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25、奇妙な食卓
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連邦統制軍のデアフリンガー級航宙戦艦キリシマは、艦隊と合流すべく、航行を続けていた。
作戦を前にして航空隊のフェルミナの意識は戻らないままだった。
「期待のエース抜きなんて、この作戦は辛いな」
マック・ビレイ大尉が隣で並んで歩くニック・ウォーカー大尉にそう言った。
「仕方がない。フェルミナの腕は頼りになるが俺たちの能力が低いというわけじゃない。きっとやれるさ」
「キリシマに積んである中隊規模のオートワーカーに急遽、特殊部隊仕様のプログラムをダウンロードして臨時の部隊を組んでアビスゲートに送り込む。行き当たりばったりすぎないか?」
「文句ばかり言うな、マック。救助部隊を送り込むには、それが一番最短なんだ。敵は異星人でも宇宙生物でもなんでもやるしかない」
「実は白状すると俺はこういう機会を待ってたんだ。宇宙軍に入ったのも宇宙人から地球を守る為に戦いたかったからなんだ」
「本気か?」
ウォーカーがマックを見る。その表情はにやけていて本気なのか冗談なのかよくわからない。
「ああ、せいぜい樺れよ、ウィル・スミス」
やがて二人は医務室にたどり着いた。
意識を失ったフェルミナの様子を見る為だ。
「先生、ハーカー少尉の具合は?」
眼鏡をかけた船医がウォーカーとマックの方を見た。
「まあ、安定しているといえば安定してる。命に別状はないだろう。ただ……」
「何かあるんですか?」
「おかしいんだよ。脳波は睡眠状態によく似た波形なんだが、前頭葉が活発に活動している」
「えーと、つまり、それってどういう……?」
「体は寝てるのに脳は起きてるってことだ」
「はあ……?」
§
朦朧とした意識の中、自分の状況にフェルミナ・ハーカーは、戸惑っていた。
こぎれいな食卓に座り、目の前には見覚えのない男がいる。いや正確には覚えはないがどこかで会った気がする。
二人は向かい合って椅子に座っていた
「どうした? 食べなのかい? 好きだろ?」
ミスターイエローと名乗った男は右手に持ったナイフでテーブルの上のパンケーキを指した。
確かに好きだったけど……味が思い出せない。
「食べれば思い出すさ」
まるでフェルミナの考えを見透かしてるかのようにミスターイエローは言った。
フェルミナは言われるままにパンケーキを小切りにして口に入れた。
「……美味しい」
思わず口にでる。
「思い出したろ?」
言われた通りだった。口の中に広がる甘さと柔らかい感覚。確かに食べたことがある。
それから二人の慎ましい食事が始まった。
終始無言だった。
やがて皿の上に何もなくなりミスターイエローがナプキンで口の周りを拭く。
「おっと、こいつを忘れていた」
いつの間にか紅茶が注がれたカップがテーブルの上に置かれていた。
「どうぞ」
再び言われるがままにカップを手に持ち口元に近づける。紅茶の良い香りがする。
一口飲むとカップを受け皿に置いた。
「さて、何を訊きたいのかな?」
ミスターイエローは紅茶を飲みながら言った。
「いろいろある」
「だろうね」
「ここはどこ?」
「ああ……フェルミナ。場所なんてどうでもいいだろ。本当はもっと訊きたいことがあるんでは?」
「それは……」
ミスターイエローはフェルミナの言葉を待った。
「宇宙で何が起きてるの?」
「ああ、それそれ。その質問を待っていた」
ミスターイエローはそう言ってカップを置いた。
「別の世界……いや、宇宙からこっちの宇宙へ来たがっている者たちがいてね。そいつらがちょっとした悪さをしている」
「別の宇宙? こっちの宇宙に来たがっている者たちって何?」
突然目の前が真っ暗になったかと思うと体が何もない空間に放り出された。
足元には何もないが落下する感じはない。
暗闇から一転、目の前に信じられない景色が広がった。
宇宙狭しと広がる泡のような生物たち。同一の生物ではない様々な個体だ。挿絵に出てくる悪魔や妖魔と呼ばれるものにも深海の生物にも酷似しているものもいた。それらが喰い合い、殺し合い、さらには分裂を繰り返していた。
星も星雲も異様な生物たちで覆われている。何千光年先も彼らに覆われ、輝く恒星に身を焼かれながらもそれさえも覆いつくそうとしていた。
呼吸は? 餌は?
