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黄昏の王

8、黄昏の王(前編)

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 稲光が夜の森を照らした。
 唯一通された車道は、アスファルト舗装ではなく、雨に濡れた土はぬかるみ、悪路となっていた。
 そこをランドローバー製の戦闘車両を先頭と最後尾に配し、車列が進んでいた。
 溝の深いタイヤが水溜まりの泥水を跳ね飛ばしていく。
 道が直線になると同時に目的地である城が見えてきた。
 マニック・カースル城は、城のに入り込むことはできない。
 城が許した者たちだけだ。
 彼らは城が自ら招き入れた者たちである。

 その夜、マニック・カースル城は、厳戒態勢に入っていた。
 城に通じる森庭に潜む妖精は騒めき、地下に隠れた精霊たちは浮足立っていた。
 誰が来るのか? 何者か?
 雷鳴と共に近づいてくるその者こそ、その者。 
 生者が恐怖し、死者が付き従う者。
 それは、黄昏の王。
 不死の怪物である。

 敷地に入ると設置された照明設備が車列を照らし出す。
 恐ろしい形相のガーゴイルの口から雨樋の水をもの凄い勢いで吐き出していた。
「“ビショップ”、到着した」
 車両が近づくと巨大な城の門がゆっくりと開かれていく。
 速度を落とした車列が中庭に入ると武装した部隊が重装備で待ち構えていた。
 車列の中央にいたトラックから特別なボックスが降ろされる。ボックスの表面は、厚いチタン合金で作られ、扉には電子ロックで施錠されていた。重量がある為、フォークリフトで慎重に降ろされていく。
 雨の中、城から部隊が出てきた。
「輸送任務、ご苦労」
 リーダーと思しき男が言った。
「後は、我々が引き継ぐ」
 囚人の収容されたボックスはフォークリフトに持ち上げられ城の中に続く大き目な出入り口に運ばれていた。
「では引き渡しの書類にサインを」
 SASの隊員が書類を差し出し、男はそれにサインした。
「興味本位で聞くんですが、この囚人は……ヴィルヘルム・フォン・ヴァイストールとは何者です?」
 SAS隊員の質問に男は、にやりとする。
「知らない方がいいぞ」

 城の中に運ばれた収容ボックスは、専用の輸送エレベーターに乗せられる。
 周囲は、その中にはアサルトライフルで武装した黒づくめの特殊部隊が取り囲んでいる。魔術犯罪捜査機関ユースティティア・デウスの実動部隊だ。警察や軍の元特殊部隊で構成されていて魔術や魔法が引き起こす特異な現象に対処する。とはいえ、魔術に対して直接の対応はできない。魔術で呼び出した異界の生物への対応や魔術を封じられた魔術師や錬金術師を確保するのが主な任務だった。
 マルティン・ミュラーがGSG9からスカウトされて2年が経っていた。
 摩訶不思議な現象には、いまだに慣れない。部下たちは、何か起きれば、いつでも対処できるようにG36Cに安全装置はかけていない。
 とはいえ、ミュラーも、強力なG36Cで武装した隊員たりも密室になったエレベーターの中にいるのは緊張していた。
 防弾ガラス越しに中をちらりと見る。
 中には拘束具で身を包んでいる囚人が椅子に座っている。顔は、怪我をしているのか包帯で覆われ、目元しか出ていない。突然、その目がぎょろりと隊員の方を見る。驚いた隊員は、小窓から離れた。
「どうした?」
 気が付いたミュラーが部下に声をかけた。
「いや、別に……急に動いたから」
「そりゃ、生きてるからな」
 そう返された隊員は、少し離れるとライフルのグリップを握り締めながら思う。
 生きてる? 本当にそうだろうか? あの目は生きた人間の目ではない。
 濁りきった眼球は死人のものに思えた。それと彼が驚いたのは囚人がこちらを見たからだけではない。眼球と瞼の間から一瞬、何かが這い出たように見えたからだ。例えるなら昆虫の脚のようなもの。まるで蟲が瞼を掻き分けて這い出るように思えたのだった。
 ちらりと扉に目をやる。
 ヴィルヘルム・フォン・ヴァイストール
 ボックスの扉には、そう刻印されていた。

