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第百七十話
しおりを挟むやっと、やっと重い腰を上げてくれた魔王軍。遅いんだよ! 王都であったこの恨み色々、魔王軍で解消して女の子に「キャー」と黄色い声援をもらいたい。 ……しかし何故に黄色?
白薔薇団の宴会の翌日の夜、やっと魔王軍が進行を始めたとの報告が僕達にも回ってきた。重い腰だと思ってはみたが、あれだけの大部隊が二都市から動いているんだ。むしろ速いくらいか。
「いつ来るんだ? 退屈してきた」
あれだけの事をやってまだ退屈なら、貴女は死ぬまで退屈でしょうね。その退屈しのぎに僕を利用しないで頂きたい。
「いつ動いたまでは分かりませんが、明日の夜か明後日の朝には着くと思いますよ。退屈ですか?」
「まる一日、何もする事がねえな。 ……そうでもねえか。酒が飲める」
退屈だったら相手をしてやろうか。着エロは諦めてねぇぞ。二律の剣「ゼブラ」、光の剣モードで切り刻んであんな事やこんな事を……
「貴様にはする事があるのである」
だ、か、ら、団長なんだよ。旅団の団長でもある僕は偉いの! 貴様呼ばわりしたら打ち首ものだぞ。プリシラさんの代わりに至高の存在になってみるか!?
「僕のする事って何かありましたか? 陣決めも土壁も終わって後やる事って、ティータイムくらいじゃないですか?」
「何をバカな事を言うのである。貴様には我の報酬を払う義務があるのである」
無いよ、たぶん無い。ルフィナの活躍の報酬は量が多いだけに一度に払うと干からびてしまう。だから細かく払うローンを組んだばかりだろ。
「報酬は「ゆっくり払い」になったじゃないですか。約束したでしょ」
「バカな事を言うのである。ゆっくり払いには利息が付き物である。今すぐ利息分を払うのである」
お前はヤミ金か!? 利息だけ払わせて元本がそのまま。いつまでも払い続ける消費者金融か!? ふざけるなよ。至高の存在、決定!
「ダメよルフィナ。もうすぐ魔王軍が来るんだから団長に倒れられては困るのよ」
いいぞ、ソフィアさん。言ってやれ、引導を渡してやれ。僕にはレーザーが撃てる強い味方がいるんだ。昔みたいに服を切り裂け、その後は任せて下さい。
「だ、団長は怖くはないんですか……」
おっと、最近は存在感が薄らいで来たリヒャルダちゃんからの助け船。救われたなルフィナ! 僕はリヒャルダちゃんの前では良き父親になるんだよ。
「怖くないと言ったらウソになりますね。一対一なら平気ですけど乱戦になると収集がつかなくなりますからね」
一番に怖いのは混乱。敵も味方も入り交じると、どこから剣が降られて来るか分からなくなる。心眼も無尽蔵に使える訳じゃないからね。
神速も心眼も敵陣の中で切れた事はない。今度、襲ってくる魔王軍の規模を考えると、どこまで耐えられるのか疑問だ。全ての力が切れた時、僕に何が残っているのだろう。
「あ、あの…… わたしは……」
もちろんリヒャルダちゃんを前衛に出すつもりはない。後ろからゴーレムを操ってくれるだけで大助かりだ。お父さんはまだ独り立ちを許しませんよ。
「大丈夫ですよ。リヒャルダちゃんは旅団の後衛でみんなを守って下さい」
さっきまでのティータイムの喧騒は何処へやら。一気に沈んだ空気が辺りを包まない。包め! 包ませてくれよ。こんな時こそ、しんみりと飲む日本酒が上手いんだから。
「てめぇは一肌脱げたと思ったら、まだそんな事を言ってるのか」
いつも乱暴なくらい明るいプリシラさんがリヒャルダちゃんの後ろに回って乳を揉んだ。
「キャッ!」
なんて羨ましいスキンシップなんだ。僕もしたい…… いや、お父さんは許しませんよ! でも……
「プリシラさん!」
代わって……
「おうおう、乳だけは大人になって来てるじゃねえか。男を泣かすねぇ」
泣きたい。僕で良かったら泣かせてくれ! いや、これは父親としてですね……
「……プリシラ、いい加減に……」
クリスティンさんの不幸にもがプリシラさんに炸裂。ざまあみろ…… なんで、僕にまで……
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「はうっ!」
「うぐっ!」
心臓を押さえて痛みをこらえるバカ二人。バカは一人で道連れが一人。僕は止めようとした、何か触ったり揉んだりは「思った」だけだよ。
「したい」と思ったのは事実と認めますが、それは……、 まあ……、 男として……、 色々と有るのですよ! よって僕は無罪を主張します。
横暴な裁判長はプリシラさんは執行猶予にしたけれど僕には懲役刑を下した。むしろ普通の人間なら死刑にも当たるくらいのを。恩赦が与えられるはずも無く、刑の執行は朝方までベッドの中で続いた。 ……いつの間にか人数が増えながら。
「起きろ、腐れ!」
僕は刑期を満了し、美しいクリスティンさんと朝を迎え、出所祝いは股間へのカカト落としが決まった。
思わず上半身を起こして股間に手を当てる。本当に、今度やったら殺す。潰れたらどうするんだよ。二つしかない物なのに大切に扱わないとバチが当たるぞ!