様々な疑問が頭の中を駆け巡っていた。
そして最大の疑問。
私は彼らを知っている?
「そう……それが最大の疑問だろう」
気が付くと先ほどまでの食卓に戻っていた。
目の前には変わらず薄ら笑いを浮かべるミスターイエローの姿。
「あなたは答えられるの?」
「私はなんだって答えられる。その気になれば宇宙の始まりの事だって答えられる」
「まずは私の事に答えて」
「そうだね。まずはそうしようか。何というか彼らには敵対する存在があってね。何億年にも渡って全宇宙で争い続けている。彼らが敗北することもあれば勝利することもあった」
「それってもしかしたら……」
「そう、私たちだ。ずっと争ってきたんだ。こっちの宇宙をどちらが支配するかをね」
「つまりあなたも私たちの宇宙の者ではないという事じゃないの」
「まあ、そうだね。でもこれでもこちらの宇宙の生ある者たちには寛大だよ。愛してるといってもいい」
「スケールが大きい話だけど、あなた方も“彼ら”のことも私たちは知らない」
「リバイアサン」
「え?」
「魔物……妖精……妖怪、悪魔、神、怪物……様々な呼ばれている超常的な存在。これらは皆、我らや彼らの呼び名なんだよ。君らはずっと昔から私たちを知っているんだ」
どこまで信じていいのかフェルミナは戸惑う。そもそも今は夢を見ているだけかもしれない。だとしたら本を書けそうだが。
「空想上の存在と思っていただろう? 実は私たちも彼らも全てがこちらの宇宙に介入できるわけではない。時折、私たちや彼らの一部がこっちの宇宙に干渉したときの姿を目撃されたのだ。常に努力はしているがこれが中々難しい」
そう言ってミスターイエロー再びカップを手に取り、紅茶を一口啜る。
「別の宇宙を飛び越えるのはなかなか至難の業でね。ちょっとした準備が必要なんだ。なんというか扉を作る事が必要なんだ。そいつはこちらの宇宙で造る事がね。それが難しいんだ。何しろ一部しかこっち側に入り込めないんだからね。だから少し工夫した」
イエローはカップを置いた。
「彼らは自らの血を送り込んだ」
「血?」
「君たち生物遺伝子の中に私たちや彼らの“血”だ。カンブリア紀の生物多様化はどうしてだと思う? 伝説のドラゴンや多くの怪物に恐竜の特徴があるのは何故だ? すべては彼らの“血”が混ざりあった結果だよ」
イエローの話は続く。
「当然、人類にも“血”は混ざり込んでいる。ある者はその自覚があり、ある者は無自覚に。多くの眷属が生まれ、自らの陣営の為に尽くした。多少年月はかかったがようやく扉を造る算段もついたわけだ。君らの言う所の魔術や魔力で魔法陣で彼らの宇宙への出入り口を開く方法も考えだされた。だが、上手くいかなかった。多くが失敗だったが、ようやく彼らは扉を造ることに成功した。今の時代に」
「……アビスゲート? アビスゲートね」
イエローは大正解とばかりに手を叩く。
「でもアビスゲートはワームホールを発生させて星間移動を可能にする装置で別の宇宙へ行くためのものでは……」
「転用できるんだよ。細かい理論の説明は必要かね?」
「いえ、結構」
フェルミナは肩をすくめる。
「つまり、彼らの方が先に扉を開けようしている。そうすれば、彼らがこっちの宇宙になだれ込み全生物を飲み込むだろう」
先ほど見た宇宙を覆いつくす異様な生物の群れ
あれがこっちの宇宙に現れる?
