参謀殿と私

鳴哉

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 何だか顔が冷たいな、と思って目が覚めた。

 真っ暗だ。目が慣れるまでしばらく時間を要した。どうやら私は地面に転がっているらしい。起きあがろうとして、後ろ手に縛られていることに気付く。

 やらかしてしまったらしい。それも、けっこうのっぴきならない感じのやつを。

 周りを窺うが、近くに人がいる気配はない。すぐにどうこうされる身の危険はなさそうだ。体を動かせる範囲で辺りを探ると、ここは今日、中を見たいと思って寄り道した軍部の倉庫のひとつだと分かった。
 高い位置に明かり取りの窓が見えるが、日の光は入ってきていない。もう既に夜なのだ。

 執務室に戻らない私を参謀殿は探してくれているだろうか。それとも、もう帰宅したと思い込んでしまっているだろうか。

 とりあえず、自ら脱出する努力はせねば、と何とか体を起こす。身体能力は低い。起き上がるだけで四苦八苦した。
 息を荒げて座り込んだ私は、思わず間抜けな声を漏らす。

「え? どうして?」

 倉庫の中は空っぽだった。資材調達の報告書に記載のあった資材や食糧などがない。近々行われる僻地での訓練のために倉庫がいっぱいになるほど備蓄しているはずなのに。

 在庫がない。
 どこにいった?
 ……誰かが持ち出した?



 今目の前にいるのは、よく見かける軍部の武官だった。父親くらいの年齢だろうか。参謀殿と話していた内容から、古参の武官であると思う。正直なところ、私に向ける視線が冷ややかで感じが悪かった。まあ、参謀殿のものよりは格段にぬるかったけど。

「余計なことに興味を持たなければ、こんな目に合わずに済んだのになあ」

 そう言いながら一人倉庫に入ってきた男は、後ろ手で内側から鍵を閉めた。どうやら、この倉庫の状況にこの武官が噛んでいるのは間違いないだろう。

「調達品の収支報告書なんてものを作ろうとすれば、あの若造がこの状況に気付いてしまうだろうからと、とりあえず馬鹿みたいな書類仕事を無駄に作って時間稼ぎをしてたら、何の気まぐれか文官のお嬢さんを連れてきて報告書の担当にしてくれた。
現物なんか興味ない文官のお嬢さんのおかげで、調達品はちゃんと全部俺たちの懐に入ったよ」

 あの書類の山は無駄に作られたものだったとは。軍部って無駄な書類多いな、と思ったのは当たり前だ。
 でも、現物なんか興味ない文官、ってのは、ちょっと耳が痛い。

「なのに、今更興味本意で倉庫を覗きに来るなんて、本当に馬鹿だなあ」

 聞かれてもいないのに、得意げに話す貴方の方が馬鹿だよね、と思ったけど、この状況でそれを口にしてしまうのは私といえど躊躇われた。

 そう、これは本当にのっぴきならないやつだ。いわゆる口封じってやつの一歩手前だからこそ、男は饒舌なのだろう。

「さて、どうやってこのお嬢ちゃんを片付けたら、あの若造の不始末になるかなあ」

 どうやら、あの若造ってのは参謀殿のことなんだろうけど、あの強面の大男を若造呼びできるなんて、この男もなかなかの強者だ。確かに、いかにも脳筋といった武官ではある。私がどう足掻こうが、逃げられそうにもない。

 男の手が私の顎にかかる。いかつい顔が間近に迫り、ささやかな抵抗で睨みつける。

「前参謀の息子だからってだけで、俺たちの上に立てるような甘い世界じゃないってことを、ようく分からせてやらんと」

「つまり、参謀殿が気に入らないってだけで、こんなことを?」

 思わず口にしてしまった。呆れてしまったからだ。男の幼稚なやり口に。見る目のなさに。
 参謀殿を見ていれば、彼が前参謀殿から血縁というだけでその地位を引き継がれたのかどうかくらい、わかるんじゃないの?

「ああ、気に入らない。次の参謀は俺のはずだったのに!」

「本当に馬鹿なんですね。貴方みたいな人を見る目がない人が、参謀なんて要職に就ける訳がないじゃないですか」

 相手の感情を逆撫でするのが分かっていながら、どうしても口を噤めなかった。こんな男の手に落ちた自分が許せない。こんな男が参謀殿を侮辱するのが許せない。

 男の額に青筋が浮く。ギリ、という歯の音を間近で聞いて、しまった、と後悔する。私の悪いところは、本当、こういうところだ。

「いい度胸だ。覚悟はできたということだな」


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