上 下
54 / 138

54.武勇伝

しおりを挟む
 しばらくミゼアスの演奏を聴いていた。
 するとミゼアス付きの見習い三人衆が学校から帰ってきたらしく、部屋にやってきたのだ。

「ミゼアス兄さんの演奏が聴こえてきたので、つい……」

 そう言ってはにかむ三人に、ミゼアスは構わないよと笑った。
 それから何曲か演奏し、ミゼアスは一息ついた。

「さすがに疲れたから、今日はこれまで。『雪月花』に触ってみたかったら、いいよ」

 ミゼアスがそう言うと、アルンがおそるおそる『雪月花』に近づく。
 アルンが問いかけるような眼差しをミゼアスに向けると、ミゼアスは微笑んで頷いた。その姿にアルンは安堵したようで、『雪月花』を奏で始める。
 意外なほど上手だった。とても子供とは思えない。
 ミゼアスと比べればやはりぎこちない部分はあったが、十分滑らかで繊細なように思える。

「また上達したね、アルン。そこのところを左手で押さえるとき……うん、そう……もう少しこっちのほうがいいかな。ああ、そうだね。もうほんの気持ち強く……」

 ミゼアスが指導していく。アルンは言われたとおり、必死に音を紡ぎ出す。
 微笑ましい光景だった。思わずアデルジェスの頬がゆるむ。

「アデルジェスさん」

 演奏する二人に気を取られていると、声をかけられた。
 ブラムとコリンだ。

「アデルジェスさんのお話を聞かせてください」

 ブラムはやたらと目を輝かせて見つめてくる。コリンとは昨日、ほんの少しだけ言葉を交わしたが、ブラムは紹介してもらっただけだ。それなのに、何故かその瞳には尊敬の輝きがあった。
 コリンのほうはと見てみれば、目が合った途端に顔をそらされた。もしかして嫌われているのだろうかと思ったが、コリンは視線を床に向けてもじもじとするだけだった。視線をはずせば、またアデルジェスを目で追っているようだ。照れ屋なのだろうか。

「えっと……何を話せばいいのかな?」

 何がどうなっているのかわからないが、話をせがまれているのはわかる。どんな話を望んでいるのか、尋ねてみた。

「アデルジェスさんの武勇伝を!」

 声を弾ませてブラムがせがんでくる。
 武勇伝……ミゼアスから、アデルジェスが兵士だとでも聞いたのだろうか。確かに男の子はそういった話が好きだ。

「いや……そんな大したものはないよ……残念だけれど」

 悲しいことに、大した武勇伝はない。
 この島に来ることとなったきっかけ、領主のご子息を助けたことはあるにはあったが、偶然の産物としかいいようのないものだ。

「またご謙遜を。歴戦の猛者だと推察いたします。百人斬り……いえ、いっそ千人斬りなんかを達成されているのではありませんか?」

 ブラムの言葉に、アデルジェスは唖然とする。話が大きくなりすぎている。どこからこんな大げさな話が出てきたのだろうか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】

彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。 「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」

その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました

海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。 しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。 偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。 御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。 これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。 【7/27完結しました。読んでいただいてありがとうございました。】 【続編も8/17完結しました。】 「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785 ↑この続編は、R18の過激描写がありますので、苦手な方はご注意ください。

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

腐男子ですが、お気に入りのBL小説に転移してしまいました

くるむ
BL
芹沢真紀(せりざわまさき)は、大の読書好き(ただし読むのはBLのみ)。 特にお気に入りなのは、『男なのに彼氏が出来ました』だ。 毎日毎日それを舐めるように読み、そして必ず寝る前には自分もその小説の中に入り込み妄想を繰り広げるのが日課だった。 そんなある日、朝目覚めたら世界は一変していて……。 無自覚な腐男子が、小説内一番のイケてる男子に溺愛されるお話し♡

処理中です...