47 / 90
47.陰鬱な城内3
しおりを挟む
あてがわれた部屋に戻っても、晴人は無言のままだった。セイもついてはくるものの、やはり口はきかない。
時間が経てば、晴人の怒りもだんだんさめてくる。
冷静になってくると、セイはセイで何らかの考えがあったのではないかとも思えてきた。何はどうあれ、険悪なまま一日を終えたくはない。
何か言うべきなのかとは思ったが、どうしてよいのかわからなくて、晴人は黙ったままだった。
いっそセイから一言何かあれば普通に接するのになどと、鬱々と考え込む。
沈黙だけが続く中、扉をノックする音が響いた。
返事をすれば、陰鬱な表情をしたルイスが部屋に入ってくる。
「……夜分遅くに申し訳ありません。明日にすべきとは思ったのですが、これ以上私の胸に抱えておくにはつらく、神子様におすがりするしかないと……」
「え? どうしたんですか?」
今にも倒れそうなほど思いつめたルイスを見て、晴人は反射的に問い返す。
「実は、恥ずかしながら父の病はただの病ではなく、魔物化が進んでしまったのです。領主が魔物化したなど公にできるはずもなく、ただ病で伏せっていることにして閉じ込めております。神子様は魔物化した者すら救えるとか……どうか、お助けください」
ルイスは晴人の足下に身を投げ出して懇願する。
晴人は突然のルイスの態度に面食らったものの、心では納得していた。
城の雰囲気が暗いのも、領主が魔物化してしまったというのならば当然だろう。誰もろくに口をきこうとしないのは、緘口令が敷かれているのかもしれない。
「わかりました。魔物化していても浄化できるので、安心してください」
どういう魔物になっているのかはわからないが、誰かに押さえていてもらえば短剣で浄化できるはずだ。閉じ込めてあるというのだし、どうにかなるだろう。
晴人はルイスにあわせて屈み、安心させるように笑いかける。
「ああ……やはり神子様はお姿だけではなく、お心までも美しいお方だ……! 何と慈悲深いのでしょう……!」
感激した様子でルイスは晴人を仰ぐ。くすぐったい思いをしながらも晴人はルイスを立ち上がらせ、案内を促す。
「……気をつけて」
ぼそり、と声が響いた。セイが心配そうに晴人を見つめている。
二人だけならば返事もできたし、仲直りのきっかけにもできただろうが、ルイスがいるこの場では何もできない。
晴人はただ首をそっと縦に振って頷いた。
ルイスに導かれ、晴人は城の奥へと進んでいく。
護衛の兵士らしき二人の男も一緒だ。ひんやりとした空気に包まれ、まるで地の底へと向かうような暗い階段を降りていくと、鉄のようなものでできた頑丈そうな扉があった。
扉の前でルイスは足を止める。
「父上、神子様をお連れいたしました。神子様ならば、あなたを救ってくださることでしょう」
覗き窓から声をかけると、ルイスは扉の鍵穴に鍵を差し込んだ。
がちゃり、と無機質な音が響き、晴人は思わずごくりと喉を鳴らす。
中は晴人たちが扉の前に到着したときから静かで、ルイスが声をかけた後も反応がない。暴れているということはないようだ。眠ってくれていることを晴人は祈る。
兵士たちが扉の横で構える中、扉は重苦しい音を立てて開いていく。
ルイスが扉の横にどけて晴人を促す。おそるおそる晴人が入り口に近づくと、背中を軽く押された。
「……っ!?」
前につんのめりそうになりながら、晴人はどうにか踏みとどまる。転ぶほどではなかったが、一人で部屋の中に入ってしまった。
ぞっと血の気が引き、背筋に冷たいものが走る。あわてて部屋から出ようとするが、扉が閉められてしまった。
がちゃり、と再び鍵をかけられる音が響き、晴人は呆然と立ち尽くす。
「……神子様、申し訳ありません。父の見苦しい姿を見たくないのです。神子様は獣の姿をした魔物にすら恩寵をお与えになろうとする、慈悲深いお方。きっと父を救ってくれることでしょう。どうかご無礼をお許しください。翌朝、迎えにまいります」
苦しそうな声を絞り出し、ルイスが足早に遠ざかっていく音が響く。声を出すこともできず、晴人は何が起こったのかわからないまま思考が停止する。
闇の奥でごそり、と何かが動く音がした。現実に引き戻され、晴人は息を飲んで後ずさりする。
晴人は暗闇の中、魔物と取り残されることになってしまったのだった。
時間が経てば、晴人の怒りもだんだんさめてくる。
冷静になってくると、セイはセイで何らかの考えがあったのではないかとも思えてきた。何はどうあれ、険悪なまま一日を終えたくはない。
何か言うべきなのかとは思ったが、どうしてよいのかわからなくて、晴人は黙ったままだった。
いっそセイから一言何かあれば普通に接するのになどと、鬱々と考え込む。
沈黙だけが続く中、扉をノックする音が響いた。
返事をすれば、陰鬱な表情をしたルイスが部屋に入ってくる。
「……夜分遅くに申し訳ありません。明日にすべきとは思ったのですが、これ以上私の胸に抱えておくにはつらく、神子様におすがりするしかないと……」
