1 / 6
隣にいるようでイナイモノ
しおりを挟む
「異世界人が強いとか漫画の読みすぎ。
剣と魔法の世界で貴方は滅びの王国を救う勇者でーす!ってそんな訳ないでしょ。
君は底辺中の底辺よ。
これから先どれ程の苦痛や苦難に襲われるんでしょうね。あなたはもう戻れないわ。
自ら命を絶とうとしても死ねない。
たった一つの制約を果たさない限りは君の魂は縛られたまま。
絶望の淵でせいぜい後悔するのね。
あなたは前の世界じゃ…えーっとリア充?だったんでしょ
ふふふ…楽しみだわ。
これほどの幸福度に満たされながらちょっとした嫉妬からなる痴情のもつれで異世界堕ちなんて…
可哀想に…
まぁ私が仕組んだ事なんだけどね!!」
純度100%の悪意からなる嘲笑を聞きながら僕の意識は深い闇に落ちていった。
---
「あーぁ異世界転生してぇな~」
誰に言ったでも無く心の中で反芻する内に、つい出てしまった独り言だ。
朝に異世界のよくあるハーレム勇者物語を見た影響だろう。
異世界に召喚されたイケメンが、悪い魔王を倒して、滅亡の危機に瀕した王国を救い、姫と結婚して側室をたーくさん迎えるよくあるやつだ。
ただ、タイミングが悪かった。気づいた時にはもう遅い。ここが自室で周りには誰もいない。そんなに世界は甘くないのだ。
喫茶店の隅の方で恋愛相談をしている事を忘れていた。
「はぁ~…おい彼女に振られそうだからってそこまで現実逃避すんなよな、しっかりしろよ!暁人!!!」
ため息混じりの親友からの叱責に直視していなかった現実に向き合う決意を固める…なんて事簡単に出来るハズがないのだ。なぜなら
「冗談だって!そんな目で見るなよ隆弘!けど幼馴染のお前なら分かってくれるだろぅ…」
今にも泣きそうな涙目になりながら親友の顔を覗き込む。
「泣くなよ、まぁ気持ちは分かるよ。毎日あんだけイチャイチャしてたのに」
(ところ構わずイチャイチャしてて、絵に描いたようなバカップルだったけどな。こんなクソ暑い中暑苦しいちゃないぜ)
「そうだよ!
三年半だぜ!?三年半!!
大人の恋愛なら長くないかもしれないよ?そりゃ!
けど14歳から付き合って、
青春をほとんど一緒に過ごした彼女が、一緒にアオハルにライドしてた彼女が
三日前に転校してきたやつに一目惚れしたから別れてくれって言われて現実逃避しないやつなんかいないよ!うぅぅ」
決壊したダムのように溢れ出す涙を拭きながら気持ちを吐き出す。
「確かに、いきなり別れてくれはおかしいよな。
琴香ちゃんどうしちゃったんだよ」
確かに転校生は切長の目に、凛々しい眉毛、筋の通った綺麗な鼻に、すらっした高身長、焦茶色の髪に白い肌。アイドルグループにいそうなイケメンだ。
ただ、転校する時期が少し変な気もするし
(そういうのって夏休み終わった後じゃね?そういもん?あと、あの転校生なんか気になるんだよな)
転校生が纏う雰囲気がまるで作り物の様な感じがするのも隆弘が不思議に思う原因だ。
「分かんないよ。電話とSNSはブロックされちゃったし、学校は昨日から夏休みだろ?だから家まで訪ねたら居留守されて庭で座ってたらお父さんに追い返されたし」
「え?」
「ファミレスのバイト先に行って開店から閉店までいたら不審者扱いだし!」
「え、え?」
「休日に家の前で待ち伏せしてて出先で何度も声かけても無視されるし、美容院と歯医者までついてったのにさ!しまいには警察呼ばれるし」
「お、お前」
「第一に俺別れる事にOKなんてしてないもん!」
「そ、そこまで拒絶されてるのか。いやなんとういうかもう諦めるしかないんじゃないか」
(転校生が来なくても近いうちに別れてた気がするなこれは)
立場が違えばストーカー並の親友のたった数日の行動力にドン引きし、投げやりな回答をしてしまう。
「嫌だよ~こんなに好きなのに。くっそあんな転校生さえこなければ、こんな思いせずにすんだのに」
「おい、噂をすればなんとやらだぞ、あれ琴香ちゃんと転校生だろ」
「え?どこ!!!!?」
「ほら道路の向こう側、青い家の前らへん」
