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異世界でも流され性格は直らない!?

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「悪いけど…明日から来なくていいから…」

歯切れの悪い言い方で、バイト先の店長にクビを言い渡された。

(まぁ、自分より年上の人間をクビにするのは言いづらいよな…)

他人事の様に思いながらバイト先からの帰宅し、狭いアパートで買ったばかりのゲームをビールを飲みながら始めた。

(今日はなんか集中出来ないな…)

どのゲームをしても楽しめず、おかわりのビールを取りに行くが冷蔵庫はカラになっていた。

「買いに行くか…」

アパートから出てコンビニに向かう途中、けたたましいブレーキ音に驚いて振り向くと事故を起こしたであろう車が一台はガードレールに突っ込んで、もう一台は勢いよく男に向かって来た。

ドン!!

鈍い音に続いて激しい痛みが襲ったが、その痛みもすぐ感じなくなり意識を失った。


「…ヘッキション!」

寒さと自分のくしゃみでめを覚ますと、白い雪が積もる草原にいた。
ボーッと周りを見渡すと、見た事のない景色に…

「雪なんて久々に見たな。」

(???)

呟いた声が異様に高く可愛らしいく、驚き喉に手を当てると喉仏は無く、下を向くと胸が大きく膨らんでいて、手足は白く細くなっていて腰はクビレている。
暫らく考えた結果…

「よし!これは夢だな…事故に巻き込まれて、俺は今頃病院のベッドで寝てるんだ!」

誰もいない草原で、自分に言い聞かせる様に声に出して納得しようとしていた。
取り敢えず、夢とは言え誰かいないかと歩きだした。

(夢にしては寒くないか?)

疑問が出てきたが気のせいと思う様にした。
歩き続けて森の中へと入っていく、晴れているので森の中は思いのほか明るく歩きやすかったが、少し疲れてきた。

「ふぅ~、ちょっと疲れたな…夢だけどな!」

木々の間からキラキラと木漏れ日を見て、

「こういう所でデートすると清楚系のキャラは好感度上がるんだよなぁ…」

……

「夢の中じゃムリだけどね!」

やたら夢オチを押すが、薄々夢じゃないのでは?と感じ始め、必要以上に一人で喋っていた。
気を取り直して歩き出そうとした時、RPGでお馴染みのゴブリンが出現した。
お互い様子をうかがう様に動けずにいると、更に二匹増えた。
ゴブリンは数が増え、ちょっと強気になりニヤリと笑いながら近づいてきた。

ギギギィ…

震える足に力を入れ逃げたが、しかし回り込まれた!

「こういうのは勇者だろ!せめて冒険者とか剣士にしてくれよー!?」

(武器も何も無い時は、魔法で倒すもんだよな!!)

焦りながらも、ジリジリと迫って来るゴブリン達に手をかざし呪文を唱えた。

「ファイアー!!」

手のひらから何か出る筈も無く、自分の手のひらを見ながら叫んだ。

「アレか?1か、俺はレベル1なのか!?」

そうしている間にもゴブリンは迫り、お手上げ状態に逃げるしかなく、スカートをたくしあげ走り出し、森の中を逃げ回った。
暫く走ってから後ろを見て吹き出した。

「ぶっ!増えてますけど~!!」

いつの間にか五匹に増えていた。
グルグルと慣れない森の中を走り回って、体力の限界が近づいてきて焦り、足がもつれ転んでしまった。
そしてゴブリン達に囲まれ逃げ場がなくなると、一斉に飛びかかってきた。

(俺、死んだな…)

目をつぶって覚悟を決めたが、ゴブリン達が手を伸ばし躰をまさぐり始めた。
呆気にとられ固まっていると、服の上から胸を揉んだり、尻を撫でられてゾワゾワと寒気がしていると、スカートをめくり太ももを舐めるゴブリンを見てキレた。

「俺だってまだそんな事した事ないのに、お前らがすんなぁー!!」

大きな声にビビったゴブリン達を突き飛ばし、払いのけながら走り出した。
ゴブリン一匹づつなら小柄なので、女の子の力でも突き飛ばすくらいなら出来たが、転んだ時に足を痛めた様で地面に足がつく度激痛が走った。
そして、突き飛ばされた事に腹を立てたのか、今度は容赦無くゴブリン達が襲って来た。
ナイフを構え飛びかかってきたのを見て、頭を抱えながら悲鳴を上げた。

「イヤー!!」

ナイフを構えていたゴブリンが動きを止めた。そしてそのまま倒れた。
よく見るとゴブリンの頭に矢が刺さっていた。
するともう一匹も、短い悲鳴を上げ倒れた。

ガサッガササッ…

藪の中から弓を構えた男が現れ、あっという間に残りのゴブリンもやっつけた。

「大丈夫か?」

まだ幼さの残る顔だが、なかなかのイケメンが心配そうに覗き込んだ。

「…なんとか、大丈夫です…」

それよりも、足が痛む事にショックを受けていた。

(マジで痛い…夢じゃないなんて!?)

「ケガしてるの…見せてくれるかい?」

男に言われ、スカートをめくり太ももをあらわにして足をみせた。

「ぶっ!!」

男は真っ赤な顔でそっぽを向き、

「…あの、ケガした所だけ見せて…スカートはめくらなくていいから。」

(これは申し訳ない、純情な青年には刺激が強かったか…)

捻挫した足首の手当てをしてもらった。

「ありがとう、危ないところを助けてもらったうえ、手当てまでしてくれて。」

男は少し照れながら手を差し出した。

(…金か?)

男の手を見ていると、

「大丈夫?立てそうにないのか?」

(そうか、立つのに手を差し出しただけか、てっきり助けたし手当てもしたから金払えって事かと思っちゃったよ。)

男の手を借り立つが少し痛む、だが歩けなくないのでちょっと我慢をして一歩踏み出した。

「ありがとう、なんとか歩けそうです。」

「それなら良かった、送って行くよ。」

イケメンの青年に助けられるなんて、胸キュンなのだが中身がおっさんの為、軽くむず痒い事になっていた。
そして、軽くパニくっていた。
夢オチを願っていたが、異世界に来た事を認めざるえない状況下に…

(送って行くよって無理だよな…だって俺この世界の住人じゃねーもん!?どう説明したらいいんだよ!)

戸惑っていると、青年はさらに追い打ちをかけてきた。

「俺、ディオって言うんだ…君の名前は?」

(田中真理、真理と書いて“まさみち”と言います。なんて言えない!しかも38歳独身の男性って言ったら…頭おかしい人認定だよ!!)

「えっと…マリ…マリア!私はマリアといいます。」

「マリアか…それで家はどの辺り?」

ここは正直に打ち明けるか?それとも都合よく記憶喪失のフリか?その二択しか浮かばないボキャブラリーの無さに頭を抱えていると…

「大丈夫か!?頭を打ったりしたのか?」

ディオのその言葉で記憶喪失のフリに決定した。

「分からない…名前以外、何も思い出せない…」

ワザとらしい演技だったが、ディオは信じた。
心配そうな顔でマリア(田中)の肩を抱き慰めようとした。

「取り敢えず、この近くに俺の住んでる村があるから、そこで少し休もう。」

コクンと頷くマリア(田中)に肩を貸し村にむかった。

(良し!!なんとか通用した。もうこの後は成り行き任せで行くしかない!)

