異世界に来たって楽じゃない

コウ

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第五十三話

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 「おはようございます」
 
 う~ん。マノンさんの声は清々しい。朝方まで夜警をしていて今回も睡眠時間は一時間。馬車に乗ったらアラナに任せて寝かせてもらおう。
 
 
 「おはようございます。マノンさん。実は昨日、ショートソードを折ってしまいまして荷物の中から一本譲ってもらえませんか」
 
 「構いませんよ。好きなのを選んで下さい」
 
 助かる。予備はあるけど補充出来る時にしておかないと。馬車に戻って物色してると在庫処分とは言えどれも整備がされていて、いつでも使える様になっていた。
 
 「団長、ショートソードを探してるッスか」
 
 「うん。昨日、折っちゃってね。マノンさんに言ったら譲ってくれるって」
 
 「これなんてどうッスか。黒くてカッコいいッス」
 
 なかなかセンスがいいのを選んでくるね。鞘も握りも全部、真っ黒。刀身まで黒くて切れるのか?
 
 「刀身まで黒くいのなんて珍しいッスね。夜襲には光らなくていいかもッス」
 
 なるほど。そのための剣なのかな。もしかして、暗殺専用とか。新品が欲しいけど贅沢は言ってられないよ。新品は買った事はないけど、これは新品並に黒く輝いてる。
 
 「値段が合えばこれにしようかな」  
 
 「黒くてカッコいいッス」
 
 これにしよう。少しくらい高くても、アラナがカッコいいって言ってくれたから。
 
 マノンさんは気前良く無料でいいと言ってくれた。せっかくなので甘えよう、その胸で。いや、気前の良さで。
 
 「マウガナには門が閉まる前には着きたいですね」
 
 そう言うマノンさんは僕と馬車の荷台にいます。何でハスハントの馬車じゃないの。マノンさんは良く話す人だ、だけど眠りたくて荷台に来ている事を知って欲しい。
 
 もちろん寝る事なんて出来なかった。目の前に雇い主が居て眠る訳にもいかない。目の前の谷間に目を落とさない目力を我に!
 
 門が閉まる前にマウガナの街に着いた僕達はハスハントの支店で荷物を降ろして宿屋に向かった。明日からは護衛から討伐になるので黒刀の切れ味が楽しみだ。
 
 
 「ここは魚料理が美味しい宿屋なんですよ」
 
 疲れめで、簡単な食事をしたら早く寝たかった僕の隣の席に座ってるマノンさん。ムスッと不貞腐れていたアラナも魚料理が出てきたら食事に夢中。僕は胸元、足元に夢中。
 
 僕の為に着替えて来てくれたのだろう。今はラフな姿にスカートが短い。こ、これは誘われているのだろうか!?    誘われているのなら、誘われます。
 
 「本当だ!    これは美味しい魚ですね」
 
 魚なんかより、肉が食いてぇ。その二つの良く育った肉を食わせろ。モモ肉でもいい!    テーブルに乗ってくれ。手掴みで食べるから!
 
 脳内妄想、ゴー!
 
 
 「見返(ミカエル)、飲んでっか?」
 
 「飲んでますよ、武田先輩。気持ち悪いくらいに飲んでます」
 
 「飲み過ぎてるんじゃねぇよ。食え、食え!」
 
 僕がこの外資系の会社に就職して一年が経つ。初めての契約を取れて新入社員の歓迎会も兼ねて祝賀会も開いてもらった。
 
 外資系と思って最初の頃はビビっていたけれど、上司以外はみんな日本人だし、言葉も日本語で通じてる。報告書だけは英語なのが大変だけど、大学時代に留学させてもらった親に感謝だ。
 
 「食べないと胃がもたれますよ」
 
 僕達の上司であるマノン・ギーユ部長。仕事には厳しいがハリウッドかモデルにでも居そうなくらい綺麗な人だ。キツイ仕事だけど、良い先輩と美しい上司がいて僕は今が楽しくて仕方がない。
 
 「大丈夫です、大丈夫。ギーユ部長は飲んでますか?    それって水ですか?」
 
 ギーユ部長が持っているのは普通のコップに入った透明な液体。部長にはワインとかカクテルなんかが似合うのに、お酒には弱いのかな?    
 