窓の外から見える景色に目を向ける。
道路の向こう側に、笑顔で他の男の横を歩く琴香の姿を見て焦燥にかられる。
「本当だ、くっそ彼氏がいるのに他の男と夏休みデートだと!!行くぞワトソン君!追跡だ!」
誰がワトソンだと安いツッコミをしようとしたらもう親友は店を出ている所だった
「おい待てよ!ってお会計してないぞ馬鹿!くそっ」
急いで伝票を持ちレジに向かうが、
レジには何やら慣れない手つきの店員さんと待ちぼうけを食らっているサラリーマン2人とその前にクレームをつけているクレーマーご夫妻
なんとか会計を終えて店を出ると親友達の姿はどこにもなかった。
もし人生にやり直しが効くなら、
店を出る親友をなんとしても止めるか
レジに割り込んで会計を終えていただろう。
隆弘はこの行動を生涯に渡って後悔し、何度も夢に見て人生を終えたという。
「くそ早く信号変われよ、2人を見失なうぞ」
隆弘が何やら叫んでいたが、2人の姿を見つけてからそれ以外の事が考えられなくなってしまった。
駆け出して手を伸ばせば届きそうな距離なのに声をかける事も、あまつさえ近づく事も出来ない。
なんとか追いついたのは良かったが長年連れ添った恋人のような甘酸っぱい2人の雰囲気に否応なく自分と彼女との心の距離を実感する。
最愛の人と数日前に来た転校生。
そんな歪な関係に苛立ちを隠さないでいた。
(なんだ琴香その笑顔は俺に向けるハズだろその顔は!!
転校生も転校生だ!
そいつは俺の彼女だぞ!
そんなイケメンスマイルを向けるな
微笑むな、車道側を歩くな、さりげなく手を繋ぐな、ドアを開けてやるな、椅子をひいてやるな。
2人ともそんなに楽しそうに食事をするな。
何でお前がぁぁあ俺の彼女をエスコートしているんだ。
たった数日で俺の場所を
大切な彼女を奪いやがって許さない…絶対に許さない)
いつの間にか口に広がる鉄の味がこれからの3人の運命を表している様だった。
尾行を始めて2時間が経とうとしていた。
ここは小高い丘の上。
遠くに雪化粧はしていないがぼんやりと日本一高い山が見え、街全体を見下ろせる、よくある恋人たちの人気スポットだ。
転校生と琴香は
丘の上で柵に寄りかかりながら街並みを眺めている。
2人とも笑顔を絶やさずにニコニコと。
絵に描いた様な美男美女。
絵画の世界から飛び出してきた様な雰囲気に呑まれてしまう。
不覚にもお似合いだなと思った暁人は思考を変えるために独りで呟く。
「転校生のやつめここが俺たちの想い出の場所だって知ってるのか」
そう、ここは2人が初めて出会った場所であり、愛が始まった場所でもあるのだ。
そして愛の終着点にも。
13歳の雨の日。
赤点を取ってしまった暁人は家に帰れずに丘の上のベンチで途方に暮れていた。
この場所は暁人のお気に入りの場所であり、何か悩み事や嫌な事、むしろ楽しい事でも何でも何かにこぎつけてこの丘の上に来ていたのだ。
ここにくると嫌なことは忘れられるし、楽しい事はもっと楽しくなる。そんな気がした。
それがこの丘の上。
その日だけいつもと違ったのは隣のベンチに美少女がいる事だ。
美しい黒髪のまさに大和撫子だ。
彼女は春吉琴香と言うらしい。
彼女は泣いていた。
雨に濡れたと言っていたが、目が赤かったから。
そうだと思った。
(そういえば後から聞いても雨に濡れたって言ってたっけな。)
運命の人がいるならばそれは今目の前にいる君だと答えるくらい一目惚れだった。
雨に濡れ、涙に濡れ、曇天の空をみる君の横顔が、薄明光線のように美しかった。
そこから丘の上に足繁く通った。
他愛もない話を何度もした。いつも彼女は丘の上にいて、遠くを見ていた。
鳥籠の中の鳥が窓の外から空に想いを馳せるように。ただ見ていた。
そんな彼女の目線を独り占めしたくて何度も気を引いたけど、やっぱり最後は遠くを見ていた。
ただ僕を見て欲しかった。
その目線を独り占めしたかった。
初めて生まれた独占欲に身を焦がしながらアプローチを続けること一年。
ある春の日。
