異世界に来たって楽じゃない

コウ

文字の大きさ
上 下
268 / 292

第二百六十八話

しおりを挟む

 美しい女魔族、アルマ・ロンベルグ。種族と出会い方が違っていたらと、悔やまれる。
 
 
 「アルマ・ロンベルグ!  起きろ!」
 
 僕はアルマの首にナイフを当て、怒鳴らない程度に静かに声をかけた。
 
 「んぅぅん、後少しぃ……」
 
 僕は貴女のお母さんではありません。敵ですよ~。目の前の人間が、貴女の首にナイフを当てて起こしているんですよ~。
 
 「アルマ!  起きろ!」
 
 「もう……  少しぃ……」
 
 「……」
 
 寝起きの悪い子はどうやって起こせばいいのだろう。学校に遅れると言っても通用しまい。それなら朝ごはんが冷めるからはどうだろう。ひっぱたくか!?
 
 「アルマ!  シンちゃんが迎えにきたよ。ミカエルだよぅ。覚えてるかなぁ?」
 
 「ミ、ミカエル!?」
 
 飛び起きるなバカタレ!  危うく首を落としそうになっただろうが!  刃物を持ってる人に無暗に近寄るなよ!
 
 「アルマ、これが何だか分かるな?」
 
 お寝坊さんのアルマにキラリと光るオリエッタナイフを向け、僕は怒りを押さえて言った。
 
 「ケーキ入刀?」
 
 違うな!  そんな小さなナイフじゃないのは見れば分かるだろ。刃渡り三十センチのオリエッタナイフはマグロだってさばける切れ味なんだ。お前の首なんて簡単に落とせるんだよ!
 
 「違う!  お前を……」
 
 「分かった!  レイプだね!  ミカエルもその気になってくれて嬉しいさ」
 
 それも違うな!  レイプする為に敵陣のど真ん中に侵入する勇気はないな!  これでもシンちゃん小心者ですけん。
 
 「違うんだ!  お前には聞きたい事がある!  黙って着いて来ればよし。さもないと……」
 
 「さもないと……  やっぱり犯す気さ」  
 
 何だか力が抜けます……  緊張感がたりません……  何をしに来たんだか惑わす作戦なのかな。
 
 「黙れ!  もう黙ってくれ。お前には聞きたい事がある」
 
 「……婚前交渉さね」
 
 そんな話はしたくないよ。子供は何人作ろうとか、離婚したら慰謝料がどうとかだろ。僕は一歩踏み出し、アルマにナイフを……  斬り付けるのは勿体無い、服を斬ったりしたら「レイプだ」と喜ぶ。僕はオリエッタナイフをアルマの首に押し当てた。
 
 「お前を拉致させてもらう。話してもらうぞ、魔王の事を」
 
 「その後で……」
 
 僕はアルマの口を押さえてベッドに押し倒した。今度はナイフを強く押し当て、本当に斬る勢いを見せた。そこまでして、「うん、うん」と無言でうなずいた。
 
 やっと観念したアルマの口から手を離すと「旅行さね」とトランクに服を詰め込み始め、「着替えは買ってやる」と、僕が止めるまで続いた。
 
 取りあえずは大人しく着いて来てくれるみたいだが、油断は出来ない。ロープで縛り上げたいが、動きが遅くなるのは脱出に困る。
 
 今更ながら気絶をさせて運ぶ手も考えたが、大人しくしている女性を殴る趣味は無い。相棒でと、も考えたのは一瞬だけだ。
 
 「おい!  何をしている!?」
 
 相棒との話し合いの一瞬を突いて、アルマは机に向かって何かを書き始めていた。僕はすぐに手を押さえて止めさせたが……
 
 「何って、これからの結婚式を挙げるのでしばらく留守にするって書いたさ」
 
 うん、おバカさん。これから待ってるのは血を吐く拷問だよ。誰が結婚なんてするものか!  僕は独身生活を謳歌したいんだよ。歌い狂いたいんだ!
 
 「僕の名前まで書きやがって……  没収だ、没収!」
 
 僕は達筆に書かれた紙を奪って懐に入れた。結婚という言葉より文字にする方が、何故だか大きく感じた。

 
 アルマを縛る訳にはいかず、かといって自由にさせるのは僕の貞操の不安が残る。本当なら後ろ手に縛って行きたい所だが、移動する事も考えて前で手を縛った。
 
 機先の心眼のと広域心眼の繰り返しで、疲労困憊しながらも城壁の上までたどり着いた。
 
 「降りるぞ」
 
 「無理さね。十メートルはあるさ」
 
 僕も普段なら、この高さを飛び降りるのは辞退したいが、神速で壁を駆け降りるなら違ってくる。アルマを抱き上げて降りる事も可能だが、二人分の体重を支えて降りたくは無い。
 
