異世界に来たって楽じゃない

コウ

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第百七十六話

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 人類最強はプロレスラーとかレスリングだと言うのは間違いだ。人類最強は娘の父親だ。
 
 
 ジャイアント・ボアは制限速度を倍は越えて走ってくる。これで免停は確実、僕達を引けば刑務所行きだ。
 
 リヒャルダちゃんの作った六メートル級のゴーレムが三体。正面から並んで突っ込んで行く。最初の一体はボアを止める事も出来ずに爆散。二体目のゴーレムも爆散したが顔に粘り付く様に視界を奪った。
 
 三体目のゴーレムは可愛くも縮こまり、ジャイアント・ボアの足を引っ掛け転ばせ、僕の前に斬ってくれと言わんばかりに滑り込んできた。
 
 足を滑らせて転んでしまうなんて、ちょっした事で命を失う戦場とは斯くも厳しく、リヒャルダちゃんの能力の高さが分かる。
 
 ボアが転んでから地面を土魔法で泥状態に変えて、滑り易くしていたなんて。こんなに魔法をポンポンと出せて、僕は泥だらけだ。
 
 泥の海を滑走してくるダンプカーが摩擦の力で目の前で止まったら、大量の泥が津波のように襲ってきた。避けようと思えば避けれるけど、避ければリヒャルダちゃんが泥だらけ。それは無しだね。
 
 「伸びろ!」
 
 倒れたジャイアント・ボアの頭に向かって伸ばした光の剣は皮膚を切り裂き脳を貫く。派手な登場と危険な炎を上げたボアも、最後なんてこんなものさ。ビクビクと身体を震わせ、やがて動かなくなった。勝利の熱狂も全身に浴びた泥のせいか冷めたものだ。
 
 僕はリヒャルダちゃんに背を向けプリシラさん達の方に歩き出した。広域心眼で周りに敵がいない事は確認している。僕はそっと顔に手を当て片方の鼻の穴を塞いで「フンッ!」と鼻息で泥を飛ばした。
 
 両方の鼻の泥と両目、顔全体の泥を落とした時にアラナが血だらけになった両手を差し出して来た。
 
 「黒炎竜の魔石ッス」
 
 元気良く話すのはいいが、もう少し見た目も考えた方がいいね。僕のは泥パックだから美容にいいので気にしないよ。
 
 「ジャイアント・ボアには頭と心臓に二つの魔石があるッスよ」
 
 これだけ大きなボアの魔石なら、とても大きなのが取れるだろう。借金返済、老後の資金、アパート経営、海で遊ぶ時にクルーザーを借りる。お金は大切に使わないと。
 
 「ジャイアント・ボアだけに大きいんですかね」
 
 「リヒャルダの胸くらいはあるんじゃねえか!?     ハッハッハッ!」
 
 それだとクルーザーは諦めないといけないかな。プリシラさんくらいなら優雅な老後を遅れそうだ。しかし、良く黒炎竜の腸を裂いて魔石を取れたものだ。プリシラさんはきっと遊んでいたに違いない。
 
 ジャイアント・ボアの魔石もアラナに任せようとすればリヒャルダちゃんがゴーレムが復活させ、ボアの頭の方で不気味な音を立てている。
 
 「ベキッ」「バキッ」「グチャ」そして漂う血の香り。もう少し近くで見てみたい衝動を抑え僕は未来予想図を描いていた。
 
 何通りかの予想図が出来上がる頃には泥も乾き始め、魔石も血が滴らせながら取れてきた。ジャイアント・ボアがどんな姿に変わったのか気になるが、僕はグロは苦手だ。
 
 「この魔石ってどうなるんですか?」
 
 「僕の扱いになりますね。一応、団長なので」
 
 リヒャルダちゃんが気になるのも仕方がない。それほど大きな魔石が取れたからだ。魔石の扱いに付いて半分は本当だ。この様な場合は軍団長の扱いなるのだが、僕は半分の人数の旅団だから扱いも半分になるかもしれない。
 