フェルミナは怖くなる。
「心配かい?」
「それは……だってあんなものが地球に……」
「止める方法がある。本体が来る前に扉を壊してしまえばいい」
「アビスゲートの破壊ってこと?」
「そのとおり! 簡単だろ?」
簡単であるわけがない。
全長10kmを越える建造物がそう簡単に破壊できるものではない。そもそもアビスゲートを防衛しているのはフェルミナが所属する連邦統制軍の航宙艦隊なのだ。
「あなたの言う事が本当だとして……まあ、これが夢でないと前提してだけど、私にはどうすることもできない」
「できるさ」
イエローはあっさり答えた。
「何しろ、君は、私たちの血を引いているんだからね」
作戦を前にして航空隊のフェルミナの意識は戻らないままだった。
「期待のエース抜きなんて、この作戦は辛いな」
マック・ビレイ大尉が隣で並んで歩くニック・ウォーカー大尉にそう言った。
「仕方がない。フェルミナの腕は頼りになるが俺たちの能力が低いというわけじゃない。きっとやれるさ」
「キリシマに積んである中隊規模のオートワーカーに急遽、特殊部隊仕様のプログラムをダウンロードして臨時の部隊を組んでアビスゲートに送り込む。行き当たりばったりすぎないか?」
「文句ばかり言うな、マック。救助部隊を送り込むには、それが一番最短なんだ。敵は異星人でも宇宙生物でもなんでもやるしかない」
「実は白状すると俺はこういう機会を待ってたんだ。宇宙軍に入ったのも宇宙人から地球を守る為に戦いたかったからなんだ」
「本気か?」
ウォーカーがマックを見る。その表情はにやけていて本気なのか冗談なのかよくわからない。
「ああ、せいぜい樺れよ、ウィル・スミス」
やがて二人は医務室にたどり着いた。
意識を失ったフェルミナの様子を見る為だ。
「先生、ハーカー少尉の具合は?」
眼鏡をかけた船医がウォーカーとマックの方を見た。
「まあ、安定しているといえば安定してる。命に別状はないだろう。ただ……」
「何かあるんですか?」
「おかしいんだよ。脳波は睡眠状態によく似た波形なんだが、前頭葉が活発に活動している」
「えーと、つまり、それってどういう……?」
「体は寝てるのに脳は起きてるってことだ」
「はあ……?」
§
朦朧とした意識の中、自分の状況にフェルミナ・ハーカーは、戸惑っていた。
こぎれいな食卓に座り、目の前には見覚えのない男がいる。いや正確には覚えはないがどこかで会った気がする。
二人は向かい合って椅子に座っていた
「どうした? 食べなのかい? 好きだろ?」
ミスターイエローと名乗った男は右手に持ったナイフでテーブルの上のパンケーキを指した。
確かに好きだったけど……味が思い出せない。
「食べれば思い出すさ」
まるでフェルミナの考えを見透かしてるかのようにミスターイエローは言った。
フェルミナは言われるままにパンケーキを小切りにして口に入れた。
「……美味しい」
思わず口にでる。
「思い出したろ?」
言われた通りだった。口の中に広がる甘さと柔らかい感覚。確かに食べたことがある。
それから二人の慎ましい食事が始まった。
終始無言だった。
やがて皿の上に何もなくなりミスターイエローがナプキンで口の周りを拭く。
「おっと、こいつを忘れていた」
いつの間にか紅茶が注がれたカップがテーブルの上に置かれていた。
「どうぞ」
再び言われるがままにカップを手に持ち口元に近づける。紅茶の良い香りがする。
一口飲むとカップを受け皿に置いた。
「さて、何を訊きたいのかな?」
ミスターイエローは紅茶を飲みながら言った。
「いろいろある」
「だろうね」
「ここはどこ?」
「ああ……フェルミナ。場所なんてどうでもいいだろ。本当はもっと訊きたいことがあるんでは?」
「それは……」
ミスターイエローはフェルミナの言葉を待った。
「宇宙で何が起きてるの?」
「ああ、それそれ。その質問を待っていた」
ミスターイエローはそう言ってカップを置いた。
「別の世界……いや、宇宙からこっちの宇宙へ来たがっている者たちがいてね。そいつらがちょっとした悪さをしている」
「別の宇宙? こっちの宇宙に来たがっている者たちって何?」
突然目の前が真っ暗になったかと思うと体が何もない空間に放り出された。
足元には何もないが落下する感じはない。
暗闇から一転、目の前に信じられない景色が広がった。
宇宙狭しと広がる泡のような生物たち。同一の生物ではない様々な個体だ。挿絵に出てくる悪魔や妖魔と呼ばれるものにも深海の生物にも酷似しているものもいた。それらが喰い合い、殺し合い、さらには分裂を繰り返していた。
星も星雲も異様な生物たちで覆われている。何千光年先も彼らに覆われ、輝く恒星に身を焼かれながらもそれさえも覆いつくそうとしていた。
呼吸は? 餌は?