村へ向かう道中、ディオからこの世界の事をそれとなく聞いてみた。
人々や精霊等が住まう光の世界と魔王が君臨する闇の世界があり、たまに闇の世界の住人(モンスター)が光の世界に紛れ込むので、ディオの様な冒険者がそれぞれの街や村にあるギルドから依頼を受け、探索や討伐をしていると言う事らしい。
そして、この世界には魔法使いはいないらしい…

「もうすぐ着く村は、オデュッセルって村で薬作りが盛んな村なんだ。王都に近いからそれなりに栄えてる方だと思うよ。」

(ふ~ん…)

「ギルドに行って、行方不明者のリストにマリアの名がないか聞いてみよう。」

「そ、そうだね…」

(無いけどな…)

「マリアみたいな可愛らしい女の子なら、すぐに分かると思うよ。」

「ありがとう…」

(中身は38歳のおっさんだがな!)

話しをしている間に村に着いた。
村と聞いて木造建築を想像していたが、思っていたものより文明があるらしく、例えるなら中世イギリスの建物に近かった。
何人かの村人とすれ違ったが、服装もそれっぽいので安心した。

「マリア、ここがギルドだよ。」

そう言って、がっしりしたレンガ造りの建物に大きな看板の扉を開けた。

(看板の文字読めね~!言葉分かるなら、文字も読める様にして欲しかった…)

「さぁ、入って!」

言われるままギルドに入ると、あまり人がいないがカウンターで受け付けをしている少し強面の男がディオに気付き声を掛けてきた。

「おう、ディオ!依頼は済んだのか?」

「もちろん!って言うかさー、ゴブリン討伐って3匹だよね?なぜか5匹いたんだけど…ついでにやっつけといたよ。」

軽く言ってのけるディオに、受け付けの男が笑いながらディオの肩を叩いた。

「依頼じゃ3匹って話しだったが、報酬の上乗せ請求しとくか!」

二人のやり取りを見ていたマリアに、受け付けの男が気付きディオに小言を言った。

「ディオ…こんな無粋な所に女を連れて来るなよ。」

ディオにはしかめっ面をしていたが、マリアには笑顔で話しかけた。

「お嬢さん、この村じゃ見かけないが王都の人かい?」

マリアがどう答えようか悩んでもじもじしていると、間にディオが入って説明をしてくれた。
討伐に向かっていた時、悲鳴を聞いて急いで行きゴブリンに襲われていたマリアを助けたが、襲われていたショックか、頭を打ったせいか分からないが記憶を失ったらしいと説明した。

「なるほどな…酷い目にあったが無事で良かった、っと無事って訳でもねーか。」

アゴをかきながら少し申し訳なさそうな顔をしたが、チラッとディオを見てから軽く鼻を鳴らし、

「ディオが恋人でも連れて来たかと思ったが、こんな可愛らしいお嬢さんがディオの恋人のわけないよな!」

「ちょっと!ダレルさん!!」

頬を膨らませすねるディオをよそに、ダレルと呼ばれた男は話しを続けた。

「名乗るのが遅れたが、俺はダレル=ウィルソン。このギルドのギルドマスターをしている…しかし今の処行方不明者の捜索依頼は入ってないんだ。」

(ガッカリしているディオには悪いが、異世界に知り合いなんか皆無なんだから当たり前だ。)

落ち込むディオにダレルは今後の事をどうするかを聞いていた。

「取り敢えず、お嬢さんは今夜どうするんだい?」

ダレルに言われる迄忘れていた、この世界に突然転生して来て金どころか、持ち物さえ無い事に…
マリア(田中)はディオとダレルに目を潤ませ、助けを求める様に見つめると、ディオが意を決してマリアの肩に手を置いた。

「よし!俺の泊まっている宿に来る…ごふっ!!」

言い終わる前にダレルに殴られた。

「ダメに決まってるだろ!」

「でもさぁ~、女の子に野宿なんて可愛そうだし、危ないじゃんかぁ。」

ちょっとふて腐れ気味にディオがぶーぶー言っていると、ダレルが黙れ!と言わんばかりに睨むと、深いため息をついてマリアを見た。

「金も無いようだし、これからの事を考えると…お嬢さんギルドの手伝いをしないか?もし受けてくれるなら前払いって事で宿代をやるよ。」

ダレルの申し出にふたつ返事で受けた。

(やったぁ~!流石にモンスターがいる世界で野宿はキツいからな、助かった女に転生して本当良かった!)

ダレルが金をマリアに渡すと、頭を軽くポンポンとして優しい笑顔をした。

(うっわ~、ダレルさんのギャップは男でも惚れそう…)

「明日から頼むよお嬢さん…ディオ、宿屋まで案内してやりな!」

ダレルにお辞儀をしてギルドを後にし、宿屋へと向かった。

「ダレルさんは見た目が少し強面だけど、本当は面倒見が良くて優しい人なんだ…元冒険者でかなり強かったらしいんだ。」

「そうなんだ、どうして冒険者辞めちゃったの?」

「それは…どうしてだろうね。」

ディオは一瞬暗い顔をしたが、すぐ笑顔になり宿屋の食事は魚が美味いとか、風呂が部屋に付いているなど明るく話しをした、マリアは引っ掛ったがあえて聞かなかった。

(人それぞれ事情があるもんさ、俺だって中身はおっさんなんて言えない…)

宿屋は村に一軒だけらしく、ある意味ディオと同じ屋根の下となった。
宿は前払いで半月分を払い、延長する時にまた半月と長期滞在出来るらしい。
ディオと夕食を済ませ、部屋に戻ると風呂へ向かって気づいた。

(俺…女になってるんだよな…!?)

マリア(田中)は、意気揚々と服を脱ぎプルンと揺れる胸を間近で見て鼻血をふいた。

「自分の躰だとしても…刺激が…」

結局、ロクに躰も洗えずシャワーのみですぐに出てきたが、まるで長風呂でもしていたかの様に真っ赤な顔でフラつきながらベッドへ入った。

(ヤバかった!鏡を見るまで顔が分からなかったが、俺…めっちゃ美少女じゃん!!巨乳美少女ってどの世界でも最高!)

己の欲望丸出しの思考のまま眠りについた。


翌日、支度を済ませ宿屋の食堂に行くと、後ろからディオに声を掛けられた。

「マリアおはよー!マリアの部屋に迎えに行ったら居なかったから、ちょっと慌てちゃったよ。」

「おはようございます、それはごめんなさい…部屋で待っていれば良かったですね。」

「別に謝らなくていいよ、俺が勝手に迎えに行っただけなんだしね。」

朝からディオと朝食を取り、ギルドに向かった。
何かとマリアの世話を焼いてくれるディオだが、マリアには世話好きな純朴青年という印象だ。
そのディオに、初仕事を応援されギルドの前で別れた。
ギルドの中に入ると昨日とは違い冒険者で賑わっていた、ダレルが気付き声を掛けた。

「おっ!お嬢さんこっちだ!」

人の間を抜け、なんとかカウンターの前に来ると、ダレルがカウンターの一部を持ち上げ中へと手招きをしていた。

「ダレルさん、今日から宜しくお願いします。」

ペコリと頭を下げると、ダレルが笑顔で頭をポンポンと軽く叩いた。

(何だろ…ダレルさんの頭ポンポンは男でも照れる~!)