 「バッカ!    ギーユ部長はテキーラ派なんだよ。見てみろ、もう一本を一人で空けてるぜ。ねぇ、部長~」
 
 「武田君は飲み過ぎではないですか?    見返君は真似しないようにね」
 
 テキーラを一本空けるなんて無理だろ。どれだけ酒に強いんだよ。美しくて仕事も出来て、お酒も強い。この人と付き合える人は、どんな人なんだろう。
 
 「まだまだ大丈夫ですよ、部長~。それより見返、良く契約を取ってきたな。先輩として僕はウレシイ」
 
 泣き真似をする武田先輩。この人が先輩で良かった。良かったんだが、たまに……    良く言えば豪快な人、悪く言えば大雑把な人。
 
 「まあ、俺様なんか半年で二億の契約を取って来たけどな!」
 
 「……契約書を無くして作り直したり、納期を間違えて謝りに行ったりしましたけどね」
 
 「部長ぉぉ~」
 
 「見返君はそんな事が無いように、お願いしますね」
 
 「任せて下さい。僕は武田先輩とは違いますから」
 
 「てめぇ、大人になりやがって!    毛は生えてるのか!?    見せてみろ!」
 
 無理矢理、人のズボンのチャックを開けようとするバカな先輩とのやり取りも、それを見て笑ってくれる美しき上司も居て、僕は本当にこの会社に入って良かった。
 
 「アホが移るのでトイレに行ってきます」
 
 「誰がアホだ!    先輩を敬え!    新人共はどうした!    飲んでるかぁぁ!?」
 
 後ろで「うぇ~い!」とノリの良い後輩共。武田先輩の真似はするなよ。そう思い、飲み過ぎた僕はトイレに急いだ。
 
 トイレに入った瞬間に、僕はどうしていいのか困った。小便はいい、普通のどこにでもある白い便器が並んでるだけだから。
 
 大便の方は個室になっているが、総ガラス張り。これは他人に見せながらするスタイルなのか?    僕には無理だよ、東京って怖い所だ。
  
 さすがに東京の人だって大便を見られながらする事は無いだろう。いや、それが流行りなのか?    東京人の考えてる事は分からん。
 
 分からんが、興味はある。見られながらする大便では無く、個室中の構造がどうなってるのか。僕は誰も居ない事を確認して個室に入った。
 
 便座は普通の温水器付きで、入ったら蓋が自動で開いた。座ってはみたものの、やはり落ち着かない。隣を覗けば見えるし、前に立たれた日には股間を隠して用を足す処じゃない。東京人の考える事は分からん。
 
 便座に付いている「ブラインド」のスイッチを押してビックリだ。個室のガラス張りの所が一瞬にして薄暗くなった。なるほど!    やっぱり東京人も隠して用を足すのか!    ……当然だよな。
 
 ガラス戸を開けてみればマジックミラーの様な鏡になって、中の事は近くからでも見えなかった。だけれど、中からは薄暗いが見える機能付き。
 
 なんて面白い!    僕は誰も居ないのを良い事に、スイッチを押して外から中から見たり、消してから見たりと色々と試してみた。
 
 スイッチを押せば外からは見えない。不思議な作りになって、誰が考えたか知らないが面白いのには間違いない。それに注意書もあった。
 
 「二十分経つと自動的にブラインドはオフになります。ブラインドを続けたい方は時間内にもう一度スイッチを入れて下さい。安全の為にご協力下さい」
 
 時間制限付きのトイレとは安全はあっても、安心して出来ないね。踏ん張っている時にオフになったら最悪だ。でも面白い。僕は一通りトイレのオモチャに満足したのでブラインドをオフにした。
 
 「大丈夫ですか?」
 
 ここは男子トイレ。大便用の個室の目の前にマノン・ギーユ部長が立っていた。思わず股間を隠す!    別にズボンを降ろしていた訳では無いのだが。
 
 「だ、大丈夫です!」
 
 僕は慌てて外に出ようとするが、押し込む様にギーユ部長まで個室に入って来た。
 
 「これってガラス張りなんですね」
 
 「そ、そ、そうみたいです。あっ、だけどちゃんと隠れるんですよ」
 
 僕はブラインドのスイッチを押して外からはマジックミラーで見えない様にした。    ……薄暗い個室に二人きり、何故ここに来た?    何故、後ろ手で鍵を閉める?
 
 「うふふっ……」
 
 天使の誘惑、天使の微笑み。たわわに実った胸の谷間にダイブしたい気持ちより、この状況の理解が出来ん。
 
 「ど、ど、ど、ど……」
 
 どうしました?    と、聞きたいが「ど」しか言えない入社二年目で、初契約を取って来た社員。前に立つギーユ部長。
 
 「見返君て、変わった名前をしてるのね。ミカエルなんて……」
 
 「ド、ド、……ソ、ソ、そうですね。ミ、ミ、ミカエルなんて名前、ファ、ファ、ファミリーネームは……    シ、シ、静岡県にいるんですよ」
 
 ド、ミ、ファ、ソ、シ、ド……    後はレと、ラ、の音が出れば完璧だ!    って、そんな事を聞いてよ。顔がとても近い、吐息が当たる、胸はもう当たってる。
 
 「私の守護天使なんですよ、ミカエルは……」
 
 僕がギーユ部長の守護天使!    背後霊?    守護天使は何か宗教上の話なんだろうか。僕はミカエルだけど仏教徒だ。正月は神社に行くしクリスマスにはケーキとチキンとプレゼントだ。 
 
 ギーユ部長は守護天使に、どんなお供え物を上げるのだろう?    僕は甘い物も辛い物も、お金でも構わないんだよ。 
 
 たが、ギーユ部長は敬虔な信者の様だ。膝を着かんばかりに腰を降ろし、恭しく頭を垂れ、チャックを降ろして中からペティナイフを引きずり出して咥えた。
 
 ……えっ!?    ……え~と、えっ!?
 
 目の前で起きてる現実に、僕はギーユ部長の頭を押さえてもいいか迷った……    そうじゃないよね!    上司が飲み会で部下の肉棒をしゃぶるのが外資系のいい所だよね……    それも違う!
 
 どうしたらいい、どうしたら……    
 
 「レロ、レロ……    ミカエル君は粗末な物を持ってますね」
 
 えっ!?    粗末ですか?    わざと日本語を間違ったとかじゃなく?    でも、どうしたらいいんだろう。狭いトイレで上司が僕の肉棒を舐めてる。しかも外人さんだぞ、アイ・ラブ・ユーとか言った方がいいのか!?
 
 
 これで全ての音が出た。後はギーユ部長が正気に戻ってくれるか、僕は美味しそうに咥えるマノン・ギーユを見て途方に暮れた。
 

 
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