深淵から来る者たち

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21、予期しない出来事(前編)

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 作業ポットは直径3.5メートルのマシンだ。
 正面には折り畳み式のロボットアームが備え付けてあり、あらゆる作業に対応できるようになっている。
 それが3機ほどのチームになって作業が基本だ。
 その日も多くの作業ポットが宇宙空間での外壁作業に勤しんでいた。
 異変に気付いたのは、534枚目のパネルを取り付け終えようとした時だった。第6核融合炉エリア付近で爆発が起きたのだ。
 拡散した破片が作業ポットチームのところまで飛んできた。
「第6核融合炉付近で爆発を確認した。破片がこっちまで飛んできている。作業を中止する」
 スラスターを噴射して方向を変えると作業ポットは搬出口へ向かおうとした。その時、オペレーターは画面に太陽光に照らされた何かが映った。
 目を凝らしてその何かを見てみると錯覚かと思う物体が浮かんでいる。
 見たこともない戦闘用らしき宇宙艦。それを追う巨大な物体。宇宙船ではない。巨大な生物に見える。いや、生物の一部にしか見えなかった。
 例えるなら軟体動物の触手。おそらく百メートルはあろう宇宙艦を触手に酷似たものが捉えようしているのだ。
 オペレーターはその状況に目を離せなかった。
 自身が見ているのが現実なのか、酸素欠乏による幻覚なのかわからない。一応、生命維持装置を確認してみたが装置は正常だ。
 ヘルメットのシールドに表示されるバイタルサインの数値は上昇している。彼は動揺しながら画面に目を戻した。
 巨大な触手が追っていた宇宙艦に届きそうになった時だ。触手の根本の宇宙空間が閉じ始めた。触手が切断され同時に耳を塞ぎたくなるほどのノイズが飛び込んできた。
 痛みと怒り
 頭の中に流れ込んできたのはそんな感情だ。
 ノイズを止めようと通信のスイッチをオフにする。だが負の感情だけはそのまま頭に流れ続けた。
 それ以上続いたら気が狂ってしまうと思った時、ようやくノイズは止まってくれた。
 画面では宇宙艦は宙域から離れ巨大な触手は宇宙空間でのたうち回っていた。

          §

 ノイズが収まった後、アビスゲートでは異常が起きていた。
 ザビーネは理解できない現象に驚き、急いでシステムのチェックを始める。
「一体なんだ? 何が起きてる?」
 行くべきでない場所に仮設融合路のエネルギーが送り込まれている。それが引き金になり、生き残った5つの核融合炉が稼働の準備を始めていた。コントロールルームからではない。メインフレームから直接の命令だ。
 あり得ない!
 ザビーネはメインフレームにアクセスしようとしたが遮断されている事に愕然とする。
 核融合炉の作動はずっと後の予定だった筈だ。
 それが破損した一基を除き、全てが稼働を始めている。しかも勝手にだ。
 そして発生した膨大なエネルギーはワープゲート装置に流れ込んでいるのだ。
 メインフレームのシステムに何かが侵入してコントロールを奪ったってことなのか?
 いや……命令しているのは上位に存在しているシステムだ。だが、私はこんなシステムの存在など知らない。いつの間に構築されたんだ?
 ザビーネは頭を抱えた。
 それよりこれを止めないと……端末からの操作は無理。それなら……。
 ザビーネは席を立つとメインフレームへ向かった。