そんな様子を冒険者達が見てザワつき出した。
ダレルがマリアに仕事の内容を説明しているのに、冒険者達はマリアを質問責めにした。

「お嬢さんお名前は?」

「ねぇ、年は何歳なの?」

「恋人は?」

「どこ出身?」

マリアが一瞬ビックリしたが、ダレルの一声で鎮まった。

「依頼を受けねえなら…消えろ!」

冒険者達はダレルにペコペコ頭を下げ、受け付けに静かに並んだ。

(顔は怒っていないがおでこの青筋がピクピクしているのを見たらそうなるよな…)

その日はダレルがしている事を見て覚えるだけだが、文字は読めなくても何とかなりそうだった。

(赤い文字で書いてある依頼書は討伐で、青い文字は捕獲の依頼書、緑の文字は採取の依頼書、紫は緊急っと、なんとかイケそうだな!)

「お嬢さん、少し休憩しとくか?」

「ありがとうございましす。」

ギルドの裏にある丸太のベンチに座り、ひと息ついているとディオが依頼を済ませたのか、マリアの側にやってきた。

「マリア、仕事どお?」

「ディオ!もう依頼終わったの!?」

「まあね、今日のは薬草の採取だったから簡単だった。」

採取と言っても、モンスターが出るかも知れない場所での事、冒険者でなければ命を落としかねない。

(爽やかイケメンの純朴青年…しかも仕事が早い。俺とは真逆でモテそうだな…)

二人で和やかな時間を過ごしていると、ダレルがやってきた。

「お嬢さんそろそろ…邪魔したな。」

向きをかえギルドに戻ろうとするダレルに、二人は慌ててベンチから立ち上がり跡を追った。

『ダレルさんちょっと!そういうのじゃないから!!』

二人の声がダブり、ダレルが笑いながらディオをからかった。

「分かってるよ、ディオにそんな浮ついた事が出来ないって!」

その日は、ディオもギルドの手伝いをして問題もなく終わり、異世界での本格的な生活がスタートした。

数日は平穏に過ぎていたが、ある人物の出現のおかげでマリアの心境が変わっていった。

1ヶ月もすると仕事にも異世界での生活にも慣れ、いつもの様にギルドのカウンターで受け付けをしていると、まるでモデルの様な長身で整った顔立ちのイケメンがマリアの前にやってきた。

「マリア、今日こそは俺とデートしない?」

「…今日は、鉱物の採取か草原での薬草の採取、スライム10匹の討伐、キラーラビの討伐があります。どれを受けますか?」

「草原でマリアとピクニックデートもいいね♡」

「それでは、ライリーさんは草原の薬草採取ですね、薬草を8個お願いします。」

マリアは言い終えると、依頼書にライリーのサインを貰い、次の冒険者を呼んだ。

「はい、次の方どうぞ!」

少し前から、このライリーと呼ばれる男がマリアの前に現れ、毎日ギルドに来てナンパをしていくのだ、あまりのしつこさに限界を越えたマリアがスルーする事にした。

「マリアの為に、草原でキレイな花を摘んでくるよ~!」

手を振るライリーを見向きもせず、黙々と冒険者達に依頼を振り分けていた。
ようやくライリーが居なくなると、うんざりした顔でため息をついた。

(美少女最高!なんて言ってた自分を殴りたい!いくら女の子になったと言っても、中身は男なんだよ…男に迫られても嬉しく無いんだよ!!)

後ろでダレルもため息をついた。

「ライリーもお嬢さんもあきないねぇ…」

「私は仕事をしているだけですよ!」

毎日やって来るライリーは、腕前もそれなりにあり、人当たりも良く、気遣いも凄く村の人達に好かれている人物だが、いかんせん女好きで可愛い女の子を見れば、挨拶代わりに口説く!人妻だろうと美人だと口説く!
それでもイケメンなので、物凄くモテるライリーに嫉妬をしてもマリアが好意を持つことは無い。

「お嬢さん、アイツは悪い奴じゃないし、一回くらい…」

(絶対イヤです!!)

「ほら、いきなり何かしようとはせんだろうし…」

(されたら…殺す!!)

「気前がいい奴だから、服や髪飾りなんかプレゼントしてくれるかも…」

(服をあげるのは、脱がせる前提の下心があるから!!)

「…うん、俺が悪かった…」

ダレルが折れた。
口に出していないが、目は口ほどに物を言うと言うが、笑みの消えた死んだ魚の様な目をしたマリアに、謝る以外の言葉がなかった。


田中がマリアとして村で生活を始めて3ヶ月が過ぎ、村人や冒険者達とも親しくなり、ライリーのあしらいにも慣れた頃、村の近くで異変が起きた。
村のギルドに珍しく、大型モンスターの討伐依頼がきた。

「今回は、ちと厳しいかも知れんから…この依頼は腕の立つ冒険者を4~5人で、共同討伐で受ける様にしてくれ…」

いつになく真剣な顔のダレルに、胸がザワつきマリアが尋ねた。

「あの、この依頼ってそんなに危険なんですか?」

「あぁ…サンダーバードはその名の通り、雷を操る大型の鳥のモンスターなんだが、本来は高い山にいてこんな平原に来るはずないのに!」

数人の村人が目撃しており、家畜にも被害が出た為、緊急のクエストとしてギルドに依頼が寄せられた。
弱いモンスターの討伐や採取がほとんどの依頼ばかりだったギルドの冒険者達は、緊急クエストに手を挙げる者はいなかった。

「ダレルさん、俺行くよ!!」

ディオが名のりを挙げたが、一人では死にに行く様なものだ、ダレルが他にいないか冒険者達に声をかけたが、皆ヒソヒソと話しをして名のりを挙げない。
このままではとダレルが立ち上がった。

「仕方ねぇ、10年ぶりに剣を持つか…」

冒険者達がざわつくなか、ギルドの扉を勢いよく開けライリーが入って来てダレルの前に行くと、

「年寄りが無理しなくても、俺がいるでしょ!」

「なっ!誰が年寄りだ!?俺はまだ40だ!」

ライリーが現れ軽口を聞いたせいか、何人かの腕に自信がある冒険者が手を挙げた。
クエストに8人が行く事となり、装備を整え終えたらすぐ出発となった。

「みんな無事に帰って来て下さい…」

マリアが心配そうに声を掛けた。

「お嬢さん、戻って来るまでギルドをよろしくな!」

「大丈夫だよマリア、俺の弓の腕前は知ってるだろ?」

「マリア、帰って来たらご褒美にほっぺにキスね♡」

討伐に向かう冒険者達と手を振り、モンスターのいるとされる森に向かった。

(みんな無事に帰って来てくれ…)

ギルドに戻ったが、不安で胸が苦しくなった。

(ゲームじゃない…本当に怪我をしたり、死ぬかも知れないのに、やり直しなんてないのになんで皆笑って行けるんだ、待つだけの方がこんなに苦しいなんて…)

転生前の世界で、38年間何に対してもやる気がでず、人と慣れ合う事もなく生きていた田中真理は、転生後にマリアとしてディオやダレル、ライリーと村の人達に支えられ生活した3ヶ月で変わり始めていた。

その日は緊急クエストの為、他の依頼は後日に回され誰もいないギルドで一人皆の無事を祈っていた。

しかし、日が傾き夕方になっても戻って来ない事にマリアは泣きそうになっていた。

(なんだよ!なんで帰って来ないんだよ!!)

