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第二百七十九話
しおりを挟む真の勇者に、俺はなる!
「団長、ご飯ッス。また食べさせるッスか?」
「あぁ、大丈夫。そこに置いておいて」
アラナに食べさせてもらえるのは嬉しい。何故なら口移しで食べさせてくれたから。
「上げな! ソフィアの許しが出たぜ」
それは残念。船首も気に入り始めたのに。ピラニアイルカとも仲良くなれたんだぜ。あいつらはジャンプする時、海中で横を向くんだ。きっと海面を見てるんだろうね。
「プ、プリシラさんも許してくれたんですか!?」
とりあえず、この二人の許しがあれば生きられる。僕は生き残る為ならばギロチン首輪も着けよう。
「まぁ、まあな……」
「それは愛、故にですか?」
「……アラナ、沈めとけ」
「了解ッス」
余計な事を言うんじゃなかった。アラナはプリシラさんの命令を守り、僕はトローリングのエサとなった。きっと大物が釣れるだろう。勇者様がエサなんだからな!
僕達が人魚達と別れる時、彼女達は岸辺から手を振り、中には船の側まで来て別れを惜しんでくれる人魚もいた。その中にはソニヤもいたのだろうけど、僕には魚人間の区別が付かなかった。
もちろん僕は特等席で見送られた。人間とは面白い生き物だと人魚達に思われたなら、僕はそれだけで満足だ。いずれ帰って来よう。ハーレムの王として……
そして吊られて釣りエサになって、ピラニアイルカと戯れ、身体中がふやけた頃に引き上げられた。プリシラさんは一言「釣果無し」と言って部屋に戻って行った。
南国とは言え必要以上の水泳は、体温を奪い取り唇が紫色になる。この震えた身体中を、ソフィアさんに暖めてもらいたいが、僕にはやる事があるんだよね。
「オリエッタ、調子はどう?」
軽い気持ちで開けた最下層の船室のドア。直ぐに閉めて甲板で太陽を浴びたくなるのは、部屋に漂う得体の知れない黒い霧とオリエッタのガスマスク姿ゆえに。
「もう僕は死にますか?」
化学兵器を作っている部屋に防護服も着ないで入った僕も悪いが、この霧が船に充満しないか、それも気になってドアを閉めて中に入った。
「死にませんよ~ コーホー。念のためです~ コーホー」
ガスマスクをコンコンと叩き、右手でサムアップしてから僕の方を指差す。調子は良さそうだ、後は僕にガスマスクをくれ。
「人魚さん達がくれた黒龍岩のお陰です~ コーホー。後、二日下さい~ コーホー」
ガスマスクももう少し可愛い呼吸音がすればいいのに。怖さが増す様な感じと雰囲気がオリエッタのゴスロリ姿が相まって、一種異様な空間になっていた。
「分かりました。よろしくお願いしますね。それと斬馬刀の予備をもらえますか」
「無いです~ コーホー」
無い事は無いだろ。オリエッタは必ず三本の剣を用意していたじゃない。プリシラさんのハルバート、アラナの斬馬刀。魔剣ゼブラは特注過ぎて一本だけだったけど。
「三本はいつも作っているでしょ。ハルバートも三本あったし」
「持って来て無いんです~ コーホー。マジックコンテナは化学兵器の研究機材でいっぱいなんです~ コーホー」
装甲服を持って来て無いとは言っていたけど、剣の一本も入らないくらいだったのか。それにしても困ったな。予備を期待してクラーケンに投げ付けたのに。
「それなら仕方がないですね。何か別の得物を探しますよ。オリエッタは研究を続けて下さい」
「分かりました~ コーホー」
そして手渡された毒々しく、ねっとりとした液体。クラーケンの鼻水を連想させ、臭いはその日の朝食をリバースさせそうなくらいだ。
「なんです? これ?」
「未完成の解毒剤です~ コーホー」
「……飲んだ方がいいんですよね。死なないって言ってませんでしたか?」
「死にません~ コーホー。禿げます~ コーホー」
僕は全力で飲み干して部屋を出た。
しかし困ったな、武器が無いのは。第一、格好が付かない。「白銀の剣」とか「聖騎士の剣」とか勇者が持つのに相応しい剣が有ってもいいのに。
ネーブル橋を通ってラウエンシュタインへ。魔王は倒せれば倒すけど、グーパンで倒せるのだろうか? 張り手の練習でもしとくか。
僕は船長を見つけ出し、何か船に武器になるような物が無いか聞いてみた。クラーケンに投げ付けた銛でもいいのだけど、勇者に似合ってるとは思えない。
「これくらいじゃの」
船長が手渡してくれたのは、大きく長く、頑丈そうな木製の黒いオール…… 船をこぐ「櫂」「パドル」「宮本武蔵」
……宮本武蔵!? 巌流島で佐々木小次郎と戦った宮本武蔵は「櫂」を武器に戦ったんだ! 確か遅刻してゴメン、ゴメンと謝ってる隙を突いたんだっけ?
