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29.お宅訪問

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 領主から渡された小瓶だけを持ち、ヴァレンはトゥルーテスの甲羅に乗ってミゼアスのいる町を目指していた。水面がきらきらと光って、眩しい。

「軽業師でも目指しているかのような子供が、よく『葉』から『花』になれたものだ」

「それ、よく言われますよー。ああ、今はもう後方転回は連続でできるし、宙返りだって楽勝になりました」

「……本当に、よくなれたものだな」

 のんびりとした会話を交わしているうちに、港町が見えてきた。
 ゆったりと進んでいるようにしか思えなかったが、常識では考えられないような速度だ。

 人々が活発に動き回るような時間帯なのだが、トゥルーテスが到着した海岸の周辺には人の姿が見当たらなかった。
 もしかしたら、何か不思議な力を使っているのかもしれない。

「それでは行って来い。忘れるなよ、明日の朝だ。迎えにきてやろう」

 ヴァレンを甲羅から降ろすと、トゥルーテスは厳格な声で言い放つ。

「もし、逃げ出したりしたら?」

「後悔することになる」

「はあ……」

 ヴァレンは首を傾げたが、それ以上は追及しなかった。
 もとから逃げ出すつもりなど、ない。

 小さなクラーケンはヴァレンと一緒についてきたそうだったが、町の中では目立つだろう。海で待っていてくれと頼むと、渋々ながらも承諾したようだった。
 トゥルーテスと小さなクラーケンの見送りを受け、ヴァレンは町の中へと向かう。ミゼアスが匿われている家は、トゥルーテスが教えてくれた。そこに誰がいるかは、領主から聞いている。
 ミゼアスだけではなく、懐かしい顔とも会えそうだ。ヴァレンは駆け足で目的の場所に向かい、無事にたどり着くことができた。

 まずは礼儀正しく、扉を叩く。
 一呼吸をする間もなく、扉はすぐに開いた。
 中から現れたのは、黒い髪に青い瞳の青年だ。ヴァレンもかつて不夜島で幾度となく見かけた姿だった。扉に手をかけたまま、ヴァレンの姿を見て目を見開いている。

「マリオン兄さん、こんにちは! お久しぶりでっす!」

 対人関係の基本は、挨拶だ。ヴァレンは元気にご挨拶する。
 彼はヴァレンが見習いだった頃、不夜島の白花だったマリオンだ。ミゼアスの先輩でもあり、ヴァレンよりも八歳ほど年上だったとヴァレンは記憶している。
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