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3.聖女に会おう、まずはそれから

これはフラグだ

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「おや、失礼。どうやら、ますます混乱させてしまったようですね。でもまあ……」

ノアは、私の唇をしなやかな親指でなぞりながら

「その……上品さの欠片もない叫び声など、カシー様ではまず出すことができませんのでね」

と、怪しい笑みを浮かべた。

(……この人を……信用しても、良いのだろうか?……危険すぎないか?)

ノアという人物の情報は、現状、私は、何も持っていない。
頼れるのはカサブランカの記憶だけ。
記憶の中のノアは……少なくとも夜、カサブランカに性を教え込むときですら、カサブランカに対してとても紳士的だった。
性的なことを仕込むときでさえも、エディ王子よりよっぽど恋人らしかった。
何より先ほど、エディ王子から助けてくれた。

もちろん、このまましらばっくれたとして……何かがあるかと言われると……おそらくないだろう。
……まだ半日あまり、この世界にいるだけとはいえ、どれだけカサブランカの体が王族存続のために重要なのは……十分すぎるほど思い知った。

このまま夜が来て、エディ王子と伽をして、終わったら部屋で休む。
人間の三大欲求だけは、満たされる。
それだけは、間違いない。

でも……。
私は今、めちゃくちゃアウェーだ。
情報も、1人で集めようとしても早速あのザマ。
それに、カサブランカが託した……というノアの言葉。
これは見過ごすわけにはいかない。

こういう、考えさせるセリフというのは、フラグだ。物語が動くときの。
物語が動く、ということは、何らかの危険が人、もしくは世界に迫っているということ。
下手したらこのフラグは、自分の破滅にもつながる可能性だって……。

(あの小説のカサブランカは、そもそも悪役令嬢として、城から追い出された挙句、娼婦にさせられたわけだし……)

私が、カサブランカとしてそうなる……もしくはそれ以上の酷いことになる可能性だって、十分ある。

人生とは先が見えない。
それは現世でもそうだった。
あんな病気が世界中で流行して、たった1年で世界の価値観が変わるなんて……挙句私が死ぬなんて、全く思わなかった。
常識、知識、文化を叩き込まれた、ホームでさえ、そうなのだ。
カサブランカが得た記憶をなぞるしかできない、アウェーな私なんて……明日の今、生きていけるのかすら怪しいのではないか?

私はこの世界では……意識だけとはいえ生まれたての状態。
それは、この世界に生を受けたばかりの赤子と同じ。
違うのは、導いてくれる、安心できる存在がいないということ。
野生動物の世界であれば、即、死。
だとしたら、1%でも安全に近づく方法を選ばなくては……。

「教えて」
「何でしょう」
「やはり……そうでしたか……って、言いましたね」
「はい」

ここに私が座った時に呟いた、ノアの言葉。

「どう言う意味ですか」
「ああ。この場所、カシー様は決して近づこうとしなかったのですよ。悲しいことを思い出してしまうから、と……」

(ああ……もしかして……)

私は心当たりの記憶をすぐに引き出すことができた。
エディ王子との、当時は優しく甘い、しかし後になってみれば苦痛を呼ぶ……まるで甘くて蝕む、砂糖のような記憶。
つまり、この場所に連れてこられた私が、何も考えずに座ってしまった時点で、もうノアにはわかっているのだ。
私が、カサブランカであり、カサブランカではない、ということを。

「それにカシー様は、私には一切敬語というものは使いませんでしたから。上品で優雅な話し方ではありました、けどね」
「あー……ははははー」

詰んだ。

今更取り繕うのは、無理。
むしろ……これはチャンス。
私が、私として情報を得て、無事に私としての人生を生きるための。
そう思うしかない。
今は。

私は覚悟を決めて、ノアの耳元に口を寄せてから、ノア以外には決して聞こえない声で、自分の正体を明かした。
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