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64.取るべき道2
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何も言わず、晴人は都と逆方向に歩き続ける。
今までこの世界で歩んできた道のりがよみがえり、晴人の頭をぐるぐると駆け巡る。
聖神殿で初めてセイと出会い、インプを女の子だと思ってしまったこと。
村で男が魔物化してしまい、初めての浄化を行ったこと。
その頃は、早く最終目的地にたどりついて帰りたい一心だった。
町の神殿で聖娼たちや神殿長と出会い、晴人の中で貞操に関する意識が少し変わった。
今でもやはり貞操は守りたいが、以前ほどかたくなではないような気がする。
誇りを持って浄化を行う聖娼たちの姿は、尊敬に値した。
都での出来事は、あまり思い出したくない。
まだ生々しい傷が晴人の心にぱっくりと開いている。
人々の追いすがる姿は醜く、抜け道で出会った少年の毅然とした態度とごちゃごちゃになってまだ感情の整理ができない。
ただ、何が起こったときでも常にセイが近くにいた。
晴人を導く存在でありながら、肝心なところは晴人に決断させるセイ。
勝手に晴人が怒って口をきかなくなっても、辛抱づよく見守ってくれたセイ。
すべて放り出したいと言ったことすら受け入れてくれるセイ。
魔素を封じるにしろ、充満させるにしろ、晴人は元の世界に帰ることになるのだろう。
元の世界に帰れば、セイともお別れなのだ。
それならば、少しでもセイと長くともにいるために魔素を充満させるほうがよいのではないかという考えが浮かび、晴人ははっとする。
何故、そこまでセイと一緒にいたいのだろうか。自らの考えに疑問を抱くが、セイは大切な友達なのだ。
友達と一緒にいたいと思うのは当たり前だろうと、自らの疑問に答えを与える。
「……もう、暗くなってしまったよ。いいかげん、休んだらどうだい?」
考えていた当の相手の声が響き、晴人は我に返って歩みを止めた。
気がつけば、あたりはすっかり暗くなってしまっていた。足下をじっと眺めながら、辺りの様子など気づかないほど考え込んで歩き続けていたらしい。
晴人は周囲に漂う魔素をかき集め、テントのような形に整える。光をさえぎることはできないが、生き物の侵入は防げるようだった。
「こんなことまでできるようになったんだね……」
感慨深そうにセイが呟くが、晴人は曖昧に頷くだけだった。
今、セイと話せばわけのわからない感情があふれてしまいそうだ。
晴人は魔素で作ったテントの中に潜り込み、地面にも魔素を広げると布団のように整えてくるまる。温かくもないが、寒くもない。
布団の役割を果たしているのかは怪しかったが、とにかく今は身を包むものが欲しかった。
気休めでも、自分を守るものが欲しい。
横になって目を閉じるが、先ほどまで思い悩んでいたことが再びよみがえり、晴人の眠りをはばむ。暗闇がそうさせるのか、思い浮かぶのはよくないことばかりだ。
魔素を封じるべく静謐の丘に向かうか、それとも魔素を充満させるべくどこかに逃げるか。
答えは出ないまま、晴人はごろごろと寝返りを打って転がる。
やがてうつらうつらと浅い眠りが押し寄せ、人々に襲われる夢や魔物に襲われる夢を見ては飛び起きた。
そのたびにセイは晴人に寄り添って、背中をさすってくれた。たとえその手に触れることができなくても、セイの優しさは晴人を温めてくれる。
長い、長い夜だった。
いっそ、もう二度と明けることはないのではというくらいに感じられたが、それでもやはり夜明けはやってくる。
空が白み始め、朝日が顔を出していくのを晴人は呆けたように眺めていた。悪夢の時間は去ったのだと、心に穏やかさが満ちていく。
「……どうしたの?」
セイから驚いたように指摘され、晴人は自分が涙を流していることに気づいた。
「いや……朝日が綺麗だなって思って」
晴人はごまかした。
朝日が綺麗だと思ったのは本当だが、涙を流しているのはおそらく違う理由だろう。自分でも何に泣いているのか、よくわからなかった。
「……ねえ、もし世界が魔素に満たされたら、セイはどうなるの?」
空を見上げたまま、晴人は何気ないように尋ねてみる。
「わからない。少なくとも、今のまま精霊としてはいられないだろうね。最悪、消滅するかもしれない」
セイの答えを聞き、晴人は泣き笑いを浮かべた。
一晩ほとんど寝ないで考えていたのが馬鹿らしかった。魔素を封じるべきか、満たすべきかなど、考えることはなかったのだ。
