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結婚編

竜王様の愚痴4

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 私はアルの背に乗って、お城のお膝元にある竜族と人間が入り混じって住んでいる街へやって来た。
 アルの前のお城は、歴代竜王のお城同様上流域にあったけれど、今のお城は谷の中流域に建っている。
 人間の番いを受け入れた時に、上流域では人間は住みにくかろうということで、平地がある中流域にお引っ越ししてきたとのこと。
 アルの両親を含め生粋の竜族は、今なお上流域で気ままに暮らしているらしい。

「お産婆のルミエラが母親学級を開いているの」

 ルミエラは竜族の番いの人間で、年齢はもう三百歳に近いらしいけど、見た目は二十代の若い女性だ。
 人間の国にいた時から産婆の助手として赤ん坊をとりあげていて、お産についての知識も豊富。
 自身の経験を生かして、出産に不安を抱く女性達をずっと助けてくれている。

『母親学級?』

「そう。妊婦さん達が集まって一緒に身体をほぐす体操をしたり、お産の仕方を教わったり、悩み事を相談し合ったりするの」

 私はアルが傍を離れると心配するから今まで参加したことがなかったけど、月に二度開かれているというその母親学級にずっと来てみたいと思っていた。

「えっと、白い尖塔が目印って言ってたから、あれだと思う」

『わかった』
 


 扉を開けて中に入ると、ホールのような場所にはすでに何人かの妊婦さんがいた。
 私達、特に後ろにいるアルに気付いて驚いた顔を見せる。
 彼女達が平伏しようとするのを制して、私はきょろきょろルミエラを探した。

「王妃様!! まぁ、竜王様まで、一体どうされたのですか? まさか、もう陣痛が?!」

 来訪すると予め知らせていなかったから、ルミエラが血相を変えて飛び出してくる。

「ううん、そうじゃないの、ごめんなさい、驚かせて。ルミエラが言ってた母親学級に私も参加してみたくて」

「あらまぁ、そうだったのですね。それなら良かったですわ。陣痛がくるにはまだ早いですからね。もちろん、ご参加いただいて結構ですよ。皆さん、王妃様もお仲間に加わりますから、どうぞよろしくお願いしますね」

 表情を緩めたルミエラに、安心した私は思い切って言ってみることにする。

「それで、あの、・・・アルも一緒にいいかしら? 私ね、思ったのよ。竜族の夫が心配し過ぎるのは、出産に関して無知だからで、一緒に勉強すれば余計な心配をしないで済むんじゃないかって。それに、もし急にお産になったとしても、一番傍にいる夫があたふたしないで的確に援助してくれたら、妻の方も安心でしょう?」

 私はアルを出産に巻き込むことに決めた。
 だって、しょうがないじゃない。
 放っておくと、このエロ竜はフラフラどっかに行っちゃうんだもの!!
   
「そ、そ・・・うですわねぇ・・・おろおろするだけの男は、正直邪魔なだけなんですけど・・・」

 ルミエラは渋い顔を見せる。
 人間の世界でも出産は女の仕事となっていて、男は蚊帳の外に出されるのが普通だから、突拍子もない私の提案にルミエラが困惑するのも無理はない。
 
「でも、・・・そうね、むやみに恐れるのは知らないからで、事前に教えておけば、・・・確かに一理あるわ。それに、昔の竜族は雌が卵を産む時に、雄は傍で見守っていたというし・・・」

 ルミエラはぶつぶつひとり言を言いながら、考え込んでいる。

「あの、無理にとは言わないわ。今までずっと女だけで出産に臨んできたのには、きっとそれなりの理由があったのだと思うし」

「いえ、王妃様のおっしゃる通りですわ。人間が入ってくる前までは、竜族は番いで何事も成し遂げてきたのです。人間の風習に囚われるべきではないのかも知れません。まぁ、竜族の夫が番いの苦しむ姿を取り乱さず見ていられるかは、甚だ疑問ですが。しかし、出産に関して一緒に勉強するのはとても良い考えだと思いますわ」


 というわけで、私とアルはルミエラの許可をもらい、妊婦さん達と一緒に体操をしたり、痛みが和らぐという呼吸法を練習したり、出産がどのような過程で行われるかの講義を聴いたりしている。

