私、メリーさん。今、あなたと色んな物を食べているの

桜乱捕り

文字の大きさ
上 下
55 / 158

53話、人間をよいしょする都市伝説

しおりを挟む
「私、メリーさん。今、なんだか無性にラーメンが食べたくなってきたの」

「分かるよー、その気持ち。急に湧いてくるもんなんだよね。でも、外を見てくだせえ。ラーメン屋に行きたいと思う?」

「まったく思わないわ」

 私とハル、互いにテーブルに肘を突き、手の平に顔を置いた状態で窓の外を眺めてみる。今日も灰色空の機嫌はすこぶる悪く、窓を閉めているのに雨足の音が聞こえてくる。
 相当強く降っているようね。天気予報では、夕方頃に止むとは言っていたけれども。本当に止むのかしら? この雨。

「でしょ? 嫌だよね~、休日の雨って。食欲すら削ぐんだよ? でも、ラーメンって聞いたらだんだん食べたくなってきたや」

 一回電話をしただけなのに、効果てきめんだ。食欲って、相手にイメージさせるだけで伝染していくのね。ああ、また食べたいなぁ。ハルと一緒に食べた、ネギチャーシューラーメンを。

「しゃーない。パパッと作っちゃおうかなー」

 え? パパッと作る? もしかして、麺やスープを一から作るつもりでいるの? でも、ハルならあり得る話かもしれない。

「ねえ、ハル? ラーメンって、作るのに何時間掛かるの?」

「作る時間? う~ん……。麺を茹でてる間に野菜炒めを作るから、十分ぐらいかな?」

「野菜炒め?」

「そっ。具無しじゃ、流石に寂しいじゃん? だから、ちょっと食べ応えがある物をプラスしたいんだよね」

 野菜炒めを乗せたラーメン。容易に想像出来るけど、なんだかおいしそう。ハルは台所へ行ってしまったし、ちょっと覗いてみよっと。
 ニュースがやっているテレビを消し、私も台所へ向かう。まだ明かりが馴染んでいない台所に着くと、ハルは棚の前でしゃがんでいて、中を漁っている最中だった。

「おっ、よかった。ちょうど二袋あった」

 ハルが取り出したのは、『サッポロ皆伝、醤油味』と書かれた四角い袋。あれって……。

「ああ、なんだ。作るって、インスタントラーメンの事だったのね」

「そうだよ。なんだと思ってたの?」

「あんたの事だから、全部一から作るつもりなんだと思ってたわ」

「マジで? それは、ちょっとキツイかな」

 ばつが悪そうに返してきたハルが、緩い苦笑いを浮かべつつ立ち上がり、キッチンの元へ歩き出す。

「まあ、ガチラーメンを作ってみようかなって思った時期はあったけどさ。スープを作るだけで五、六時間ぐらい掛かるって知ったら、そこで心が折れて断念したよね」

「うそっ。スープだけで、そんなに掛かるの?」

「らしいよ。今度、インターネットで作り方を調べてみなよ。ラーメン、スープの仕込み、時間ってな感じでね」

「そ、そうね。後で調べてみるわ」

 スープだけで五、六時間……。今は十二時を過ぎたばかりだから、スープを作るだけで夕方になってしまう。これだと、麺の方も時間が掛かりそうね。
 『サッポロ皆伝』をキッチンに置いたハルが、厚底の銀色鍋を二つと、フライパンをコンロに置き。
 そのまま冷蔵庫に移動して、キャベツを一玉、半分になったニンジン、モヤシやピーマンを取り出した。
 またキッチンに戻り、まな板と包丁を用意して、二つの鍋に水を入れ始めたから、そろそろ食材を切るようね。邪魔にならないよう、横に付いてしまおう。

 ハルの横へ付いた頃には、ニンジンの皮むきが終わっていて、短冊切りをしていた。
 皮の剥き方が綺麗だ。一枚が薄いし、どこも途切れていない。確か、これはかつら剥きってやつね。

