深淵から来る者たち

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20、深淵からの来る者たち(後編)

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 アビスゲートの第6核融合炉はミサイルの直撃を受け爆発を起こしていた。
 溶けた金属とプラスチックの破片が宇宙空間に飛び散っていく。
 爆破の衝撃はアビスゲートをも揺らした。一時、軌道を僅かにずらしたが自動軌道修正システムが感知し、各所のスラスターを作動させていく。
 成果を見守っていた次元潜航艦アブデュルハミトでは次の攻撃の準備をしていた。
「よし、成功だ。いいぞ。次は第5核融合炉ユニットを狙う」
 エメリッヒ・トップ大佐の指示と同時に戦術士官が事前に入手していたアビスゲートの構造情報から他の核融合炉の位置を特定する。
「射撃位置に移動。2番管、3番管装填開始」
 次元潜航艦アブデュルハミトは最適な発射位置につけるために移動を始めた。宇宙の側からはそれさえも気づかない。
 アビスゲートの周囲に展開する航宙駆逐艦の艦隊では突然の攻撃に混乱していた。さらに艦隊を混乱させたのは至近距離からの攻撃に関わらず敵艦の姿を捉えられない事であった。どの艦でもレーダーオペレーターたちが必死で敵艦を探す。
 駆逐艦は攻撃された第6核融合炉に接近したが、そのせいで防御態勢のフォーメーションを崩してしまう。それは次元潜航艦に攻撃のチャンスを与える事になった。
「これで射線軸がクリアになりました。馬鹿な連中です」
「そうせざる得ないのさ。敵は先程の発射位置に我々がいると思っている。次は、第3核融合炉を狙うぞ」
 エメリッヒ・トップ大佐は次の指示を出した。
 次元潜航艦アブデュルハミトは静かにその位置を変えていった。
「照準ロック」
「対艦ミサイル発射準備完了!」
 戦術士官が目標に狙いを定めた時だった。次元空間の状態をモニターしていたヘクター・モラレス二等兵曹が予想していない報告を上げた。
「アビスゲート周辺空間に異常干渉あり! 目標に近い位置です!」
「照準に影響が出るほどか?」
 その報告に艦長がヘクター・モラレス二等兵曹を問いただす。
「おそらく通常宇宙空間との軸線には多少の影響はあると思います」
「爆発の影響でしょうか?」
「……わからんな。潜航次元には未知の部分が多い。戦術、命中精度は?」
「恐らく70から80%まで落ちると思います。ですが宇宙空間への吐出位置に距離を取れば対艦ミサイルの軌道修正プログラムがうまく作動するはずです。そうすれば命中率は正常値に近くなります」
「では、それで行こうか。次元吐出距離は……」
「5,000mが適当かと」
「次元吐出位置を目標より5,0000mの位置で再入力しろ」
「“ビッグ・アルファ”で異常確認!」
 再び、次元空間のモニターしていたヘクター・モラレス二等兵曹が報告を上げる。
「爆発の影響か? 大きさの割に意外と脆いものだな」
「次元空間への異常干渉がさらい広がっています」
「原因は?」
「確定はできませんが、“ビッグ・アルファでの核融合炉の爆発が空間に何らかの影響を与えているのかもしれません」
「どうします?」
「ただちに攻撃開始。2番管、3番管続けて発射。発射後、急速反転離脱する!」
「2番管、3番管発射」
 命令が復唱され対艦ミサイルが発射された。潜航次元の中を第3核融合炉を目指し進んでいった。
 だが、ミサイルが次元干渉に近づいた時だった。
「ミサイル、ロスト!」
「何が起きた?」
「わかしません、艦長! さらに次元の異常干渉がさらに拡大……いえ」
「どうした?」
「訂正します。拡大ではありません。干渉は移動しています!」
「移動? 移動とはどういう事だ?」
「わかりませんが、言葉の通り次元干渉が移動しているんです」
 ヘクター・モラレス二等兵曹は泣きそうな声でそう言った。彼にも理解できない現象らしい。
 エメリッヒ・トップ大佐と副官がモニター画面を覗き込む
「この周波が移動していんです」
 モラレス二等兵曹が波形を指差した。
「……確かに移動してるように見えるな」
「ええ、それも本艦に近づいているように見えます。こいつがミサイルに何かしたのかもしれません」
「宇宙空間に何か起きてるか?」
「何もいません。航宙駆逐艦も小型艦、ドローンも確認できません」
「つまり、宇宙空間から何かをしたのではなく、潜航次元内で“何か”がミサイルをロストさせ、さらにそいつは本艦に接近している……という事か?」
「この次元内に我々以外の何かがいるということでしょうか? 我々以外にも次元潜航艦があるのかも」
「さらに接近中!」
 艦長は、嫌な予感がしていた。
「急速浮上する!」
「周りは敵艦だらけです」
「構わん、浮上だ」
 トップ大佐は命令した。
 近づいてくる“何か”は危険な存在だと彼は直感で理解した。
 この“何か”と接触したら、とてつもなく悪い事が起きる。
 そんな直感だ。

