異世界に来たって楽じゃない

コウ

文字の大きさ
上 下
56 / 292

第五十六話

しおりを挟む

 マウガナの街。帝都から二日は掛かるが隣接した街では最大だ。もちろん魔術師もいるから僕の足を治してもらわないと。
 
 
 脂汗を垂らしながらマウガナの街に入るとマノンさんが待ち構えていてくれた。討伐にはもう一日かかる予定だったけど待っていてくれたのだろうか。
 
 「お疲れさまです。あっ!?   怪我をなされているのですね。直ぐに魔術師の所に行きましょう」
 
 マノンの計らいで街でも腕の良い魔術師の所に案内され、骨折全治三ヶ月が五分で回復した。本当に魔法って便利だね。チートで魔法を貰えば良かった。
 
 「あちらの討伐も済んだようで良かったです。黒炎竜も出ているとは、こちらの情報ミスで申し訳ありません」
 
 「いや~、なかなか固くて骨が折れました」
 
 「面白い冗談ですね。黒炎竜の素材も村人にあげたとか」
 
 「素材に関しては素人なもので、村の復興にも使って貰えたらいいかと思いましてね」
 
 来てから黒炎竜の事も素材の事もまだ話してはいない。どこで知ったのか、ハスハントの情報収集の能力は高いのに黒炎竜がいたとは……
 
 「今日はこのまま宿にお泊まりください。明日、出発しますので護衛の方をお願いします」
 
 僕らの馬車をハスハント商会の馬車と同じ所に置いて、僕とアラナは紹介された宿屋に向かった。宿屋はかなり高級で「ハスハントの仕事を受けると、こんな宿屋に泊まれるッスね」と言うアラナと夜は静かに楽しめそうだ。
 
 二人でエッチな事をしようと期待を裏切るノックの音に、アラナはビクッと体を振るわせ残念そうにドアを開けた。
 
 「こんばんは。お邪魔してもよろしいですか」
 
 黙って受け入れたアラナはマノンさんの背中越しにこちらを睨み付けている。気持ちは分かるが押さえてくれ、その爪を。
 
 「新しい依頼をお持ちいたしました」
 
 こんな夜更けに、馬車の護衛依頼だって終わっていないのに次の依頼だって。人気者は辛いね。
 
 「もう次の依頼ですか。ずいぶんと早いんですね」
 
 「ええ、ビジネスは早さが命ですから」
 
 「それでどんな依頼なんでしょう」
 
 「湖畔にあるリザードマンの集落の掃討」
 
 あっさりと凄い事を言ったぞ。リザードマンって確か人間に似たトカゲで集団戦を得意として知性もあって、なおかつ強い存在だったかな。
 
 「穏やかな依頼ではないですね。集落の掃討と言われましたが数はどれくらいになりますか」
 
 「およそ五百人くらいです」
 
 こいつ馬鹿。リザードマンはかなり強いんだよね。集落って言うには老人、女、子供もいるだろうけど戦う男は百はいるぞ。女だって戦えば戦力は倍だよ。
 
 「それはかなりの数ですね。こちらの戦力はいかほどですか」
 
 「白百合団だけです」
 
 拒否決定です。トロール一匹、怖くないです。二匹までならやってのけます。三匹だったら戦い方を考えます。集団戦はそうもいえない。三匹がまるで一つの塊の様に動けば驚異の他ならない。
 
 リザードマンは集団戦の出来る魔物だ。どんな計算をすれば白百合団だけになるのか、その胸を開いて教えて欲しい。
 
 「無理ですね。相手が悪すぎます。リザードマンは普通の魔物とは違います。集団戦の出来る知性のある魔物です。もし殺るのなら、相手の三倍の数は必要だと思います」
 
 「それが出来ればやってます!    白百合団の力は知っています。ヌーユの地でオーガやトロールを単騎で倒し、殿を無傷で撤退させた実力を。それに黒炎竜。あれを倒すには相当数の傭兵がいなければならないのを二人で倒すなんて考えられません」
 
 マノンさんは捲し上げ、戦える理由を言っているが僕の心は動かない。こいつ、黒炎竜の事を知ってたんじゃないのか?    美人の言う事をそのまま聞いて、戦っていたら命が幾つあっても足りないよ。
 
 「マノンさん。相手の兵力を考えたら、こんな無謀な作戦を行う傭兵などいませんよ。それにこれはハスハント商会からの話ではありませんね」
 
 「ど、どうしてそれを……」
 
 「マノンさんが「出来ればやっている」と言いましたよね。ハスハント商会なら出来るんじゃないですか。それを出来ないのは他に理由があるのか、ハスハントの依頼じゃないか、です」
 
 ため息を付くマノンさん。なんだか責めている感じで気がとがめるが、これは少し無謀過ぎる。実際にやったとして勝てるかと聞かれれば微妙な感じか。ルフィナとオリエッタ、ソフィアさんの広域魔法が何とかなれば行けるかもしれない。
 
 「……お金ならあります」
 
 「本当にあるんですか。七人とは言え魔法使いを要している傭兵ですよ。とても個人で払える額じゃない」
 
 マノンさんがリュックに手を入れると皮の袋を何個も取り出した。
 
 「これが前金です」
 
 前金だけでもかなりの額になりそうだ。とても個人で用意できる金額じゃない。僕はとても嫌な事を思い付いてしまった。口にしたら後戻り出来ないが、真実を知っておきたい。
 
 「やっぱりハスハント商会の依頼ではないですね。この金額で半分なんて個人では無理ですよ。旅団クラスが雇える額じゃないですか」
 
 マノンさんは一言も話そうとしない。
 
 「マノンさん、ここからは推測になるのですが、このお金は運んだ荷物の売り上げじゃないですか?   行動部の部長が一介の傭兵と一緒に来たのも変ですからね。このお金は売り上げを横領して作ったお金ですね」
 
