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2話.転入生のおかげで脱ぼっちする
しおりを挟む俺が村八分を受けているといっても、ただ周りから無視されているだけで、現状そこまで困っている訳ではない。
授業で二人組を作る時や、テストの範囲を聞き逃した時、それと俺がトイレで席を外してる最中に急な移動教室の指示が出された時に、不便さを感じる位か。
そもそも俺は、この学園にはご飯目当てで来たもんだから、最初から『友達が出来たらラッキー』というスタンスだった。
ちなみに入学早々やらかした所為でルームメイトがいつの間にか出て行ったため、今は一人暮らし状態だ。二人部屋が基本の寮生活だが、新しい人来ないなぁ。順調にぼっち道を歩んでいるが、逆にのびのびと過ごせて快適かもしれない。それに、家族や地元の友達ともメッセを送り合ったり電話で話す機会があるので、特に人恋しいと思うこともないし。
ハブ宣言で俺様くんが暴力やいじめ禁止してくれたお陰か、物を隠されたり壊されたり、ご飯に変なものを仕込まれたりといった嫌がらせは受けていないのも俺が平気でいられた要因だ。食事はバイキング形式だから、好きなだけ食べたいものを堪能出来るし、レガフォーさえいなければカフェでスイーツも楽しめる。今の所は不自由に感じたこともないので、俺的には問題ないのだ。ちなみにご飯に何かされたら、俺は即座に学校を辞めるつもりだった。何もなくて良かったなぁ。卒業まで桜白峰学園で出されるあらゆる料理を楽しむぞ!
そんな感じで充実した食生活──じゃなくて、学園生活を送っているうちに、あっという間に一年が過ぎ、二年の春を迎え……俺のクラスに転入生がやってきた。
外部生が入学するのも稀だが、転入生が来るのはもっと珍しい事らしい。私立だからか試験が難しく、頭が良くないとこの学園には入れないという噂だ。だからか、クラスメイトは浮き足立っていた。転入生は格好いい人が良い、可愛い人が良いと、はしゃぎながら。
だが教室に入ってきたのは、肩まで伸びたボサボサの黒髪に、漫画でしか見たことのないようなぐるぐる眼鏡、そしてヨレヨレの制服を着た転入生だった。そのダサさとだらしなさに、クラス一同は絶句。
それでも好奇心が抑えられなかったのか、リーダー格の生徒が話しかけに行ったようだ。だが、返ってきたのは眉間に皺を寄せて睨むように「何?」という転入生のつっけんどんな一言。話しかけてあげたのにその態度はなんだと怒って、その子は自分の席に戻っていった。他にも数人話しかけたが、どれもそっけなく冷たい対応で、次第に誰も声をかけなくなってしまったのだ。転入生も特に周囲を気にする様子はなく、以降の休み時間は机に突っ伏して寝ていた。
一匹狼なのか、単にコミュ障なのか。どちらにせよ、このまま彼が暫く一人で過ごすなら、俺も声かけチャレンジしても良いかな。無理に関わるつもりはないけど、授業で組んでもらったり、頭が良いらしいのでテストのヤマとか教えてもらったりしたいなー、なんて。目指せ、ワーストクラス1位からの脱却。
放課後、寮の部屋でくつろいでいると、珍しくチャイムが鳴った。何だろうと思いドアを開けると、そこにはズブ濡れの転入生が立っていた。
転入生の突然の訪問に、呆然と見つめていると、彼が痺れを切らしたように口を開く。
「部屋、ここって言われたんだけど」
よくよく見ると足元に段ボールとその上に草臥れたスポーツバックが置いてある。
あー、なるほどね。異分子認定されたからここに追いやられたのか。ようこそ相棒、これで君もハブメンだぜ!
「って、うわ臭っ!」
前方からドブのような悪臭が漂ってきて、俺は鼻をつまみながら浴室の扉を指差した。
「お風呂あっちだから、先にシャワー浴びてこいよ。石鹸とかシャンプーとか、勝手に使っていいからさ。荷物は……濡れてないようだし、俺が中に入れておくわ」
「ありがとうな」
ぺたぺたとシャワールームに向かっていく転入生の姿を見送り、玄関に置いてあった荷物を中に入れた。思ったより荷物が少ないが、必要なものは現地調達する派なのか?
次にクローゼットから古びたタオルを取り出し、濡れた床をさっと拭く。キレイになったのを確認してから、今度は比較的新しいタオルを一枚持って、風呂場の扉の横に置いた。タオルくらい持ってきてるかもしれないが、まあ一応、俺なりの親切心ってやつだ。
「お前の荷物、浴室ドアの横に置いといたからな。あ、あと俺のタオルで良かったら使ってもいいぞ」
シャワーの音が響く中、そう声をかけると「分かった」と返事が返ってきた。
ついでだから部屋の掃除機でもかけてやろう。ルームメイトがいなくなってから、掃除は気が向いた時にしかしていないので少し埃っぽくなっていた。シャワー後にそんな部屋に入るのは嫌だろうしな。
転入生の部屋と共同スペース、ついでに俺の部屋もざっと掃除し終えた頃。タイミング良く転入生がシャワーから出てきた。
浅いVネックの白Tシャツと濃紺のリブパンツ姿に着替えた彼は、最初のダサい印象とは違い、なんとも普通だ。
「いや、本当に色々助かったよ」
「まぁ、びしょびしょのまま歩かれたら困るし」
「あー……そうか。悪い」
「いいって。これからルームメイトなんだし、仲良くやろうぜ」
ついでにハブ仲間だしな。これで俺もぼっち卒業だぜ。へへへっ。
「あぁ、よろしく。俺、今日転校してきた2-Bの扇谷時雨っていうんだ」
「知ってるよ、同じクラスだもん。俺は、大森葉」
「本当か?」
急にガシッと両肩を掴まれ「びゃっ」なんて変な声が漏れた。ぐるぐる眼鏡越しに、真剣な顔でじっと俺を見つめてくる。
「え……お前、いたのか?」
「廊下側の……後ろの席にいたけど」
「ああ、反対側の方か」
転入生は大体『主人公席』って呼ばれてる窓際の後ろに座るもんな。例に漏れず、こいつもその席に決まっていた。
所で……なんかちょっと近くない? 顔がどんどん近付いてきて、めっちゃ戸惑う。えっ、何、怖いんだけど。
「あ、すまん。目が悪くてさ……近付きすぎたよな?」
固まっていた俺に気付いて、彼はパッと肩から手を離した。戻った適切な距離感に、思わずホッとする。
「お、おう。ちょっとビビったけど、気にしてないよ」
「そっか。実は昨日、うっかり眼鏡を壊しちゃったんだ。新しいのを取り寄せてるんだけど、まだ届かなくてさ。仕方なく昔のを繋ぎとして使ってるんだが、これ、度が合ってなくて見づらいんだ……」
「へぇー」
眼鏡って、そんなにすぐ作れるものじゃなかったんだな。とはいえ、繋ぎの眼鏡はそれしかなかったのか?