 「ロープがある。これで降ろせば問題ないだろ」
 
 「ミカエルが抱っこして降ろしてくれさ」
 
 重いから嫌。それに前で手を縛っているくらいなら、襲おうと思えば襲えるからね。ここまで大人しく着いて来たアルマを信じていいのかどうか……
 
 「早く降りないと歩哨が来るさ。もう、そこまで……」
 
 アルマが向いた方へ僕も振り向く。オーガが二体。機先の心眼に気を取られ、広域心眼が疎かになったか。今、倒すのは簡単だが、騒ぎになるのは不味い。
 
 「来い、アルマ!」
 
 僕がお姫様の様に抱き上げると、アルマは僕の首の後ろに手を回した。殺られると思ったのもつかの間、アルマはさらに力を込めて僕に抱き寄って来た。
 
 殺られる……   このままだとアルマの胸で窒息する!  それほどの膨らみ。それほどの柔らかさ。歓喜の詩が聞こえる!
 
 「仕事しろよ」
 
 五月蝿いスネーク!  もう少し、この感触を楽しんでいたいんだ。オーガも戦争も関係ねぇ!
 
 ギリギリまで……  オーガに見付かるギリギリと息が出来なくなるギリギリまで、柔らかい感触を楽しみ、僕は城壁の上から神速を使って飛び降りた。
 
 「まだ、このままでいるさ」
 
 飛び降りた先には背の低い草むらが繁り、僕達はオーガに見付からない様に伏せていた。僕は少し顔をずらして胸の谷間に呼吸を求めた。
 
 両方から顔に来る、この胸の圧迫間とオーガに見付からないかとの緊張感が癖になりそうだ。十分ほど、呼吸を整え……  この吸う空気がまた……  呼吸を整えアルマを抱き上げ立たせた。
 
 「もう、お仕舞いさ~」
 
 「終わりだ!  歩け……  いや、走れ!  いくぞ!」
 
 僕はアルマを縛ったロープを手に、引きずる覚悟で走り始めたら、あら不思議。アルマは僕を追い越さんばかりに走りだし、僕の右腕に腕を絡ませて来た。
 
 そんなに、くっついたら走れないだろ。
 そんなに、くっついたら胸の膨らみが。
 そんなに、くっついたら下腹部が膨ら……
 
 やっとの事で二頭の馬を繋いだ所まで来れた。僕も良く耐えたものだ。自分の自制心を誉めてあげたい。てめぇは、誉めねぇよ。相棒……
 
 だが、僕の自制心もここまでだ。まだ急いでルネリウスの街から離れなければならが、この為に鍛冶屋に大枚はたいて作った対アルマ用秘密兵器が僕の心を高鳴らせる。
 
 僕達は馬の側まで寄ると、アルマの縛った両手を地面に踏み押さえ膝を着かせた。馬から秘密兵器を取り出すと縛った両手のロープを斬り、神速モード・シックスでアルマに取り付けた。
 
 「な、何だい?  これはさ……」
 
 見れば分かるだろう。自分で付けるのは始めてかな。僕が捕虜になった時に受けた屈辱を、倍返しする時が来たんだ。
 
 「ギロチン首輪だよ。捕虜には丁度いいだろ。クリンシュベルバッハで受けた屈辱をお返ししようかと思ってね」
 
 ギロチン首輪。これは恥ずかしいものがある。見たまんま捕虜だからね。拘束されて惨めさが倍増して心が病む。
 
 しかも、痒い所が掻けないと来てイライラが増すし、僕の時には裸だったんだぞ。せめてもの情けで服は着させてやってるんだ。ありがたいと思え!    
 
 「こ、これは……」
 
 驚きのあまり言葉も出ないか。誇り高き魔族が人間様にギロチン首輪を付けられたんだからね。恥じいって死にたくなるだろ。殺しはしないよ、必要な事を聞くまでは。
 
 「アルマ……」
 
 「素晴らしいさ!  ミカエルもこんな事まで出来るようになったさ」
 
 人の努力と大枚を無駄にする女、アルマ。運ぶの大変だったんだぞ!  急いで作ってもらったとはいえ時間がかかったし、「お急ぎ料金」とか言われて料金倍増しだったんだ!
 
 ……やる気なくすわ~。  だが、ギロチン首輪がキツイと思うのはこれからだ。鼻が掻けないんだぞ!  イライラするからな!
 