この答えを聞いて晴人が取るべき道など、ひとつだけではないか。
今までこの世界で歩んできた道のりがよみがえり、晴人の頭をぐるぐると駆け巡る。
聖神殿で初めてセイと出会い、インプを女の子だと思ってしまったこと。
村で男が魔物化してしまい、初めての浄化を行ったこと。
その頃は、早く最終目的地にたどりついて帰りたい一心だった。
町の神殿で聖娼たちや神殿長と出会い、晴人の中で貞操に関する意識が少し変わった。
今でもやはり貞操は守りたいが、以前ほどかたくなではないような気がする。
誇りを持って浄化を行う聖娼たちの姿は、尊敬に値した。
都での出来事は、あまり思い出したくない。
まだ生々しい傷が晴人の心にぱっくりと開いている。
人々の追いすがる姿は醜く、抜け道で出会った少年の毅然とした態度とごちゃごちゃになってまだ感情の整理ができない。
ただ、何が起こったときでも常にセイが近くにいた。
晴人を導く存在でありながら、肝心なところは晴人に決断させるセイ。
勝手に晴人が怒って口をきかなくなっても、辛抱づよく見守ってくれたセイ。
すべて放り出したいと言ったことすら受け入れてくれるセイ。
魔素を封じるにしろ、充満させるにしろ、晴人は元の世界に帰ることになるのだろう。
元の世界に帰れば、セイともお別れなのだ。
それならば、少しでもセイと長くともにいるために魔素を充満させるほうがよいのではないかという考えが浮かび、晴人ははっとする。
何故、そこまでセイと一緒にいたいのだろうか。自らの考えに疑問を抱くが、セイは大切な友達なのだ。
友達と一緒にいたいと思うのは当たり前だろうと、自らの疑問に答えを与える。
「……もう、暗くなってしまったよ。いいかげん、休んだらどうだい?」
考えていた当の相手の声が響き、晴人は我に返って歩みを止めた。
気がつけば、あたりはすっかり暗くなってしまっていた。足下をじっと眺めながら、辺りの様子など気づかないほど考え込んで歩き続けていたらしい。
晴人は周囲に漂う魔素をかき集め、テントのような形に整える。光をさえぎることはできないが、生き物の侵入は防げるようだった。
「こんなことまでできるようになったんだね……」
感慨深そうにセイが呟くが、晴人は曖昧に頷くだけだった。
今、セイと話せばわけのわからない感情があふれてしまいそうだ。
晴人は魔素で作ったテントの中に潜り込み、地面にも魔素を広げると布団のように整えてくるまる。温かくもないが、寒くもない。
布団の役割を果たしているのかは怪しかったが、とにかく今は身を包むものが欲しかった。
気休めでも、自分を守るものが欲しい。
横になって目を閉じるが、先ほどまで思い悩んでいたことが再びよみがえり、晴人の眠りをはばむ。暗闇がそうさせるのか、思い浮かぶのはよくないことばかりだ。
魔素を封じるべく静謐の丘に向かうか、それとも魔素を充満させるべくどこかに逃げるか。
答えは出ないまま、晴人はごろごろと寝返りを打って転がる。
やがてうつらうつらと浅い眠りが押し寄せ、人々に襲われる夢や魔物に襲われる夢を見ては飛び起きた。
そのたびにセイは晴人に寄り添って、背中をさすってくれた。たとえその手に触れることができなくても、セイの優しさは晴人を温めてくれる。
長い、長い夜だった。
いっそ、もう二度と明けることはないのではというくらいに感じられたが、それでもやはり夜明けはやってくる。
空が白み始め、朝日が顔を出していくのを晴人は呆けたように眺めていた。悪夢の時間は去ったのだと、心に穏やかさが満ちていく。
「……どうしたの?」
セイから驚いたように指摘され、晴人は自分が涙を流していることに気づいた。
「いや……朝日が綺麗だなって思って」
晴人はごまかした。
朝日が綺麗だと思ったのは本当だが、涙を流しているのはおそらく違う理由だろう。自分でも何に泣いているのか、よくわからなかった。
「……ねえ、もし世界が魔素に満たされたら、セイはどうなるの?」
空を見上げたまま、晴人は何気ないように尋ねてみる。
「わからない。少なくとも、今のまま精霊としてはいられないだろうね。最悪、消滅するかもしれない」
セイの答えを聞き、晴人は泣き笑いを浮かべた。
一晩ほとんど寝ないで考えていたのが馬鹿らしかった。魔素を封じるべきか、満たすべきかなど、考えることはなかったのだ。
この答えを聞いて晴人が取るべき道など、ひとつだけではないか。
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