勇者と狼の王女の結婚

神夜帳

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後編

第5話 口づけ (R-15)

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「あの…旦那様…」

1Fのリビングのテーブルで、向かい合う形で食席について二人で夕食をとっていると、マリーがもじもじとしながらこちらを見つめている。

「どうしたの?」

「あっ…いえ、なんでもないです…」

きょとんとした僕の顔を見て、明らかにがっかりしているマリー。狼の耳がぺたんと伏せているからわかりやすい。

「きっと、僕が何かやらなきゃいけないことを、してないんだよね?」

あまりのスピード結婚だったから、黒狼族の文化は学習しきれなかった。
きっと、マリーにとっては欠かせないことを、僕が出来ていないんだろう。

「えっと…。【戦士の賛美】を…やらないのかなっ…って」

「うん???」

「あっ、そうですよね。人間はやらないんですよねきっと!」

「ごめん。見当もつかない。でも、きっと黒狼族には大事なことなんだよね?教えてくれる?」

「…。戦士の賛美は、決闘のあと必ずやる儀式で…」

マリーが手を三角形に形作りながら、照れくさそうに、それでいてどこか憧れの何かを語るようにもじもじしながら語り始める。

「うん」

「お互いのことを讃え合うんです!最初は、勝った者から負けた者へ。次は負けた者から勝った者へ…」

「へー。えーっと、どこが良かったとかそういうことを言い合うのかな?」

「そうです!お前の鋭い突きは素晴らしかったぞ!とか、あの時の踏み込みは驚愕した!とか…」

三角を形作っていた手は、ぐっと握り拳に変わって、目はとてもきらきらと輝かせている。

「あーなるほどぉ。つまり、戦いの反省会ってことなんだね。直した方がいいとこもいうのかな?」

「いえ、良かったところしか言いません」

「えっ、そうなんだ。強さを求めるなら、弱点を克服したくなりそうなものだけど」

「旦那様、例えば、短気の人間に注意をして直させたとして、どうなります?」

マリーの表情がキリっとして、背筋がピンと伸びて凛とした空気を纏わせる。
この数分でころころと表情が変わって、とてもかわいい。

「うーん、イライラしなくなる人になる?」

「違います。決断力がない人間になります。逆に、呑気な人を直させたら、寛容さがない人間になります。そうはいっても、優れた決断力がつくというわけでもありません」

「なるほど」

「だから、黒狼族は、自分の長所を徹底的に伸ばします。弱点は補えるくらいに。それに、弱点は仲間が補えばいいのです」

「確かに、戦いは集団戦の方が多い…理にかなっているね」

「本来は、決闘が終わった後すぐにやるのですが…私が気を失っていったばっかりに…」

また、急に雰囲気が変わり、狼の耳もしょんぼり力なくふせている。うーん、かわいい。

「よし!なら今やろう!」

僕がそう言うと、マリーは目をきらきらと輝かせ、尻尾をぶんぶんと振った。
そうか、マリーは戦闘訓練に参加したことがないから、やったことがないんだ…。仲間がやってるのを見て羨ましかったんだろうな。

「旦那様、勝者から言うのが決まりですので…」

「わ、わかった。うーん…」

式場での戦いを振り返ると、僕はかっと目を見開いて言った。こういうのは恥ずかしがったら負けだ。

「マリー!君の剣は、その一撃、一撃は魔王すら打ち倒せるであろう素晴らしいものだった!魔王を打ち倒した僕ですら冷や汗をかいた!聖剣が僕に味方しなくては倒れたのは僕だったかもしれない!」

マリーが明るい笑顔で僕を見つめている。尻尾もばっさばさと左右に激しく揺れて、とっても嬉しそうだ。

「しなやかな動きは舞踏を舞っているようで、戦いの組み立ても素晴らしかった!並の剣士ではマリーには勝てないであろう!まごうことなき、我が生涯で最大の好敵手である!君を妻に迎えれてとても嬉しい!」

うーん、こんな感じで良いのだろうか?
ちょっと、わざとらしくミュージカルっぽくやりすぎただろうか。食べていたというのに、段々と自分の食席から離れて、ぐいぐいとマリーの近くまで舞うように突き進み、演説するかのように手をわざとらしく振り回した。