イラつきながらも何も出来ない自分に腹を立てた。

(いつもそうなんだよ、俺は何もやってないくせに文句ばっかり!)

もう窓から入っていた夕陽のオレンジの明かりが消え、夜の薄暗さがギルドを包むと、マリアは不安が絶望に変わり涙が溢れだした。
その時ギルドの扉を誰が勢いよく開けた。

「お嬢さん遅くなって悪かったな!」

ダレルの声に振り向くと、傷だらけだがいつもの様に笑顔でマリアに近くと頭をポンポンと叩いた。
マリアはダレルに泣きながら抱きついた。

「お、お嬢さんどうした!」

「良かった…おか、お帰りなさい…」

ダレルはぎこちない手つきで、泣いて抱きついているマリアの背中を擦り落ち着かせようとしていると、後ろからライリーとディオの叫び声が響いた。

「ダレルさん!何してるんですか⁉」

「俺のマリアに抱きつくなんて!!」

慌てるダレルから離れ、マリアはディオとライリーの方を向き、微笑みながら少し鼻声で、

「お帰りなさい!」

マリアが落ち着いてからダレル達が話しをした。
討伐に向かった人達は、軽いけがはしたものの無事サンダーバードを倒しクエストは成功したが、森の更に奥にある禁忌の森に近づき過ぎて急いで戻ろうとした処、ディオが禁忌の森の木々の間から、サンダーバード以外の大型モンスターを何体か見たらしく、探索を少しして来たと言う事だった。
討伐に向かった人達だけ、翌日ギルドで報告と話し合いがある事を告げ、ダレルが解散させた。


翌日、討伐成功で村人達は安堵していたが、討伐に向かった冒険者達はギルドでの話し合いで頭を抱えていた。

「旦那、俺達は次は無理だぜ…今回は運が良かっただけだ!」

今回の討伐で怪我を負った冒険者達が、探索で見たモンスターの数にビビりギルドから出て行ってしまった。

「ダレルさん、俺達に出来るのは探索までだ…村の人達には森に行かない様に声を掛けたらいいよ。」

普段、人一倍気遣いをするライリーですら少し冷たい反応に見えた…
ずっと黙っていたディオが口を開いた。

「ダレルさんは気付いた?モンスターの中に魔族が混じってたのを…」

その言葉にライリーが驚き、ディオの肩を激しく揺さぶった。

「それは本当か⁉」

いつもは落ち着いているダレルさえ、少し取り乱した様にも見えた。

「なんですぐ言わなかった!」

ディオが言いづらそうに、マリアと目が合うと意を決た様に話しをした。

「探索の時思い出したんだ、マリアと会った時…マリアが禁忌の森の方から逃げて来た様に見えた。それと、魔族が“ニエ”って言ってたのが聞こえた…」

ディオがそこまで言うと、マリアが聞いた。

「あの、魔族って森にいるとおかしいんですか?」

間の抜けたマリアの質問に張り詰めていた空気が崩れ、ライリーが説明した。

「そうだね…森にいるからじゃなくて、光の庇護の下に魔族がいた事がおかしいんだ。本来なら魔族は闇の眷属だから、人間が神殿なんかを立てて神を祀っていると、その近くには来ないもんなんだよね。」

その話しに付け加える様にダレルが続けた。

「お嬢さん、この村の近くに王都があるだろ?その王都を中心に6つの神殿がぐるっとあるのさ、俺達の村もその中にあるのにいたって事は…かなり魔力の強い魔族って事になるんだよ。」

(モンスターは普段からいるのに、なんで魔族だとビビるんだ?)

この世界の理を、未だ理解しきれていないマリアは更にバカな質問をした。

「私が雪原で目を覚まして、森の中を逃げ回ってた時はゴブリン以外のモンスターなんて見なかったけど、モンスターって何処からくるの?」

マリアの話しを聞いた3人は、ギョッとした顔でマリアを見つめた。

(ん??何かマズい事言ったっぽいかも…)

ダレルがマリアを険しい表情で見た後、ディオとライリーにも目線を配り、もう一度マリアを見た。

「お嬢さん…お嬢さんが見た雪原ってのは、禁忌の森のど真ん中にあるのさ、どんな腕っぷしが強い冒険者だって絶対近づかない場所なんだが…何だってそんな所にいたか覚えてるかい?」

(自爆!!やっちまった~!)

3人の反応に焦り、マリアは最初の設定の記憶喪失を発動した。

「覚えてない…気が付いたらあの場所に倒れていたの…」

下を向いて震えるマリアに、険しい表情のダレルとライリー、ディオはマリアを庇うようにマリアの前に立ち2人を諌めた。

「ちょっと!マリアは記憶が無いんだよ、いきなり言われたって分かる訳ないだろ。」

(よし!ナイスだディオ!!)

「俺だって、“ニエ”て聞いてもしかしてマリアが生け贄だったんじゃないかって、そんな事考えたけど…」

(ドロ舟!!助け舟じゃなくて完全にドロ舟…しかも生け贄にされかかってる!?)

頭を抱えディオの天然爆弾発言に深いため息をつくマリアは、なんとか話しの方向を変えようと悪あがきをと、敢えてダレルに話し掛けた。

「あの…その魔族や大型モンスターの討伐は誰も出来ないのですか?」

マリアの言葉に、またダレルは頭を悩ませたがライリーがハッとした顔でダレルに向き直した。

「そうだよ!ダレルさん、王都が近いんだから王都のギルドか騎士団に頼むのは?」

ダレルも顔を上げ険しい表情も消えた。

「その手があったな!別に俺達だけで全部やる必要なかったんだよ!?」

なんとか悪あがきが効いた様で、マリアは一安心した。3人は早速王都のギルドと騎士団の両方に文を出す準備をしていた。

(もしかして、俺…生贄の為にここに来た訳じゃないよな…)

頭をブンブンと振って嫌な考えを追いやり、取り敢えずこの世界の事をもう少しだけ詳しく知る為に調べる事にした。
その晩なかなか寝付けないマリアは、ベッドの上で改めて今の自分の姿の事を考えていた。

(色白で小柄、サラサラの髪にパッチリ二重の美少女で、胸は大きく腰はクビレていて細く長い足…彼女にしたい理想の女の子だけど、俺がなってもなぁ…)

昼間の緊張感を忘れたくて、敢えてくだらない事を考えていた。
そうしているうちに、いつの間にか寝ていた。

朝になり、いつもの様にギルドへとディオと向かう。
ギルドの前にダレルが腕組みをして、村の外を眺めていたので声を掛けた。

「ダレルさん、おはようございます。」

「おぅ、おはよーさん!」

あいさつを交わすと、ダレルがギルドの扉を開けながらマリアとディオに言った。

「さっき王都への使いを出したところだ、早馬で行ったから…早ければ夜には着くだろ。」

そして、出した使いが帰って来るまでいつもの業務をするはずだった。
何人かの冒険者に依頼を頼んでいると、いつも以上にキラキラ倍増のライリーが、上機嫌でマリアのもとにやって来た。

「マリア、俺はもう少しで君を悲しみの涙でその瞳を曇らせるところだった。でも俺は無事を祈る君のもとに戻って来た…」

ミュージカルばりの嘘くさいセリフを言いながら、マリアの手を握るライリーに、げんなりした顔で手を振りほどいた。

「俺は分かったんだ、モンスターと戦った時にもし無事に帰る事が出来なかったら、君が悲しみに暮れる事になっていたんだろうと…」

(いや、いっその事帰って来なくて良かったのに…)

「でも大丈夫!今日から俺が君の側にいるから、ずっと君を見守るよ!」

(お巡りさ~ん、この人ストーカーです!!)