「え? どうしたんですか?」
今にも倒れそうなほど思いつめたルイスを見て、晴人は反射的に問い返す。
「実は、恥ずかしながら父の病はただの病ではなく、魔物化が進んでしまったのです。領主が魔物化したなど公にできるはずもなく、ただ病で伏せっていることにして閉じ込めております。神子様は魔物化した者すら救えるとか……どうか、お助けください」
ルイスは晴人の足下に身を投げ出して懇願する。
晴人は突然のルイスの態度に面食らったものの、心では納得していた。
城の雰囲気が暗いのも、領主が魔物化してしまったというのならば当然だろう。誰もろくに口をきこうとしないのは、緘口令が敷かれているのかもしれない。
「わかりました。魔物化していても浄化できるので、安心してください」
どういう魔物になっているのかはわからないが、誰かに押さえていてもらえば短剣で浄化できるはずだ。閉じ込めてあるというのだし、どうにかなるだろう。
晴人はルイスにあわせて屈み、安心させるように笑いかける。
「ああ……やはり神子様はお姿だけではなく、お心までも美しいお方だ……! 何と慈悲深いのでしょう……!」
感激した様子でルイスは晴人を仰ぐ。くすぐったい思いをしながらも晴人はルイスを立ち上がらせ、案内を促す。
「……気をつけて」
ぼそり、と声が響いた。セイが心配そうに晴人を見つめている。
二人だけならば返事もできたし、仲直りのきっかけにもできただろうが、ルイスがいるこの場では何もできない。
晴人はただ首をそっと縦に振って頷いた。
ルイスに導かれ、晴人は城の奥へと進んでいく。
護衛の兵士らしき二人の男も一緒だ。ひんやりとした空気に包まれ、まるで地の底へと向かうような暗い階段を降りていくと、鉄のようなものでできた頑丈そうな扉があった。
扉の前でルイスは足を止める。
「父上、神子様をお連れいたしました。神子様ならば、あなたを救ってくださることでしょう」
覗き窓から声をかけると、ルイスは扉の鍵穴に鍵を差し込んだ。
がちゃり、と無機質な音が響き、晴人は思わずごくりと喉を鳴らす。
中は晴人たちが扉の前に到着したときから静かで、ルイスが声をかけた後も反応がない。暴れているということはないようだ。眠ってくれていることを晴人は祈る。
兵士たちが扉の横で構える中、扉は重苦しい音を立てて開いていく。
ルイスが扉の横にどけて晴人を促す。おそるおそる晴人が入り口に近づくと、背中を軽く押された。
「……っ!?」
前につんのめりそうになりながら、晴人はどうにか踏みとどまる。転ぶほどではなかったが、一人で部屋の中に入ってしまった。
ぞっと血の気が引き、背筋に冷たいものが走る。あわてて部屋から出ようとするが、扉が閉められてしまった。
がちゃり、と再び鍵をかけられる音が響き、晴人は呆然と立ち尽くす。
「……神子様、申し訳ありません。父の見苦しい姿を見たくないのです。神子様は獣の姿をした魔物にすら恩寵をお与えになろうとする、慈悲深いお方。きっと父を救ってくれることでしょう。どうかご無礼をお許しください。翌朝、迎えにまいります」
苦しそうな声を絞り出し、ルイスが足早に遠ざかっていく音が響く。声を出すこともできず、晴人は何が起こったのかわからないまま思考が停止する。
闇の奥でごそり、と何かが動く音がした。現実に引き戻され、晴人は息を飲んで後ずさりする。
晴人は暗闇の中、魔物と取り残されることになってしまったのだった。
0
お気に入りに追加
46
あなたにおすすめの小説
オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。
光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。
みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。
生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。
何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。
モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中
risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。
任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。
快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。
アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——?
