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失恋して崖から落ちたら、山の主の熊さんの嫁になった/後

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 木々を抜けると開けた場所に出た。小川を挟んだ向こう側の草むらにたくさんの黄緑色の光があっちにこっちにと空を飛んでいる。
 すごい。
 ぽかんと口を開いて、その光景を眺めた。
 正直、郷研でホタルを見に行くって話が出た時は、告白するのに良い雰囲気になるだろうな~ぐらいの軽い気持ちでしかなかったけど、実際に見るとそんな考えが頭から吹き飛ぶ程、すごく綺麗な光景だ。わざわざ遠いところからホタルを見に来る人達の気持ちが理解できる。

「熊さん、すっげぇキレイだね。連れて来てくれてありがとう」
「そうか。気に入ってくれて良かった」

 ポンと小さな音を立てて熊さんが人間姿になると、俺は背中に乗っていた筈なのにお姫様抱っこされていた。
 どういう原理だろう。不思議に思ったが「そこの川で足を冷やそう」と目を細めて笑みを浮かべた熊さん(人間Ver)に、目を奪われてどうでもよくなってしまった。

 隣に並んで座り、目の前のホタルを見るふりをして横目で男を見る。たまに、ふわふわと彼の近くをホタルが舞い光を点滅させては離れていく。もしかしたら挨拶してるのかもしれない。
 それにしてもこういうのは儚い美人さんの方が絵になると思ってたけど、ワイルド系でも絵になるなぁ。あー、なんかいいな。俺、熊さんのこと好きだ。イケメンだし優しいし。ほんとこの熊さんになら抱かれてもいい。
 じっと見ていたのがバレたのか、ホタルに向かっていた視線が俺へと向けられる。

「どうした?」
「見とれてました。ついでにその姿なら抱かれてもいいとか思ってました。あっ」

 また何も考えず告白してしまった。確かに今ならムード満点だけど、突然の告白に熊さんがきょとんとしている。俺たち出会ったばかりだしもうちょっと仲を深めてからの方が、勝率は良かったかもしれない。
 本日二度目の失恋かよ、嫌だなぁ。良くない返事を聞きたくなくて俺はへらりとした笑みを浮かべて口を開く。軽口風にして深い意味はないんですよ、と伝えよう。

「あー、や、熊さんにも好みがあるよね。可愛い子とか美人とか処女とか女の子の方がいいですもんね。俺みたいなのにそんな事言われてもって感じ? あ、でも俺、処女は条件クリアしてるよ。ついでに童貞だから清い体だよなんて……あは、は……」

 あー、やってしまった。完全にテンパってる。違う、こんな事言うつもりじゃないのに。
 冷静になるために足だけじゃなくて頭を川につっこむべきかな。俯いてホタルの光が反射する黒い水面を見つめる。
 いや、やっぱやめよう。急にそんなことしたら、失恋して自殺しようとしたと勘違いされるのがオチだ。浅い川といえども死ねるもんね。死ぬつもりないけど。
 何より熊さんに心配されてしまうのは嫌だ。主に俺の頭を。

「新は私を気に入ったのか」
「うん好き。抱かれたい位に大好き」
「ならば、私の嫁になると契りを結ぶなら抱いてやろう」
「えっ、なるなる」

 反射的に答えたけど、今なんて言った? それってつまりオーケーってこと?
 顔を上げると熊さんは嫌悪ではなく、目を細めた笑みを浮かべていた。

「そうか。では、仮契約を」

 額に柔らかい感触がした後に、ちりっと熱くなった。
 俺はわなわなと体を震わせた。
 ここここれはまさか、イケメンがよくしてくれるという……。

「く、熊さん、今したのって、でこちゅう……」
「新。目を閉じてくれ」
「うん」

 言われた通りにすぐさま目を閉じると、今度は唇に柔らかい感触がした。数秒経って、唇が離れる。なんと、口にもちゅうしてしまった。
 初キスはレモンの味はしなかった。ついでに妄想してたよりもずっと俺が乙女だったようで、終わった後すごく照れ臭くて暫く目が合わせられず挙動不審になった。心配かけてごめん熊さん。落ち着くまでちょっと待ってて。


 朝方に再び熊さんの背に乗って下山した。
 キスをされた俺が落ち着いた頃、そろそろ帰ろうと促してきた熊さんに、もう少し一緒にいて話したいと我儘を言ってこんな時間まで付き合ってもらった。だって初恋人だし、いちゃつきたいだろう。基本、俺がベラベラ喋ってるだけだったけどさ。

