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第百二十三話
しおりを挟む白百合団は苦行の行程が終わり、昼の前にはハルモニアの国境に入った。国境には小さく「めんそーれ、ハルモニア」と書かれた看板が置かれているだけだった。
「お前、何やってんだ?」
僕は国境線ですぐに見えるように目を治してもらい、馬車を降りて地面にキスをした。あぁ見えるって素晴らしい。風になびく麦の穂、流れる曇、川の煌めき、空の青さ、全てが素晴らしい。
「それがハルモニアに帰って来た時の挨拶なのか? ずいぶんと変わってるな」
そんな挨拶は知らないが、この喜びを表すのにこれほどの事はないだろう。盲目の苦労した日々、今は楽しい思い出に変わったよ。あぁプリシラさん、貴女も一段と美しく見えます。
「腐れが…… いつまでやってやがる。アラナ、馬車を出せ。置いてく」
走らせるなアラナ、本当に置いていく気か。僕が慌てて飛び乗ろうとすると、優しいソフィアさんが手を伸ばして引き上げてくれた。
いきなりだったのか、ソフィアさんの力が足りなかったのか荷台の縁に足をかけた僕は、柔らかい肉の谷間にダイブしてしまった。
ダイブした先がクリスティンさんかソフィアさんなら優しさに包まれただろう、そのまま永遠にそこで暮らしたいと思っただろう。
「腐れ…… 見えててやったな、腐れ……」
パッと顔を上げ、目が合うとそこには美しきプリシラさんが。言い訳を聞いてくれる人じゃないと判断した僕は、死ぬ前にもう一度と谷間に顔を埋める。
「#\%$@〇」
悲鳴にならない悲鳴。男にしか分からない痛みが股間を走る。
「アラナ出せ! 腐れは乗ったぞ。てめぇはさっさと離れろ」
僕の故郷になってるハルモニア。着いて、最初の洗礼が急所への蹴りかよ。だが、苦行を乗り越えた僕には、プリシラさんの乳の柔らかさで痛みを乗り越える事が出来るんだ。
ここから魔王のいるノルトランドにかかる橋まで、さらにハルモニア国内を十日ほど。今は目が見えるし、ハルモニアの人々の生活風景と女性限定の服装を見ながらの小旅行だ。
暖かい気候、海が楽しみでたまらない。クルーザーはどこで借りようか、パラソルのレンタルは? 海の家はあるのだろうか? 絶対、海でイチャイチャしてやるからな。
しかし、目が見える様になると、とたんに忙しくなる。僕が股間の痛みがまだ取れないのに邪魔な奴等がやって来た。
「やい、やい、やい、積み荷と女は置いきな。そうすれば命ばかりは助けてやるぜ」
なんて古典的な盗賊なのだろう。しかし白百合団の旗を出してるのに襲ってくるなんて、僕達の知名度もまだ知れ渡ってないね。
「僕が行きます。皆さんは休んでいて下さい」
ハルモニアまでの行程でも何度か襲われている。もちろん僕は盲目だったので対処はメンバーが自発的に行ってくれたが、だいたい……
怒りの叫び。
慈悲の願い。
静な血の香り。
こんなのばかりで、僕の活躍は無かったからね。団長らしい所を見せて女心とプリシラさんの胸を鷲掴みしたいな。
「こんにちは、白百合団、団長のミカエル……」
「やっちまえ!」
こういうの嫌いです。せっかく自己紹介してるのに、それに積み荷と女の子を置いていったら、との話は何処にいきましたか?
殺伐とした世の中でも挨拶くらいは大切にしましょうよ。でも、せっかくのお誘いなので使わせてもらいますよ。
神速モード・ツー。と、心眼!
二つを同時にやると神速も心眼も使える時間が極端に短くなる。それは分かってたのだけど、変な違和感を確認したかった。
盗賊達が襲ってくると、それはすぐに分かった。違和感の正体は襲ってくる奴等が二重になって見えるんだ。
二重と言うのか前後に同じ人間が見えた。同じ動きをするのでは無く、後ろにいる人間が前にいる人間に遅れて付いてくる。
試しに前に出てきたのを切ると残像を切る様に手応えが無く消え、後ろの人間は驚いた様に下がった。他の盗賊さん達にも試せば答えは同じで、手応えの無い切り口と怯える盗賊がいた。
「てめぇは、どこを切ってるんだ下手くそ!」
残像を切ってるんですかね。でも、どういう事なのか少し分かった気がする。もしかして……
今度は限界まで待ってから剣を受けてみた。これで分かった。本体は後ろ、残像に見えたのは未来の動きだ。
心眼に、こんな使い方があったなんて。心眼は見えない所を感じて見えるのかと思っていたけど、本当の心眼は未来が見える。
凄いじゃないか。神速の速さと未来を見る力があれば正に最強じゃないか。これでプリシラさんにも圧倒じゃないか。次にボロ雑巾になるのはプリシラさんじゃないか。
そんな簡単に物事が進まない事を僕は知っている。それはすぐに思い知らされる事になるんだ……
その前に僕の練習に付き合ってくれた盗賊の皆さんには、軽い峰打ちで沈んでもらおう。中には女の人も混ざっていたようで、心眼がなければ男と同じように、容赦なく打ち倒してしまうところだった。
「終わりました。出発しましょう」
新しい力を手に入れた僕にとっては、盗賊など練習相手にしかならない。そういえば女の子も居たっけ、着エロの練習相手にしておけば良かった。
「こいつらどうするんだ」
「どうって? 気持ち良く寝てるみたいだから、放っておいていいんじゃないですか」
「バカか、てめぇは!? こいつら盗賊だぞ、放っておいてどうする。騎士団に突き出すか、証拠の物を取って殺しちまうかだろ」
そうだったんだ。今まで盗賊とかの対処は任せていたから、そんな事をしてたんだね。でも、一人として騎士団に突き出した記憶が無いから皆さん亡くなったのね。合掌。
どうしたものか。この寝ている盗賊の方々をプスッと刺すのか。それは嫌だな、無抵抗の人を切るのは目覚めが悪くなりそうだよ。
縛って起こして、連れていくのも大変だ。全部で十三人もいるし、連れて歩くのは監視もしないといけないしでスピードも遅くなる。
「どうしましょ? この人達…… ぐえええっ」
気持ち悪い。思わず吐きそうになった時に手で抑えたのか不味かった。リバースした物が口の中に収まり切らず吹き出す様に出しちゃった物だから、抑えた手に当たったリバースが僕の服にとんでもない跡を残した。
これはもしかしてモード・ツーと心眼の副作用か!? やはり人間技を越えた事に体が追い付かなかったのか!?
「腐れが腐れやがった。ソフィア、毒だ治してやれ。それとこいつらの行き先が決まったな」
プリシラさんが顎で示した方を見ると、手を抜いて打ち込んだ女盗賊が、伏せながらも吹き矢らしき物を構えていた。
吹き矢なんて、こん辺りの盗賊は古典が好きなんだね。僕は服を嘔吐物で汚しながら気を失った。
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