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私もアマンダ
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私の羽は冬の妖精のような、霜で作られたような白で、形は蝶の羽と同じ。
小さくなった体で、たくさんの妖精に挨拶をした。私は雪の花の妖精らしい。雪の花は氷雪の森にしか咲かない花で、雪が3年積もったままの場所に咲き始める白い花だ。
ひらひら、夜の王都の空を王城目指して飛んでいく。
お城の中の隙間をぬってぬって、目的の部屋にたどり着いた。
まだ魔法灯の光るその部屋では、金の髪の美しい青年が書類に目を通している。
「王子様」
一度も、私のままでは会うことのなかった婚約者。
呼びかければピクリと反応して周囲を見回す「アマンダ?」私の声はそのまま彼女の声らしい。本体のアマンダを探す王子の目が私を見つけた。本体そのままの姿形で妖精になった私に、彼は目を丸くする。
「アマンダ? え、ちいさ、え、小さくないか? はは、また何か変なことをしたのかい?」
私を[私]だと思っている王子様に、私はふっと微笑み返す。
人間はあまり妖精を見ることがないから、私を見てすぐ妖精とは思わないようだ。
「アマンダ…?」
「王子様。一度、お話ししてみたかったのです。私はアマンダ。レディ・アマンダ。あなたの知るアマンダとは別のアマンダですわ」
「別の?」
「私が本当のアマンダ。でも、彼女もアマンダ。だから、もう、よくわからないわね」
「どういう意味?」
美しい顔で、美しい青い瞳で私を見る王子様。
私が私として生きたなら、私はあなたに恋をしたのかしら。
「一度、直接お話したかったの」
「一度?」
私の結婚するはずだった人。私を捨てたかもしれない人。
深い理由はない。でも、話してみたかった。なんとなくね。
「そう、一度。難しいことは考えないで、たった一度だけの不思議な夢と思って。私とお話いたしましょう? 王子様」
「……君は、俺を殿下と呼ばないのだね」
「ふふ。そうですね」
なぜか切ないような顔をして、王子はそっとその長い指で私の小さな頰にふれた。
「なぜだろう。その願いを叶えてやらないといけない気がする。いいよ。話をしよう。何を話す?」
「お優しい王子様。ありがとうございます」
いろいろなことを話した。
かつて好きだったお菓子の話。好きな花の話。人々の寝静まった夜に空中散歩すると見える、月夜に照らされた静かな街の景色の中で、ぽつりと灯る夜勤の兵のいる兵舎の明かりのなんと幻想的なことか。
「君はずいぶんおしとやかだな」
「そうですか? 私よりあっちのアマンダの方が勉強もなんでも真面目にこなしていますよ」
「はは! アマンダは努力家だよね」
そう言う王子様の目は愛しさで染まっている。
「少しだけ私も王妃教育を見ていましたけれど、私があれをするのはとても厳しいと思いましたわ。きっと、そのうち癇癪を起こしたのではないかしら。つらくて、つまらなくて、苦しくて」
「王妃教育を詳しく知らないんだが、そんなに?」
「ええ、もっと、気を強く持って、自分の意見を強く主張しなくてはいけなくて、でも人の話を全く聞かないのもいけなくて、でも人の意見ばかり聞くのもいけなくて。もうよくわからないわ」
「はは! 王もそんなものだよ。結局は自分で考えろということさ」
「そうなのですね。でも、きっと私には耐えられなかった。私は空を飛ぶのが楽しいし、静かな時の流れを感じるのが楽しいし、みんなが楽しそうにしているのを見ているのが楽しい、そう、まるで脇役のような性格なの」
「向かなくもないと思うけどな? 指導的な王妃ではないけど、みんなを支えるいい王妃になりそうだよ。ああ、でも」
「それが許される時流ではないですね」
王妃教育、という確固とした求められる形がある。
そこから逸脱して変えるには相応のカリスマ性がいるが、そのカリスマ性こそ私に不足している。
「そうだな。でも、なんとかしてみせるよ、アマンダのためなら、がんばるさ」
そう言う彼はきっと、私がもし私のままで婚約者となり、苦しみもがき彼の好意を得ようとあがいていたとしても、好意を持ってはくれなかったのだろう。今の言葉を言うことはきっとない。なぜかその確信がある。