「だから安心して…」

マリアの手を取ると、手の甲にキスをしようと顔を近づけるライリーの頬に、マリアが綺麗な右フックをかました。

「ゴフッ!!!」

(うん、次はメリケンサックを用意しとくか!)

二人のやり取りを見ていたダレルとディオが大笑いをしながら、ライリーの側へやって来た。

「相変わらずいつも通り過ぎるよ~!」

「まったくだ、ライリーもこりないなぁ…」

笑っていたダレルに、ライリーはムッと少し怒った様に反論した。いつもならここでライリーも笑って終わるのに、この日は何故か突っ掛かっていた。
ディオは何となくライリーの態度に、昨夜マリアがダレルに泣きながら抱きついた事が原因だろうと気付いたが敢えて言わなかった。

「こりないよ、マリアの事を本気で守りたいって思ってるからね、側にいて大切にしたいって!」

(ライリー?情緒不安定なのか、まぁ普段は遭遇しない大型モンスターと戦って、緊張と興奮冷めやらないってところか?)

気まずい雰囲気になり、ライリーはバツが悪そうに出て行ってしまった。
残されたマリア達も何となく気まずくなったが、ディオが気を使ってかマリアを昼飯にさそった。

「マリア、昼の休憩を一緒にとろうよ。」

爽やかイケメンの笑顔に逆らえず、コクンと頷いていた。

(なんで昼飯を男と…だが、あの笑顔には負けるな。)

ディオが誘ってくれたせいか、外での食事でマリアは気分転換にもなり、午後からもギルドの仕事を頑張れた。

夕陽が差し込む窓の外をダレルが眺めながら、独り言をつぶやいた。

「明日の昼頃には戻って来るか…」

多分、王都へ出した使いが返事を持って帰ってくる事だろうと、マリアはダレルの横に並び同じ様に窓の外を眺めた。

(王都からの返事、気になってるんだろうなぁ…)

「早く戻って来るといいですね、ギルドと騎士団どっちもいい返事だと嬉しいんですけどね!」

励ますつもりでダレルの方を向き、自分なりの精一杯の笑顔をしたら、ダレルが固まった。と思ったら耳まで顔が紅くなり目をそらされた。

(フッフッフッ、美少女の笑顔は効くだろう!少しでも気がまぎれるといいんだがな…)

確信犯マリアだが、男がみんな自分と同じと思い込んでいた。異世界の純朴な男に、自分からフラグを立てた事に気付いていない。
それじゃなくても、討伐から帰って来たダレルに泣きながら抱きついた事で、ダレルに好意があると思われている事すら分かっていなかった。

少し咳払いをし、自分を落ち着かせたダレルがいつもの様な優しい笑顔で、マリアの頭をそっと撫でた。

「そうだな、お嬢さん。」

ダレルは名残りおしそうに手を戻し、奥にある自室に戻って行った。まだ微かに耳が紅みを残していたが、マリアは一切気付いていない。


翌日、昼を過ぎるた頃使いがギルドに戻って来た。
王都からの手紙には、ギルドから探索に5、6人程の冒険者を出すとの事で、騎士団から15人が出向くと返事があった。
手紙を見たダレルが、フ~っと安心した様にため息をしてマリアにギルドの留守番を頼んだ。

「ちょっと宿屋の手配をしてくるから、少しの間頼むよお嬢さん!」

使いに出ていた冒険者も、ダレルとギルドを出ていくと誰もいないギルドにマリア一人でカウンターに座っていたが、依頼を終えたディオが入って来た。

「依頼の品取って来たよ!」

「お帰りなさい!えっと、食虫植物アングリーぺアの根っこ2個…確かに受け取りました。お疲れ様ディオ!」

ディオの顔が少し赤かった。
依頼品を受け取る時、少し手が触れたが中身が男のマリアに“あっ…ごめんなさい…そして頬を紅く染める”とか“キャッ!真っ赤になって品物を落とし、急いで拾い上げようとしてまた手が触れる”なんて、恥ずかしがる乙女なんて素振り無く、黙々と業務をこなしている。
マリアに男として見られていない状況、何とも温度差のある光景にディオに同情を禁じえない。

「マリアは、どんな男が伴侶として相応しいとおもう?」

唐突なディオの質問に、マリアは無表情になり遠い目をした。

(…男なのだが、男の好みを聞かれてもただただキモい!!女の子なら幾らでも言えるけど、男の娘でもキツい…付いているものがなぁ…)

何かを勘違いしたディオが、いつもの爽やかさが無く落ち込んで見えた。

「もしかして、俺に言いづらい人だったりする?」

(ある意味そうかも知れん、2次元女子なんて言っても通じなさそうだしな…でも何か言わないと、年頃の女の子って事になってるからな。)

「あ、あまり、伴侶とかって考えた事ないから…しいて言うと頼りがいがあって、優しくて笑顔が素敵な男の人かな。」

(無難にギャルゲーでよくあるセリフ…抽象的でどの男にも当てはまる、キラーワードだ!自分かもと思えるが、あいつかも?とも取れる小悪魔女子のセリフ!!)

自分もそのセリフで2次元女子に翻弄されたくせに、小悪魔女子のマネをして小首をかしげて、恥ずかしがる乙女の様に言って見せた。
そしてディオも期待していいのか、ないのか分からないと言う表情していた。

「そっか、ありがと…」

微妙な空気の所に、ダレルが戻って来た。

「お嬢さん留守番ありがとう。ディオ、依頼済んだのか?相変わらず仕事が早いなぁ。」

「ああ…納品も済んだしもう行くよ。」

ダレルと言葉を交わし複雑な表情で出て行った。
残されたマリアは、ちょっとした女子の演技に得意気になっていた。
ディオの様子が気になったダレルが、マリアに何かあったのか聞いた。

「お嬢さん、ディオの奴どうしたんだ?いつもと様子が違う気がするんだが…」

2次元女子にしか恋した事の無い、恋愛オンチのマリアに聞いた。
そして友人もロクにいなかった、多少コミュ障気味のマリアがバカ正直に話した。

「よく分からないけど…いきなりどんな男が好みか聞かれたくらいで、あまり話しって言う話しはしてませんよ。」

ダレルは腰に当てていた手を片方だけ額に当て、あぁ…と小さくつぶやき少し考え込んだが、マリアに今日は暇だから上がっていいと言ってマリアの肩に手を置こうとしたが、触れる直前に手を引っ込めた。

「お疲れさん、明日もよろしくな。」

マリアは早めの帰りに、何の疑問もなくダレルに手を振りギルドを後にした。

その日から、ライリー、ディオ、ダレルの関係性が少しづつ変わった。


朝、いつもなら一緒に朝食を食べてギルドにディオと行っていたのに、「緊急の依頼があるから…」と、一足先に出掛けて行ってしまった。
ギルドに行くとダレルは「王都の冒険者達と騎士団の対応があるから…」と、バタバタと一人で忙しく動いていたので手伝いをと言うと、大丈夫!と断わられた。
いつも午前中に来るライリーは来なかった。

(あれ…俺もしかして避けられてる?)