「へえ、手際がいいわね」

「ありがとう。そう言われると嬉しくなるから、もっと言って欲しいな」

「かつら剥きが綺麗に出来てる」

「ふっふーん、でしょ? めっちゃ練習したんだ、これ」

 得意気に鼻を鳴らしたハルが、上機嫌に鼻歌を歌い始めた。ハルは、これでも嬉しがるんだ。短冊切りを終えるのも早いし、もうピーマンに手を出している。
 ヘタを切ったピーマンから、びっしり詰まった大量の種を取り、中身を水でサッと洗う。切った断面を下に置いて、上から半分にカット。
 そこから、縦に一口大でカットしていき、更に半分切った。ここまで経過した時間、約十五秒前後。動きに一切の迷いと無駄が無い。相当手慣れている。
 ニンジン、ピーマンの処理を終えると、ハルはキャベツを左手に持ち。一番外側の葉を二枚むしり取り、両面を水洗いした。

「キャベツは二枚だけなのね」

「少ないと思うでしょ? でもね、ラーメンに盛るぐらいの野菜炒めだったら、これでもちょっと多いかな」

「そうなの?」

「うん。キャベツって、意外とボリュームがあるんだよね。だから、間違ってでも一玉全部使おうとはしないでね」

 注意というよりも、同じ轍を踏まないでくれと口にしたハルが、キャベツを一口大の縦長にカットし。
 ピーマンと同じ様に、横から半分に切り。フライパンが乗ったコンロに火を点けて、油を敷いていく。

「あんたは、やらかした事あるの?」

「あるよ。何を思ったのか、キャベツを一玉全部使った野菜炒めを作ろうとしちゃってさ。切り終わって、こんもりとしたキャベツの山を見たら、そこで我に返ったよね……」

 過去の過ちを振り返り、ヒクついた苦笑いを浮かべたハルが、切った食材ともやしをフライパンに投入した後。水が沸騰した銀鍋に、『サッポロ皆伝』の麺を投入した。

「話を聞く限り……。あんたって、今も昔もそんなに変わってなさそうね」

「つい最近、春雨でやらかしちゃったしね。料理の腕は上がっても、中身はそうそう変わらないか」

 「ははっ」と乾いたから笑いを漏らすと、ハルはフライパンに塩コショウを二振り、鶏ガラスープの素、醤油を少量入れ。
 菜箸でかき混ぜながら、フライパンを返して食材を何度も宙に躍らせた。これだけでも、食欲を湧き立たせるおいしい匂いが漂ってくる。やや油を含んだ、香ばしい醤油の匂いがたまらないわ。
 まさか、料理を作っている段階でも、食欲が湧いてくるだなんて。どうしよう。ラーメンっていうよりも、ご飯が欲しくなってきちゃった。

「野菜炒めは、これでオッケー。んで、ラーメンにかやくを入れてっと。後は~」

 三口コンロの火を一気に止めると、ハルは銀鍋に入ったラーメンを、あらかじめ用意していた二つのラーメン丼ぶりに移していく。
 そして、昇り出した湯気を遮るように、出来立て熱々の野菜炒めを盛り付けていった。

「よし、これで完成! どう、メリーさん? 私が料理を作ってる時の姿は? かっこよかったでしょ?」

「手際が料理人のそれっぽかったし、なんだか別人に見えたわ。ちょっとかっこいいと思ったし、見直したわよ」

「マジで? めっちゃ高評価じゃん。あっははは、すっごい嬉しいや」

 ちゃんと褒めてあげたっていうのに。ハルはどこか困惑した様子ながらも、屈託の無い爽やかな笑みを浮かべた。
 ハルの笑顔は、これまで何度も見てきたけれども。あんなに感情が籠もっていそうな笑顔、初めて見たかもしれない。どこか子供の様に、混じり気の無い純粋に喜んでいそうな笑顔を。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ナマズの器

螢宮よう
キャラ文芸
時は、多種多様な文化が溶け合いはじめた時代の赤い髪の少女の物語。 不遇な赤い髪の女の子が過去、神様、因縁に巻き込まれながらも前向きに頑張り大好きな人たちを守ろうと奔走する和風ファンタジー。

タクシー運転手の夜話

華岡光
ホラー
世の中の全てを知るタクシー運転手。そのタクシー運転手が知ったこの世のものではない話しとは・・

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...