林檎を並べても、

おまけ

ラブレター

「実は、その…俺さ、余命宣告受けてて、あと二年持つか分かんないんだ…」

淡く染まった桜越しの、美しい青空を眺めているときに都季は唐突にそう口にした。あまりにあっけらかんと、なんてことない世間話のように言うから、その内容との差に脳がバグる。
何も言えずに動揺する俺の隣で同じように空を見続けながら、彼は続けた。

「治療、できないこともなかったんだけどさ…再発率も高くて、けっこう闘病生活がしんどいらしくて。摘出手術に成功したとしても、あんま持たないらしくて…お金もけっこう
かかるし…」

ずっと、青空ばかり映していた瞳が俺に向く。腹の奥から、どうしようもない怒りが湧き上がってくるのがわかった。
それと、それを上回るほどの悲しみも。

なんでもっと早く教えてくれなかった？
都季にとって、そんなに俺は頼りない奴だったのか？

きっと、顔に出ていたのだろう。目の前の都季の表情に、怯えが混ざったのが見えた。俺自身、押し寄せていた情報が多すぎて何を言えばいいかわからない。何も言えず、口を開くことができなかった。
そんな俺に何か勘違いしたのか、都季は見当違いな言い訳をした。

「俺自身、ちょっと頑張れる気がしないんだ…楽に死ねるような治療をしてるんだけどさ…」

違う。そういうことじゃない。
なんで都季は、そんな平気そうな顔をしてるんだ。

ただでさえ混乱していた頭が更にぐちゃぐちゃになる。

分かってはいた。都季と、ところどころで価値観が違うのは理解していた。それでも、俺はまだ都季と一緒にいたい。そんな簡単に、俺との未来を諦めて欲しくなかった。
こうやって都季に俺の感情が届かないのが悔しくて、歯噛みする。

車に跳ねられる直前。避けれない、と思うと同時に追いかけてきてくれたらしい都季を一目見ようと、必死に目をこじ開けた。
都季がお気に入りだと言っていた緑のカーディガンが先に視界に入る。
緑がよく似合う都季にそのカーディガンはよく映えていて、「似合ってる」と伝え忘れたことを今更思い出す。

(やっぱ、泣き虫だね…)

都季の涙を拭う権利は、俺だけのものなのに。
そうしてようやく見えた都季の泣きそうな顔に、手を伸ばそうとして、俺は意識を失った。


◯


大好きなソウヘ。
久しぶり。元気にしてるか？俺は…って、言う必要はないよな。なんせ、この手紙がお前の元に渡る頃には俺はきっと死んでるから。そう、俺がお願いしたんだ。
正直、ソウとはもっとたくさん話したいことがあった。きっと、俺たちに足りなかったのは話し合いなのかもしれない。
いや、多分話し合いなんだろうな。
きっと、いろんなところで正直に話せばよかった。お前が記憶を失ったとしても。
でも変わってしまったお前を、俺は受け入れることが出来なかったんだ。きっと、バチが当たったんだと思う。俺のことだけをさっぱり忘れて、前に進んでいくお前は、俺が知らない人間みたいだった。
変な話だろ？あのソウが、林檎を美味いって言って恋愛映画をつまらないっていうんだぜ？
でも俺はそれを逆にラッキーだとも思ってしまった。
なんたって、俺には時間がないんだ。もちろん、人間は死ぬ時は一人だって相場が決まってる。それでも、その終わりまでの限りある期間を過ごすのは、他の誰でもないソウがいいと思っていた。
だって、俺はソウのことが大好きだから。
それでも、記憶をなくしたお前にはまた別の未来を望む道が生まれている。俺とずっといたら、絶対にあり得なかった道だ。
なら、手放すしかないと思った。
だって、最後までお前が幸せじゃないなんて耐えられないんだ。お前のこの先の人生が、幸せじゃないなんて俺が許せない。
俺の何よりの幸せが、お前の幸せだから。
お前が、笑っているところだから。

幸せになってくれよ、ソウ。
誰よりも愛してる。

トキ。