 宇宙空間に水面に浮かぶ油のような光が現れる。
 そこから次元潜航艦がその船体を現した。
 何もない空間から突如現れた船体の一部を航宙駆逐艦隊のレーダー網も感知したが、大佐はそれも気にとめない。
「急速浮上! 早く宇宙空間に出ろ! いそげ!」
 エメリッヒ・トップ大佐は感情的に怒鳴った。沈着冷静な艦長のいつもと違う態度に部下たちに緊張感が漂う。
 次元潜航艦が船体全てを宇宙空間に露出しようと時だった。宇宙空間に開いた空間の穴からアブデュルハミトを追って空間から何かが飛び出してくる。
 それは航宙艦並の巨大なものだった。だが航宙艦ではない。いうならば触手だ。生物が捕食の時に使う触手そのものだった。
 触手は宇宙空間に姿を晒した艦に巻き付こうとする。艦内に異常な振動が起きた。
「何かが船体に接触しました!」
「デブリか?」
「いえ! 正体は不明! 別のものです」
「出力全開! 全速離脱!」
 トップ大佐が命令する。
 宇宙空間に船体を出したアブデュルハミトが通常空間用の推進エンジンをの出力上昇させ加速した。船体全部が宇宙空間に出ると同時に潜航次元に繋がる空間の穴は閉じ始めていく。
 閉じていく空間の穴に追ってきた巨大な触手が切断された。切断面から黒い煙の様な物質が周囲の宇宙空間に飛び散るように拡散した。
 同時に周辺の宇宙空間に電波に異常な巨大ノイズが入り始める。
 それは“叫び”のように宇宙空間に響いていた。


 爆発の後、瓦礫の中からカーターが意識朦朧で立ち上がった。
 周りを見渡すと破壊された機材と瓦礫が散乱している。
 一部で小さな火災を起こしていたが煙が流れていかないところをみると空気の流出はなさそうだ。
 一部のコンピューターが生きているのに気がつく。
 これなら、消火装置も動くかもしれないな、とカーターは楽観的に思う。
 足元を見るとサヤが倒れていた。カーターが覆いかぶさったおかげで大した傷はなさそうだ。
 彼女も意識を戻し、ゆっくりと身体を起こした。
「大丈夫かい?」
 カーターが手助けした。
「ええ……」
 サヤは力なく答えた。コンピュータ端末を操作していた時とはまるで別人だ。
「この爆発、君がやったのか?」
「違う……わたしはまだ何もやっていない」
 首を振って否定するサヤ。
「なら、何故爆発が?」
「たぶん、アビスゲートが攻撃を受けたのかも……私は間に合わなかった」
 その時、警報と一緒にアビスゲートのワームホール装置の始動シークエンスのアナウンスが流れ始めた。
「アビスゲートが動くのか? こんな時に?」
 サヤは唯一生きているコンピュータ端末の画面を覗き込んだ。
「おかしい……」
「どうしたんだい?」
「誰かメインフレームに侵入してシステムを勝手に動かしているんだわ」
 始動シークエンスを伝えるアナウンスがカウントダウンを始める。
「私はこれを止めようとしていたのに……」
 サヤは小さく呟いた。

 一部の動力炉を破壊されながらもアビスゲートが作動し始めていく。
 リング状の巨大な物体の中央が輝き始めていた。ワームホールが開き始めたのだ。
 周辺の意中が光に包まれていった。

 同時刻
 火星軌道上の連邦統制軍衛星要塞トブルク
 トブルクで48時間の休暇に入ろうとしていたミナたち航空小隊のメンバーがキリシマから下船を始めていた。
「まずは美味い食事だ。トブルクの食堂は火星直送の食い物が食えるって話だぜ」
「火星産のジャガイモとか?」
「俺は人工じゃない肉が食いたい」
「ミナはどうなんだ?」
「私は……」
 ミナが言いかけた時、突然激しい頭痛に襲われる。
 倒れそうなったミナを大尉が受け止めた。
「大丈夫か? ハーカー少尉」
 ミナの表情は虚ろだった。まるで何かが取り憑いたかのようだ。
「何かが……何かが宇宙で起きてる」
 ミナはそう独り言のように呟いた。
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