きみを待つ

四葉 翠花

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08.情念

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 ヴァレンの中ではミゼアスは、食事を与えてくれる大切な人といった認識らしい。日を追うごとになついてきたようだ。
 突飛な行動はなかなか収まらないが、それでもだんだんとミゼアスの言うことはきくようになってきた。そうすれば可愛くもなってくるが、ミゼアスは落ち着きのない動物を飼っているような気分だった。やはり心は休まらない。

 もともとヴァレンは花月琴の才能がないということでミゼアスに預けられたのだったが、最初の頃は楽器を破壊しそうで弾かせることなどできなかった。
 そろそろ大丈夫かと思い、ミゼアスはヴァレンに花月琴を弾かせてみることにした。

「……なるほどね」

 ヴァレンの演奏を聴き、ミゼアスはゆっくりと息を吐き出す。
 まだまだ未熟で稚拙だが、技術的に難があるというほどではない。むしろ、年齢を考えれば弾きこなせているほうだろう。
 問題は音の軽さだった。とにかく深みがないのだ。これがまだ爽やかな軽さといったものであればともかく、隙間風のような風情のかけらもないものなのだ。

 花月琴とは、何らかの深い情念を好む楽器である。特に愛憎や悲哀といった、胸の内に渦巻くやりきれない感情が大好物だ。そういった情念を持つ者が奏でれば、素晴らしい音を出す。
 もともとは上流階級の楽器だったのだが、その性質からこの高級娼館である不夜島で必須の楽器となっている。娼婦や男娼といえば、そういった情念を抱えているのが当たり前だからだ。
 この島の花や見習いであれば、誰だろうとそれなりの音は出す。普通は問題となるのは技術面だろう。
 しかし、ヴァレンは逆のようだ。

「……きみ、この先成長したら何をすることになるか、知っているのかい?」

 底抜けに明るいヴァレン。もしかしたら、自らの運命を知らないのかもしれない。ミゼアスは疑問に思い、尋ねてみる。

「え? 店に出て、客の相手をするんですよね」

 ヴァレンは首を傾げて答える。

「うん、そうなんだけれど……どういう相手をするのか、わかっているのかい?」

 さらに尋ねると、ヴァレンは首を傾げる角度を深くしてミゼアスを見つめた。よくわからないといった表情だ。

「話し相手や楽器演奏だってするけれど、最後は性交だよ。口で咥えることだってある」

「何を咥えるんですか?」

「……男のアレだよ。きみの股間にだってついているだろう」

「え!?」

 ヴァレンが目を見開く。
 その様子を見て、ミゼアスは胸が締め付けられるようだった。
 ヴァレンの音の軽さは、情念が薄いためだろう。自分が何をすることになるのか知らなかったというのなら、当然といえば当然だ。
 自らの運命を知れば、この子の明るさも失われてしまうのだろうか。花月琴の好む情念を抱くようになってしまうのだろうか。
 いつかは知らなくてはならないことだ。ミゼアスにはどうすることもできない。しかし、やはりつらい。

 ミゼアスは自らが運命を知ったときのことを思い出し、思わず目を閉じた。想いを寄せる相手がおり、貞操観念も強かったミゼアスにとっては受け入れがたいものだった。絶望し、泣いたのだ。
 泣いて、泣いて、そしてあきらめた。自分をごまかすことを覚え、借金を早く返すことだけを考えた。しかし、いざ借金を返し終わったときには、もう――
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