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おまけ
ヴァレンの冒険6
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ヴァレンはじっと身を固くして、衝撃に備える。しかし、いつまで待っても何かが触れようとする気配すらない。
おそるおそるヴァレンは目を開けてみる。
すると、ヴァレンの周囲は触手に囲まれていた。一瞬、びくっとヴァレンは身を震わせて、抱きしめる腕に力をこめる。ただ、見えない壁のようなものがあるらしく、触手はヴァレンまで届かない。
「……世話の焼ける子供だ」
呆れたようなトゥルーテスの呟きが聞こえる。
どうやら、トゥルーテスが何かをして守ってくれているようだ。
触手は尚も壁を破ろうともがいているようだったが、ヴァレンを守る壁はびくともしない。やがて、触手は離れていった。そのまま、逃げるように去っていく。
あきらめたのかとヴァレンが身を起こしてみれば、二体の巨大なタコが近付いてきているのが見えた。腕の中の小さな存在が、わたわたと動き出す。喜んでいるようだ。
「……あれが、仲間のクラーケン?」
問いかけてみれば、小さな生き物は頷いたようだった。ヴァレンが腕を離してやると、よたよたと泳ぎ出す。
すでに見えない壁は消えているようだ。必死に泳いでいく小さな姿をヴァレンは見守る。
ややあって、二階建ての建物ほどもある大きなクラーケンたちが駆け寄るようにして、小さなクラーケンを触手で包み込む。先ほどの捕食者の動きとは違う、優しくて愛情にあふれた姿だった。
再会の喜びが伝わってくるようだ。ヴァレンは安堵の笑みを浮かべる。
しばし再会を堪能した後、大きなクラーケンたちはヴァレンに向き合ってゆらゆらと体をうごめかせた。何かを語りかけているようだが、ヴァレンにはよくわからない。
「子供、おまえに礼を言っているぞ。我が子を守ってくれてありがとう、と」
トゥルーテスがクラーケンたちの言葉を伝えてくれる。
「いや……俺は別に何も……守ってくれたのは、トゥルーテス様だし」
「おまえが守ろうとせねば、わしは捨て置いた。いいから、礼くらい受け取っておけ」
笑い混じりにトゥルーテス。
「あ……はい……」
「いつか、この礼をしたい。何か困ったことがあれば、力になろう。ただ、陸上ではさほど動けぬ身、場所は海に限られるが。……だ、そうだ」
「いえ、そんな……お気遣いなく……」
「いいから、受け取っておけ。人間の身でクラーケンから約束を引き出すことなど、そうそうできることではないぞ」
「はあ……」
自分は何もできなかったのに、という思いはあったが、せっかくの厚意を無にするのも失礼な話かもしれない。やや戸惑いながらも、ヴァレンは頷いた。
大きなクラーケンたちは、ヴァレンが頷いたのがわかったらしく、満足そうに体をゆらめかせた。
「海で助けが必要になったときは、呼びかけてくれ。叶う限り、駆けつけよう。それでは、さらばだ。……だ、そうだ」
クラーケンの親子は去っていった。
途中、小さなクラーケンが名残惜しそうに何度も触手をうねうねと動かしていた。
人間でいうところの手を振る動作と似たようなものだろうと思い、ヴァレンも手を振り返す。
やがて、クラーケンたちの姿が見えなくなると、トゥルーテスがのっそりと動いた。
「さて、もう一方の迷子も帰してやらねばな。さあ、乗るがよい」
「はーい……あ、忘れてた。トゥルーテス様、さっきは助けてくれて、ありがとうございました」
ちょこんとヴァレンが頭を下げると、トゥルーテスは鷹揚に頷く。
かすかに笑っているようでもあった。
今度こそヴァレンはトゥルーテスの甲羅に乗る。
ヴァレンが乗ったことを確認すると、トゥルーテスはゆっくりと浮上していった。
岩場の珊瑚がゆらめき、小さな魚たちが不思議そうにヴァレンたちをうかがう。
勇気ある一匹の赤い魚がヴァレンの側まで寄ってきた。
ヴァレンは手を伸ばしてみるが、触れられるほど近付いているはずなのに、届かない。そのうち、魚はどんどん遠ざかっていく。まるでこの世界そのものが遠くなっていくようで、ヴァレンは冒険の終わりを悟る。
