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52.雪月花
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「……大丈夫かい?」
気がつけば心配そうな顔でミゼアスが覗き込んでいた。
アデルジェスは、はっと我に返る。もう演奏は終わったようだ。
「あ、う……うん……ごめん」
謝りながら、涙を流していたことに気づく。みっともないところを見せてしまったようだ。アデルジェスは慌てて涙を拭う。
「そんな哀しい曲じゃなかったんだけれど……気に入らなかった?」
ミゼアスは気遣うような眼差しを向けてくる。その緑色の瞳が、あの子と同じものに見えた。
「あ、い……いや、すごい良かったよ。ちょっと昔のこと思い出して、泣けてきちゃっただけ。こんな素晴らしい演奏を聴いたのは初めてだよ。そういえば、花びらが舞っているように見えたんだけれど、あれってどうなっているの?」
アデルジェスは慌てて取り繕う。
「うん、あの花びらが『雪月花』の特色なんだ。名手が弾くと花びらが舞うんだって。ただ、それでも一枚二枚がひらひらするくらいで、花吹雪にまでできるのはこの島では僕だけなんだ」
「へえ……」
確かにミゼアスの腕前は素晴らしかったように思う。
アデルジェスは花月琴の演奏を聴いたのは初めてだったし、音の良し悪しといった細かいものはわからない。
しかし、今まで楽器の演奏でこれほど感情を揺さぶられたことはなかった。
幼い頃の思い出が浮かび、まるで目の前にあの子がいるようにすら感じられた。あれは不思議な音色が見せた幻だったのだろうか。
「今までも花吹雪までできた人の記録はあるそうなんだけれど、何でもその後まもなく亡くなっているんだって。『雪月花』に見初められて、命を吸い取られたっていう説があってね。これには、弾き手の命を吸い取って花を咲かせるという曰くがあるんだよ」
「え!?」
思わずアデルジェスはミゼアスと『雪月花』を見比べてしまう。そのような恐ろしい品、大丈夫なのだろうか。
「あぁ、僕はもう五年以上『雪月花』を使っているけれど、まだ生きているよ。古い品には尾ひれのついた伝説があるものさ」
「なんだ……」
ミゼアスの答えにアデルジェスは胸を撫で下ろす。
「でも、その曰くつきの品のおかげで僕にも箔がついてね。僕が今日までこうして生きてこられたのも、『雪月花』のおかげかもしれないな」
愛おしそうに『雪月花』を見るミゼアス。
この島では花月琴というのは重要なようだ。曰くつきの品の特色を唯一引き出せるというのなら、おそらくそれに助けられた部分は大きいだろう。
気がつけば心配そうな顔でミゼアスが覗き込んでいた。
アデルジェスは、はっと我に返る。もう演奏は終わったようだ。
「あ、う……うん……ごめん」
謝りながら、涙を流していたことに気づく。みっともないところを見せてしまったようだ。アデルジェスは慌てて涙を拭う。
「そんな哀しい曲じゃなかったんだけれど……気に入らなかった?」
ミゼアスは気遣うような眼差しを向けてくる。その緑色の瞳が、あの子と同じものに見えた。
「あ、い……いや、すごい良かったよ。ちょっと昔のこと思い出して、泣けてきちゃっただけ。こんな素晴らしい演奏を聴いたのは初めてだよ。そういえば、花びらが舞っているように見えたんだけれど、あれってどうなっているの?」
アデルジェスは慌てて取り繕う。
「うん、あの花びらが『雪月花』の特色なんだ。名手が弾くと花びらが舞うんだって。ただ、それでも一枚二枚がひらひらするくらいで、花吹雪にまでできるのはこの島では僕だけなんだ」
「へえ……」
確かにミゼアスの腕前は素晴らしかったように思う。
アデルジェスは花月琴の演奏を聴いたのは初めてだったし、音の良し悪しといった細かいものはわからない。
しかし、今まで楽器の演奏でこれほど感情を揺さぶられたことはなかった。
幼い頃の思い出が浮かび、まるで目の前にあの子がいるようにすら感じられた。あれは不思議な音色が見せた幻だったのだろうか。
「今までも花吹雪までできた人の記録はあるそうなんだけれど、何でもその後まもなく亡くなっているんだって。『雪月花』に見初められて、命を吸い取られたっていう説があってね。これには、弾き手の命を吸い取って花を咲かせるという曰くがあるんだよ」
「え!?」
思わずアデルジェスはミゼアスと『雪月花』を見比べてしまう。そのような恐ろしい品、大丈夫なのだろうか。
「あぁ、僕はもう五年以上『雪月花』を使っているけれど、まだ生きているよ。古い品には尾ひれのついた伝説があるものさ」
「なんだ……」
ミゼアスの答えにアデルジェスは胸を撫で下ろす。
「でも、その曰くつきの品のおかげで僕にも箔がついてね。僕が今日までこうして生きてこられたのも、『雪月花』のおかげかもしれないな」
愛おしそうに『雪月花』を見るミゼアス。
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