異世界に来たって楽じゃない

コウ

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第二百十七話

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 目的が決まればやる気も出る。僕はいつも以上に神速で駆け回った。
 
 
 
 ドワーフの坑道は左右に広がりがあるだけで無く、上下にも広がっていた。僕は急いでいた事もあって効率を無視し、手近な所から攻め回った。
 
 気が付いたのは一息を入れて心眼を解いた時だった。光の剣が坑道の壁を写すはずが、視界を赤黒く染めていく。
 
 最初はナーガの血飛沫が舞っていたのかと思ったが、少し咳き込み苦しい感じが全身を気だるくさせる。神速の使い過ぎと狭い坑道で息切れをしていると思っていたが、ヤバい方の雰囲気が五感を働かせた。
 
 決定的だったのはナーガの新しい攻撃。いつも神速で先制攻撃ばかりだったのが、受けに回った時にそれが来た。
 
 ナーガが口を大きく空けたと思った時、口から赤黒い液体の様な物を吐き出し、最初は火の攻撃かと思ったくらいだ。この世界で強い者はだいたい火を吐いて自己主張するから。
 
 盾で受けようかとも思ったが、何だかベトベトしてそうだし、唾を盾で受けて汚れるのが嫌だから神速で避けた。
 
 僕の横を通り過ぎるナーガの吐いた唾は、僕の胸を締め付けナーガに恋をさせる事も無く、強烈な痛みを全身にもたらす。これは毒か!?
 
 失念していた。ナーガと言っても蛇なんだから毒の一つも持っていても不思議じゃない。神経毒なら直ぐに動けなくなって、美味しく食べられてしまう。
 
 「ガスマスクぅ~」
 
 前に使ったガスマスクをマジックポーチに入れておいて良かった。やはり出す時には声を真似て出さないと、青いロボットに申し訳ない。
 
 今度はしっかりと付けた。呼吸は楽になったが身体の痛みは残ったままだ。しかも戦闘用ではないのか視界が狭い「コーホー」    目の前に二つの穴が大きく空いてるだけで「コーホー」    前方しか見えない「コーホー」
 
 ちょっと気に入った、この呼吸音「コーホー」    見た目は悪いが相手に威圧感は与えられるだろう「コーホー」
 
  ナーガの毒の唾に当たるほど遅くない。視界の悪さは心眼を使えば問題無く安定のモード・スリーの前に五、六回目のバラバラ殺人事件の現場が出来上がった。
 
 容疑者の僕は新たな被害者を求め洞窟をさ迷う。まるでスプラッタ映画の殺人鬼の如くガスマスクで顔を隠し、手には血塗れの剣を持って「コーホー」
 
 気分的に悪い方に進む感じを押し止め、楽しい事を考えよう。このまま洞窟内を徘徊してたら本当にスプラッタ映画の主役に成りかねない。
 
 楽しい事。傭兵なんかやっていても楽しい事はある。勿論、女の子の事を考えるのが精神衛生上、好ましいのだが、白百合団の事を考えると……
 
 食事だね!    やっぱり食事は楽しい。人数も増えたし色んな話をしながら食べる食事は楽しい。量が多いとか少ないとかの事から切り合いまで発展したり、「あ~ん」とスプーンで食べさせてもらったら、どこからかナイフが飛んでくるのも楽しい。
 
 観光だね!    やっぱり色んな所に行くから名所旧跡寺社仏閣、日本に無い物を見たり出来るのは楽しい。その後に訪れる破壊。まるで桜が散るごとく、桜吹雪か爆炎か。
 
 ……傭兵は戦う事だけ考えてればいいんだ。食事は残飯をあさり、水は泥水をすする。建物は頑丈な物なら何だっていいんだ。
 
 ううぅ、このガスマスクは良く曇る、涙で前が見えないや。涙を拭きたい鼻をかみたい、ガスマスクを取ってしまいたい前に気付いた。マスクの中にあるフィルターが赤く染まっている事を。
 
 確か付けた時には青かったような……    気のせい?    勘違い?    青いフィルターはアルカリ性、赤いフィルターは酸性を表示してると見るより、青は安全、赤は危険と見るのが普通だよな。
 