でも……、 まあ……、 僕が勢い良く上半身を起こしたので隣で横向きに寝ていたクリスティンさんのシーツが捲れる。綺麗な肌には見とれそうだよ。このまま朝のラジオ体操を一緒にしたい。
「ぐへっ!」
後頭部への回し蹴りは目が飛び出そうになる。昔のマンガじゃないんだから、目が出たって戻らねぇんだよ。メガネを掛けたら押さえられるのだろうか。
「おはようございます、クリスティンさん。起きて下さい」
僕はクリスティンさんの肩を揺らしながら目線は揺れる乳の方へ。やっぱりいいねぇ。もう少し起こす為に肩を揺らそう。起こす為には仕方がない。
二発目の回し蹴りは空を切った。アホめ! 心眼使いを舐めるんじゃねえ。僕はプリシラさんを後ろ越しに前に腕を回して抱き締めた。くらえ!
「がふっ!」
見事、プリシラさんは僕とクリスティンさんの間に投げ落とされた。びっくりしたろ!? 僕も簡単に投げらたのにびっくりだよ。やっぱり日頃から鍛えている腹筋がものを言ったか。
「てめぇ……」
驚いても反抗的なその目。一緒に組体操をしようとすると、目を覚ましたクリスティンさんがプリシラさんの胸に手を置いた。
やれ! やってしまえ! 今回は僕に落ち度は無い。昨日も無いはずだけど、今回は無い。いや、ちょっと待て! 僕は思い出す、滅びの言葉を。
確か空を飛ぶ青い石を持っていた女の子が、最後に男の子と手を合わせて言う滅びの言葉。僕はクリスティンさんの手に手を乗せ叫んだ!