 やがて下降していたエレベーターが地下に到着すると、待機していたフォークリフトがボックスを持ち上げる。
 地下は古い石壁に覆われていた。
 天井から明るい照明で照らされ、所々に何かの機械が設置されている。
 待ち構えていた職員が壁の一つに刻まれたルーン文字の呪文を指でなぞると、壁の一か所が開いていく。その奥は、暗闇に覆われ、先が見えない。
 フォークリフトが、そこに向かっていく。
 その時、ボックスの継ぎ目を突き破り触手が伸びた。触手は運転する作業員をがっしりと捕まえると放り投げた。
「撃て!」
 気が付いた隊員たちが触手を狙ってアサルトライフルで射撃する。
 しかし5.56x45mmの弾丸を受けても触手は動じず、さらに獲物を探しているかのように動いている。
「電流を流せ! 急げ!」
 ミュラーが叫んだ。
 太いケーブルを持った隊員がボックスに備え付けてある差込口に近づこうとしたが触手に叩き飛ばされる。ミュラーは、床に落ちたケーブルを拾い上げるとボックスに駆け寄った。だが、そこへ暴れまわる触手の一本が伸びてきた。その先端は、金属のように尖っている。突き刺されれば致命傷だろう。ミュラーは、覚悟した。
 その時、ミュラーを守るように炎の柱が立ち上る。触手は火柱をのけぞる様に避けだ。
 その間にミュラーは、ケーブルのソケットが差し込まれ、スイッチが入られた。
 触手は一瞬、痙攣するように見えたが、動きは止まらない。
「まだだ! まだ上げろ!」
 ダイヤルがいっぱいに回され、電圧が最高レベルになって、ようやく触手がボックスの中に逃げ戻っていく。
「よーし、いいぞ。今のうちに回廊に押し込め!」
 石壁が開き、ボックスを押し込むフォークリフトが中に全速力で押し込む。
「いまだ!」
 石扉が閉じ、石壁はもとに戻った。
 周辺に静寂が戻った。
 取り囲んでいた特殊部隊の隊員たちは、ようやくライフルを下げたのだった。

「危なかったね、ミュラー隊長」
 タチアナが階段から降りてきた。
「バリアントか。助かったぜ。借りができたな」
「局長に様子を見てくるようにいわれてね。意味がわかったよ」
 タチアナが閉じられた石壁を見た。
「なんなの? あれ」
「最優先手配犯だ。こいつを捕らえるのにアルファチームが出動したが、被害が甚大だったらしい」
「魔術師かい?」
「違うが正直、まだ捜査中でよくわからない。こいつが何を目的にしていたのか、何になろうとしたのか……ただ、わかっているのは、こいつは自分の理想の身体を手に入れる為に罪のない善良な人たちを大勢、犠牲にしたクソ野郎ってことだ」
「一体、何を?」
「どうやったか知らんが、得体の知れない魔物の細胞を自分の体に移植しまくったんだとさ」
「魔物の細胞を?」
「ああ。信じられない話だよ。見た目は人の形はしていたが、中身は、ほぼ魔物だ、まったく……ありえんよ」
「ミュラー隊長、その話を詳しく聞かせてもらえない?」
「あ? ああ、俺より当事者に訊くといい。アルファチームの生き残りがいる」
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感想 1

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みんなの感想(1件)

スパークノークス

お気に入りに登録しました~

zip7894
2021.11.08 zip7894

スパークノークス様、お気に入り登録ありがとうございます!
(返信遅くてごめんなさい。全然気がついてなかったです)

解除

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