告白した。
その日は暁人は転げ回った。文字通り転げ回った。
嬉しさを表現するにはそれしかないと思ったから。
泥まみれになる暁人を琴香はただ見ていた。
とびきりの泣き笑いを添えて。
琴香と恋人になってから彼女はよく笑うようになった。
色々な思い出を作り、色んな所に行った。
思い出も秘密も共有した。本当に幸せだった。
ただ雨の日の涙の理由は教えてくれなかった。
最初の方は気になったが時間が経つにつれて忘れていった。
そんな想い出の場所。それがこの丘の上。
暁人と琴香の間ではここは聖地になっていて、毎月記念日にはここで夕陽を見るのが定番になっていた。
「私は暁人に出会えて幸せだよ。
暁人は優しくて面白くて、
強がりだけど本当は人一倍脆くて、
けどそれを隠そうと強がりばっか言って
そんな所が可愛くて、
いつも私を暖かい目で見てくれて、
愛してくれてありがとう!
これからもよろしくね。
大好きだよ。
この夕焼け空の様にどこまでも赤くラブラブでいようね。なんちゃって暁人の病気がうつっちゃった…ふふふ幸せだな」
あぁ、これは三年記念日の記憶だ。
彼女のほっぺったが赤くて、それをイジったら「夕陽のせいだよ」なんて言ってたっけな。
いつも天気のせいにする人だった。
天気の琴香。略して天気のコ…
あぁ戻りたいな幸せだったな。
頬を伝わる熱い感情に身を焦がしながら物思いにふけていた次の瞬間。
身体が自然と動いていた。
背中を伝わる冷たい汗に気持ち悪さを感じながら、
重なったシルエットを二つにするために、ただそれだけのために力の限り押した。
一つの影はまるでこうある事を望んだかの様に丘の下へ落ちていった。どこまでもどこまでも落ちていった。
もう一つの影はただそこに佇んでいた。
二つの目にはまるで生気がなく、数日ぶりに目を合わせたそれは、彼女だったものに思えた。
まるで外側だけを包み込んだようなものに思えた。
あたりはすっかり赤く煌びやかな茜色の空だった。
まるで2人の愛を祝福していたかの様に
まるで1人の男の憎悪を嘲笑うかの様に
空はただただ赤かった。
剣と魔法の世界で貴方は滅びの王国を救う勇者でーす!ってそんな訳ないでしょ。
君は底辺中の底辺よ。
これから先どれ程の苦痛や苦難に襲われるんでしょうね。あなたはもう戻れないわ。
自ら命を絶とうとしても死ねない。
たった一つの制約を果たさない限りは君の魂は縛られたまま。
絶望の淵でせいぜい後悔するのね。
あなたは前の世界じゃ…えーっとリア充?だったんでしょ
ふふふ…楽しみだわ。
これほどの幸福度に満たされながらちょっとした嫉妬からなる痴情のもつれで異世界堕ちなんて…
可哀想に…
まぁ私が仕組んだ事なんだけどね!!」
純度100%の悪意からなる嘲笑を聞きながら僕の意識は深い闇に落ちていった。
---
「あーぁ異世界転生してぇな~」
誰に言ったでも無く心の中で反芻する内に、つい出てしまった独り言だ。
朝に異世界のよくあるハーレム勇者物語を見た影響だろう。
異世界に召喚されたイケメンが、悪い魔王を倒して、滅亡の危機に瀕した王国を救い、姫と結婚して側室をたーくさん迎えるよくあるやつだ。
ただ、タイミングが悪かった。気づいた時にはもう遅い。ここが自室で周りには誰もいない。そんなに世界は甘くないのだ。
喫茶店の隅の方で恋愛相談をしている事を忘れていた。
「はぁ~…おい彼女に振られそうだからってそこまで現実逃避すんなよな、しっかりしろよ!暁人!!!」
ため息混じりの親友からの叱責に直視していなかった現実に向き合う決意を固める…なんて事簡単に出来るハズがないのだ。なぜなら
「冗談だって!そんな目で見るなよ隆弘!けど幼馴染のお前なら分かってくれるだろぅ…」
今にも泣きそうな涙目になりながら親友の顔を覗き込む。
「泣くなよ、まぁ気持ちは分かるよ。毎日あんだけイチャイチャしてたのに」
(ところ構わずイチャイチャしてて、絵に描いたようなバカップルだったけどな。こんなクソ暑い中暑苦しいちゃないぜ)
「そうだよ!