 それならこのガスマスクは危険なのか?    使用限界が来て赤くなってるのか、マスクの外が危険だから赤くなってるのか……    外すのは止めよう。
 
 もう顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ、これで「くしゃみ」も出たら花粉症だ。移動しよう、花粉の無い新天地へ。毒の無い洞窟城の近くへ。
 
 その前に全力で広域心眼。階層が重なり見ている自分の涙や鼻水でまで気持ち悪くて出てくる。まだ群れとしては幾つも見つかった。これを帰りがけに倒してから戻ろう。
 
 洞窟城に近い群れに標的を定め。僕は神速で移動した。後ろから襲い掛かりたいが、遠回りになってしまうので正面から。毒を吐かれる前に倒して安全地帯を確保する。
 
 モード・フォーの突撃にナーガ殺人事件が巻き起こり、一匹の首を跳ねる直前に峰打ちで倒し、他には容赦しなかった。
 
 僕は先ほどから大量殺人鬼になってしまっているが、もしかしたら生かして帰せば他のナーガを説得して帰ってくれるかと思ったからだ。出来れば帰って欲しい。襲って来る以上、斬りたく無いとは思わない。むしろ敵なら容赦はしない。
 
 生き残らせたのは説得を任せたいからで、女性だからでは無い。トップレスの二つの膨らみに目を捕らわれたから躊躇った訳では無い。クリスティンさんより色白で下半身さえ見なければストライクゾーンに入っていたからでも無い。僕は気絶しているのを確認しガスマスクを取った。
 
 取り敢えず顔を拭こう。マジックポーチにタオルが入っているし、少しくらいの水や食料、ポーション、食器、歯ブラシ、髭剃り、アイマスクは常備しているから。
 
 「起きろ!」
 
 僕は細心の注意を払って剣の横、切れない所で女ナーガの頬を叩いた。女ナーガはあまりのハンサムボーイが目の前にいたので驚いた様だが。僕が剣を首筋に沿わせて全てを把握したようだった。
 
 「言葉は分かるか?」
 
 蛇と話せるのだろうか?    上半身は人間なんだから知性もあるだろうし、発声器官があれば会話も可能だ。出来れば話し合いで愛を語らいたい解決したい。
 
 「……わ、わかる」
 
 言葉が伝わればナンパも出来そうだ。ストライクゾーンに投げられた球を打ち返したい気持ちに駆られるが、下半身は蛇なんだよね。
 
 「お前たちナーガはドワーフを襲っているが失敗だ。僕がいる限り洞窟城には一歩も近付かせない!    分かったか!」
 
 首筋に沿わせた剣を少しだけ力を入れ、絶対に傷付かないくらいまで食い込ませた。女ナーガの髪の毛間を抜ける様に突き出た魔剣ゼブラも、髪の毛一本足りとも斬っていない。
 
 「わ、わかった……」
 
 しかし、ダメだな……    こいつは、もう少し髪の毛の手入れをした方がいい。キューティクルなんて無く、枝毛も多そうだ。ポニーテールは感心するが、襟足が綺麗に剃れてない。元が良いだけに勿体ない。下半身は蛇だけど。
 
 「お前たちの上の者に伝えろ。即時撤退しなければ、白百合団団長のミカエル・シンが皆殺しにすると。分かったか!?」
 
 「つ、つえる。つたえるから、たすけてくれ」
 
 メッセンジャーを殺したらメッセージにならないよ。死体をメッセージ代わりにするのも有りだけど、これ以上は無益な殺生になりそうで嫌だ。特に女の子は殺したくない。
 
 「伝えろ!    撤退しろと!    行け!    いや、ちょっと待って。この襲撃を指示したのは誰?」
 
 「……ぞくちょうだ」
 
 ここで魔王軍と答えていたら、殺していたかもしれない。族長が魔王軍と繋がっているのかも知れないが、それを調べる事も出来ない。
 
 「行け!    二度と来るなよ。次は殺す!」
 
 女ナーガは身体を引きずりながら去って行った。蛇だから身体を引きずるのは当然か。
 
 「待て!」
 
 僕は女ナーガが暗闇に消える前に声を掛けた。身体をビクッと震わせこちらを振り替えるナーガの側には、神速で近付いた僕が立っていた。
 
 「もう少し髪の毛に気を使え。女の子がそれじゃ勿体ない」
 
 キョトンとした顔で頷くナーガ。何か変な事を言ったかな?   身だしなみは大切だよ。特に初対面では見た目で判断されるから。素材が良いだけに勿体ない。
 
 しまった!?    暗闇に消えて行った女ナーガに「何でトップレスで戦ってるの?」かを聞くのを忘れた……
 
 
 