 「陣に戻りましょう。    ……おおぃ、そっちで休憩中の三人!    帰るぞぉ」
 
 僕が大声を張り上げるとアラナだけが走ってやって来た。手にはドロンを操縦する水晶を持って。
 
 「団長、敵が動いたッス」
 
 なんて良いタイミングなんだ。魔石は取ったし陽動の仕事も済んだ。後は帰って火祭り見学をしよう。僕は重い魔石を二つ、手近な布にくるんで撤収の指示を出した。
 
 全てが順調……    そう思ってたのは味方の陣まで後少しの所だった。
 
 
 「何ッスか?    今、爆発音がしたッス」
 
 僕にも聞こえた前方にある味方の方から聞こえる爆発音。もしかしたらハーピィの爆撃が始まったのか。
 
 「アラナ、ドロンで前方を索敵。急げ!」
 
 アラナは背負っていたリュックからドロンを取り出し上空へ飛ばし、僕達は爆発音が響く味方の陣地へと向かった。
 
 「街が燃えてるッス」
 
 ハーピィの爆撃では無かった。敵の進行に焦ったのか作戦通りなのか、僕達を街に残したまま焦土作戦が始まった。
 
 「どうする?    このまま街に突っ込むか?    魔王軍の方に突っ込むか?」
 
 二者択一。どちらも却下したいよ。熱いのキライ。死ぬのキライ。もう一択しないとダメか……
 
 オリエッタなら装甲服があるから火の中に飛び込んでも平気だろう。僕なら神速で駆け抜ける事が出来るかもしれない。昔、修験者が燃えた炭の上を歩いたのを見た事があるし。
 
 アラナは不味いね。あの風になびく毛並がチリチリパーマになっては困る。リヒャルダちゃんなら土魔法で壁を作れば大丈夫かな?    プリシラさんならバーベキューを始めかねない。
 
 僕はリヒャルダちゃんの行から最後の一択を見付けた。そうだ、壁の中に入ろう。周りを見渡せば三階建てのレンガ作りの立派な建物がある。
 
 「全員であの建物に避難します。プリシラさんは二階をアラナは三階を調べて爆破の魔法がないか見てください。リヒャルダちゃんは下から上まで土魔法で補強して最上部には通風口になる様に穴を空けて下さい。オリエッタはその服を脱いで」
 
 「立て込もって炎をやり過ごすのか!?」
 
 「それしか思い付かないんです。    ……オリエッタ!    インナーまで脱ぐんじゃなく、装甲服を脱いで片付けて下さい」
 
 何故、この場で裸になる指示を出すと思ったのだろうか。日頃から僕の指示ってこんな風に思われていたのかな。
 
 僕達は急いでレンガ作りの建物に避難した。プリシラさんとアラナは上に、リヒャルダちゃんも正面玄関以外を土魔法で補強し始めた。
 
 「団長~、もし爆破の魔法が見つかったらどうするんですか~」
 
 着替え終わって、いつものゴスロリ風の傭兵としてまったく役に立たない服装のオリエッタが聞いてきた。
 
 「今なら違う建物に避難します。ただ焦土作戦なら、燃えやすい木造の建物に爆破の魔法を仕掛けると思いますよ。とりあえず探して!」
 
 僕達は一階を探したが、それらしい物は無かった。そう言えば陣の側だったとは言え勝手に民家に入って色々な事をしてたっけ。今、考えればゾッとする。
 
 「上にはねぇな」
 「二階も無いッス」
 
 「リヒャルダちゃん、正面玄関を塞いで」
 
 これで平気だろう。「だろう」しか言えないのが悔しいが、これを最善の策としよう。
 
 「もし、ここにあって、爆破したらどうなる?    それに街の炎に耐えられるのか?」
 
 ごもっともな質問に、ごもっともな答えしか返せない団長を許しておくれよ。
 
 「爆破されたら、全員でこんがりローストです。街の炎に耐えられなかったら、ジューシーな蒸し焼きです」
 
 「上手くねぇな」
 
 なかなか上手い事を言ったと思うけど……    プリシラさんも、自分の力で何ともなら無い状況に焦っているのか。
 
 「ボアの肉を取ってくれば良かったぜ」
 
 てめぇは、やっぱりバーベキューか!?    こんがりと焼いてやろうか。美味しく頂いてやろうか。
 
 
 僕達の冗談とは裏腹に爆発音が迫って来た。
 
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