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第二章 南へ
29.雨の日
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雨が激しく窓を叩きつける音が響く。怯えるように窓枠もカタカタと震えている。
まるで借金取りの矢の催促と、閉じこもって震え上がる姿のようだと頭に浮かび、アデルジェスは自らの物思いに苦笑した。
「雨、止まないね」
窓を眺めていたミゼアスが、わずかに眉根を寄せてぽつりと呟く。
そろそろ昼になるというのに、昨晩から降り続けている雨は一向に止む気配を見せない。
「うん……今日はここでもう一泊かな」
アデルジェスが息を吐いて声を漏らすと、ミゼアスが唇を尖らせる。
「しばらく良い天気だったのにね」
「まあ、そういうこともあるよ」
アデルジェスは不満げな顔をするミゼアスを抱え上げ、長椅子に座った。ミゼアスを膝の上に乗せ、向かい合わせの形に抱えなおして髪を撫でてやると、徐々にミゼアスの表情が和らいでいく。
「うん……きみと一緒なら、雨の日だっていいかもしれないね。ゆっくりできると思えば……」
気持ち良さそうに目を閉じながら、ミゼアスはアデルジェスの胸に頭をすりよせる。
「ここのところ、移動ばかりだったからミゼアスも疲れているでしょう。今日はゆっくり休めってことだよ」
「そうだね……幸い、ここには浴室も付いているしね」
安堵の滲むミゼアスの声に、アデルジェスは軽く笑ってミゼアスの背中を撫でる。
ここは街道沿いの小さな宿ではなく、大きめの宿場町なのだ。やや値段は張ったが、浴室付きの部屋がある宿もあった。
疲れているミゼアスのため、そして自らのミゼアスを欲する心のため、アデルジェスは浴室付きの部屋を取ることにためらいはなかった。
幸い、まだ路銀に余裕はある。アデルジェスが兵士を辞めて旅に出るとき、主人だったグリンモルド伯爵から過分なほどの金子を受け取っているのだ。
祝い金、餞別などの名目ではあったが、実際にはアデルジェスも関わった事件への口止め料としての意味合いが強いだろう。
とにかく、路銀に余裕があるのは良いことだ。ただ、使い続けていればやがて尽きるだろうから、稼ぐ機会があれば稼いでおきたい。さすがに今日はこの大雨では無理そうだが。
「ねえ、ジェス……いいこと、しようか?」
物思いに沈んでいたアデルジェスを、甘えたミゼアスの声が引き戻す。
「……え?」
ついどぎまぎしながらアデルジェスはミゼアスを見つめる。ミゼアスはいたずらっ
ぽい笑みを口元に浮かべ、上目遣いでアデルジェスを見上げていた。
「いいこと、したくない?」
アデルジェスの顎にそっと口づけ、ミゼアスは甘く囁く。
「う……うん……しよう……」
自らの心臓が早鐘のように打ち始めるのを感じながら、アデルジェスはミゼアスの頬に手を伸ばす。ミゼアスはにっこりと笑うと、頬に添えられたアデルジェスの手を取り、立ち上がる。
きょとんとするアデルジェスを、ミゼアスはいたずらが成功したような会心の笑みを漏らして見下ろす。
「お腹空いたから、一階に行ってお昼食べてこよう。ね、いいことでしょ?」
アデルジェスの両手を取り、立ち上がるように促しながらミゼアスは可愛らしく首を傾げる。
「……ミゼアス」
思わず恨めしげな呻きがアデルジェスの口からこぼれた。期待させておいて、昼食か。がっくりとうなだれたい気分だったが、ミゼアスの楽しそうな姿を見ると、まあいいかとアデルジェスは軽く息をついた。
おとなしく、アデルジェスは立ち上がる。するとミゼアスがアデルジェスの腕に絡みつき、アデルジェスの耳に近づこうと背伸びをして、囁いてきた。
「食べてから、ゆっくりいいことしようね。僕をいっぱい可愛がって……」
砂糖菓子を焙ったような甘い声が、アデルジェスの心に絡みついてくる。
「え? あ……うん……」