 人里の手前で下ろしてもらい、最後に熊さんをぎゅっと抱きしめた。
 獣になっても熊さんからは獣臭さはしない。太陽の匂いがする。少し固めな胸毛に顔を埋めてすーはーした後、離れた。
 おっ、胸元の所の毛は少し薄い色をしてるんだな。チャームポイントかな、可愛い。
 熊さんを目に焼き付けるように暫く見つめる。名残惜しいけど、お別れだ。

「ありがとう熊さん。暫くお別れだね」
「嫁ぎに来る準備が出来次第、いつでも来い。待っている」
「うん。両親に報告して退学手続きしたら荷物持ってすぐ行くから!」
「捻挫が治るまでは待てるつもりだが……」
「んへへへ。分かった、じゃあ体調も万全にしてからまた来るね」

 ぶんぶんと手を振り、宿泊先の民宿へと向かう。
 ひとまずシャワって着替えて足テーピングして荷物まとめて~。すっごくお腹空いたから朝ごはん食べて帰ろう。始発の電車何時からだっけ。ちょうどいいのがあるといいなぁ。時刻表確認しとかないと。

 部屋に入り襖を開けると、浴室から出てきた空輝とバッタリ会った。
 ゲッと顔をしかめた空輝に首を傾げる。

「次シャワー使っていい?」
「あ? お前どこに行ってたんだよ。泥だらけだし……足も怪我してんのか?」
「ちょっと足捻っちゃった。あ、もし暇だったらテーピングしてくれる? 念のために男女班で一つずつ用意してた救急セットあるよな、どこにあるかな」
「多分そこの荷物置き場のどっかにはある。準備しといてやるよ」

 ん、それは結局やってくれるってこと?
 まぁ用意してくれるだけで助かるから別にどっちでもいっか。

 俺がシャワーを終えてさっぱりして戻ると、畳の上に座り、空輝がテーピングをしてくれた。顔はしかめたままだったけど。
 気分でも悪いのかと思えば、そういえば告白して嫌がられたことを思い出した。
 いやぁ、色々あってすっかり忘れてたわ。
 これからは俺に関わらないでくれとか言ってたのに手当してくれるって、空輝は本当に優しいな。そこが好きだったんだけど。
 まぁ、今は俺には熊さんがいるから心が揺らいだりなんて全然しないけどね!

「その、さ……。俺と別れた後に怪我したのか? それで帰ってこれなかったとか? あんな山道じゃなくせめて大通りで別れれば良かったな。放置して悪かっ……」
「えっ、違うよ」
「違うのかよ」
「別れた後に怪我したのは合ってるけど、その後は助けてもらった熊さんと一緒に最初ホタル見に行ってたんだぁ。あ、ホタルどうだった? ちゃんと見られたか? キレイだったよなぁ」
「あ、あぁ。思ったより数少なかったけどな。なんか人の方がいっぱいだったわ」
「そうなんだ。俺はホタルいっぱい見れたよ。二人きりだったし場所が良かったのかなぁ。さすが熊さん。あっ、そんでさ~。俺ね、熊さんと結婚することになっちゃった」
「え、誰そいつ」
「熊さんは熊さんだよ。うへへっ、これからラブラブ新婚生活の準備するんだぁ」
「つか急だな。昨日の今日でお前が結婚……?」
「あっ、そうだ。俺、昨日お前に告白したけど空輝のことは死んでも良いほど本気で好きじゃなかったわごめんな? でもお前には飯島さんがいるもんな。頑張れよって、いったい! 足痛いんですけど空輝さん?!」
「うっぜぇぇぇ」

 何を思ったのか、空輝に足をぎゅっと力いっぱいに握られて、俺は痛みに声を上げた。
 酷い! 俺の足は今負傷してんだぞ!

「何で俺がお前にフラれたみたいになってんだよ。ムカつくな。違うだろ。俺が、先に、お前を、振ったんだよ、分かったな!」
「うん?」
「ふんっ。俺はもう寝る! あとは片しとけ」

 そう言って空輝は俺に背を向けるよう、敷いてあった布団にもぐりこんだ。
 なんだか俺が空輝にフラれたことを強調されたけど、なんでだ?
 よく分からないが、もしかして昨日は飯島さんとはうまくいかなかったんだろうか。かわいそうに。
 お前の分まで俺は幸せになるぜ。

 俺はこれからの事を想像して、ルンルンとした気分で帰る準備をし始めた。
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