やがて、ゆらゆらと揺れる水面が近付いてくる。天から降り注ぐ無数の光の筋に包まれ、ヴァレンは眩しさに目を閉じた。
おそるおそるヴァレンは目を開けてみる。
すると、ヴァレンの周囲は触手に囲まれていた。一瞬、びくっとヴァレンは身を震わせて、抱きしめる腕に力をこめる。ただ、見えない壁のようなものがあるらしく、触手はヴァレンまで届かない。
「……世話の焼ける子供だ」
呆れたようなトゥルーテスの呟きが聞こえる。
どうやら、トゥルーテスが何かをして守ってくれているようだ。
触手は尚も壁を破ろうともがいているようだったが、ヴァレンを守る壁はびくともしない。やがて、触手は離れていった。そのまま、逃げるように去っていく。
あきらめたのかとヴァレンが身を起こしてみれば、二体の巨大なタコが近付いてきているのが見えた。腕の中の小さな存在が、わたわたと動き出す。喜んでいるようだ。
「……あれが、仲間のクラーケン?」
問いかけてみれば、小さな生き物は頷いたようだった。ヴァレンが腕を離してやると、よたよたと泳ぎ出す。
すでに見えない壁は消えているようだ。必死に泳いでいく小さな姿をヴァレンは見守る。
ややあって、二階建ての建物ほどもある大きなクラーケンたちが駆け寄るようにして、小さなクラーケンを触手で包み込む。先ほどの捕食者の動きとは違う、優しくて愛情にあふれた姿だった。
再会の喜びが伝わってくるようだ。ヴァレンは安堵の笑みを浮かべる。
しばし再会を堪能した後、大きなクラーケンたちはヴァレンに向き合ってゆらゆらと体をうごめかせた。何かを語りかけているようだが、ヴァレンにはよくわからない。
「子供、おまえに礼を言っているぞ。我が子を守ってくれてありがとう、と」
トゥルーテスがクラーケンたちの言葉を伝えてくれる。
「いや……俺は別に何も……守ってくれたのは、トゥルーテス様だし」
「おまえが守ろうとせねば、わしは捨て置いた。いいから、礼くらい受け取っておけ」
笑い混じりにトゥルーテス。
「あ……はい……」
「いつか、この礼をしたい。何か困ったことがあれば、力になろう。ただ、陸上ではさほど動けぬ身、場所は海に限られるが。……だ、そうだ」
「いえ、そんな……お気遣いなく……」
「いいから、受け取っておけ。人間の身でクラーケンから約束を引き出すことなど、そうそうできることではないぞ」
「はあ……」
自分は何もできなかったのに、という思いはあったが、せっかくの厚意を無にするのも失礼な話かもしれない。やや戸惑いながらも、ヴァレンは頷いた。
大きなクラーケンたちは、ヴァレンが頷いたのがわかったらしく、満足そうに体をゆらめかせた。
「海で助けが必要になったときは、呼びかけてくれ。叶う限り、駆けつけよう。それでは、さらばだ。……だ、そうだ」
クラーケンの親子は去っていった。
途中、小さなクラーケンが名残惜しそうに何度も触手をうねうねと動かしていた。
人間でいうところの手を振る動作と似たようなものだろうと思い、ヴァレンも手を振り返す。
やがて、クラーケンたちの姿が見えなくなると、トゥルーテスがのっそりと動いた。
「さて、もう一方の迷子も帰してやらねばな。さあ、乗るがよい」
「はーい……あ、忘れてた。トゥルーテス様、さっきは助けてくれて、ありがとうございました」
ちょこんとヴァレンが頭を下げると、トゥルーテスは鷹揚に頷く。
かすかに笑っているようでもあった。
今度こそヴァレンはトゥルーテスの甲羅に乗る。
ヴァレンが乗ったことを確認すると、トゥルーテスはゆっくりと浮上していった。
岩場の珊瑚がゆらめき、小さな魚たちが不思議そうにヴァレンたちをうかがう。
勇気ある一匹の赤い魚がヴァレンの側まで寄ってきた。
ヴァレンは手を伸ばしてみるが、触れられるほど近付いているはずなのに、届かない。そのうち、魚はどんどん遠ざかっていく。まるでこの世界そのものが遠くなっていくようで、ヴァレンは冒険の終わりを悟る。
やがて、ゆらゆらと揺れる水面が近付いてくる。天から降り注ぐ無数の光の筋に包まれ、ヴァレンは眩しさに目を閉じた。
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