 僕は先に馬に乗ってからアルマを引き上げた。手が使えない以上、僕が手伝ってあげないと……   色んな所を触れたから当初の目的の一つは果たした。
 
 「一緒に乗らないさ?」
 
 何故、僕が捕虜と一緒の馬に乗らなければならない。お前は捕虜だ!  お前の命は僕が握っている事を忘れるなよ。
 
 「馬を引く。いくぞ」
 
 僕はいつもの愛馬に乗り、アルマの馬の手綱を取って走らせた。グッバイ、ルネリウスファイーン。次に来る時は落としてみせるぜ。そして三十歩、馬を速駆けさせてアルマが落馬した。
 
 そりゃそうか……  手綱は持って無いし、馬の鞍を両足で押さえているだけで、速駆けしちゃったんだから。
 
 「アルマ!」
 
 「いたたさ。もう少しゆっくり行って欲しいさ」
 
 大枚二十ゴールド。  ……失敗。
 
 ゆっくりなら問題は無いだろう。ただ、ゆっくりしている時間はないのんだ。ルネリウスの街から離れたとはいえ、追い付こうと思えば出来ない距離じゃない。
 
 くそ!  二十ゴールド!  くそ!  ギロチン首輪をさせて前から後ろから拷問する希望が……  僕は落ちたアルマの怪我の具合を確かめ、ギロチン首輪を外した。
 
 「いいのかさ~」
 
 いいも悪いも、死なれたら困るのは僕だから。このままギロチン首輪を付けて走る訳にはいかないし、外す時に蝶番が壊れた。脆い物を作りやがってオヤジ!  保証期間なんてあるのかな。
 
 「五月蝿い。黙ってろ!」
 
 予定が大幅に狂った。ここから急いでシュレイアシュバルツの街に帰るつもりが、余計な時間がかかってしまう。取りあえずはアルマの手を縛らないと。協力的とはいえ魔族だ。不意を突かれて困るのは嫌だ。
 
 手を前に回して縛って考えた。前はヤバいか……  でも後ろ手に縛ってもギロチン首輪と同じ事になるし……
 
 僕は馬に先に乗ってから、アルマを上に引き上げた。そして縛った両手を解放してから、後ろ手に縛り直した。
 
 これなら大丈夫だろ。馬は扱えるし、僕が押さえていたらアルマが落ちる事もない。しかも後ろ手に縛っているから暴れようもないし、暴れたら落とす!

 「大人しくしてろよ」
 
 僕はもう一頭の手綱を自分の鞍に付けて走った。最初からこうしておけば良かった。復讐なんて考えるべきじゃなかったんだ。
 
 僕は勇者だ。正々堂々と正直に生きていくのが似合っている。僕は勇者なんだから。
 
 「アルマ……  何をしてるんだ!?」
 
 「だって掴む所がないさ。ミカエルのが掴みやすくなってるさ」
 
 
 僕は勇者だ。しかし、その前に一人の男だ。僕はミカエル・シンなのだから……
 
 
   
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

強さがすべての魔法学園の最下位クズ貴族に転生した俺、死にたくないからゲーム知識でランキング1位を目指したら、なぜか最強ハーレムの主となった!

こはるんるん
ファンタジー
気づいたら大好きなゲームで俺の大嫌いだったキャラ、ヴァイスに転生してしまっていた。 ヴァイスは伯爵家の跡取り息子だったが、太りやすくなる外れスキル【超重量】を授かったせいで腐り果て、全ヒロインから嫌われるセクハラ野郎と化した。 最終的には魔族に闇堕ちして、勇者に成敗されるのだ。 だが、俺は知っていた。 魔族と化したヴァイスが、作中最強クラスのキャラだったことを。 外れスキル【超重量】の真の力を。 俺は思う。 【超重量】を使って勇者の王女救出イベントを奪えば、殺されなくて済むんじゃないか? 俺は悪行をやめてゲーム知識を駆使して、強さがすべての魔法学園で1位を目指す。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~

ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。 食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。 最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。 それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。 ※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。 カクヨムで先行投稿中!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

【R18】童貞のまま転生し悪魔になったけど、エロ女騎士を救ったら筆下ろしを手伝ってくれる契約をしてくれた。

飼猫タマ
ファンタジー
訳あって、冒険者をしている没落騎士の娘、アナ·アナシア。 ダンジョン探索中、フロアーボスの付き人悪魔Bに捕まり、恥辱を受けていた。 そんな折、そのダンジョンのフロアーボスである、残虐で鬼畜だと巷で噂の悪魔Aが復活してしまい、アナ·アナシアは死を覚悟する。 しかし、その悪魔は違う意味で悪魔らしくなかった。 自分の前世は人間だったと言い張り、自分は童貞で、SEXさせてくれたらアナ·アナシアを殺さないと言う。 アナ·アナシアは殺さない為に、童貞チェリーボーイの悪魔Aの筆下ろしをする契約をしたのだった!

処理中です...