色々思い出し、考えて見たものの分からない。

(たまには、そういう日もあるのかな?タイミングの悪い日なんだろ。)



ー魔王の城ー

城内で全身を黒い鎧で包んだ騎士様な男が、青い肌の魔族や爬虫類に似た魔族を従え、足早に魔王の元へ急いでいた。
黒いローブを羽織る骨だけの闇族が、黒騎士の側へ寄り話しかけた。

「ギャレット様、王の魔力が消えかかっています!」

ギャレットと呼ばれた黒騎士が、闇族を睨み魔王がいる部屋へと急ぎ扉を開けた。

「魔王様!!」

薄暗い部屋の黒い王座には、魔王とは思えない程美しい男が薄笑みを浮かべ座っていた。
白く透ける肌に漆黒の髪と紅い瞳、しかしその紅い瞳の色がくすんで見えた。

「久しいな…黒騎士。」

気怠げに魔王が声を掛けたが、覇気のない声に黒騎士ギャレットは愕然とした、以前の魔王なら近寄りがたいオーラがあり、その一声で周りの魔族や闇族がひれ伏していたのに…まるで病弱な人間と変わらないその姿に、魔王の命がつきかけていると悟った。

「魔王様…何故その様な姿に!?」

頭の上の王冠を外し、ブラブラと振りながら黒騎士ギャレットに話した。

「大体察しはつくだろう?私のやり方が気に入らない魔族達か、闇族達が私に呪いをかけ亡き者にし、王の後釜を狙っているのだろう…」

黒騎士に付いて来た魔族ベルガモルドと闇族サイシファーが、慌てて魔王に言い訳をしだした。

「私ども魔族は王に仕えし者、決してその様な卑劣な事なぞ考えも致しませぬ!」

「我ら闇族もその様な事!!」

魔王がジロリと睨むと双方ひれ伏した。

「まぁ呪いが不十分で、私はまだ消えてはおらぬが…このままでは魔物共どころか、配下の者も私の支配下から漏れ出てしまう…黒騎士よ呪術師を探し出し消せ!」

黒騎士は無言でその場から走り去った。
残された魔族と闇族も、慌てて頭を下げると魔王の前から逃げる様に去った。

「ふぅ~…私は神は嫌いだが、人間は嫌いじゃないんだよ…サギリ、居るか?」

気配なく闇の中から現れたのは、全身黒いボンテージ姿の綺麗な女性だった。
しかし全身よく見ると、いたる所に暗器が隠してある忍者にも似ている、サギリは魔王直属の暗殺部隊の隊長だか魔王の護衛でもあった。

「…ここに。」

魔王の前に膝をつき、言葉を待っている。

「お前の部隊は、限りなく人間に近しい姿の者が多い…私の支配を抜け光の元へ出た魔物と、同胞共を打て。」

「はっ!!」

再び闇の中へとサギリが消えると、背もたれに身を預け深いため息をした。
何も無い空間をながめ、微かに感じる気配に声を掛けた。

「誰だ?」

姿は現さない気配から、話し掛けられた。

「私はウーズと言う闇から生まれし呪術者です。王よ、貴方様の呪いはアンデット族の呪が掛けられています。」

魔王ですら不気味に思える声の主は、話しを続けた。

「臆病なアンデット族が、貴方様に呪いを掛けるなぞ誰かが唆したのでしょう…」

「ウーズよ、お前は何者か?何故その様な事を私に知らせる!?」

魔王の問い掛けにウーズは、含み笑いをしながら答えをはぐらかした。

「闇の世界に住まうモノ、その御身を大事にしなされ…」

そして気配は消えた。
魔王のなけなしの魔力で保つ闇の世界、知能の低い魔物は支配を抜け光の世界に侵入し暴れ出している、魔王の城に残るのは王座を狙う魔族と闇族、魔王は気を抜く事など出来なかった。

「黒騎士頼むぞ…」

魔王の城を後にした魔族ベルガモルドが、アンデット族を従え禁忌の森へと向かっていた。
金の瞳、黒い髪の若いベルガモルドが、腹立たしげにアンデット族を蹴飛ばした。

「クソっお前等の呪いが浅かったせいで、まだアイツが王座に座ってるじゃないか!」

モノ言わぬアンデット族達は、若い魔族と呪いの儀式をした禁忌の森へ、もう一度儀式をする為急いでいた。



一方、マリア達は王都からやって来た冒険者達の暴言に耐えていた。

「ずい分ボロいなぁ!」

「酒場は何処だ?若いねぇちゃんがいる酒場だぞ?」

「宿屋が一軒って!?」

カウンターの中で、拳を握りしめながら作り笑いで対応するマリアに、ヒヤヒヤしながらフォローするダレル。
普段ライリーにしている事を思うと、いつマリアがキレるか焦るダレルを他所に、暴言を吐かれている村の冒険者達はマリアの鉄拳制裁を期待してニヤニヤしていた。

「皆さん、依頼を受けに来て頂きありがとうございます。依頼の内容は森での大型モンスターの探索ですが宜しいですか?」

(平常心、平常心、冒険者は輩が多いんだから気にしない。)

依頼書をカウンターの上に載せ、サインを待つがなかなかサインをしない王都の冒険者達に限界が来た。

(ダレルさんごめんなさい、俺意外と短気かも…)

「サインを頂けないと言う事は、大型モンスターの探索は自分達には無理!と言う事ですね。わざわざ王都から足を運んでもらいましたが、王都のギルドには連絡しておきますので、お帰り頂いて大丈夫ですよ。」

あぁ~っと頭を抱えるダレルと、大笑いの村の冒険者達、コケにされ真っ赤な顔でいきり立つ王都の冒険者達、言う事言ってすっきりした顔のマリア。
ドン!!とカウンターが壊れる勢いで王都の冒険者が拳を降ろした。
内心ビックリしていたが、涼しい顔でマリアがニッコリ笑った。

「どうかされました?」

(ふふふ…そう来ると分かっていてもビビった、いつもならライリーあたりが来て助けてくれるが、それはアテに出来ないし、ディオは朝一で依頼があったみたいだし、取り敢えずどうしようかなぁ…)

リーダー格の冒険者が、マリアに威嚇行為したので村の冒険者達が立ち上がったが、ダレルが止めた。

「ギルド内での冒険者同士の諍いは、冒険者の資格剥奪だぞ…」

(そうなの?ちょっと期待してたんだけど、ダレルさんは頼んだ手前無理だし、笑ってごまかせないかな…)