 講義の内容は驚くことばかりだった。
 私の場合、アルが純粋な竜族だから竜の子が生まれると決まっているけど、ハーフの竜族の場合、人間の赤ん坊が生まれてくるのか、竜の子が生まれてくるのか、生まれてくるまで分からないんだって。

 他にも、竜の子にはへその緒がないとか、おっぱいではなく生肉を食べて育つから、竜の子のお母さんの胸は大きくならないとか(これには、ちょっとガッカリ)、初めて目にした者を親だと思い込むとか、知らない事が多くてとても勉強になる。

 とその時、突然ドタドタドタという騒がしい音と共に、妊婦さんを抱きかかえた男性がホールに飛び込んできた。

「先生! 助けて下さいっ!! 先生! 先生!」
 
 抱えられた妊婦さんのドレスは血で汚れていて、緊急事態なのが見て取れる。

「マーガレットが! 血が! 死んでしまうっ! 先生!! 血がこんなにっ!」

 けれど、夫と思われる男は支離滅裂に喚くばかりで何が何だかさっぱりわからなかった。

「落ち着きなさい! マーガレットは死なないから! こっちに連れて来て!」

 ルミエラは妊婦さんをざっと診ると、男に奥の部屋へ入るよう促す。 
 他の妊婦さん達と部屋の外から耳をそばだて様子を窺っていると、ルミエラが男を叱りつけているような声がする。
 と同時に、助けを呼ぶ声が聞こえて、私達は急いで部屋に入った。

「もう、頭が出かかっているの! 人間の赤ん坊よ! 産湯を用意してもらいたいの! それから、タオルもお願い!」
「わかったわ!」

 赤ん坊は今にも産まれそうだった。
 魔法は禁止されてるけど、緊急事態だし、しょうがないわよ。
 だって、ただの水じゃなくて、お湯なんだもん。

 水魔法と火魔法の相性は悪く、お湯を生成するには両方の魔法を完璧に制御し、絶妙なバランスで操る必要がある。
 簡単なように見えて、実のところ、それを可能とする器用な魔法使いはそうそういない。
 魔法使いが、魔コンロや火石(ゆっくり溶けて水を湯にする)を愛用しているのも道理である。

 ところが・・・
 
「ローリー、我がしよう」

 ある意味当然だけど、思ってもいないところから声がかかった。
 
「え?! アルって、お湯作れるの?」

「さぁ? 作った事はないが、おそらく出来ると思う」

「出来ると思うって、・・・そんな、危険なのよ! 火が強すぎると水が一気に蒸発して火傷するんだから!」

「大丈夫だ」

 アルは言うと同時に、盥をお湯で満たした。
 あっという間のことだった。

「ほら、出来ただろう?」

 ・・・・・・

「竜王様、それをこちらに下さい! 可能なら、熱湯もお願いします!」

「承知した」

 アルはさらにぐらぐら煮立った熱湯を別の盥に満たす。

 ・・・・・・

 アル達竜族は、人間の魔法使いが山ほどの構築式を暗記して魔法を操るのと違って、本能で魔法を操る。
 アルの高い魔力は天候にまで影響を与えたし、雲や風を自在に操り、雷など自然由来の魔法を得意とする。
 だから私は、てっきり竜族は風の精霊の末裔か、それに近い種なのだろうと思っていた。
 あのハイネケン家が燃えた時も、アルは大雨を降らせるために黒雲を呼んだ・・・って言ってたし。

「マーガレット、竜王様が産湯を用意して下さったのよ! しっかりなさい!」

 だけど、ぬるま湯から熱湯まで、自在に作り出してしまうなんて・・・

「「マーガレット、頑張って!」」 

「「もう少しよ!」」

 皆に励まされながら、マーガレットは下で受けるルミエラの手の中に赤ん坊を産み落とす。
 元気な産声があがり、周りからは歓声が起こった。

 ようやく出番が来た夫は、マーガレットに口づけて魔力を与えている。

「よかったな」

「ええ、そうね」

 一体、どういうこと?
 
 


 
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