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28.心の声

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「思い出したのか」

 巨大な亀、トゥルーテスがヴァレンに声をかけてくる。

「あー……トゥルーテス様……はい、思い出しました。もともとミゼアス兄さんに海底冒険のことを語る俺のことは覚えていたので、内容そのものは知っているといえば知っていたんですが……夢だと思っていました」

 夢だと思っていた出来事そのものは覚えていなかったが、興奮しながらミゼアスに海底冒険のことを語った自分のことは覚えている。

「……完全に忘れているはずだったのだが……おまえの頭はいったいどうなっている……」

 呆れたようなトゥルーテスの呟きが響くが、頭がおかしいとはよく言われているので、ヴァレンは軽く首を傾げただけだった。

「……まあよい。そこのクラーケンは仲間を呼ぼうとしていたようだが、それよりもわしが出てきたほうが都合がよいだろうと思い、やってきた」

 軽く咳払いするような音とともに、トゥルーテスは話を切り出す。
 ヴァレンは思わずトゥルーテスと手元のクラーケンを見比べるが、人間であるヴァレンの目にはどちらも表情がよくわからなかった。

「おまえが島から出ることを手助けしてやることができる。ただし、一日だけだ。必ず一日で戻ってくると誓えるか?」

「……え? 俺、白花ですけれど……花が島を出ていいんですか?」

 トゥルーテスは島から脱走する者を食い殺すという話があったはずだ。その本人が口にした言葉とも思えず、ヴァレンは訝しげな声を出す。

「よくないな」

「じゃあ、どうして」

「理由ならリーネ……領主に聞け。何か考えていることがあるのだろうよ。わしができるのは、おまえを目的の地に送り、一日だけ待ってやることだ」

 ヴァレンは領主が最後に言っていた言葉を思い出す。
 花が島を出るのがどうなど、よくわからないことを言っていると思っていたが、ここで話が繋がったようだ。

 ここでヴァレンが頷けば、トゥルーテスは本当にヴァレンをミゼアスの元に連れて行ってくれるのだろう。
 しかし、もちろん交換条件がある。はっきりと提示されたわけではないが、領主の最後の言葉は条件を示唆していたのだろう。
 もし行くことを選択すれば、ヴァレンの将来の方向性も決められてしまうのだろう。ヴァレンの運命は、領主の手の上だ。

 そっと目を閉じ、ヴァレンは思考をめぐらせる。
 もちろん、ヴァレンが直接ミゼアスやアデルジェスに会うほうが、話は早い。
 しかし、必ずしもそうすることはないだろう。面倒だとはいえ、手紙で説明することだって可能だ。
 ミゼアスをどうすればよいのかという大切な部分は、すでに解決している。あとは伝えるだけなので、方法などどうとでもなるはずだ。

 行くことにすれば、説明が楽になってミゼアスとも会える。しかし、ヴァレンの運命が決定づけられてしまう。
 行かないことにすれば、説明が面倒になるだけだ。ヴァレンはこれまでどおり、自由なままでいられる。
 どう考えても、行くことによる不利益のほうが大きいだろう。理性的に判断すれば、ここは申し出を断るべきだ。

「それとも、やめるか? 島から出ないというのなら、それでもよい」

 ヴァレンの考えを見透かしたように、トゥルーテスから問いが投げかけられる。
 やめます、と答えるべきだ。ヴァレンの理性はそう判断する。ここで島を出た場合の行く末について何通りか考えてみるが、やはり行かないほうが利は大きい。
 軽く首を振り、ヴァレンは結論を出す。目を開けてしっかりとトゥルーテスを見ながら、口を開いた。

「行きます。俺をミゼアス兄さんのところに連れて行ってください」

 いくら頭で答えを出そうとも、心の声には勝てない。なるようになれ、と理性を一蹴してヴァレンは声を張り上げる。
 ミゼアスに会いたい、一刻も早くミゼアスを目覚めさせてやりたい。そのためなら、不利益などどうでもよかった。
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