「もしかして、クラスメートを睨んでたのって……」
「睨んだ? いや……ただ、よく見えなかったから目を凝らしてただけだよ」
「あー、そうなんだ。所で、何であんなにびしょ濡れだったの?」
とか聞いてみたけど、一応なんとなく察しはついている。
「誰かに呼ばれて、どこかに連れて行かれたと思ったら、目の前にあった池にいきなり突き落とされたんだ」
ビンゴ。睨んだ(ように見えた)のが気に入らなくて、クラスメートの誰かがその腹いせに、ちょっと幼稚な嫌がらせをした訳だ。気の毒だし、これ以上変な事に巻き込まれないよう伝えておくか。
「そんな災難に遭った君に、この学園のルールを教えてしんぜよう」
「何だよ、その口調?」
つっこみを無視して、俺は購買のイチオシ食品、絶対に食べるべきバイキングのおかず、そしてレガフォーに関する暗黙のルールと俺の現状について話す。話が後半に差し掛かるにつれ、彼の眉間に皺が寄っていく。
「何だそりゃ……。変わってるな、この学校」
「まぁ、ここ金持ち校だし。兎に角、平和に暮らしたいなら、レガフォーには関わらないのが一番だぜ」
「……辛くなかったか? 無視されたりして、きつかっただろ」
「え?」
ぐるぐる眼鏡の所為で正確な表情は分からないが、どうやら俺の事を本気で心配した様子が伝わってくる。
そういやこの眼鏡、こっちから目が見えないけど向こうはちゃんと見えてるんだろうか。ぐるぐる部分って黒いじゃん。視界の邪魔じゃないの?
なんて余計な事が気になって考えていたら、なにを勘違いされたのか、ぎゅっと俺を抱き締めてぽんぽんと背中をあやすように叩いてきた。
ふわっと漂う石鹸とシャンプーの香りが、ちょっと良い匂い……いやいや、なに恋愛漫画みたいなことを言ってる!? これは俺の使ってる安い石鹸とシャンプーだぞ。我に返れ!
ヒロインムーブに浸ってる場合じゃない。訂正しなきゃ。
「いや、ほんと……ぼっちだとさ、テストのヤマとか全然分かんないから超辛かったわ。心の中で『助けて、ドラ○も~ん』って何回も叫んだもん」
俺の背中を撫でていた手が、ぴたりと止まった。その後すぐに吹き出し、彼は肩を震わせて笑い出す。
「ははっ……お前、面白い奴だな」
「いやー、なんか勘違いさせてごめん。俺さ、美味しい物目当てでこの学園に来たから、無視とかされてもうまい飯が食えれば幸せだし、全っ然辛くないんだわ」
「あぁ、すまん。俺も誤解してたみたいだ。ていうか、なんだよその声真似。まるで似てねぇ」
「うっせー。今のが一番傷付いたわ」
「ごめんて」
「おう。許すから、カフェでスイーツでも奢ってくれよ」
「悪いな、今ちょっと金欠なんだ」
「ちっ」
こんな他愛ないやりとり、久しぶりで楽しい。こいつとなら気楽にやっていけそうだと思いつつ、まだ抱き合ったままなのに気付く。ちょっと気まずかったから、おどけてみせた。
「つーか、いつまで抱きついてるんだよ。やめてよね、えっちー」
「くっ……ふふっ……。はいはい」
体が離れて安心したけど、今度は両頬を挟まれて顔をじっと見つめてきた。距離も近いが、なんとなく理由が分かるからか、これはあまり気にならない。
ついでだから、俺も彼の顔をじっくり観察してみることにした。最初は身だしなみに気を遣っていないように見えたが、眉は整えられ、髭の剃り残しもない。肌も適度に清潔感があり、お風呂上がりだからか、髪もさっぱりとして見える。もしかしたら、あの姿は寝坊したからなのかもしれない。
ぐるぐる眼鏡の奥にうっすら見えた目は一重だった。俺は二重だけど、彼からは同じ平凡みを感じる。ハブ仲間に加えて、平凡仲間も追加で。
「よし、顔もしっかり覚えた。改めてよろしくな、葉」
「おう、よろしく時雨!」
名前を呼び合った瞬間、ぐっと親近感が湧いたな。微笑む時雨に、俺もにひっと笑い返した。
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