19 / 23
主治医
祈り
しおりを挟む
初めて彼からその話をされたのは、二年ほど前だった。
「…と言う訳なんですが、驚かせましたかね…?」
「…っいえ!そんなことも、よくあることですよ。」
気軽に投げた質問だった。今お付き合いされているパートナーはいらっしゃるのか。命に関わる病に侵されている患者さんにはよく聞く質問で、いつものように習慣的に口にしていた。
家庭環境が複雑で、両親とは離別して暮らしているという彼。
ギシリと彼の座る回転椅子が音をたてる。平日のお昼下がりはいい天気で、外からは病院の前に位置する公園で遊ぶ子供の元気な声がぼんやりと聞こえていた。
例え、男性同士だとしても。何もおかしなところはない。
「その方にはお伝えしましたか…?」
でも本当のことを言ってしまえば、驚いたのは事実だった。
パートナーの有無に驚いたわけでも、パートナーの方が男性だったことに驚いたわけでもない。彼がこの病に対して、治す治療ではなく苦しまずに終える治療を選んでいたからだった。
大体の患者さんは、もちろんそうでない方もいるとはいえ延命治療を希望される方が多い。
なのに、目の前の彼はその選択肢を拒んでいた。
「いや…それが言い出しにくくて…。」
「そうですか…。」
くしゃりと苦笑いしながら頬を掻く彼の姿が、ひどく儚く見えた。
いわゆる緩和ケアと言われるものを選んだ彼には、残されている時間があまりにも少なかった。若さゆえ進行が早く、すでに病原を発見したときも手遅れスレスレ。医者という立場上、彼には少しでも長く生きる道を選んでほしかったのが本心だ。でも、彼は断固として意見を変える様子を見せない。それならば、私は彼を最期までサポートするのみだ。
「いつか、伝えられるといいですね。」
考え抜いてかけれた言葉は、これぐらいしかなかった。きっと、これが正解と決まった言葉はないんだろうけど、不正解に限りなく近いのは分かる。心のなかで反省していると、彼はふわりと穏やかな顔で笑ってくれたのだ。
それから少しして、彼の通う病院に彼の恋人が運び込まれた。
なんでも、交通事故に遭ったのだと。奇遇にも、入院中の診察は私が担当することになった。幸い大きな怪我はなかったが、頭の打ちどころが悪く記憶に障害が残ってしまう可能性が大きい。まるで、どこかにある後味の悪い少女漫画かなにかのテンプレのようだと思う。
そんな話をすると、ボロボロと涙を流しながら昏睡状態の恋人に寄り添う彼は、どこかほっとしたような顔をしていた。
「…と言う訳なんですが、驚かせましたかね…?」
「…っいえ!そんなことも、よくあることですよ。」
気軽に投げた質問だった。今お付き合いされているパートナーはいらっしゃるのか。命に関わる病に侵されている患者さんにはよく聞く質問で、いつものように習慣的に口にしていた。
家庭環境が複雑で、両親とは離別して暮らしているという彼。
ギシリと彼の座る回転椅子が音をたてる。平日のお昼下がりはいい天気で、外からは病院の前に位置する公園で遊ぶ子供の元気な声がぼんやりと聞こえていた。
例え、男性同士だとしても。何もおかしなところはない。
「その方にはお伝えしましたか…?」
でも本当のことを言ってしまえば、驚いたのは事実だった。
パートナーの有無に驚いたわけでも、パートナーの方が男性だったことに驚いたわけでもない。彼がこの病に対して、治す治療ではなく苦しまずに終える治療を選んでいたからだった。
大体の患者さんは、もちろんそうでない方もいるとはいえ延命治療を希望される方が多い。
なのに、目の前の彼はその選択肢を拒んでいた。
「いや…それが言い出しにくくて…。」
「そうですか…。」
くしゃりと苦笑いしながら頬を掻く彼の姿が、ひどく儚く見えた。
いわゆる緩和ケアと言われるものを選んだ彼には、残されている時間があまりにも少なかった。若さゆえ進行が早く、すでに病原を発見したときも手遅れスレスレ。医者という立場上、彼には少しでも長く生きる道を選んでほしかったのが本心だ。でも、彼は断固として意見を変える様子を見せない。それならば、私は彼を最期までサポートするのみだ。
「いつか、伝えられるといいですね。」
考え抜いてかけれた言葉は、これぐらいしかなかった。きっと、これが正解と決まった言葉はないんだろうけど、不正解に限りなく近いのは分かる。心のなかで反省していると、彼はふわりと穏やかな顔で笑ってくれたのだ。
それから少しして、彼の通う病院に彼の恋人が運び込まれた。
なんでも、交通事故に遭ったのだと。奇遇にも、入院中の診察は私が担当することになった。幸い大きな怪我はなかったが、頭の打ちどころが悪く記憶に障害が残ってしまう可能性が大きい。まるで、どこかにある後味の悪い少女漫画かなにかのテンプレのようだと思う。
そんな話をすると、ボロボロと涙を流しながら昏睡状態の恋人に寄り添う彼は、どこかほっとしたような顔をしていた。
59
お気に入りに追加
61
あなたにおすすめの小説
キミと2回目の恋をしよう
なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。
彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。
彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。
「どこかに旅行だったの?」
傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。
彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。
彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが…
彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?
花婿候補は冴えないαでした
一
BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。
本番なしなのもたまにはと思って書いてみました!
※pixivに同様の作品を掲載しています
記憶喪失の君と…
R(アール)
BL
陽は湊と恋人だった。
ひねくれて誰からも愛されないような陽を湊だけが可愛いと、好きだと言ってくれた。
順風満帆な生活を送っているなか、湊が記憶喪失になり、陽のことだけを忘れてしまって…!
ハッピーエンド保証
僕のために、忘れていて
ことわ子
BL
男子高校生のリュージは事故に遭い、最近の記憶を無くしてしまった。しかし、無くしたのは最近の記憶で家族や友人のことは覚えており、別段困ることは無いと思っていた。ある一点、全く記憶にない人物、黒咲アキが自分の恋人だと訪ねてくるまでは────
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
学園の俺様と、辺境地の僕
そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ?
【全12話になります。よろしくお願いします。】
記憶喪失のふりをしたら後輩が恋人を名乗り出た
キトー
BL
【BLです】
「俺と秋さんは恋人同士です!」「そうなの!?」
無気力でめんどくさがり屋な大学生、露田秋は交通事故に遭い一時的に記憶喪失になったがすぐに記憶を取り戻す。
そんな最中、大学の後輩である天杉夏から見舞いに来ると連絡があり、秋はほんの悪戯心で夏に記憶喪失のふりを続けたら、突然夏が手を握り「俺と秋さんは恋人同士です」と言ってきた。
もちろんそんな事実は無く、何の冗談だと啞然としている間にあれよあれよと話が進められてしまう。
記憶喪失が嘘だと明かすタイミングを逃してしまった秋は、流れ流され夏と同棲まで始めてしまうが案外夏との恋人生活は居心地が良い。
一方では、夏も秋を騙している罪悪感を抱えて悩むものの、一度手に入れた大切な人を手放す気はなくてあの手この手で秋を甘やかす。
あまり深く考えずにまぁ良いかと騙され続ける受けと、騙している事に罪悪感を持ちながらも必死に受けを繋ぎ止めようとする攻めのコメディ寄りの話です。
【主人公にだけ甘い後輩✕無気力な流され大学生】
反応いただけるととても喜びます!誤字報告もありがたいです。
ノベルアップ+、小説家になろうにも掲載中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる