするもんだ」
書斎机を拭き終わったクロは、食器類が乗っているお盆を持ちながら、ふわっと笑みを浮かべる。
「それだけ大事に扱ってくれているって事ですよ。嬉しい限りじゃないですか」
「そうだな。お前さんも休日が来たら、何か花梨に買ってやったらどうだ?」
「いいですね。赤い靴でも買ってきてやりますよ」
「バカッ、やめんかっ! ワシと被っとるだろうが!」
「ふふっ、冗談ですよ。では、失礼します」
声を荒げたぬらりひょんが、クロの後ろ姿を睨みつけながら「……ったく」とボヤキ、キセルの白い煙をふかした。
そして、先ほど花梨達に言われた嬉しくもあり、温かみのある感想を思い出したのか、表情が再びとろけ始める。
「ぬっふっふっふっふっ。花梨達めぇ~、すごい喜んでおったのぉ~。にっひっひっひっひっひっ……。カワイイ奴らめ。さ~て、あの靴とポーチは何年持つことやら」
いつもより遥かに美味く感じるキセルの煙が、音も無く部屋内に充満していき、ぬらりひょんの不気味な笑い声と共に、提灯が灯っている温泉街に流れていった。
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