三年半だぜ!?三年半!!
大人の恋愛なら長くないかもしれないよ?そりゃ!
けど14歳から付き合って、
青春をほとんど一緒に過ごした彼女が、一緒にアオハルにライドしてた彼女が
三日前に転校してきたやつに一目惚れしたから別れてくれって言われて現実逃避しないやつなんかいないよ!うぅぅ」
決壊したダムのように溢れ出す涙を拭きながら気持ちを吐き出す。
「確かに、いきなり別れてくれはおかしいよな。
琴香ちゃんどうしちゃったんだよ」
確かに転校生は切長の目に、凛々しい眉毛、筋の通った綺麗な鼻に、すらっした高身長、焦茶色の髪に白い肌。アイドルグループにいそうなイケメンだ。
ただ、転校する時期が少し変な気もするし
(そういうのって夏休み終わった後じゃね?そういもん?あと、あの転校生なんか気になるんだよな)
転校生が纏う雰囲気がまるで作り物の様な感じがするのも隆弘が不思議に思う原因だ。
「分かんないよ。電話とSNSはブロックされちゃったし、学校は昨日から夏休みだろ?だから家まで訪ねたら居留守されて庭で座ってたらお父さんに追い返されたし」
「え?」
「ファミレスのバイト先に行って開店から閉店までいたら不審者扱いだし!」
「え、え?」
「休日に家の前で待ち伏せしてて出先で何度も声かけても無視されるし、美容院と歯医者までついてったのにさ!しまいには警察呼ばれるし」
「お、お前」
「第一に俺別れる事にOKなんてしてないもん!」
「そ、そこまで拒絶されてるのか。いやなんとういうかもう諦めるしかないんじゃないか」
(転校生が来なくても近いうちに別れてた気がするなこれは)
立場が違えばストーカー並の親友のたった数日の行動力にドン引きし、投げやりな回答をしてしまう。
「嫌だよ~こんなに好きなのに。くっそあんな転校生さえこなければ、こんな思いせずにすんだのに」
「おい、噂をすればなんとやらだぞ、あれ琴香ちゃんと転校生だろ」
「え?どこ!!!!?」
「ほら道路の向こう側、青い家の前らへん」
窓の外から見える景色に目を向ける。
道路の向こう側に、笑顔で他の男の横を歩く琴香の姿を見て焦燥にかられる。
「本当だ、くっそ彼氏がいるのに他の男と夏休みデートだと!!行くぞワトソン君!追跡だ!」
誰がワトソンだと安いツッコミをしようとしたらもう親友は店を出ている所だった
「おい待てよ!ってお会計してないぞ馬鹿!くそっ」
急いで伝票を持ちレジに向かうが、
レジには何やら慣れない手つきの店員さんと待ちぼうけを食らっているサラリーマン2人とその前にクレームをつけているクレーマーご夫妻
なんとか会計を終えて店を出ると親友達の姿はどこにもなかった。
もし人生にやり直しが効くなら、
店を出る親友をなんとしても止めるか
レジに割り込んで会計を終えていただろう。
隆弘はこの行動を生涯に渡って後悔し、何度も夢に見て人生を終えたという。
「くそ早く信号変われよ、2人を見失なうぞ」
隆弘が何やら叫んでいたが、2人の姿を見つけてからそれ以外の事が考えられなくなってしまった。
駆け出して手を伸ばせば届きそうな距離なのに声をかける事も、あまつさえ近づく事も出来ない。
なんとか追いついたのは良かったが長年連れ添った恋人のような甘酸っぱい2人の雰囲気に否応なく自分と彼女との心の距離を実感する。
最愛の人と数日前に来た転校生。
そんな歪な関係に苛立ちを隠さないでいた。
(なんだ琴香その笑顔は俺に向けるハズだろその顔は!!