そして婚約破棄へたどり着くのだ。
そのもしもの世界でも彼が私に好意を抱いてくれる可能性が高かったなら、私はこうなっていなかったと思うのよ。
……実際に失恋したわけではないのに、なんだか悲しい気持ちになってしまったわ。
結局、この人が望むのは私ではない。
「お話ありがとうございました、王子様。どうかお元気で」
もしかしたら愛したかもしれない人。
乞い求めたかもしれない人。
今は、よく知らない赤の他人。
「ああ。君はどこにいくんだ? もう来ることはないのか?」
「仲間たちのところへ。たぶんもうこないと思います」
「妖精のところ?」
「はい。空を飛んだり、月明かりを浴びたり、光る花の中で踊ったり。朝露をあつめたり。妖精は自由で楽しくて、みんな優しくて。とっても居心地がいいんです」
「そうか。どうして妖精は人を嫌うのかな? 仲良くできればいいんだが」
「さぁ、どうしてかしら。でも私もあまり人に関わりたくない気がします」
「そうなのか。本能なのかな? もう会えないのは残念だけど、君も健やかに。妖精のアマンダ」
「はい。ありがとうございます」
この人に望まれる未来はきっと私にはなかったけれど、幸せを願われたことがなぜかとても嬉しかった。憎しみのこもった目で見られないことが、なぜかとても嬉しかった。
王子が窓を開けてくれて、そこから夜の王都に躍り出る。
青い月明かりは世界を神秘的に照らしている。城の周りに珍しく妖精が複数集まっていて、月光を反射しきらきらと輝いていた。
「アマンダー無事ー?」
「王子と話せたー?」
「すっきりしたー?」
「はい。いっぱい話して、満足です!」
「よかったー! じゃあ森に帰ろう! そろそろ祭りの時間だよ!」
「そうそう! 明日は春の妖精の誕生日だから、もう祭りが始まるんだよー!
雪の妖精、陽光の妖精、花の妖精に、雫の妖精。みんなに連れられて森へ帰る。
振り返った王城では、開いた窓辺に金の髪の王子が立っていた。後ろ髪引かれる思いを、ふっと振り切って背を向ける。
春祝いの祭りで、決まりなどない自由なステップでみんな思い思いにダンスを踊り、歌を歌って花の蜜を舐める。
人からあぶれて妖精になって、私は今幸せです。
小さくなった体で、たくさんの妖精に挨拶をした。私は雪の花の妖精らしい。雪の花は氷雪の森にしか咲かない花で、雪が3年積もったままの場所に咲き始める白い花だ。
ひらひら、夜の王都の空を王城目指して飛んでいく。
お城の中の隙間をぬってぬって、目的の部屋にたどり着いた。
まだ魔法灯の光るその部屋では、金の髪の美しい青年が書類に目を通している。
「王子様」
一度も、私のままでは会うことのなかった婚約者。
呼びかければピクリと反応して周囲を見回す「アマンダ?」私の声はそのまま彼女の声らしい。本体のアマンダを探す王子の目が私を見つけた。本体そのままの姿形で妖精になった私に、彼は目を丸くする。
「アマンダ? え、ちいさ、え、小さくないか? はは、また何か変なことをしたのかい?」
私を[私]だと思っている王子様に、私はふっと微笑み返す。
人間はあまり妖精を見ることがないから、私を見てすぐ妖精とは思わないようだ。
「アマンダ…?」
「王子様。一度、お話ししてみたかったのです。私はアマンダ。レディ・アマンダ。あなたの知るアマンダとは別のアマンダですわ」
「別の?」
「私が本当のアマンダ。でも、彼女もアマンダ。だから、もう、よくわからないわね」
「どういう意味?」
美しい顔で、美しい青い瞳で私を見る王子様。
私が私として生きたなら、私はあなたに恋をしたのかしら。
「一度、直接お話したかったの」
「一度?」
私の結婚するはずだった人。私を捨てたかもしれない人。
深い理由はない。でも、話してみたかった。なんとなくね。
「そう、一度。難しいことは考えないで、たった一度だけの不思議な夢と思って。私とお話いたしましょう? 王子様」
「……君は、俺を殿下と呼ばないのだね」
「ふふ。そうですね」
なぜか切ないような顔をして、王子はそっとその長い指で私の小さな頰にふれた。
「なぜだろう。その願いを叶えてやらないといけない気がする。いいよ。話をしよう。何を話す?」
「お優しい王子様。ありがとうございます」