「バル・うっ!」
朝の光もなんのその。それ以上に輝くプラチナ色の光が僕を貫く! 「うるさい!」と言ってまたシーツを被るソフィアさん。 ……まだ女の子の日だったのね。
血反吐を吐くバカと、胸を押さえて苦しむアホが二人。朝からベットで楽しく踊ってた。
夜になり、アンネリーゼ嬢からの連絡が来た。魔王軍は外街から一キロ程で集結していると。僕はすぐにアンネリーゼ嬢の元に向かい夜襲を進言した。
「ダメだ。持ち場を離れる事はならん」
アンネリーゼ嬢の腹心の一人、ユーマバシャールは偉そうに上から目線でダメ出しをしてくれた。剣は抜かれながった、僕はこの人に嫌われているみたいだ。
生理的にダメな人に見られているのだろうか? それとも白百合団の様な美人を引き連れている「ひがみ」なのだろうか? 自分より色男に女の事で、ひがまれる何て、ちょっと嬉しい。
「夜襲は常套手段です。集結中なら、なおのこと攻めるべきです」
「騎士はそのような卑劣な手は使わん」
僕の勘違い。女の子の事じゃなくて、ユーマバシャールは傭兵が嫌いなんだな。誇り高き騎士様に埃まみれの傭兵は合わないらしい。「誇り」も「埃」も同じもんだ。
それでも同じ団長だ。僕達は半分の旅団だけど団長だ。同じ権利と主張は通してもらいたね。本社と出張所くらいの違いはあるけど。
「レームブルックはどう思いますか」
見た目は歴戦の勇者、レームブルック。表の腹心中の腹心。歳からいってもアンネリーゼ嬢が頼りにする父親代わりだろう。
「シン旅団長の言う事にも一理ある。夜襲をすればこちらの被害が少なく敵に与える被害は大きい」
勝った! ユーマバシャールの方を見れば「ふんっ」と、鼻であしらわれた。そんなに嫌われる事をした覚えがないが、好かれる自信もない。人間関係に疲れそうだよ。
傭兵を良く思っていない人は沢山いる。戦争でお金を稼いでいる最低の人間だと思われる事も沢山ある。だけど、需要と供給のバランスの中で僕達は必要以上の需要を満たして来た実力者揃いだ。
必要とされる所に行って、僕達の実力や経験から、大体は向ける目も違ってくるのにユーマバシャールは頑なに僕の事が嫌いなんだな。
一度じっくりと、酒でも飲みながら女の子を膝の上に乗せて話をすれば、打ち解けてくれるだろう。白百合団のメンバーで…… いないな……
「夜襲をやりましょう。後は誰がやるかですが……」
さあ、みんな、手を上げろ。功を急いで我先にと先陣を切るがよい。僕達は休むよん。死に急いでないしね。
「第一旅団が良いかと」
静かに言ってのける色男。「第一旅団なら適任だ」「さすがアシュタール帝国の男爵」と、無責任に盛り上がる騎士達。
こいつ嫌いになります。
「ミカエル、やってくれますね」
女の子の頼みは聞く事にしている自分が嫌になる。「女の子の頼み」なら聞いてもいいのだが、アンネリーゼ嬢の頼みだと、「魅惑のカリスマ」に飲み込まれたのじゃないかと心配になる。
「……はい」
別に飲み込まれたんじゃないからね! ふんっ!
死に急いでいる訳じゃ無いけど、誰かがやらないといけないからね。それに仕事があるのはいい事だ。頑張って稼いで早目に引退しよう。
後は早い準備と人選だが、夜襲を掛けるのに馬は旅団分も無く、半分の五十しか用意されなかった。いざとなったら白百合団だけでとも考えていたけど、馬の手配はユーマバシャールの差し金とフリートヘルムが教えてくれた。マジ、キライ。
「夜襲をかけます。人員は五十で。僕とプリシラさん、クリスティンさんとアラナ、それと旅団のメンバーで行きます」
旅団に戻った僕は全員の前で夜襲の事を話した。旅団のメンバーは血の気の多い傭兵なのか、クリスティンさんと一緒に居たいのか、我先にと参加を望んだ。
「ちょっと待てぇ! 今日が何の日か分かっているのか!?」
プリシラさんからの…… 女の子からの「今日は何の日」に正解出来る男は二割を切るだろう。大体が記念日になるのだろうけど、思い付かない。
誕生日では無いと思う。聞いた事がないから……
出会った日でも無いと思う。季節が違うから……
分からないはハズレだ。怒りを買うから……
正解は沈黙。プリシラさんの怒りをそこそこ買うが斬られる事は無いだろう。今、斬られるのは本当に不味い。
「魔王軍はもうそこまで来てるんだよな!? 明日からは本格的な戦闘に入るよな!?」
僕の沈黙に痺れを切らしたプリシラさんが怒りを押さえながら言ってきた。
「そうですね。明日から激戦になると思います。クリンシュ城を含んだ壁内での籠城になるかと」
「それだ! つまり明日からは戦時団則で輪番が止まるだろ。今日しか時間がねえ!」
ここまで来て、まだ輪番が大切か! 戦争が始まってるんだよ! それに王都に来てからどれくらいヤッてると思ってるんだ!
女の子の頼みは聞くようにしている。二人から同時に頼み事があった時はどうするか? 二兎追う僕は二兎を得る。
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