様々な疑問が頭の中を駆け巡っていた。
そして最大の疑問。
私は彼らを知っている?
「そう……それが最大の疑問だろう」
気が付くと先ほどまでの食卓に戻っていた。
目の前には変わらず薄ら笑いを浮かべるミスターイエローの姿。
「あなたは答えられるの?」
「私はなんだって答えられる。その気になれば宇宙の始まりの事だって答えられる」
「まずは私の事に答えて」
「そうだね。まずはそうしようか。何というか彼らには敵対する存在があってね。何億年にも渡って全宇宙で争い続けている。彼らが敗北することもあれば勝利することもあった」
「それってもしかしたら……」
「そう、私たちだ。ずっと争ってきたんだ。こっちの宇宙をどちらが支配するかをね」
「つまりあなたも私たちの宇宙の者ではないという事じゃないの」
「まあ、そうだね。でもこれでもこちらの宇宙の生ある者たちには寛大だよ。愛してるといってもいい」
「スケールが大きい話だけど、あなた方も“彼ら”のことも私たちは知らない」
「リバイアサン」
「え?」
「魔物……妖精……妖怪、悪魔、神、怪物……様々な呼ばれている超常的な存在。これらは皆、我らや彼らの呼び名なんだよ。君らはずっと昔から私たちを知っているんだ」
どこまで信じていいのかフェルミナは戸惑う。そもそも今は夢を見ているだけかもしれない。だとしたら本を書けそうだが。
「空想上の存在と思っていただろう? 実は私たちも彼らも全てがこちらの宇宙に介入できるわけではない。時折、私たちや彼らの一部がこっちの宇宙に干渉したときの姿を目撃されたのだ。常に努力はしているがこれが中々難しい」
そう言ってミスターイエロー再びカップを手に取り、紅茶を一口啜る。
「別の宇宙を飛び越えるのはなかなか至難の業でね。ちょっとした準備が必要なんだ。なんというか扉を作る事が必要なんだ。そいつはこちらの宇宙で造る事がね。それが難しいんだ。何しろ一部しかこっち側に入り込めないんだからね。だから少し工夫した」
イエローはカップを置いた。
「彼らは自らの血を送り込んだ」
「血?」
「君たち生物遺伝子の中に私たちや彼らの“血”だ。カンブリア紀の生物多様化はどうしてだと思う? 伝説のドラゴンや多くの怪物に恐竜の特徴があるのは何故だ? すべては彼らの“血”が混ざりあった結果だよ」
イエローの話は続く。
「当然、人類にも“血”は混ざり込んでいる。ある者はその自覚があり、ある者は無自覚に。多くの眷属が生まれ、自らの陣営の為に尽くした。多少年月はかかったがようやく扉を造る算段もついたわけだ。君らの言う所の魔術や魔力で魔法陣で彼らの宇宙への出入り口を開く方法も考えだされた。だが、上手くいかなかった。多くが失敗だったが、ようやく彼らは扉を造ることに成功した。今の時代に」
「……アビスゲート? アビスゲートね」
イエローは大正解とばかりに手を叩く。
「でもアビスゲートはワームホールを発生させて星間移動を可能にする装置で別の宇宙へ行くためのものでは……」
「転用できるんだよ。細かい理論の説明は必要かね?」
「いえ、結構」
フェルミナは肩をすくめる。
「つまり、彼らの方が先に扉を開けようしている。そうすれば、彼らがこっちの宇宙になだれ込み全生物を飲み込むだろう」
先ほど見た宇宙を覆いつくす異様な生物の群れ
あれがこっちの宇宙に現れる?
フェルミナは怖くなる。
「心配かい?」
「それは……だってあんなものが地球に……」
「止める方法がある。本体が来る前に扉を壊してしまえばいい」
「アビスゲートの破壊ってこと?」
「そのとおり! 簡単だろ?」
簡単であるわけがない。
全長10kmを越える建造物がそう簡単に破壊できるものではない。そもそもアビスゲートを防衛しているのはフェルミナが所属する連邦統制軍の航宙艦隊なのだ。
「あなたの言う事が本当だとして……まあ、これが夢でないと前提してだけど、私にはどうすることもできない」
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