 マノンさんは、うつ向いたまま何も話さない。もうひとつ、これも言わないと。
 
 「お金に釣られなかった場合を含めて僕らをハメたでしょ。僕達にわざと荷物を運ばせた上に、これは僕が悪いのですが、みんなのまえで黒刀もくれた。僕らは横領の手助けをさせられた」
 
 「マジッスか団長!」
 
 帝国では差別とまでは行かないが、亜人の違法行為について人より重くなっている。アラナが慌てるのも無理はない。
 
 失敗した。まさかいきなりハメられるとは考えもしなかった。ハスハント商会の繋がりを考えてばかりいたから横領なんて気が付かなかったよ。行動部長だから監視の意味で来ていると思い込んでいた。
 
 「……すみません。その通りです」
 
 聞きたくない言葉。ため息が出るのはこっちのほうだよ。ハスハントから横領した事がバレたら傭兵なんてやってられない。マノンさんの見た目と裏腹な行動に驚くよ。って、白百合団も見た目と裏腹だけどね。
 
 「いったいリザードマンの集落に何があるんですか。わざわざ掃討する理由は」
 
 最後の疑問。これは本人の口から説明してもらわないと分からない。
 
 「……今、リザードマン達が集落を作っている所には村があったんです。小さな村でしたが川の上流から流れてくる魔石の欠片で生きていくに不便の無い村でした。私は父とそこで暮らしていたんです」
 
 そこにリザードマン達がやって来て村を蹂躙しマノンさんの父親や村人達も全て殺されたという。マノンさんと父親はエルフだが、村人は人間だったようで、要するに復讐か。そのために横領までして、エルフだって亜人の扱いになるから重罪だよ。
 
 「復讐だけではないんです。リザードマンが暮らしている場所も問題なんです。魔石の欠片が取れるのもそうですがリザードマンの症気で湖が汚染されるのです」
 
 リザードマンがそんな危ない物を出すとは初耳だ。湖は帝都の水源の一部を担っている、いい話じゃないね。
 
 「それだったら帝国の騎士団が出て行って処理するんじゃないですか。帝国の水源なら無視は出来ない」
 
 「何度も言いました!   何度も……   ハスハントの部長になってからも言ったのに誰も耳を貸してくれない……」
 
 ハスハント商会の部長の声を潰せるなんて、どんな奴だ?   目的は分からないけどリザードマンを守ろうとする人がいて、それなりに大きな組織だろう。一方、リザードマンを掃討して村を取り返し水源の汚染を止める個人。
 
 
 これはどっちに付くか決まりだな。
 
 「マノンさん、団員に話してみたいのでこの話し、持ち帰っていいですか」
 
 決められなかった……
 
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

強さがすべての魔法学園の最下位クズ貴族に転生した俺、死にたくないからゲーム知識でランキング1位を目指したら、なぜか最強ハーレムの主となった!

こはるんるん
ファンタジー
気づいたら大好きなゲームで俺の大嫌いだったキャラ、ヴァイスに転生してしまっていた。 ヴァイスは伯爵家の跡取り息子だったが、太りやすくなる外れスキル【超重量】を授かったせいで腐り果て、全ヒロインから嫌われるセクハラ野郎と化した。 最終的には魔族に闇堕ちして、勇者に成敗されるのだ。 だが、俺は知っていた。 魔族と化したヴァイスが、作中最強クラスのキャラだったことを。 外れスキル【超重量】の真の力を。 俺は思う。 【超重量】を使って勇者の王女救出イベントを奪えば、殺されなくて済むんじゃないか? 俺は悪行をやめてゲーム知識を駆使して、強さがすべての魔法学園で1位を目指す。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

痩せる為に不人気のゴブリン狩りを始めたら人生が変わりすぎた件~痩せたらお金もハーレムも色々手に入りました~

ぐうのすけ
ファンタジー
主人公(太田太志)は高校デビューと同時に体重130キロに到達した。 食事制限とハザマ(ダンジョン)ダイエットを勧めれるが、太志は食事制限を後回しにし、ハザマダイエットを開始する。 最初は甘えていた大志だったが、人とのかかわりによって徐々に考えや行動を変えていく。 それによりスキルや人間関係が変化していき、ヒロインとの関係も変わっていくのだった。 ※最初は成長メインで描かれますが、徐々にヒロインの展開が多めになっていく……予定です。 カクヨムで先行投稿中!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

【R18】童貞のまま転生し悪魔になったけど、エロ女騎士を救ったら筆下ろしを手伝ってくれる契約をしてくれた。

飼猫タマ
ファンタジー
訳あって、冒険者をしている没落騎士の娘、アナ·アナシア。 ダンジョン探索中、フロアーボスの付き人悪魔Bに捕まり、恥辱を受けていた。 そんな折、そのダンジョンのフロアーボスである、残虐で鬼畜だと巷で噂の悪魔Aが復活してしまい、アナ·アナシアは死を覚悟する。 しかし、その悪魔は違う意味で悪魔らしくなかった。 自分の前世は人間だったと言い張り、自分は童貞で、SEXさせてくれたらアナ·アナシアを殺さないと言う。 アナ·アナシアは殺さない為に、童貞チェリーボーイの悪魔Aの筆下ろしをする契約をしたのだった!

処理中です...