「旦那様…」

マリーは感極まったのか、立ち上がり天井を仰いだかと思うと、胸に手を当て、言葉をかみしめるかのように目を閉じた。目の端から涙がひとつこぼれる。

ちょっと大根役者すぎただろうかと、内心ヒヤヒヤしていたが、これはこれでマリーの心は掴めたようだ…いや、たぶん、僕が初めて知った文化を知らないままやってくれたということに対して、かなりのオマケ加点があったようには思うのだが…。だけど、そんなことよりも…マリーの瞳から零れた一筋の涙が、貴重な宝石のように感じて、その滑らかですべすべとしたはりのある頬を、下からなぞるように指をすべらせ、涙をすくいあげた。

マリーの肌に触れて、ぞくぞくする感覚が背中を襲う。
そんな僕の気持ちもお構いなしに、きらきらと憂いを帯びた青い瞳が僕を捉えて、赤い唇が僕を称賛しようと口を開く。

「旦那様…旦那様はまるで、大空を悠々と飛ぶ鷹のよう…私の剣は決して届かなくて…んっ…」

僕を褒めたたえようと、一生懸命言葉を紡ぎ出す、その小さな赤い唇を僕の口で塞いでしまった。
僕を一生懸命、褒め称えようと必死に言葉を考え出し、紡ぎ出す…その姿がとってもかわいかった。

「んっ…んっ…」

1回、2回とちょんちょんと唇を重ねては離した後、ちょっと困ったように赤らんだ顔で、潤んだ青い瞳で上目遣いするマリーに身体が熱くなってしまい、3回目に唇を重ねたとき、舌をねじこむ。

「ん-っ…」

ちょっと驚いたように呻いてから、入ってきた舌に一生懸命絡ませようと頑張るマリー。

一緒に食べていたチキンの味と香りが少しする。

時々、タイミングが合わず、舌がから回ってしまうが、構わずお互いがお互いを求め合った。
僕は応えてくれたマリーに感動すると共に、もっと…もっとと、ついつい欲張ってしまう。

はぁと甘い吐息を吐いて、マリーの顔が僕から離れた。

「旦那様…どこで息をしたらよいのか…よくわかりません…」

そう言って、もう僕に舌をいれられないようにするためか、赤らんでぽわっとした顔を横に向けたまま、ちらりと横目に僕に視線を送った後、その身体をしなだれるように僕に預けてきたのでぎゅっと抱きしめた。
ふわっとマリーの甘い匂いが鼻をくすぐる。
マリーの体の熱が、身に着けている衣類越しに伝わって、僕がいつまでもぎゅっと抱きしめたからだろうか…お互い、ちょっと汗ばんできた。

天井には照明の魔道具がリビングを照らしているが、それ以上に窓から差し込む満月の光が、マリーの薄っすら汗ばむ肌を艶めかしく照らした。

「いきなりやりすぎた?ごめんね」

「いえ…」

「ちなみに、そういった知識はあるの?」

「…一応教育は受けますし…それに、父が側室を抱いている姿を何度か見てますから…あっ、そうです…預かった聖剣も…側室と寝ているところを叩きつけたんですよ」

マリーが心底愉快そうに、くすくすと笑った。しっぽも穏やかに左右に揺れている。
耳の先から尻尾の先まで愛おしくなって、しっぽを優しく撫でると。

「んっ!」

マリーが大きく短く呻くと、ばっと僕から一歩離れ、すこしかがんだかと思うと、走ってどこかに行ってしまった。

「いきなり尻尾触っちゃダメだったかな?」

僕の衣服から、マリーの甘い香りがふわっと立ち上った。




ずっと、狩りや戦闘から遠ざけられてきた私にとって、戦士たちの暗黙の了解や文化は憧れの一つで、14歳の時に戦うのを諦めてからは、ずっと叶うことのないまま子供を育てることになるのだろうと諦めていた。
しかし、結婚式で…あぁ、せっかくの結婚式をめちゃめちゃにしてしまった…なんとお詫びをすれば良いのだろう…でも、この世で最強の存在と決闘して、旦那様も聖剣を使って応じてくださった…。