「お前、こんなんで魔王を殺るのか?」
「プリシラさんがハルバートを貸してくれたら、それで魔王の首を取りますよ」
「残念だったな。魔王の首はあたいが貰うぜ」
魔王を殺す事が前提になってるけど、それは二番目だからね! 一番はネーブル橋に化学兵器を設置して補給線を絶つ事で魔王の首は「ついで」だから。
僕が宮本武蔵のレベルなら、どんな剣を使っても平気なのだろうけど、速さ以外はそれに達しているとは思えない。それに一番の問題は腕前の事じゃない。
前世の記憶から、隙を突ける距離まで近付けたなら魔王を倒せると思っている。腕前や技量より「こっそり近付いて、プスッと刺す」が僕にとっては最良の手だと思ってる。
それがオールだもん。夜通しだもん。歳を取ると辛くて…… それはいいとして、オールで殴り殺すのはどうだ!?
僕は勇者でこの戦が終われば世界中のリポーターが集まって勝利者インタビューが始まり答える事になるのだろう。
「今回の戦の勝因は何でしょう?」
「その前に、この戦で亡くなった方々へ、哀悼の意を表します。今回の魔王軍との戦に力を尽くされ、散っていった命をどうか皆さん忘れないで下さい」
ここで涙の一つも流しながらも言葉が詰まらない様にハッキリと発音して、スポンサーにも感謝を表し好感度を上げておきたいね。次の仕事の雇い主になるかもしれないから。
「またハルモニア国、アシュタール帝国、ケイベック王国、ロースファー王国の不退転の決意と不屈の闘志があったればこその勝利だと確信しております」
ここまでが筋書き通りの挨拶だ。もう少し付け加えてもいいけど、シンプルにまとめて答えた方が、朝刊の見出になりやすいだろう。
問題はここからだ。おそらくリポーターとしてはもっと突っ込んだ事を聞いてくるに違いない。自分が見たような事では無く、僕じゃないと知り得ない情報を聞いてくる。
「魔王との直接的な戦いに付いて、どうでしたか? 強かったですか?」
「はい。魔王はとても強く苦戦しました。白百合団と共に戦い、何とか勝てました」
これはウソだ。魔王との一騎討ちなんて武田信玄と上杉謙信の川中島じゃないんだから。白百合団でなぶり殺しか、僕が「ちょっと行って、スッと刺して」終わりだろ。
問題はそこだ……
この「オール」「櫂」、今から彫って形を整えるとして、この「木刀」に切れ味は無い。だから木刀で叩いて殴り殺すしか無い。
戦場でメイスやモーニングスター等の打撃系武器は数多く存在する。破壊力はあるし鎧ごと相手の肉体に傷を付ける有効な武器だ。
この木刀で殴って鎧を貫通するくらいの威力が出るだろうか。例え出たとしても、その時は木刀も折れてしまうだろう。そうなると狙うは頭だ。兜を被っていても痛いに違いないと思う……
何とか兜を引き剥がし、殴って殴って頭皮を裂いて頭蓋骨を砕いて、脳ミソを飛び散らかす…… ここまで殺れば確実に死ぬだろうが、勇者のやる事じゃないねぇ。
今まで打撃系の武器を持った勇者なんていたのだろうか? しかも木刀ときたもんだ。これはレベル一の初期武器だよ。それを持つのか!? これしか無いけど……
きっと魔王を討ち果たしたら僕の活躍が唄になる。吟遊詩人が僕や白百合団の活躍を唄にして、ヒットチャートを駆け上がるだろう。
「神速の勇者が白銀の剣を振るい、憎き魔王の首を跳ね取った。こうして魔王との戦が終わりを告げる。勇者に栄光あれ、ハルモニアよ永遠に」
こんな感じで締め括られる唄は老若男女に吟われ、僕の活躍が永久に語り継がれる。
「神速の勇者が木刀を振るい、憎き魔王の頭蓋骨を砕いて何度も何度も打ち付け脳ミソを散らした。こうして魔王との戦が終わりを告げる。撲殺勇者に栄光あれ、ハルモニアよ永遠に」
……イメージ最悪。だから勇者は打撃系の武器を持たないんだな。未来に渡って「撲殺勇者」の名前が語られるなんて、子供に悪影響を及ぼしかねない。
カッコ良く、最後にはお姫様と結婚するのが勇者だ。だからこそ勇者に憧れ、なりたい職業の一番になるんだ。撲殺勇者に憧れる子供なんて、育て方が間違ってる。
お金を握らせよう…… 「やらせ」では無く「脚色」だ。勇者は格好良くなくてはならない。格好良くて、女の子にモテて、最後はパッピーエンドだ。
僕はノルトランド接岸まで、必死になって櫂を彫った。
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