 洞窟城に戻りながら広域心眼を使えば、こちらに向かって来るナーガは少なくなり城に着いた頃には心眼の範囲外に下がった様だった。
 
 「あれ?    ローズさん一人ですか?    僕を待っていてくれたのは」
 
 ローズさんを筆頭に五人を待機させていたのに、待っていたのはローズさん只、一人。英雄の帰還を迎えるには寂しい数よ。
 
 「悪いな団長。他のは城門へやったよ。こっちも大変だったんだぜ」
 
 暗闇の洞窟にいたおかげで時間の感覚が無くなってる。僕はいったいどれくらい一人ぼっちで戦っていたのだろう。
 
 「城門?    プリシラさんは?」
 
 「分かんねぇが、連絡が無いから無事だろ。上の第一砲台の奴等は動かしてねぇぜ」
 
 第二砲台を失った僕達の希望は第一砲台だけだ。第二砲台はハーピィーに破壊されたとは思えないし、スパイがいるかも知れない事を考えると、第一砲台の護衛は外せない。
 
 「僕はプリシラさんの所に行って来ます。ローズさんは第一砲台へお願いします」
 
 「いるのか、あれ?」
 
 「シャイデンザッハ国王がきっと砲弾を持って来てくれます。期待しましょう」
 
 城門へ向かう僕が見たのは数多くのケガをしたドワーフの姿とそれを治している者達だった。予想以上に激戦だった事は、城門が壊され城壁にも穴が空いているのを見て分かった。
 
 「プリシラさん、血が出てます!    早く診てもらいましょう」
 
 久しぶりに見る、夕暮れに佇む美しき黄金のライカンスロープ。城壁の上から魔王軍がいる方向に強い眼差しを向けている。所々には鎧の切り傷もあり、黄金の毛並みを赤く染めている所もあった。
 
 「これは返り血だ。ケガはねぇよ……」
 
 もしプリシラさんの肌に傷を一つでも付けた奴は、親族縁者まで皆殺しにしてやる。今から単騎で魔王軍に殴り込みを掛ける所だったよ。
 
 「ケガが無くてなりよりです。ルフィナと白百合団はどうしました?」
 
 「ルフィナは途中で消えちまったよ。白百合団にもケガ人続出だ。まあ、死人は出てねぇけどな」
 
 良かった、白百合団みんなの顔が浮かぶ。ケガをした人はちゃんと治してもらわないと。後が残る傷が出来てたとしてもソフィアさんに頼んで治して、赤ちゃんのお尻の様にスベスベ、ツルツルにね。
 
 「ルフィナは大丈夫なんですか!?」
 
 「お久しぶりです、ミカエルさま。マスターは休んでおります」
 
 ロッサが居るならルフィナも大丈夫だ。挨拶に付いて、もはや言うまい。ただ夕闇が被う洞窟城で骸骨は止めようよ。心臓発作で死人が出るから。
 
 「ご苦労様。ロッサはルフィナに付いていてあげてね。今度、ドワーフの皆さんが何か言い出して来たら殺さない程度でやっていいよ」
 
 「分かりました。失礼します」
 
 ロッサも骸骨だったと言う事はかなり本気で戦っていたんだね。僕もちゃんと戦って来たよ。毒に犯されたりして大変だったんだぜ。もう少し服を汚しておくか。
 
 「明日はもたねぇな。逃げ出すなら暗いうちだぜ」
 
 プリシラさんは、そこまで言って城壁を降りて行った。逃げ出す算段をしないといけないかな。出来れば後二日、持ち堪えたかった。魔導砲が撃てない今、ここまでが限界か。
 
 
 
 僕はリア様の執務室に向かった。僕の活躍の報告と撤退を進言しに。
 
 
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