転校生も転校生だ!
そいつは俺の彼女だぞ!
そんなイケメンスマイルを向けるな
微笑むな、車道側を歩くな、さりげなく手を繋ぐな、ドアを開けてやるな、椅子をひいてやるな。
2人ともそんなに楽しそうに食事をするな。
何でお前がぁぁあ俺の彼女をエスコートしているんだ。
たった数日で俺の場所を
大切な彼女を奪いやがって許さない…絶対に許さない)
いつの間にか口に広がる鉄の味がこれからの3人の運命を表している様だった。
尾行を始めて2時間が経とうとしていた。
ここは小高い丘の上。
遠くに雪化粧はしていないがぼんやりと日本一高い山が見え、街全体を見下ろせる、よくある恋人たちの人気スポットだ。
転校生と琴香は
丘の上で柵に寄りかかりながら街並みを眺めている。
2人とも笑顔を絶やさずにニコニコと。
絵に描いた様な美男美女。
絵画の世界から飛び出してきた様な雰囲気に呑まれてしまう。
不覚にもお似合いだなと思った暁人は思考を変えるために独りで呟く。
「転校生のやつめここが俺たちの想い出の場所だって知ってるのか」
そう、ここは2人が初めて出会った場所であり、愛が始まった場所でもあるのだ。
そして愛の終着点にも。
13歳の雨の日。
赤点を取ってしまった暁人は家に帰れずに丘の上のベンチで途方に暮れていた。
この場所は暁人のお気に入りの場所であり、何か悩み事や嫌な事、むしろ楽しい事でも何でも何かにこぎつけてこの丘の上に来ていたのだ。
ここにくると嫌なことは忘れられるし、楽しい事はもっと楽しくなる。そんな気がした。
それがこの丘の上。
その日だけいつもと違ったのは隣のベンチに美少女がいる事だ。
美しい黒髪のまさに大和撫子だ。
彼女は春吉琴香と言うらしい。
彼女は泣いていた。
雨に濡れたと言っていたが、目が赤かったから。
そうだと思った。
(そういえば後から聞いても雨に濡れたって言ってたっけな。)
運命の人がいるならばそれは今目の前にいる君だと答えるくらい一目惚れだった。
雨に濡れ、涙に濡れ、曇天の空をみる君の横顔が、薄明光線のように美しかった。
そこから丘の上に足繁く通った。
他愛もない話を何度もした。いつも彼女は丘の上にいて、遠くを見ていた。
鳥籠の中の鳥が窓の外から空に想いを馳せるように。ただ見ていた。
そんな彼女の目線を独り占めしたくて何度も気を引いたけど、やっぱり最後は遠くを見ていた。
ただ僕を見て欲しかった。
その目線を独り占めしたかった。
初めて生まれた独占欲に身を焦がしながらアプローチを続けること一年。
ある春の日。
告白した。
その日は暁人は転げ回った。文字通り転げ回った。
嬉しさを表現するにはそれしかないと思ったから。
泥まみれになる暁人を琴香はただ見ていた。
とびきりの泣き笑いを添えて。
琴香と恋人になってから彼女はよく笑うようになった。
色々な思い出を作り、色んな所に行った。
思い出も秘密も共有した。本当に幸せだった。
ただ雨の日の涙の理由は教えてくれなかった。
最初の方は気になったが時間が経つにつれて忘れていった。
そんな想い出の場所。それがこの丘の上。
暁人と琴香の間ではここは聖地になっていて、毎月記念日にはここで夕陽を見るのが定番になっていた。
「私は暁人に出会えて幸せだよ。
暁人は優しくて面白くて、
強がりだけど本当は人一倍脆くて、
けどそれを隠そうと強がりばっか言って
そんな所が可愛くて、
いつも私を暖かい目で見てくれて、
愛してくれてありがとう!
