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88.一人の朝
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がさがさという音でアデルジェスの意識がぼんやりと覚醒する。
窓から弱々しい光が入っているのか、室内は薄暗い。早朝のようだ。
隣に寝ていたミゼアスが寝台をそっと抜け出すのが見えた。だが、まだ起きる時間には早いだろう。おそらく用足しにでも行ったのだろうと思い、アデルジェスは眠気に抗うことなく目を閉じた。
再びアデルジェスが目を覚ますと、隣にミゼアスはいなかった。寝台のミゼアスがいた場所もすっかり冷えている。
窓から差し込む光は大分しっかりとしていて、やや遅い朝といった時間のようだ。
早朝に抜け出して、そのまま戻ってこなかったのだろうか。一人の寝台はとても広く感じられ、アデルジェスの心は寂寥感に包まれた。あのあどけない寝顔を見られなかったことも残念だ。
気落ちしたままアデルジェスは服を着て、隣の部屋に移動する。
広い部屋には誰もいない。アデルジェスは途方に暮れてしまった。
とりあえず卓の上にあった水差しを取り、杯に水を注いで飲んでみる。風味付けがされているようで、ほんのりと甘くてさわやかだ。
一人で水を飲んでいると、扉を叩く音がした。ミゼアスが戻ってきたのかとアデルジェスは期待したが、入ってきたのは見習いのアルンだった。
「おはようございます……」
見ればアルンも何やら元気がない様子だった。水色の瞳は不安げに揺れ、声にも張りがない。
「おはよう……どうしたの? 元気がないみたいだけれど……」
「いえ……えっと、ミゼアス兄さんから伝言です。急用で夕方まで戻ってこられないので、悪いけれど散歩に行くなり部屋で過ごすなり適当にしていて、とのことです」
「え……」
アデルジェスはその言葉をすぐに理解できなかった。徐々に言葉の内容がしみこんでくると、落胆が心に重く沈んでくる。
明日の昼前には島を出ることになっている。ゆっくりできるのは今日が最後なのだ。それなのにミゼアスと過ごせないなんて……と、アデルジェスは目の前が暗くなっていくようだった。
「ミゼアス兄さん……ちょっと様子が変でした。娼館主様と話していたみたいなんですけれど……『これだから貴族は』なんて吐き捨てるように言っていて……怖い顔をしていました……」
不安げにアルンが話す内容に、アデルジェスははっとする。
昨日、アデルジェスはフェリスに殺されかけたのだった。理由はミゼアスから聞いたが、グリンモルド伯爵にも何らかの思惑があるようなことも言っていた。
これからグリンモルド伯爵夫人であるジャニスに追及するということだったが、もしかしてその関連で何かあったのだろうか。
「でも……何か揉め事があったのだとしても、ミゼアス兄さんなら何とかしちゃうんだと思います。いつもそうですし……。それよりもアデルジェスさん、せっかくミゼアス兄さんとゆっくりできる最後の日だったのに……僕ではミゼアス兄さんの代わりになるはずもないですし、ご不満でしょうけれど、お話相手とか無聊を慰めるお手伝いをいたします。何でも言ってください」
自らの不安を押し込め、アルンは寂しげではあったものの微笑みすら浮かべて見上げてくる。その健気さにアデルジェスは胸を打たれた。思わず抱きしめたくなるくらいだった。
こんな子供が気を遣ってくれているのに、自分だけしょげかえっているわけにはいかない。
「俺のことは大丈夫だよ。アルンは学校に行かなきゃいけないんじゃないのかな。俺は散歩にでも行ってくるから気にしないでいいよ。ありがとう」
窓から弱々しい光が入っているのか、室内は薄暗い。早朝のようだ。
隣に寝ていたミゼアスが寝台をそっと抜け出すのが見えた。だが、まだ起きる時間には早いだろう。おそらく用足しにでも行ったのだろうと思い、アデルジェスは眠気に抗うことなく目を閉じた。
再びアデルジェスが目を覚ますと、隣にミゼアスはいなかった。寝台のミゼアスがいた場所もすっかり冷えている。
窓から差し込む光は大分しっかりとしていて、やや遅い朝といった時間のようだ。
早朝に抜け出して、そのまま戻ってこなかったのだろうか。一人の寝台はとても広く感じられ、アデルジェスの心は寂寥感に包まれた。あのあどけない寝顔を見られなかったことも残念だ。
気落ちしたままアデルジェスは服を着て、隣の部屋に移動する。
広い部屋には誰もいない。アデルジェスは途方に暮れてしまった。
とりあえず卓の上にあった水差しを取り、杯に水を注いで飲んでみる。風味付けがされているようで、ほんのりと甘くてさわやかだ。
一人で水を飲んでいると、扉を叩く音がした。ミゼアスが戻ってきたのかとアデルジェスは期待したが、入ってきたのは見習いのアルンだった。
「おはようございます……」
見ればアルンも何やら元気がない様子だった。水色の瞳は不安げに揺れ、声にも張りがない。
「おはよう……どうしたの? 元気がないみたいだけれど……」
「いえ……えっと、ミゼアス兄さんから伝言です。急用で夕方まで戻ってこられないので、悪いけれど散歩に行くなり部屋で過ごすなり適当にしていて、とのことです」
「え……」
アデルジェスはその言葉をすぐに理解できなかった。徐々に言葉の内容がしみこんでくると、落胆が心に重く沈んでくる。
明日の昼前には島を出ることになっている。ゆっくりできるのは今日が最後なのだ。それなのにミゼアスと過ごせないなんて……と、アデルジェスは目の前が暗くなっていくようだった。
「ミゼアス兄さん……ちょっと様子が変でした。娼館主様と話していたみたいなんですけれど……『これだから貴族は』なんて吐き捨てるように言っていて……怖い顔をしていました……」
不安げにアルンが話す内容に、アデルジェスははっとする。
昨日、アデルジェスはフェリスに殺されかけたのだった。理由はミゼアスから聞いたが、グリンモルド伯爵にも何らかの思惑があるようなことも言っていた。
これからグリンモルド伯爵夫人であるジャニスに追及するということだったが、もしかしてその関連で何かあったのだろうか。
「でも……何か揉め事があったのだとしても、ミゼアス兄さんなら何とかしちゃうんだと思います。いつもそうですし……。それよりもアデルジェスさん、せっかくミゼアス兄さんとゆっくりできる最後の日だったのに……僕ではミゼアス兄さんの代わりになるはずもないですし、ご不満でしょうけれど、お話相手とか無聊を慰めるお手伝いをいたします。何でも言ってください」
自らの不安を押し込め、アルンは寂しげではあったものの微笑みすら浮かべて見上げてくる。その健気さにアデルジェスは胸を打たれた。思わず抱きしめたくなるくらいだった。
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「俺のことは大丈夫だよ。アルンは学校に行かなきゃいけないんじゃないのかな。俺は散歩にでも行ってくるから気にしないでいいよ。ありがとう」
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