嬉しい。

うれしい。

ずっと戦士として生きたかった私にとっては、瞬く間の出来事のようであったが、十分な充実感があった。
旦那様の私を好敵手として認めてくださった発言…お世辞かもしれないけど、全身を快感がつらぬき、今にも座り込んでしまいたいくらい歓喜の震えが襲ったけど、なにより嬉しかったのが、旦那様が持ちうる中で最強の技を使ってくださったこと…。

結婚式…という状況が状況だったから…受け流してうやむやにしてしまわれても仕方がなかったというのに…私の剣はまるでかすりもせず、旦那様の最強の技で倒された。

魔王を倒したというのは、間違いない真実だ。技を受けてそう確信した。

私は、全力をつくした…。

全力をつくしきった…。

旦那様は私を戦士として認めてくださった…。

嬉しい…。

もうあとは、この身も心も尽くし続けるのみ…。
私の最も欲しかったものをくれた旦那様。
もっともして欲しかったことを、正面から応えてくださったこと…。

そして、憧れだった戦士の賛美も付き合ってくださった。
ちょっと、私の思い描いていたものと違ったが、知らない文化のものを、一生懸命やってくださった…。
なんとお優しいことか。

私の番を口で塞がれてしまったのが残念だけど…頭はぼーっとして…なんだか途中でよくわからなくなってしまった。

尻尾の特に根本は、黒狼族にとって確かに性感帯ではあるけれど、気持ちの入っていない者に触られても、虫唾が走る想いをするだけで、ただただ不快なだけだ。

あんなにちょっと撫でられるだけで、電撃が走ったみたいになってしまうなんて。
良かった…いきなりの結婚ではあったけれど…。

私は、確かに旦那様を好きになっている。

これが、愛なのか、まだ恋なのか…それは、わからないけれど…。

お腹が熱くなる感覚にびっくりして、慌てて浴室?だろうか、脱衣所のような場所に逃げこんでしまったが、きっと、旦那様は、今頃きょとんとされていることだろう。

どんな顔をして、戻ればいいのだろうか…困った。

ふと鏡を見ると、ただの浴衣ではなく、殿方を喜ばせるために用意した浴衣だったのだろうか?…汗を吸いこんだところが薄っすらと透けていて、自分の胸のふくらみに張り付いたうえで、桃色のそれを薄く透けさせている。
顔は真っ赤で、切なそうに潤んでいる瞳が困ったように自分を見つめている。

しばらく見つめ合い、ふと熱いものを感じて足元を見ると、ぽたりと雫が一滴、床にシミを作る。

あぁ…恥ずかしい…はずかしい…こんなのでやっていけるのだろうか。

慌てて、床に零れた雫を浴衣の袖で拭きとって、あぁ…袖で拭いてしまったと後悔したが、まだ勝手がわからず拭くものが見つからないので…仕方がない。

自分の口から熱を帯びたため息とも呼べないなにかが、一息漏れる。

結婚したのだから。

今夜は初夜なのだから…でも、ちゃんとできるだろうか?

知識はある。父と側室の姿も見たことがある。

でも、その時は、億劫なため息が出てしまうほど、頭は冷え切って、なんの感情も動かず、遠い将来いつかやってくると知識でわかっていても、まるで自分とは関係ない出来事のように思ってしまっていた。

まさか、自分の身に起きると、こんなに恥ずかしいなんて…こんなにドキドキして心臓が張り裂けそうになるなんて…夢にも思わなかった。

あぁ…ちゃんと私は…ちゃんと…できるだろうか。

ふと横を見ると、城でよく見た木箱が置いてある。
メーシェが置き場がなくて、とりあえず置いていったもののようだ。

中を開けると、黒を基調としながら銀色にきらめく小さな花のような意匠が施されたブラジャーや下着、そして、浴後に汗が引くまで着るためのものなのか。それとも、人間の普段着なのか、ラフさを感じる衣類がいくらか入っていた。

こんな透けた浴衣姿で旦那様の前に戻るのは、恥ずかしすぎて死んでしまいそうだ。

私は、木箱に入っていた衣類から、無難そうなものに着替えて、深呼吸を何度もして…。

よしっ!と気合を入れてリビングへ戻った。
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