これからもよろしくね。
大好きだよ。
この夕焼け空の様にどこまでも赤くラブラブでいようね。なんちゃって暁人の病気がうつっちゃった…ふふふ幸せだな」
あぁ、これは三年記念日の記憶だ。
彼女のほっぺったが赤くて、それをイジったら「夕陽のせいだよ」なんて言ってたっけな。
いつも天気のせいにする人だった。
天気の琴香。略して天気のコ…
あぁ戻りたいな幸せだったな。
頬を伝わる熱い感情に身を焦がしながら物思いにふけていた次の瞬間。
身体が自然と動いていた。
背中を伝わる冷たい汗に気持ち悪さを感じながら、
重なったシルエットを二つにするために、ただそれだけのために力の限り押した。
一つの影はまるでこうある事を望んだかの様に丘の下へ落ちていった。どこまでもどこまでも落ちていった。
もう一つの影はただそこに佇んでいた。
二つの目にはまるで生気がなく、数日ぶりに目を合わせたそれは、彼女だったものに思えた。
まるで外側だけを包み込んだようなものに思えた。
あたりはすっかり赤く煌びやかな茜色の空だった。
まるで2人の愛を祝福していたかの様に
まるで1人の男の憎悪を嘲笑うかの様に
空はただただ赤かった。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
死ぬために向かった隣国で一途な王弟に溺愛されています
まえばる蒔乃
恋愛
「死んでこい。お前はもう用済みだ」
男子しか魔術師になれないハイゼン王国に生まれたアスリアは、実家の別邸に閉じ込められ、規格外の魔力を父の出世の為に消費され続けていた。18歳になったとき、最後に与えられた使命は自爆攻撃だった。
結局アスリアは自爆に失敗し、そのまま隣国で解呪のため氷漬けにさせられる。
長い眠りから目を覚ましたアスリアの前に現れたのは、美しい金髪の王弟殿下レイナードだった。
「新たな人生をあなたに捧げます。結婚してください、僕の憧れの人」
彼はアスリアに何か恩があるらしく、敵国テロリストだったアスリアを大切に扱う。
アスリアはまだ知らない。氷漬けで10年の時が経ち、故郷はもう滅びていること。
――そして彼がかつてアスリアが保護していた、人攫いに遭った少年だということに。
<生きる意味を見失った令嬢×年齢逆転の王弟殿下×囲い込み愛>
夫の告白に衝撃「家を出て行け!」幼馴染と再婚するから子供も置いて出ていけと言われた。
window
恋愛
伯爵家の長男レオナルド・フォックスと公爵令嬢の長女イリス・ミシュランは結婚した。
三人の子供に恵まれて平穏な生活を送っていた。
だがその日、夫のレオナルドの言葉で幸せな家庭は崩れてしまった。
レオナルドは幼馴染のエレナと再婚すると言い妻のイリスに家を出て行くように言う。
イリスは驚くべき告白に動揺したような表情になる。
子供の親権も放棄しろと言われてイリスは戸惑うことばかりでどうすればいいのか分からなくて混乱した。
【完結】18年間外の世界を知らなかった僕は魔法大国の王子様に連れ出され愛を知る
にゃーつ
BL
王族の初子が男であることは不吉とされる国ルーチェ。
妃は双子を妊娠したが、初子は男であるルイだった。殺人は最も重い罪とされるルーチェ教に基づき殺すこともできない。そこで、国民には双子の妹ニナ1人が生まれたこととしルイは城の端の部屋に閉じ込め育てられることとなった。
ルイが生まれて丸三年国では飢餓が続き、それがルイのせいであるとルイを責める両親と妹。
その後生まれてくる兄弟たちは男であっても両親に愛される。これ以上両親にも嫌われたくなくてわがまま1つ言わず、ほとんど言葉も発しないまま、外の世界も知らないまま成長していくルイ。
そんなある日、一羽の鳥が部屋の中に入り込んでくる。ルイは初めて出来たその友達にこれまで隠し通してきた胸の内を少しづつ話し始める。
ルイの身も心も限界が近づいた日、その鳥の正体が魔法大国の王子セドリックであることが判明する。さらにセドリックはルイを嫁にもらいたいと言ってきた。
初めて知る外の世界、何度も願った愛されてみたいという願い、自由な日々。