「依頼受けるんですか?受けないんですか?」

笑顔のままだが、指先が少し震えていた。
王都の冒険者達は、マリアをジロジロ見るととんでもない事を言い出した。

「そうだな、せっかく来たのに何もしない訳にはいかないからなぁ、依頼は受けるが…アンタが今夜、俺達の酒の相手をしてくれたならな!」

そう言ってマリアのあごを手で上を向かせた、一瞬ダレルが立ち上がったが、ギルドの扉が開き騎士団の部隊長らしき人物が入って来た。

「すまないが、ギルド長はおられるか?」

ギルドにいたほとんどは騎士団長の方を見ていたが、マリアに絡んでいた冒険者は後ろを向いて、マリアの方を見ていたので気付かず、さらに悪態をついていた。

「朝まで俺達全員愉しませてくれるなら、受けてやってもいいぜ。」

ニタニタと下卑た笑いをして、マリアの手を握った。

(ダメだこいつ、エロい事想像して周り見えてない…後ろでツレの連中が青ざめてるのに…)

銀髪の碧眼の美形騎士団長が、ツカツカとマリア達の側へやって来ると、マリアの手を掴んでいる腕を横から掴み上げた。

「依頼を受ける気がないなら何故来た、困っている人を更に困らせるなど冒険者として、人としてはずかしくないのか?」

乱暴に掴む手を振りほどくと、冒険者はバツが悪そうにドカドカと腹立たし気に出て行った。

「大事ないか?」

凛々しい顔立ちの騎士団長がマリアを覗き込んだ。
普通の年頃女子なら、目がハートになりそうなやり取りだが、マリアは中身がおっさん…

「おかげで助かりました。」

お礼を言って愛想笑いをした。

「貴方の様な可憐な女性は、荒くれ者の冒険者には気を付けた方がいい。」

マリアを見つめ、少し赤くなっている手をそっと取るとすまなかったと謝り、ダレルの側へ行き探索についての話しをした。

(う~~ん、なんだろ…ライリーに近いがあそこまで直球じゃない、でも自分がモテる要素が有るのを分かってる…イケメン騎士って感じで…やな感じ!)

周りで見ていた村の冒険者達が、マリアに近づき謝って来たが、ダレルの話しが聞こえていたので、謝らなくていいと笑って許していた。
その様子を見ていたダレルに、騎士団長が声を掛けた。

「あの女性は、皆から好かれているのですね。」

「ええ、見た目は可愛らしいがなかなかのおてんばで、周りを和ませてくれます、あまりおてんばで心配ですがね。」

クスクスと笑う騎士団長が、コホンと咳払いをして討伐の話しをした。

「それでは、我らルクスヘルム騎士団は禁忌の森付近を3部隊で探索をするつもりだが、ギルド長のお考えは?」

「騎士団長様、私の事はダレルとお呼び下さい…ギルド長と呼ばれ慣れないので…」

慣れない呼ばれ方のせいか、強面のダレルが照れくさそうにしていた。

「それは申し訳ない、ダレル殿と呼ばせてもらおう、私の事も騎士団長ではなくヒースと呼んで貰えるかな?」

「はい、ヒース殿!」

話しが終わると、ヒースはマリアに会釈をして出て行ったが、ダレルは眉間にシワを寄せ困った顔していた。

「どうしたんですか?探索受けて貰えたんですよね?」

「そうなんだが…騎士団長が、お嬢さんと王都の冒険者のやり取りを見ていただろ、あの様な輩は信用に価しないと、騎士団だけで探索を行うそうだ…」

それに何の問題が?と言わんばかりの顔で、マリアが不思議そうに小首をかしげているが、ダレルはため息をついて言った。

「お嬢さん、あの冒険者達が素直に王都に帰ると思うかい?まだ依頼を受けてくれたなら規則で手出し出来ないが、そうじゃないとお嬢さんが危ないんだぞ!」

少し言葉が強くなったダレルが、諭すようにマリアに話した。

「昼間、お嬢さんがケンカを売った相手はあまりいい噂がない奴なんだ、確かに腕はあるが乱暴者でな、あんな奴に目を付けられて…」

(なるほど、ダレルさんは俺が心配なんだな。本当に優しい人だな。)

「大丈夫!!流石に騎士団の人達も来てる中、ヘンな事しないだろうし、何かありそうな時はダレルさんヨロシクね!」

茶化す様に笑うマリアに毒気を抜かれ、分かった分かった、とつられて笑った。
その後はいつものギルドの雰囲気が戻り、落ち着いて仕事をこなしていた。夕方頃ディオが戻って来ると、ダレルはマリアに内緒で昼間の出来事を話し、マリアの事を気にかけてくれ…とディオに頼んだ。

「分かった…仕事の行き帰りくらいなら、なるべく俺が一緒にいるよ。」

「悪いな、俺はあまり出しゃばらない方がいいからな…」

ダレルはマリアとの話しで、ディオの気持ちを知ってしまったせいか、自分が守るのではなくディオに頼んでいた。歳の近いディオならお似合いだ…と自分に言い聞かせ、ギルドマスターの仕事に集中した。

「あれ、ディオお帰りなさい!」

「ただいま、もうそろそろ仕事終わりだろ?一緒に帰ろうか。」

素っ気ない態度を取っていたディオだが、それに気付いてさえいない鈍感なマリア、ディオはマリアへの恋心を今は抑え護衛に徹する事にした。

「ちょっと待ってて!」

マリアは、奥にある部屋にいるダレルに笑顔で“お疲れ様です!また明日もヨロシクお願いしますね。”いつも挨拶だけはしっかりして帰るマリアに、ダレルは“おうっ”と軽く手を振る。
ディオとの帰り他愛もない話しをしながら帰ったが、夕食時に宿屋の食堂で絡まれた。

「これはギルドのお嬢さん、やさ男とお食事かい?」

(ヤベッ!宿屋が一緒なら飯時もカブる事忘れてた…)

酒に酔っているのか、マリアの肩に乗せた手をいやらしく背中にまわした。

「マリア、今日は外で食べよう。」

ディオは立ち上がると、マリアの躰に触れている手を弾き、王都からの冒険者達を無視してサッサと外に連れ出した。

「ディオごめんね、私のせいでヘンなのに絡まれて…」

「気にしない!角のパン屋でパンを買って、ギルドに行こう。」

ディオは、マリアの手を取りパン屋に行き色んなパンを買うとギルドに走った。
ギルドの窓から灯りが漏れ、ダレルがいる事が分かった。二人は勢いよく扉を開けダレルを驚かせた。

『ダレルさんいる?』

声を揃えダレルを呼ぶと、奥から驚いた表情のダレルが慌てて出て来た。

「どうした!?何かあったのか?」

ちょっと意地悪く笑いながらディオが、大げさに宿屋の事を話した。

「それがさぁ~、宿屋の食堂でマリアが絡まれて、王都の奴がマリアの躰を触りまくるから、晩飯食いそびれちゃったからダレルさんと食べようと思って来た!!」

(ちょっと触られただけなんだが…まぁいいか。)