いろいろなことを話した。
かつて好きだったお菓子の話。好きな花の話。人々の寝静まった夜に空中散歩すると見える、月夜に照らされた静かな街の景色の中で、ぽつりと灯る夜勤の兵のいる兵舎の明かりのなんと幻想的なことか。
「君はずいぶんおしとやかだな」
「そうですか? 私よりあっちのアマンダの方が勉強もなんでも真面目にこなしていますよ」
「はは! アマンダは努力家だよね」
そう言う王子様の目は愛しさで染まっている。
「少しだけ私も王妃教育を見ていましたけれど、私があれをするのはとても厳しいと思いましたわ。きっと、そのうち癇癪を起こしたのではないかしら。つらくて、つまらなくて、苦しくて」
「王妃教育を詳しく知らないんだが、そんなに?」
「ええ、もっと、気を強く持って、自分の意見を強く主張しなくてはいけなくて、でも人の話を全く聞かないのもいけなくて、でも人の意見ばかり聞くのもいけなくて。もうよくわからないわ」
「はは! 王もそんなものだよ。結局は自分で考えろということさ」
「そうなのですね。でも、きっと私には耐えられなかった。私は空を飛ぶのが楽しいし、静かな時の流れを感じるのが楽しいし、みんなが楽しそうにしているのを見ているのが楽しい、そう、まるで脇役のような性格なの」
「向かなくもないと思うけどな? 指導的な王妃ではないけど、みんなを支えるいい王妃になりそうだよ。ああ、でも」
「それが許される時流ではないですね」
王妃教育、という確固とした求められる形がある。
そこから逸脱して変えるには相応のカリスマ性がいるが、そのカリスマ性こそ私に不足している。
「そうだな。でも、なんとかしてみせるよ、アマンダのためなら、がんばるさ」
そう言う彼はきっと、私がもし私のままで婚約者となり、苦しみもがき彼の好意を得ようとあがいていたとしても、好意を持ってはくれなかったのだろう。今の言葉を言うことはきっとない。なぜかその確信がある。
そして婚約破棄へたどり着くのだ。
そのもしもの世界でも彼が私に好意を抱いてくれる可能性が高かったなら、私はこうなっていなかったと思うのよ。
……実際に失恋したわけではないのに、なんだか悲しい気持ちになってしまったわ。
結局、この人が望むのは私ではない。
「お話ありがとうございました、王子様。どうかお元気で」
もしかしたら愛したかもしれない人。
乞い求めたかもしれない人。
今は、よく知らない赤の他人。
「ああ。君はどこにいくんだ? もう来ることはないのか?」
「仲間たちのところへ。たぶんもうこないと思います」
「妖精のところ?」
「はい。空を飛んだり、月明かりを浴びたり、光る花の中で踊ったり。朝露をあつめたり。妖精は自由で楽しくて、みんな優しくて。とっても居心地がいいんです」
「そうか。どうして妖精は人を嫌うのかな? 仲良くできればいいんだが」
「さぁ、どうしてかしら。でも私もあまり人に関わりたくない気がします」
「そうなのか。本能なのかな? もう会えないのは残念だけど、君も健やかに。妖精のアマンダ」
「はい。ありがとうございます」
この人に望まれる未来はきっと私にはなかったけれど、幸せを願われたことがなぜかとても嬉しかった。憎しみのこもった目で見られないことが、なぜかとても嬉しかった。
王子が窓を開けてくれて、そこから夜の王都に躍り出る。
青い月明かりは世界を神秘的に照らしている。城の周りに珍しく妖精が複数集まっていて、月光を反射しきらきらと輝いていた。
「アマンダー無事ー?」
「王子と話せたー?」
「すっきりしたー?」
「はい。いっぱい話して、満足です!」
「よかったー! じゃあ森に帰ろう! そろそろ祭りの時間だよ!」
「そうそう! 明日は春の妖精の誕生日だから、もう祭りが始まるんだよー!
雪の妖精、陽光の妖精、花の妖精に、雫の妖精。みんなに連れられて森へ帰る。
振り返った王城では、開いた窓辺に金の髪の王子が立っていた。後ろ髪引かれる思いを、ふっと振り切って背を向ける。
春祝いの祭りで、決まりなどない自由なステップでみんな思い思いにダンスを踊り、歌を歌って花の蜜を舐める。
人からあぶれて妖精になって、私は今幸せです。
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