顔に血が上るのを感じながら、アデルジェスは小さく頷いて俯く。くすくすと笑う楽しげな声が、横から聞こえてきた。
まるで借金取りの矢の催促と、閉じこもって震え上がる姿のようだと頭に浮かび、アデルジェスは自らの物思いに苦笑した。
「雨、止まないね」
窓を眺めていたミゼアスが、わずかに眉根を寄せてぽつりと呟く。
そろそろ昼になるというのに、昨晩から降り続けている雨は一向に止む気配を見せない。
「うん……今日はここでもう一泊かな」
アデルジェスが息を吐いて声を漏らすと、ミゼアスが唇を尖らせる。
「しばらく良い天気だったのにね」
「まあ、そういうこともあるよ」
アデルジェスは不満げな顔をするミゼアスを抱え上げ、長椅子に座った。ミゼアスを膝の上に乗せ、向かい合わせの形に抱えなおして髪を撫でてやると、徐々にミゼアスの表情が和らいでいく。
「うん……きみと一緒なら、雨の日だっていいかもしれないね。ゆっくりできると思えば……」
気持ち良さそうに目を閉じながら、ミゼアスはアデルジェスの胸に頭をすりよせる。
「ここのところ、移動ばかりだったからミゼアスも疲れているでしょう。今日はゆっくり休めってことだよ」
「そうだね……幸い、ここには浴室も付いているしね」
安堵の滲むミゼアスの声に、アデルジェスは軽く笑ってミゼアスの背中を撫でる。
ここは街道沿いの小さな宿ではなく、大きめの宿場町なのだ。やや値段は張ったが、浴室付きの部屋がある宿もあった。
疲れているミゼアスのため、そして自らのミゼアスを欲する心のため、アデルジェスは浴室付きの部屋を取ることにためらいはなかった。
幸い、まだ路銀に余裕はある。アデルジェスが兵士を辞めて旅に出るとき、主人だったグリンモルド伯爵から過分なほどの金子を受け取っているのだ。
祝い金、餞別などの名目ではあったが、実際にはアデルジェスも関わった事件への口止め料としての意味合いが強いだろう。
とにかく、路銀に余裕があるのは良いことだ。ただ、使い続けていればやがて尽きるだろうから、稼ぐ機会があれば稼いでおきたい。さすがに今日はこの大雨では無理そうだが。
「ねえ、ジェス……いいこと、しようか?」
物思いに沈んでいたアデルジェスを、甘えたミゼアスの声が引き戻す。
「……え?」
ついどぎまぎしながらアデルジェスはミゼアスを見つめる。ミゼアスはいたずらっ
ぽい笑みを口元に浮かべ、上目遣いでアデルジェスを見上げていた。
「いいこと、したくない?」
アデルジェスの顎にそっと口づけ、ミゼアスは甘く囁く。
「う……うん……しよう……」
自らの心臓が早鐘のように打ち始めるのを感じながら、アデルジェスはミゼアスの頬に手を伸ばす。ミゼアスはにっこりと笑うと、頬に添えられたアデルジェスの手を取り、立ち上がる。
きょとんとするアデルジェスを、ミゼアスはいたずらが成功したような会心の笑みを漏らして見下ろす。
「お腹空いたから、一階に行ってお昼食べてこよう。ね、いいことでしょ?」
アデルジェスの両手を取り、立ち上がるように促しながらミゼアスは可愛らしく首を傾げる。
「……ミゼアス」
思わず恨めしげな呻きがアデルジェスの口からこぼれた。期待させておいて、昼食か。がっくりとうなだれたい気分だったが、ミゼアスの楽しそうな姿を見ると、まあいいかとアデルジェスは軽く息をついた。
おとなしく、アデルジェスは立ち上がる。するとミゼアスがアデルジェスの腕に絡みつき、アデルジェスの耳に近づこうと背伸びをして、囁いてきた。
「食べてから、ゆっくりいいことしようね。僕をいっぱい可愛がって……」
砂糖菓子を焙ったような甘い声が、アデルジェスの心に絡みついてくる。
「え? あ……うん……」
顔に血が上るのを感じながら、アデルジェスは小さく頷いて俯く。くすくすと笑う楽しげな声が、横から聞こえてきた。
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