深淵から来る者たち

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30、接触戦(前編)

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 91式戦闘攻撃機の推進エンジンの温度が急激に上昇していく。
 やがて規定の温度に達すると顔を上げる。
 コクピットの外では、甲板作業員が忙しなく準備を進めていた。
 他の安全規定の手順を終え、発進準備の整ったウォーカー大尉は、甲板作業員に親指を立てて見せた。作業員が機体から離れていく。
 甲板誘導手からのGOサインを受け取ると91式の機体が電磁カタパルトから一気に射出された。同時に上昇していくエンジンの推進力と合わせて増していく加速がウォーカー大尉の身体をシートに押し付ける。
 ウォーカー大尉の乗る91式は、キリシマから飛び立っていった。

 デアフリンガー級航宙戦艦キリシマは、艦隊と合流する予定の宙域に近づいていた。
 傍受した交信で艦隊が、すでに戦闘に入ったと知る。
 だが、艦隊との通信が途切れたことで艦長のキーラ・アストレイ中佐は、作戦を継続するか迷う。作戦通りなら、艦隊が敵を排除、もしくは引き留めている間、別方面から戦闘モードに設定したオートワーカーの一個大隊をアビスゲートに送り込む予定であった。
 だが艦隊との通信は不明瞭になり、交信内容は混乱し、今は連絡が取れなくなっている。何か予定外の事が起きた可能性は高い。
 アストレイ中佐は、下士官たちと相談の末、まずは偵察機を出して様子を確認することにした。状況で作戦続行かを判断することにしたのだった。
 この偵察任務には、航空部隊のエース、ニック・ウォーカー大尉が志願したのだった。

 同じころ、医務室では、フェルミナが意識を取り戻していた。
 知らせを聞いたマック・ビレイ大尉が様子を見に来る。
「フェルミナ、大丈夫か?」
 そう声をかけたがフェルミナの様子にマックは、戸惑う。
「お前、その目……色」
 フェルミナの瞳の色が変わっていたのだ。瞳だけはない。何か雰囲気もどこか違う。今まで感じていた不安定さが消えている気がした。
 軽く自分の目のあたりに触れながらフェルミナが言う。
「視力も落ちてないし、痛みもないんですけど……先生が言うには投与した薬の副反応かもしれないって言われました。事例を調べておくって……」
 今までブラウンだった瞳の色は、色素が薄くなり、グレー気味となっていた。雰囲気が違うのはこのせいかなとマックは思う。
「まあ、似合ってるぜ。気にしなくていいよ」
「はあ……」
「とにかく意識が戻って良かったよ。ウォーカーも心配してたからな」
「ウォーカー大尉が?」
 一瞬、フェルミナの以前の雰囲気が戻る。
「今、偵察任務で飛んでいるが、戻ってきたら顔を出しに来るだろうさ」
「偵察任務?」
「ああ……意識を失ってたんだっけな。実は、アビスゲートで問題が起きてな。簡単には説明できないけど、軍事作戦になっている」
 アビスゲートで問題? 軍事作戦?
 それを聞いたフェルミナの表情が固くなる。夢だと思っていたミスター・イエローに見せられた光景は事実のようだ。
「で、48時間の休暇は中止、キリシマはアビスゲートに向けて航行中なんだよ。ウォーカーが偵察にでたのは、合流予定の艦隊との連絡がつかなくなったからだ」
 それを聞いたフェルミナの表情が変わり、フェルミナは、ベッドから起き上がろうとした。それをマックが止める。
「おいおい、なんだ、いきなり。まだ本調子じゃないんだぞ」
 取り乱しながらフェルミナが叫ぶ。
「大尉が……ウォーカー大尉が危険です。早く呼び戻さないと!」
「え? どういう事?」
「敵は別の宇宙から来た者たちです。通常の攻撃は通用しないんです。彼らは、こちらの兵器に浸食するんです」
 フェルミナの突飛な話にマックは、眉を顰め、投与された薬による錯乱を疑った。
「そ、そうか。でも、今は安静にしてろ。な?」
「本当なんです! “深淵から来る者たち”は危険なんです」
「わかった。信じるよ。まあ、特殊な相手だよな。興味本位で訊くんだが、それを今まで意識を失ていた君が何故知ってる?」
「夢で会った人から説明されました」
「……そうなのか。あとは、俺が何とかするから今は寝てろ」
 だが、フェルミナは、ベッドから起きようとした。
「お、おい」
 止めようとしたマックを組み伏せる。体格のいいマックは床に押さえつけられ驚く。驚く間に首に腕を回し、締め付ける。
「ごめんなさい、大尉」
 頸動脈を締められ続けたマックは意識を失った。
 フェルミナは、医務室から抜け出すと、パイロットスーツに着替え、格納庫へ向かった。

 格納庫へ行くと二人の整備員たちが機体のチェックをしていた。
 都合の良い事に一人はよく会話を交わす見知った整備員だ。
 フェルミナは、ヘルメットを被ると瞳の色に気づかれぬように目元部分までシールドを降ろす。
「二次偵察の命令を受けたのだけど、機体はどうなってるの?」
 フェルミナの言葉に整備員は驚いた顔をする。
「え? その命令は聞いておりませんが」
「緊急事態よ! 急いで準備をして!」
 声を荒げたフェルミナの言葉に整備員たちが慌てて機体の準備に向かった。
 見知った整備員は、普段のフェルミナが温厚である事は知っている。それが怒りを見せているのは余程の事態であろうと勘違いしていた。
「わかりました! 少尉!」
 フェルミナに勢いに圧されて本来ならブリッジに命令確認するべき手順を飛ばしてしまう。それを見越してのフェルミナの態度だったが幸運にも彼らはくれたのだった。
 準備に取り掛かろうとする整備員を呼び止めた。
「爆装は、対艦ミサイルは1基でいい。あとは全てARHミサイルを最大限搭載して」
「了解!」
 整備員は、敬礼すると準備に取り掛かった。
 移動してきたフェルミナは、自分の機体に乗り込むとシートに座り、生命維持装置との接続を始めた。
「ウォーカー大尉、待っていてください。今、助けに行きますから!」
 フェルミナは、独り言のように呟いた。
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