24000字程度の短編です。
※BL(ボーイズラブ)作品です。
この作品は小説家になろうさんでも公開します。
運命の番が解体業者のおっさんだった僕の話
いんげん
BL
僕の運命の番は一見もっさりしたガテンのおっさんだった。嘘でしょ!?……でも好きになっちゃったから仕方ない。僕がおっさんを幸せにする! 実はスパダリだったけど…。
おっさんα✕お馬鹿主人公Ω
おふざけラブコメBL小説です。
話が進むほどふざけてます。
ゆりりこ様の番外編漫画が公開されていますので、ぜひご覧ください♡
ムーンライトノベルさんでも公開してます。
魔力ゼロの無能オメガのはずが嫁ぎ先の氷狼騎士団長に執着溺愛されて逃げられません!
松原硝子
BL
これは魔法とバース性のある異世界でのおはなし――。
15歳の魔力&バース判定で、神官から「魔力のほとんどないオメガ」と言い渡されたエリス・ラムズデール。
その途端、それまで可愛がってくれた両親や兄弟から「無能」「家の恥」と罵られて使用人のように扱われ、虐げられる生活を送ることに。
そんな中、エリスが21歳を迎える年に隣国の軍事大国ベリンガム帝国のヴァンダービルト公爵家の令息とアイルズベリー王国のラムズデール家の婚姻の話が持ち上がる。
だがヴァンダービルト公爵家の令息レヴィはベリンガム帝国の軍事のトップにしてその冷酷さと恐ろしいほどの頭脳から常勝の氷の狼と恐れられる騎士団長。しかもレヴィは戦場や公的な場でも常に顔をマスクで覆っているため、「傷で顔が崩れている」「二目と見ることができないほど醜い」という恐ろしい噂の持ち主だった。
そんな恐ろしい相手に子どもを嫁がせるわけにはいかない。ラムズデール公爵夫妻は無能のオメガであるエリスを差し出すことに決める。
「自分の使い道があるなら嬉しい」と考え、婚姻を大人しく受け入れたエリスだが、ベリンガム帝国へ嫁ぐ1週間前に階段から転げ落ち、前世――23年前に大陸の大戦で命を落とした帝国の第五王子、アラン・ベリンガムとしての記憶――を取り戻す。
前世では戦いに明け暮れ、今世では虐げられて生きてきたエリスは前世の祖国で平和でのんびりした幸せな人生を手に入れることを目標にする。
だが結婚相手のレヴィには驚きの秘密があった――!?
「きみとの結婚は数年で解消する。俺には心に決めた人がいるから」
初めて顔を合わせた日にレヴィにそう言い渡されたエリスは彼の「心に決めた人」を知り、自分の正体を知られてはいけないと誓うのだが……!?
銀髪×碧眼(33歳)の超絶美形の執着騎士団長に気が強いけど鈍感なピンク髪×蜂蜜色の目(20歳)が執着されて溺愛されるお話です。
Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜
天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。
彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。
しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。
幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。
運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。
嫌われ者の悪役令息に転生したのに、なぜか周りが放っておいてくれない
AteRa
ファンタジー
エロゲの太ったかませ役に転生した。
かませ役――クラウスには処刑される未来が待っている。
俺は死にたくないので、痩せて死亡フラグを回避する。
*書籍化に際してタイトルを変更いたしました!
【完結】マジで滅びるんで、俺の為に怒らないで下さい
白井のわ
BL
人外✕人間(人外攻め)体格差有り、人外溺愛もの、基本受け視点です。
村長一家に奴隷扱いされていた受けが、村の為に生贄に捧げられたのをきっかけに、双子の龍の神様に見初められ結婚するお話です。
攻めの二人はひたすら受けを可愛がり、受けは二人の為に立派なお嫁さんになろうと奮闘します。全編全年齢、少し受けが可哀想な描写がありますが基本的にはほのぼのイチャイチャしています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる