異世界に来たって楽じゃない

コウ

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第百九十七話

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 一等、商品はミカエル・シン。当選者はルフィナ・ラトランドさんです。おめでとうございます。おきのどくさま……
 
 
 
 「てめぇ!    こんな狭いところで殲滅魔法なんか使いやがって、ふざけてるのか!?」
 
 「ふっ、死ぬような味方はいないのである」
 
 何が「ふっ」だ!?    着れなくなったベンチコートを見ながらどうしようかと考えていると、流れて来た「腐れの大風」    とっさにプリシラさんを抱き上げモード・スリー。    
 
 なんでプリシラさんは顔を赤らめてるの?    もしかして僕が裸だからかな?    たくましい男性に抱き上げられたから仕方が無いね。
 
 「離せ、コノヤロー!」
 
 股間を蹴るのは無しでお願いしたい。裸で股間はガードする物が一つも無くて直撃した足は天国を見せてくれた。    ……お爺ちゃん、もうすぐ行くよ。
 
 「……ぐぐぐっ」
 
 いつか僕も三途の川を渡るのだろうか。いつかは渡るのだろうけど今は勘弁してくれ。魔王を倒さないと……    魔王を倒さなかったらどうなるんだろう。
 
 魔王はこの大陸を占領すると思ってる。だけどクリンシュベルバッハを落としてから一向に軍を前に出してる話は聞かない。もしかしたらクリンシュベルバッハで満足したとか、飽きたとか……
 
 神様が言った白百合団との面白いエンディングに、魔王を倒す事が入ってなかったら……    面白いと言う不確定なゴールが僕を惑わす。
 
 「とにかく賭けは我が勝ったのである。団長はもらい受けるのである」
 
 拘束の蔦でグルグル巻きにされた僕はルフィナと二人、洞窟の奥に消えた。
 
 
 
 解放されたのは一日ほど経ってからだった。まる一日、満足な食事を与えられる事もなく、白百合団に発見された時には「汚ねぇサルがいるぞ!」と罵られた。
 
 血さえ呑んでれば満足なルフィナと違って、僕は三食バランス良く食べたい派だ。肉は好きだが野菜も忘れず身体が資本の傭兵家業、好き嫌いはいけないが「自分の血を飲めば良いのである」には返す言葉に脳内辞書を開いたくらいだ。
 
 「な、何か食べる物を……」
 
 水分は洞窟内を滴る鉄分いっぱいのお腹を壊しそうな水を飲み飢えを凌いが、お腹の減り具合は僕の脂肪の燃焼だけではまかないきれなかった。
 
 「ほ~れ、ほれ、干肉だぞ~」
 
 悪魔め!    素直に渡せば可愛いものを!    僕はモード・フォーで奪って口に入れた。うん、硬いね。ジャーキーより硬いが旨味が身体に染み渡る。生きてて良かった。    ……お爺ちゃん、いつか会おう。
 
 「アンネリーゼ様から連絡が来てます」
 
 今はジャーキーに忙しくて、それどころじゃない……    じゃなく、それ大事。ドワーフとの共同戦線を貼る条件の一つはクリアしたんだから、本当ならこちらから連絡しないといけないのに。
 
 「アンネリーゼ様はなんて言ってきてるんですか?」
 
 もちろんジャーキーは離さず、噛めば噛むほど味が染み出てずっと噛んでいたいよ。それと人と話す時は目を見て、股間は見ないで服を下さい。
 
 「ハルモニア軍がロースファーに向け移動しました」
 
 えっ?    え~とっ……    え!?
 
 「クリンシュベルバッハ城に向けてじゃなく、ロースファーに向けてですか!?」
 
 「そうみたいですね」
 
 そうみたいって……    クリンシュベルバッハ城からドワーフの自治領のシャイデンザッハの間で南下する道がある。デンベルグ・ナントカと言う大きな街があってさらに南下すればロースファーとの国境だ。
 
 「ロースファーとの国境に近いデンベルグ・ナントカに向かったんじゃないですか?    シャイデンザッハは諦めて……」
 
 「はい、デンベルグルスハイムの街ですよね。ロースファーに行くとだけ、使いの者は話してましたから」
 
 何故にロースファーに行く?    シャイデンザッハの街の防衛は大した事ないが、洞窟の中の城は一方から攻める事が出来ない防衛に硬い城だ。そこを諦めてロースファーに行く?    なんで?
 
 「なんで?」
 
 我ながらアホな質問だと思うが、状況が僕をアホにする。クリンシュベルバッハ城を簡単に放棄し、ドワーフの自治領を攻めて、今度はロースファーに行くってよ。ハルモニア国王は何を考えているのかワカリマセン。
 
 「詳しくは聞いてないです。アンネリーゼ様に聞いた方が……」
 
 「アンネリーゼ様はロースファーには行ってないんですね?」
 
 「そうみたいですね」
 
 聞かないといけない事がいっぱいだ。せっかくの働きが全て無駄になりかねない。僕は急いで偶然にも落ちていた子供サイズの黒いローブを腰に巻き付け、火の神とドワーフに挨拶をして外に向かった。ルフィナが「汚れる!」と、何か騒いでいたが気にしてもいられない。
 
 
 
 「服はどうしました?」
 
 アンネリーゼ・フリューゲン公爵は間借りしている執務室で涼しい顔で言ってくれた。大事な事だが今はそれどころじゃないだろ。
 
 「ハルモニア国王がロースファーに向かった話は本当ですか!?」
 
 洞窟を出てからハルモニア軍の人間は一人も見ていなかった。それどころか避難民の数も減っている様に見えた。僕はアラナとルフィナに、僕が着れる服を調達する様に伝えて、アンネリーゼ嬢の所に急いだら服の心配をされるなんて緊張感アリマスカ?
 
