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59.悪魔の囁き1
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インプの言葉は晴人にとって衝撃だった。最終目的地である静謐の丘まで行かなくても、元の世界に帰る方法があるというのか。
今までセイはそのようなこと、一言も言わなかったはずだ。
「そんな方法があるのか? ……セイ、本当?」
問い返しながら、晴人はセイにも尋ねてみる。
セイは晴人の視線を受けると、俯いた。
「……確実な方法ではないよ。可能性があるっていうだけだ」
ややあってセイが答える。インプの言葉は、間違っていないようだ。
「まあ、確かにそうだけどさ。あんな身勝手な連中を助けるのなんて、もうごめんだろ? 魔素を封じることであんたは元の世界に帰れる。でも、逆に魔素で世界を満たしても帰れるんだ」
「それは可能性であって、断定はできないよ」
得意そうに語るインプにセイが水をさす。
インプは一瞬、顔をしかめたが、すぐに気を取り直して腕を後ろで組み、軽く宙を仰ぐ。
「精霊様はこまかいなあ。でも、魔素を満たすほうが楽だよ。だって、何もしなくていいんだもの。どこかに身を潜めて、じっと待っているだけさ」
にっこりと笑いながらインプは晴人に語りかける。
「いいだろ、あんたは何もしなくても、魔素が勝手にやってくれるんだ。何もしなくても、神子様が勝手に救ってくれると思っている連中のために頑張る必要なんてないよ」
インプの優しい囁きが晴人の心に絡みつき、じわじわと染みこんでくる。
村や町で晴人は人々に頼られてきた。晴人を神子様と崇め、浄化を願い出てきた人々の姿が晴人の脳裏によみがえる。
しかし彼らも結局は、晴人を利用しただけではないだろうか。神子の力を利用し、救われるのが当たり前と思っていただけではないだろうか。
この都の人々が神子だから身を捧げるのは当たり前と晴人に強要してきたように、今まで好意的に振舞っていた人々だって、心の底では晴人を利用しようと歪んだ笑いを浮かべていたのかもしれない。
何もしなくてもいい、頑張る必要などないという言葉は、傷ついた晴人の心をこの上なく甘い誘惑としてくすぐる。
「聖娼が浄化をするとき、承諾があると効果が増すっていうのは知っているでしょう? あの都の神殿では承諾のことなんて教えないんだよ。神殿を訪れる連中に、無理やり突っ込むよう促すんだ。どうしてかわかる?」
愛らしく首を傾げてインプが問いかけてくる。声にも笑いがにじんでいるようだったが、どこか暗さを感じさせる響きだ。
「いや……わからない……」
突然変わった話に戸惑いながらも、晴人は素直に答えた。
「浄化が不完全だと、何回も浄化しないといけないでしょ。だから、何回も金が入ってくるってわけ。もちろん金は上層部のものになって、聖娼はこき使われるだけさ」
「そんな……ひどい……」
晴人の心にますます暗雲が立ち込める。あの都の聖娼は、どれほどひどい扱いを受けているというのだろうか。
「いっそ魔素が充満しきって、変に浄化しようという奴が現れなくなるほうが、聖娼たちだって楽になれるよ。かわいそうな聖娼たちを救ってあげたいと思わない?」
「それは……」
晴人は俯いて考え込む。
本当にインプの言うとおりかもしれない。哀れに犯されていた聖娼たちのことを思えば、晴人の胸は締め付けられる。
魔素を封じるのではなく、満たすほうが彼らも幸せになれるのではないだろうか。
さらにそれで晴人も元の世界に帰れるというのなら、よいことばかりに思える。もしかしたら、みんなが幸せになれるのではないだろうかと、晴人の心は揺れた。
今までセイはそのようなこと、一言も言わなかったはずだ。
「そんな方法があるのか? ……セイ、本当?」
問い返しながら、晴人はセイにも尋ねてみる。
セイは晴人の視線を受けると、俯いた。
「……確実な方法ではないよ。可能性があるっていうだけだ」
ややあってセイが答える。インプの言葉は、間違っていないようだ。
「まあ、確かにそうだけどさ。あんな身勝手な連中を助けるのなんて、もうごめんだろ? 魔素を封じることであんたは元の世界に帰れる。でも、逆に魔素で世界を満たしても帰れるんだ」
「それは可能性であって、断定はできないよ」
得意そうに語るインプにセイが水をさす。
インプは一瞬、顔をしかめたが、すぐに気を取り直して腕を後ろで組み、軽く宙を仰ぐ。
「精霊様はこまかいなあ。でも、魔素を満たすほうが楽だよ。だって、何もしなくていいんだもの。どこかに身を潜めて、じっと待っているだけさ」
にっこりと笑いながらインプは晴人に語りかける。
「いいだろ、あんたは何もしなくても、魔素が勝手にやってくれるんだ。何もしなくても、神子様が勝手に救ってくれると思っている連中のために頑張る必要なんてないよ」
インプの優しい囁きが晴人の心に絡みつき、じわじわと染みこんでくる。
村や町で晴人は人々に頼られてきた。晴人を神子様と崇め、浄化を願い出てきた人々の姿が晴人の脳裏によみがえる。
しかし彼らも結局は、晴人を利用しただけではないだろうか。神子の力を利用し、救われるのが当たり前と思っていただけではないだろうか。
この都の人々が神子だから身を捧げるのは当たり前と晴人に強要してきたように、今まで好意的に振舞っていた人々だって、心の底では晴人を利用しようと歪んだ笑いを浮かべていたのかもしれない。
何もしなくてもいい、頑張る必要などないという言葉は、傷ついた晴人の心をこの上なく甘い誘惑としてくすぐる。
「聖娼が浄化をするとき、承諾があると効果が増すっていうのは知っているでしょう? あの都の神殿では承諾のことなんて教えないんだよ。神殿を訪れる連中に、無理やり突っ込むよう促すんだ。どうしてかわかる?」
愛らしく首を傾げてインプが問いかけてくる。声にも笑いがにじんでいるようだったが、どこか暗さを感じさせる響きだ。
「いや……わからない……」
突然変わった話に戸惑いながらも、晴人は素直に答えた。
「浄化が不完全だと、何回も浄化しないといけないでしょ。だから、何回も金が入ってくるってわけ。もちろん金は上層部のものになって、聖娼はこき使われるだけさ」
「そんな……ひどい……」
晴人の心にますます暗雲が立ち込める。あの都の聖娼は、どれほどひどい扱いを受けているというのだろうか。
「いっそ魔素が充満しきって、変に浄化しようという奴が現れなくなるほうが、聖娼たちだって楽になれるよ。かわいそうな聖娼たちを救ってあげたいと思わない?」
「それは……」
晴人は俯いて考え込む。
本当にインプの言うとおりかもしれない。哀れに犯されていた聖娼たちのことを思えば、晴人の胸は締め付けられる。
魔素を封じるのではなく、満たすほうが彼らも幸せになれるのではないだろうか。
さらにそれで晴人も元の世界に帰れるというのなら、よいことばかりに思える。もしかしたら、みんなが幸せになれるのではないだろうかと、晴人の心は揺れた。
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