          §

 厳重なセキュリティードアを抜けるとメインフレームにたどり着いた。
 最後のドアを開けて中に入ったザビーネはその様子に驚いた。
「これは……?」
 立ち並ぶサーバーに見たこともない何かが植物の根のようなものが絡みついている。
 これのせいなのか?
 ザビーネは恐る恐る得体の知れない物体に近づいた
 表面には血管のようなものが浮き出ておりそれが脈打っている。
 これがどうやってコンピュータに影響を与えているのかすぐには思いつかなかった。だが答えは簡単だ。こいつが影響を及ぼしているなら遮断すればいい。つまり引きはがせばいいのだ
 ザビーネは周囲を見渡して道具になるようなものを探した。
 ガラスケースに収まった防災斧を見つけると中から取り出した。
 太い触手を叩き切ろうと斧を振り上げた時だった。背後から忍び寄ってきた何かがザビーネの手足に巻き付いた。
 突然の感触にザビーネは思わず悲鳴をあげる。巻き付いた何かはそれに反応するかのように腕を締め上げた。
 痛みで握っていた斧を床に落としてしまう。
 痛みをこらえて手足を締め付けるそれを見るとコンピュータに絡みついているものと同じものだ。
 必死に振りほどこうとしたがそいつはびくともしない。それどころかより締め上げてくる。
 助けを呼ぼうと目の前の端末に手を伸ばした。なんとかキーに触れると端末を操作した。すると画面に何かが映り込んだ。
 よし……これで警備チームを呼んでなんとか……
 だが繋がったのは警備チームではなかった。映し出されたのは、どういうわけかザビーネの上司だ。
 慌てて操作したせいか無意識に上司につなげてしまったのかもしれないが、今はそんな事に迷っている場合ではない。ザビーネは映し出された上司に助けを求めた。
「助けてください! メインフレームで異常が発生してます」
「異常?」
 上司は無表情で反応した。
「そうです! 何かが侵入してアビスのコントロールを奪った。いや、今はそんな事を説明している場合じゃない! 至急、武装した保安部員をよこしてください!」
「それは必要ない」
「よく調べてみればわかります。おそらくセキュリティに異常が見つかるはずです」
「君はよくわかってない」
「私はアビスゲートのすべてを理解しています」
「いや、全てではないな」
 動く根がザビーネの体を引きずり、コンピュータ端末から引き離した。
「助けて!」
 身体が立たされると一本の根が目の前に伸びる。
 先端がザビーネを探るように這う。そして肉食性の動物が威嚇するかのようにせりあがったかと思うと鋭い先端がザビーネの腹に突き刺さった。ザビーネの叫び声がメインフレーム内に響く。
「ザビーネ、大丈夫か?」
 スピーカーから上司が冷静な声で尋ねる。
「た、助けて……腹を刺された」
「心配するな」
「ふざけるな……」
「君は忘れている」
 忘れている? こんな時に彼は何を言っているんだ?
 ザビーネは、上司の言葉に苛立つ。
「そろそろ思い出す頃合いかもしれないな、ザビーネ」
 上司は言葉を続けた。
「出血はしているか?」
「あたりまえだ……寝ぼけたこと言うな」
「そうかな? もう一度よく見てみたまえ」
 怒りを覚えながら刺された腹を見ると血は流れていなかった。
「もうひとつ聞きたいんだが、刺された体に痛みはあるかね?」
 言われたとおり確かに痛みも感じていない。
 重症すぎるからなのだろうか? それとも血を流し過ぎたせい? もしかしたら脊椎を痛めたせいかのかも……
 混乱したザビーネだったが必死に頭に推論を浮かべる。
 上司はさらに言葉を続けた。
「最後に聞きたいんだが、今の君に起きている事は現実なのかね?」
「もしかしたら私は幻覚を見せられているのか?」
「そういう意味ではない」
 淡々と言葉は続く。
「言い方を変えようか。君は……君自身のが現実だと思っているのか?」

          §

 アビスゲートの管制室では、混乱していた。
 謎の敵から核融合炉に攻撃を受け、さらに設置したばかりの他の核融合炉が勝手に作動を始めているのだ。
「何の誤作動だ! 爆発の影響なのか?」
 管制室で外壁建設を指揮していた主任が状況を把握しようと問いただす。
「物理的衝撃が原因ではありません。どうもメインフレームに誰かが侵入して”ザビーネ・システム“のコントロール権を奪ったようです」
「ハッキングか! くそっ!」
 主任はモニターを見ながら舌打ちする。
「コントロール権を取り戻せるか?」
「やってみますが……何とも。時間は掛かります」
「とにかくやれ! ハックしてきたクソヤローを叩き出せ!」
「わ、わかりました!」
 システムオペレーターが端末を操作し始めた。
「全エリアに緊急警報! 外部で作業しているユニットはすべて回収しろ」
 主任は部下たちに指示を出しながらモニターで稼働を始めてしまったシステムの様子を見守った。
「主任!」
「今度はなんだ」
 うんざり気味に呼びかけてきた部下を見るとその顔から血の気が引いていた。
「ワームホール発生装置が……ワームホール発生装置が作動を開始しています」
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