貞操を守りぬけ!

四葉 翠花

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23.神殿長1

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 セイの導きに従って進んでいくと、無事に町までたどりつくことができた。
 町の入り口で巡礼だと名乗ると、晴人は入り口のすぐ近くにある兵士たちの詰め所のような場所に通された。よくわからないままおとなしくついていくと、個室に案内されて少しお待ちくださいと飲み物が出される。

「……何だろう? これって飲んでも大丈夫?」

 他に誰もいないことを確認すると、晴人はそっとセイに尋ねる。

「もうお知らせが届いているのかな。少し待つしかないね。あと、その飲み物は果汁と蜜を水で割ったものみたいだよ。変なものは入っていないし、普通の飲み物だね」

 セイの答えに晴人は一部首を傾げたが、とりあえず飲み物に問題がないということを受け止めて、素直に飲みだす。

「……レモネードっぽいな。あっさりしていて飲みやすい。もっとないのかな」

 出された飲み物は、晴人の乾いた喉を優しく潤してくれた。つい一気に飲んでしまい、おかわりはないものかと晴人はきょろきょろとしてしまう。
 しかし机と椅子があるだけの殺風景な部屋には何も見当たらない。大きな窓から降り注ぐ日差しだけが室内を彩っている。

「残念ながら、何もないみたいだね」

 淡々としたセイの声により、晴人のため息はより深くなる。

「ないと思ったら、よけいに飲みたくなってきた。……そうだ、セイは食べ物や飲み物を味わうこともできないの?」

 村で出された食事にセイは手をつけていなかった。もっとも、触れようとしてもすり抜けてしまうだけかもしれないが。

「できないね。僕は食べ物や飲み物など、何かを摂取する必要はないんだ」

「へえ……便利っていえば便利だけど……それも残念だね」

「そうかい?」

「だってこのレモネードっぽいやつ、本当に美味しいよ! えぐみもないし、ほんのりとした甘酸っぱさがじわじわと広がっていく感じで、もっと飲みたくなる」

「それは光栄です」

 突然、セイとは違う声が響いて晴人はびくっと身を震わせる。
 おそるおそる部屋の入り口を見てみれば、白いローブに身を包んだ青年が穏やかにたたずんでいた。
 肩のあたりで切りそろえられた茶色の髪はやや波打っており、同じ色合いの瞳が晴人を映している。整った顔立ちながら冷たいところはなく、柔和で優しげな印象を受ける青年だ。
 青年は目元をほころばせると、晴人に向かって頭を下げた。

「失礼いたしました。扉をノックしたのですが、お祈り中のようでしたので、勝手ながら入らせていただきました。神子様のお姿を拝し奉ることができ、光栄にございます。わたくしはこの町の神殿長でございます」

 気をつけようと思っていた神殿長との出会いは心の準備もなく、すぐに訪れてしまった。やや警戒しながらも晴人は神殿長の話を聞くが、内容におかしなところはなく、話し方も穏やかで丁寧だった。
 晴人が滞在した村から神子が現れたとの知らせを聞き、待っていたのだという。

「大切な旅の途中とは存じておりますが、どうか少しの間だけでも我らが神殿に留まり、功徳をお授けください」

 深々と頭を下げられ、晴人はどうすればよいものかとセイを伺う。
 しかしセイは晴人の視線に気づいているはずなのに沈黙するだけだ。晴人は声に出さず、口の動きだけでセ、イ、と呼びかける。

「……特におかしな様子も、この神殿長が魔素に冒されているような兆候も見られない。きみの好きにしていいと思うよ」

 ようやくセイが答えてくれた。

「好きに、っていっても……」

 困り果てながらぼそっと晴人は呟く。自分で判断できるような自信はない。もし選んだ答えが間違いだったらと思うと恐ろしくて、判断など下せない。

「神子様……?」

 不思議そうに神殿長が晴人を見つめてくる。つい弱音を口に出してしまったことに気づき、晴人ははっとしてどうにかごまかさなくてはと考えをめぐらせる。

「え、えっと、その……」

「どうか、どうか……せめて一晩だけでも……」

 必死に晴人を見つめてくる瞳から逃れることはできなかった。これほど強い願いを退けるほどの決意など、晴人にあるはずがない。

「わ……わかりました……ほんの少しだけ……」
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