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09.昔の夢
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窓から差し込む朝日を浴び、ステファニアは目を開けた。
ずいぶんと昔の夢を見ていたような気がする。まだ世界は自分にとって優しく、輝かしい未来を約束してくれていると信じていた、幼い日の夢だ。
夢うつつのまま、ふと、エルドナート侯爵家の小礼拝堂はどうなったのだろうかと、ステファニアの脳裏に疑問がよぎる。
母に裏切られたことを知ってから、小礼拝堂に行くことはなくなった。アドリアンと約束を交わした場所ではあったが、母に似た女神像を見ることが苦痛で、足が遠のいたのだ。
もうかなり昔に建てられた小礼拝堂は、もともと打ち捨てられたようなものだった。通う者がいなくなってしまえば、手入れもおぼつかないだろう。
少しだけ、ステファニアの心に鈍い痛みが走る。
それは裏切られたことに対する傷からくるものか、それとも幼い日の幸福を思い出してのことなのか、ステファニアにもよくわからない。
思いを振り払うように、ステファニアが軽く身じろぎすると、隣でかすかな呻き声が響いた。
そっと身を起こすと、ステファニアは隣で眠る姿を眺める。
取り立てて特徴のない顔立ちをした、中年の男性だ。寝顔は穏やかだったが、眉間にくっきりと刻まれた皺は消えることがなく、夢の中ですら完全な安寧を得ることはできないのだろうかと思わせる。
彼こそが、ノーゼラン王国国王であるゴドフレードだった。
ステファニアが後宮入りしてから二年、ゴドフレードはステファニアのもとで眠ることが多かった。他にも寵姫たちはいるが、ゴドフレードが朝まで共に過ごすのは、ステファニアだけだ。
国王の寵愛を一身に受け、この国の女性として最高の栄誉を手にしていると誰もが疑わないステファニアだったが、決して他には漏らせない事情がある。
自嘲めいた笑みを口元にのぼらせると、ステファニアはゴドフレードの毛布をかけなおした。
「ん……朝、か……?」
すると、ゴドフレードが重たそうにまぶたを持ち上げ、かすれた声を漏らした。
「まあ、起こしてしまいましたか?」
「いや……構わぬ」
ゴドフレードは眩しそうにステファニアを眺めて、かすかに笑みを浮かべる。
「……どうかなさいましたか?」
「なに、そなたが余のもとに来たときの夢を見ていた。思い出しても傑作だな。そなたのような答えを返した者、未だに誰もおらん」
「まあ……」
いたずらっぽく笑うゴドフレードから気まずそうに視線をそらし、ステファニアは苦笑する。
「余の子が欲しいのかと尋ねれば、はっきり“いいえ"ときた。後宮とは、王の子を産み育てる場所であるというのにな」
くつくつと笑い声を漏らしながら、ゴドフレードは続ける。ステファニアは何も言えずに、視線をそらし続けるだけだった。
ずいぶんと昔の夢を見ていたような気がする。まだ世界は自分にとって優しく、輝かしい未来を約束してくれていると信じていた、幼い日の夢だ。
夢うつつのまま、ふと、エルドナート侯爵家の小礼拝堂はどうなったのだろうかと、ステファニアの脳裏に疑問がよぎる。
母に裏切られたことを知ってから、小礼拝堂に行くことはなくなった。アドリアンと約束を交わした場所ではあったが、母に似た女神像を見ることが苦痛で、足が遠のいたのだ。
もうかなり昔に建てられた小礼拝堂は、もともと打ち捨てられたようなものだった。通う者がいなくなってしまえば、手入れもおぼつかないだろう。
少しだけ、ステファニアの心に鈍い痛みが走る。
それは裏切られたことに対する傷からくるものか、それとも幼い日の幸福を思い出してのことなのか、ステファニアにもよくわからない。
思いを振り払うように、ステファニアが軽く身じろぎすると、隣でかすかな呻き声が響いた。
そっと身を起こすと、ステファニアは隣で眠る姿を眺める。
取り立てて特徴のない顔立ちをした、中年の男性だ。寝顔は穏やかだったが、眉間にくっきりと刻まれた皺は消えることがなく、夢の中ですら完全な安寧を得ることはできないのだろうかと思わせる。
彼こそが、ノーゼラン王国国王であるゴドフレードだった。
ステファニアが後宮入りしてから二年、ゴドフレードはステファニアのもとで眠ることが多かった。他にも寵姫たちはいるが、ゴドフレードが朝まで共に過ごすのは、ステファニアだけだ。
国王の寵愛を一身に受け、この国の女性として最高の栄誉を手にしていると誰もが疑わないステファニアだったが、決して他には漏らせない事情がある。
自嘲めいた笑みを口元にのぼらせると、ステファニアはゴドフレードの毛布をかけなおした。
「ん……朝、か……?」
すると、ゴドフレードが重たそうにまぶたを持ち上げ、かすれた声を漏らした。
「まあ、起こしてしまいましたか?」
「いや……構わぬ」
ゴドフレードは眩しそうにステファニアを眺めて、かすかに笑みを浮かべる。
「……どうかなさいましたか?」
「なに、そなたが余のもとに来たときの夢を見ていた。思い出しても傑作だな。そなたのような答えを返した者、未だに誰もおらん」
「まあ……」
いたずらっぽく笑うゴドフレードから気まずそうに視線をそらし、ステファニアは苦笑する。
「余の子が欲しいのかと尋ねれば、はっきり“いいえ"ときた。後宮とは、王の子を産み育てる場所であるというのにな」
くつくつと笑い声を漏らしながら、ゴドフレードは続ける。ステファニアは何も言えずに、視線をそらし続けるだけだった。
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