深淵から来る者たち

zip7894

文字の大きさ
上 下
1 / 39

1、月面演習区域

しおりを挟む
 西暦2199年10月21日
 月面上トップガン養成演習区域

 静寂と暗闇
 フェルミナ・ハーカーはこの空間が好きだった。
 暗闇の中に吸い込まれ意識と身体が別々になるようなそんな感覚。ふと自分の状況を忘れそうになる。
 彼女はこの僅かな時間を楽しんでいた。
「セイバー・ツー」
 通信が入るまで。
 スリープモードにしていた生命維持装置以外を装置を慌ててオンにした。
『セイバー・ツー、何かトラブルか?』
 フェルミナは一息深呼吸をすると通信に応答した。
「問題ない。偽装していただけ」
 苦しい言い訳だった。
『偽装? 今、偽装って言ったか?』
 予想通りの反応だったが追求はされたくない。
「戦闘に戻る。通信終了」
 一方的に通信を終えるとフェルミナは80式空間戦闘機の推進スロットルを上げた。

 模擬戦闘宙域に戻った早々、敵であるレッドサイドの機体を見つけた。
 80式空間戦闘機が2機、月面地表近くを飛行している。
 相手もフェルミナの機体に気がついたようで急上昇を始めていた。
 フェルミナのブルーサイドはすでに多くが撃墜判定を受けて離脱している。僚機だった2機も対空ミサイルにマークされ撃墜判定を受け離脱していた。フェルミナは、もはや孤立無援といっていい。
「アルファ・ワン、周辺に他の敵機はいないようだ。どうやら相手は1機らしい」
「こいつが今日最後の獲物になりそうだ。一気に平らげようか」
「アルファ・ツー了解」
 レッドサイドの80式ハチマルの2機編隊がフィルミナに襲いかかった。
「アルファ・ツー、こいつは、お前に譲る。はまかせておけ。」
「了解! アルファ・ワン」
 先陣を切ったアルファ・ツーは、フェルミナの機体の背後を目指し急接近していく。
 フェルミナはロックオンを避けるために機体を大きく切った。機体が大きく旋回していく。強烈な加速Gだったが耐えれないほどではない。
 だがフェルミナ機の後方についた敵機はぴたりと飛行をトレースしてきた。
 良い腕だ、とレーダーを横目に見ながらフェルミナは思った。流石に集団空間戦を勝ち抜いただけの事はあるパイロットだ。
 食いついてくる敵機を振り切ろうと必死で機体をロールさせてみるが相手も冷静だった。無駄なコースのトレースを無視して確実に距離をつめてきたのだ。
 しかもその僚機はアルファ・ツーがフィルミナ機を見失えば、すぐさまフォローできるように適度な距離をとって追尾しきている。
 レーダーが照射されコンピューターが照準のロックをかけ始める。
「いただきだ!」
 昇順のロックオン。勝利を確信したパイロット。このドッグファイトは、わずか数秒で勝負がついかに思われた。
 だがフェルミナの機体はロックオン寸前で機体をロールさせる! かと思うと信じられない角度で方向変転を決めたのだ。方向転換用のスラスターと逆噴射させてたスラスターを微妙に操作しての荒業だった。通常の旋回よりも加速Gは高く身体が押しつぶされそうになる。それを堪えて機体の方向を180度転換させてみせた。
 敵機はフェルミナ機が目の前の光景が一瞬、CGかなにかではと思ったほどだった。
 ロックオンから逃れたフェルミナ機は猛然と敵機に突っ込んでいく。
「う、嘘だろ?」
 相手機は慌てて衝突を避けようと操縦桿を傾けた。だがフェルミナのボタンを押す方が早かった。相手機に命中判定がくだされる。
 後方からバックアップについていたアルファー・ワンは一瞬、別の機体が現れたのかと錯覚していた。慌てて追尾しようと機体を傾けた時にはフェルミナ気を見失ってしまう。
「どこへいきやがった!」
 パイロットがコクピットの中で周囲の宇宙空間を見渡していたその時、ロックオンのアラームが鳴り、続けて撃墜判定のコールが入る。
「ああ、くそっ! やられた!」
 アヅファ・ワンのパイロットは思わず悪態をつく。
「こちらアルファ・ツー。撃墜された。離脱する」
「アルファ・ワン、同じくだ」
 撃墜判定を受けた2機はルール通り敗北宣言の後、戦闘宙域から離脱していく。
 宇宙空間は再びフェルミナの80式だけになっていた。
 フェルミナは、再び静寂と暗闇の世界に浸る