ルイにとって何もかもが新鮮で、しかし不安の大きい日々。
セドリックの大きい愛がルイを包み込む。
魔法大国王子×外の世界を知らない王子
性描写には※をつけております。
表紙は까리さんの画像メーカー使用させていただきました。
完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。
音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。
だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。
そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。
そこには匿われていた美少年が棲んでいて……
異世界へ下宿屋と共にトリップしたようで。
やの有麻
BL
山に囲まれた小さな村で下宿屋を営んでる倉科 静。29歳で独身。
昨日泊めた外国人を玄関の前で見送り家の中へ入ると、疲労が溜まってたのか急に眠くなり玄関の前で倒れてしまった。そして気付いたら住み慣れた下宿屋と共に異世界へとトリップしてしまったらしい!・・・え?どーゆうこと?
前編・後編・あとがきの3話です。1話7~8千文字。0時に更新。
*ご都合主義で適当に書きました。実際にこんな村はありません。
*フィクションです。感想は受付ますが、法律が~国が~など現実を突き詰めないでください。あくまで私が描いた空想世界です。
*男性出産関連の表現がちょっと入ってます。苦手な方はオススメしません。
【完結】国の借金返済のためにアイドルグループ作ります!なぜかメンバーに口説かれていますが、恋愛禁止ですよ?
櫻野くるみ
恋愛
侯爵令嬢のアイリスはある日、宰相の父に手っ取り早く稼ぐ方法を尋ねられた。
国王が隣国の詐欺被害に遭い、国が多額の借金を抱えてしまったらしい。
そんなうまい方法などあるはずないと思ったアイリスだったが、前世の記憶を持つ彼女は閃いてしまった。
『アイドルグループを作って借金返済をしましょう!』
もともと前世でアイドルオタクだったアイリスは、幼馴染の王子ルカリオ、騎士団長の息子キース、魔術師団長の息子レンというイケメン三人組でアイドルグループを結成することを提案する。
渋る彼らを宥めたアイリスは影のプロデューサーとなり、借金返済の為に奮闘するのだが――。
グループ名やデビュー曲はどうするか、ファンクラブの開設などやることは盛りだくさん。
しかも、なぜだかメンバーの三人がアイリスを口説き始めて?
いやいや、アイドルって恋愛禁止ですよ?
思い付きで異世界で初のアイドルを生み出したアイリスが、社交界の夫人・令嬢を巻き込み、ジャカジャカ儲ける中で逆ハーされるお話です。
軽く読めるご都合主義なお話です。
ストレスフリーなので、楽しんでいただけると嬉しいです。
以前、『国の借金がすごいので、王子と、騎士団長の息子と、宮廷魔術師団長の息子でアイドルグループ結成します!え?恋愛禁止ですけど!?』というタイトルで数話書いていたのですが、大幅に修正が必要になった為、今回設定だけ同じ別のお話として書き直しました。
読んで下さっていた方、申し訳ございません。
異世界転生したら悪役令嬢じゃなくイケメン達に囲まれちゃいましたっ!!
杏仁豆腐
恋愛
17歳の女子高生が交通事故で即死。その後女神に天国か地獄か、それとも異世界に転生するかの選択肢を与えられたので、異世界を選択したら……イケメンだらけの世界に来ちゃいました。それも私って悪役令嬢!? いやそれはバッドエンドになるから勘弁してほしいわっ! 逆ハーレム生活をエンジョイしたいのっ!!
※不定期更新で申し訳ないです。順調に進めばアップしていく予定です。設定めちゃめちゃかもしれません……本当に御免なさい。とにかく考え付いたお話を書いていくつもりです。宜しくお願い致します。
※タイトル変更しました。3/31
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる