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しおりを挟むユーリが記憶喪失になってから早くも一週間が経とうとしていた。
うやむやになっていたルームメイトの件が正式に受理されて、一時的に同室になることが決まったため、朝から晩までずっと彼の側にいたけれど。残念ながら最近のことはまだ全然思い出せていないそうだ。
改めて僕達の一日を振り返ってみると。
朝はいつもユーリの腕の中で目が覚めるので、抜け出す所から始まる。抱き込む力が強い上に悪戯を仕掛けてくるので、なかなか起きられない。朝食の時間が近付くと漸く解放され、魔法で制服へと着替えさせてくれる。
食堂までは雑談しながら向かい、席に着くと結界魔法をかけてもらい二人でゆっくり朝食を摂る。
その後は午前の授業だ。教室での座学は隣の席で、実技では各々の出番が来るまで隣でユーリに必要だと思う説明をした。ユーリも僕が授業で理解できない箇所は先生の説明に補足してくれて、僕の実力に合わせアドバイスをしてくれるのでとても助かっている。
昼食も朝食と同じように食堂に行くか、いつの間にか用意してくれていたお弁当を学園にある庭のベンチで食べる。
午後の授業も午前と同じく。夕食まではユーリの部屋にお邪魔して、一緒にお茶をしながら課題を片付けて。
夕食を終えたら翌日の準備をして、シャワーを借りて浴びる。僕は共有のシャワールームに行くつもりだったけれど「わざわざ移動しなくても、部屋にあるんだから使ってくれ」とユーリに言われたので、我ながら図太いと思いつつも厚意に甘えて使わせてもらってたり。
就寝時間まではホットミルクを頂きながら雑談して、そして今夜こそはソファで寝ると主張する僕をユーリに横抱きでベッドまで運ばれる。がっちり抱き込まれてる内に、人肌の暖かさと気持ちよさに朝までぐっすりと眠ってしまうのだ。
ユーリが慣れるまで面倒を見るために側にいるつもりなので、当然と言えば当然だけれど一日中彼と過ごしている。
おかげで僕を見るユーリの取り巻きたちの顔が凄いことになっている。特にルベルが怖い。美人を怒らせると怖いということがよく分かる。
ルベルはユーリにキッパリと拒絶されてから近寄ることはなくなったけれど、じっと離れた場所でユーリを観察していた。
幸い、あるかもしれないと覚悟していた嫌がらせは今のところない。ユーリが常にべったりと僕の側にいるから、やりづらいんだと思う。
ひそひそと囁かれる悪口は増えたけれど、気付いたユーリが遮音してくれているし、物の紛失や破損がないので助かっている。
そういえば、遠慮しているのかクラスメートや取り巻き達から直接話しかけられることもなかったので、他の人とはろくに話してもいないことに気付いた。
やっぱり同じ人とばかりいるよりも、色々な人と話して刺激を受けないと記憶が戻らないのかもしれない。
よし、そろそろ学校の環境に慣れてきた頃だと思うので、少しずつ別行動をしてユーリが他の人と喋る機会を作ろう。ちょうど午後の授業が外での実習だから、忘れ物を口実に先に行ってもらおうかな。
そう思ってわざと忘れ物をした僕は、外へと向かう廊下を移動していた足を止めた。隣を歩いていたユーリも歩む足を止め、後ろを振り返り僕を見つめる。
「ん、どうした?」
「ごめん、ユーリ。教室に忘れ物をしちゃったみたいだから先に第一訓練所へ行ってもらえるかな?」
「何故? 一緒に瞬間移動で教室まで戻って、訓練所へ向かえば良くないか。そうしよう。ほら俺の手を握ってくれ」
「えっ!」
まさかユーリが瞬間移動を使えるとは思わなくて、思考が停止した。
一緒に行こうって、二人で? えっ、二人で瞬間移動って可能なの?
ユーリの差し出された手を見て、どう断ったら納得してくれるだろうかと内心焦る。
「いや、その……えっと……」
「ほら遠慮するな。授業に遅れたら困るだろ?」
「あの、うーん……でも忘れ物をしたのは僕の落ち度だから、ユーリに頼るのは悪いよ。ぱぱっと走って取ってくるから。じゃあ後でね!」
結局うまい言葉が出てこなかったので、勢いで乗りきろうとしてユーリへと背を向けた。右足を出した瞬間、身体が浮遊する感覚を覚えて悲鳴が出た。
「ひゃっ、なに? えっ?」
狼狽える僕のお腹にはユーリの両腕が回っている。とん、と足が地面に着いてから、抱っこされていたことを理解した。
ユーリは深い溜め息を吐きながら、僕の身体を反転させて向き合う。
「イネスは俺にお仕置きされたいのか?」
「えっ?」
「はあ。別にいいよ、俺も手加減するのやめる。いーちゃんが悪いんだからな」
「あの……手加減って?」
笑顔なのに目が笑ってない。
なんだか嫌な予感がして、後退りしようとしたけれど、肩を捕まれていたので動けなかった。
「えっと、そろそろ行かないと授業に遅れちゃうから離して。忘れ物は本当に僕一人だけで行けるし、ユーリも施設の場所はもう覚えてきているでしょう? 僕に構わず先に行って待っててくれる方が、お互い気を遣わずに済むのかなって……」
「無理だ。訓練所までの道を覚えていないからな」
「えっ? なんで、だってユーリは別に方向音痴じゃないよね。小さい頃、僕達が遊んでいたらアトル村の迷い森に入って出られなくなったことがあったじゃない? その時はユーリが先導して迷わずに村へ帰れたのに」
「不思議だな。人が多いと歩きにくいのかもしれないな」
「うーん……。えっと、もしかして事故の影響で他人の魔力に敏感になってるのかな。魔力酔いを避けるためにそれで方向音痴に? マチュア先生は大丈夫って言っていたけれど、念のために医者にも診てもらおう!」
マチュア先生に事情を話して、医者を呼んでもらうために医務室に向かわないと。
慌ててユーリの腕を引っ張ると、クスッと笑われてしまい僕は戸惑った。
「えっ……なんで笑うの?」
「ごめん。実はいーちゃんのことばかり見ていて、道を覚えてないだけなんだ。体調には問題ないから医者は必要ないよ」
「大丈夫なら良かったけれど……。もう、なにそれ。心配したのに、冗談言わないでよ!」
「イネスに見入っていたのは冗談じゃないぞ。どうせ傍で案内してもらえると思い、甘えていた。許してくれるか?」
えっ、ユーリが僕に甘えて……?
初めて彼から頼られたことが嬉しくて、胸が高鳴る。このままでも良いかもしれないと少しだけ悪いことを考えてしまい、振り払うようにふるふると首を横に振った。
いけない。ユーリには早く記憶を戻してもらわないといけないんだから。
「もう! 今度はちゃんと真面目に覚えてよ?」
「ああ、善処する。もう暫くは離れずに傍で色々と教えてくれ。さて、いーちゃんの忘れ物を取りに早く教室へ戻ろうか」
「う、うん……。お願いします」
残念ながら、僕の目論見は失敗に終わってしまった。今度はちゃんと覚えてくれるみたいだから、数日後にまた挑戦してみようかなぁ。でも同じことをしても怪しまれるだけだから違う方法にした方が良いかも。
よし、夜にでもじっくり考えてみよう。
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