 月面の管制基地では、二人の士官がモニター越しに戦闘訓練宙域でのドッグファイトを観戦していた。
 一人は体格の良い長身の男で腕組みしながらモニターを眺めている。もうひとりは椅子に座り、コンピュータ端末に見届けた模擬戦闘の評価採点を入力していた。
「一瞬で2機撃墜か。良い腕だな」
 席の後ろに立つクエーツ少佐は興味津々でそう言った。
 採点を続けながら月面上トップガン養成所教官のタカギは肩をすくめる。
「まあ……ドッグファイトならあいつは、今期のトップクラスだよ。少し問題はあるがね」
「問題?」
「哨戒中に僚機との接触事故をしてな。どうも状況によってメンタルが少し不安定になる時がある。そいつは技術面にも影響が出てる」
 そのあとクエーツはしばらくドッグファイトのリプレイ映像を見ていた。
「気に入った。こいつをもらおうか」
「おい、おい、まだ訓練期間中だぞ」
「こいつにこれ以上、何を教えるってんだ? 不足していることは俺が教え込む。だからうちのチームにまわしてくれ」
「相変わらず強引な奴だ」
 タカギ少佐は、旧友のリクエストにうんざり気な表情を見せた。
「決断が早いんだよ。ドッグファイトと同じさ」
「なんだ、現役自慢か? どうせ俺は引退したロートルパイロットだよ」
「ひがむな、。とにかく俺のチームにくれ」
 タカギはもう一度肩をすくめた。
「了解、少佐。手続きしておく」


 数時間後、フェルミナのアカウントに司令部からメールが入った。
『フェルミナ・ハーカー少尉。航宙巡洋艦キリシマへの異動を命じる』
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

全ての悩みを解決した先に

夢破れる
SF
「もし59歳の自分が、30年前の自分に人生の答えを教えられるとしたら――」 成功者となった未来の自分が、悩める過去の自分を救うために時を超えて出会う、 新しい形の自分探しストーリー。

性転換マッサージ

廣瀬純一
SF
性転換マッサージに通う人々の話

自衛官、異世界に墜落する

フレカレディカ
ファンタジー
ある日、航空自衛隊特殊任務部隊所属の元陸上自衛隊特殊作戦部隊所属の『暁神楽(あかつきかぐら)』が、乗っていた輸送機にどこからか飛んできたミサイルが当たり墜落してしまった。だが、墜落した先は異世界だった!暁はそこから新しくできた仲間と共に生活していくこととなった・・・ 現代軍隊×異世界ファンタジー!!! ※この作品は、長年デスクワークの私が現役の頃の記憶をひねり、思い出して趣味で制作しております。至らない点などがございましたら、教えて頂ければ嬉しいです。

MMS ~メタル・モンキー・サーガ~

千両文士
SF
エネルギー問題、環境問題、経済格差、疫病、収まらぬ紛争に戦争、少子高齢化・・・人類が直面するありとあらゆる問題を科学の力で解決すべく世界政府が協力して始まった『プロジェクト・エデン』 洋上に建造された大型研究施設人工島『エデン』に招致された若き大天才学者ミクラ・フトウは自身のサポートメカとしてその人格と知能を完全電子化複製した人工知能『ミクラ・ブレイン』を建造。 その迅速で的確な技術開発力と問題解決能力で矢継ぎ早に改善されていく世界で人類はバラ色の未来が確約されていた・・・はずだった。 突如人類に牙を剥き、暴走したミクラ・ブレインによる『人類救済計画』。 その指揮下で人類を滅ぼさんとする軍事戦闘用アンドロイドと直属配下の上位管理者アンドロイド6体を倒すべく人工島エデンに乗り込むのは・・・宿命に導かれた天才学者ミクラ・フトウの愛娘にしてレジスタンス軍特殊エージェント科学者、サン・フトウ博士とその相棒の戦闘用人型アンドロイドのモンキーマンであった!! 機械と人間のSF西遊記、ここに開幕!!

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

処理中です...