 「本当です。国王陛下はロースファーを攻めるつもりです」
 
 はぁ!?    攻めてどうする?    敵は魔王でロースファーには協力してもらいたいのに、ロースファーを攻めてどうする!    理解が出来ん!    偉い人の考えてる事は分からん!
 
 「ロ、ロースファーを攻めてどうするつもりですか!?    アシュタール帝国だって協力する為にこちらに向かっているのですよ!」
 
 うつ向いて悲しそうな顔をしたって惚れたりしないからね。前髪が目に掛かる、本当に困っている様に伏せてしまったが、困るのは僕の方だ。せっかくドワーフと話を付けて来たのに……    そこで髪をかきあげて耳の方で束ねれば破壊力は絶大だ。
 
 「ごめんなさい……    止めたのですけど……   着いて来れなければ、来なくていいと言われまして……」
 
 公爵は国王の身内だ。その身内をおいてまでする事ってなんだ?    「おいていく」と、言うより「見捨てられた」に近いかな。そこまでしてロースファーを攻めるのか。
 
 「国王は何を考えてるんですか。とても正気とは思えない……」
 
 はい、打ち首。国王を非難するなんて打ち首ものだが、ここは非難してもいいだろ。正直なところ、目の前にいたら往復ビンタをくらわしてやりたい!
 
 「国王陛下を非難なさるとは打ち首ですね、シン旅団長」
 
 いつの間にいやがった、ユーマバシャール!    お前に斬られた両足のアキレス腱の痛みと恨み忘れてねぇぞ。僕が打ち首なら、その前にお前の首を取ってやる。
 
 「ここからは、わたくしが……    ──シン旅団長、国王陛下はロースファー抜けるつもりだ。ロースファーを抜けアシュタールをも抜け大陸の果てまで逃げるつもりだよ」
 
 バカタレちゃんですか、国王は?    そんな事が出来る訳がない!    仮にロースファーを抜けたとしても、その次はアシュタール帝国だぞ。
 
 あのバカ帝王……    我が帝王は、危険なオモチャを使いたくて仕方がないんだ。名目上は魔王軍討伐で出向いて来てるが、相手なんて誰でもいい。訓練された騎士団と超振動の武器を備えたアシュタール軍は、この大陸で最強だろう。
 
 「……それと、服ぐらい着たまえ」
 
 お前にも往復ビンタを東京~大阪間くらい喰らわたろか!    放っておいてくれ、これには事情があるんだから。
 
 「アンネリーゼ様はそれを断ったと……」
 
 「こ、これはハルモニアの問題です。国王陛下が命を下したとは言え他国を自らの保身の為に攻めるなど……」
 
 ナイスな髪のかきあげ。ぐっと、来るね。もしかしてタイミングを見計らっていたのかな。でも、意思の強さは感じた。国王が間違っていると。
 
 「どうするおつもりですか?    このまま国王にロースファーを攻めさせるのですか?」
 
 「シン旅団長!    口が過ぎるぞ!」
 
 二人の愛の会話に口を出すなよ。お前は黙ってろ、後で話したくても話せなくしてあげるからさ。
 
 「わ、わたしは、いったいどうすれば……」
 
 どうするって、考えるのがホワイトカラーの仕事だろ。ふんぞり返って椅子に座ってればいい訳じゃないんだ。ニートか、お前は!?    働け!
 
 「国王はどれだけの兵力を持ち出したんですか?」
 
 「あっ、えっと、ほぼ全軍と民兵なので一万五千くらいかと」
 
 「アンネリーゼ様の兵力は?」
 
 「わたくしの騎士団と傭兵のみなさんで、約五百ほど……    ミカエル、何を考えているの……」
 
 国王陛下を東京~ハワイ間くらいの往復ビンタを喰らわせて引きずり帰る。が、一万五千は多いね、こちらは五百で戦力差は三十倍か。桶狭間の信長さんはどれくらいだったかな。
 
 「アンネリーゼ様、国王が国王たる由縁はなんですか?    血族だけですか?」
 
 「……えっと……」
 
 「それだけではない。国王とはこのハルモニアを統べる為に王冠、錫杖、王印を持つ者だ」
 
 嫌だがナイスフォローと言っておこう。フォローバックは要らないからね。国王の条件は四つ、血族、王冠、錫杖、王印。これがあれば国王になれる。そのうち一つは目の前だ。
 
 
 
 「アンネリーゼ様、ハルモニアの女王になってください」
 
 この時のアンネリーゼ嬢の驚いた顔は忘れない。アンネリーゼ嬢の「魅惑のカリスマ」は本人と関係なくアンネリーゼ嬢を持ち上げる。
 
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