「なっ!?晩飯じゃなくて、マリアが躰を!!!」

大きな声を出し、額に青筋を浮かべ怒りをあらわにしていりダレルを見て、マリアは少し驚いた。
普段は“お嬢さん”と呼び子供扱いだったのに、今は“マリア”と初めて名前を呼ばれていた。

(ダレルさんから“マリア”って呼ばれるの新鮮だな…ただディオが話しをめっちゃ盛ってるけどね。)

ダレルの怒りを余所に、ディオとマリアはギルドのテーブルを片付け、買って来たパンを並べた。

「まあまあダレルさん、晩飯一緒に食べようよ。」

ディオがダレルにパンを勧めるているのだが、ダレルはぎこちなく話しかけていた。

「お嬢さん、他に何かされてないか?」

「いや、されてたら呑気にパンなんか噛じってないですよね?」

「あぁ…そうだな、ディオと一緒だしな…」

(ダレルさんまた“お嬢さん”に戻っちゃったな。)

少しテンパっているダレルとギルドで食事をした。

「それにしても、王都の奴ら随分大胆なマネをして来たもんだな…」

ディオとダレルが話し合っている中、テーブルの上にあるパンがドンドン減っていった。
マリアは自分の事なのに、目の前にあるパンがよほど美味しかったのか無言で食べまくっていた。
ディオはいつも一緒に食事をしていたので驚かないが、ダレルが面くらっていた。

「おいディオ、いつもあんなに喰うのか?」

「驚いた?凄いでしょ、あんなに痩せてるのに結構食べるんだよねマリア…」

自分が注目されている事に気が付いたマリアが、食べるのを止めキョトンとしていると、両サイドからクスクスと笑われた。

「お嬢さん、美味しそうに食べるんだな…」

「マリア、それはワザとなの?」

(なんだ?調子にのって食べ過ぎた?)

マリアに二人が近づいてきて、マリアの頬に手を伸ばした。
右の頬をダレルが、左の頬をディオが、突然の事にマリアは固まってしまった。
ダレルの指先が唇をかすめ、ディオの指はアゴ先に滑って行った。

「よし、取れたぞ。」

「こっちも、ジャムつけ過ぎだよマリア。」

(か、顔にジャムついてたからか…ビビった!マジで何かされんのかと思っ!?)

ダレルは指に付いたジャムを舐めた。マリアの唇を拭った指先を無意識なのだろうが、自然な仕草にそれを見てマリアの顔が何故か熱をもった。
チラッとディオを見ると、ディオも同じく何でもない態度で舐めた。
マリアの顔が真っ赤になっていた。

(普通舐めるか?家族でもしないよな…いや、するかな?…俺ならしない!好きなアイドルならするんだが………どっちだ!?)

マリアが顔を赤くし、食べるのを止めて固まっていると、二人が気が付いて慌てた。

「いや、アレだ、ほら…」

「ごめんね!?つい何も考えないでしちゃたんだ!!」

(あぁ~~、なんだろ…焦るあたりがなんか、凄く嫌な予感しかしない!)

物凄く気まずい雰囲気になったが、ディオがダレルに頼み事をした。

「あの~ダレルさん、ちょっと頼みづらいんだけど、暫らくマリアをギルドに泊めて欲しいんだよね…ダメかな?」

(あれか、騎士団もいるのに宿屋て絡まれたからか…村で唯一の宿屋だからなぁ。)

ただでさえ気まずい雰囲気なのに、ディオの頼み事のせいでダレルが慌てた。

「なっ、ダメだろ!」

『どうして?』

ディオとマリアが声を揃えて聞いた。

「だって、ギルドには俺がいるんだぞ!?」

『うん、だから?』

二人のハモリ攻撃で、強面のダレルが青ざめたり赤くなったり、なんなら泣きそうなくらいの困り顔になっていた。
ディオが何かを察した様に、笑いながらダレルの肩を叩いた。

「ダレルさん、誰も同じ部屋で一緒にって言ってないから~」

(なんだ、勘違いしてたからダメって言ってたのか…うん、なんて恐ろしい勘違い!!)

「ギルドの使ってない部屋あるよね?その部屋にマリアを泊めて欲しいんだ、ついでに俺も受け付けの側のソファに泊まるつもりだったんだよね…」

ダレルが勘違いに照れながら誤魔化した。

「それならそうと言えばいいだろ…」

「いや、言う前に勘違いしたのは誰ですかね~?」

いつもの威厳がなくなり、照れくさそうなダレルに少しキュンとした。

(キュンって何!?)

そんなやり取りがあったが、しばらくギルドでの生活になった。


朝からディオの叫び声で目覚めるダレル、何事かと慌て部屋から出ると、寝ぼけたマリアが寝間着姿でディオの側にいた。

「お、お嬢さん!何してるんだ!?」

「ん~…顔洗おうかと、そしたらディオがいた。」

「マリア、昨夜からギルドに泊まってるの忘れたの!?」

「忘れてた。」

「とにかく、お嬢さんは着替えて!!」

マリアの事を遠からずも好意のある二人に、淡いピンクのノースリーブのネグリジェ風の寝間着は、寝起きのディオとダレルにはかなり刺激が強かったらしく、二人は赤い顔で深いため息をついた。

「うっかり手を出すなよディオ…」

「ダレルさんこそ…」

そして、ギルドを開けると…朝一から騎士団がギルドの前に整列していた。

「ダレル殿、おはようございます。」

「あぁ、ヒース殿おはようございます…」

銀色に光る鎧を身に纏ったヒースが一歩前出ると、後ろにいる騎士達は各々の武器を肩に掛けた。
ガシャッ、一糸乱れず揃って感心した。

「此れより、私ヒース•クロイス率いるルクスヘルム騎士団、探索に向かいます。」

ヒースが号令をかけ、禁忌の森へとディオの案内で村を出た。
これでディオは夕方までは戻って来ない、ダレルはなるべくギルドでマリアと一緒にいる様にした。

「ダレルさん、最近ライリー見かけないですね。」

「…そうだな、そのうち来るさ。」

他愛もない話しをしながら、ダレルが依頼の内容を確認する作業をし、マリアが確認の済んだ依頼をギルドの壁に貼っていた。
平和な時間は長く続かず、宿屋のおかみさんが駆け込んで来た。

「ダレルの旦那いるかい!!」

「どうした?そんなに慌てて…」

ゼェゼェと、荒い息を整えると例の冒険者達が酒を出せと暴れていると、ダレルに助けを求めに来たのだ。
マリアを一人にするのは心配だったが、見捨てる事も出来ずにいるダレルにマリアが行く様に言った。

「ダレルさん行ってあげて下さい、私なら大丈夫ですよ!」

「分かった…すぐに戻るから、お嬢さんはカウンターの奥にいてくれ!」

そう言ってダレルは宿屋に行ってしまった。
一人残ったマリアだが、冒険者達が暴れているならギルドには来ないだろうと呑気に窓の外を眺めていた。

(ダレルさん大丈夫かな?ディオはまだ森に行く途中かな?)

静かにギルドの扉が開いた、マリアは気付かず外をまだ見ている、音も立てず人影が一つ近づき手を伸ばした。

「!!」

マリアの口を塞ぎ、後ろから動けない様に腕を回し、耳元で囁いた。

「こんにちはお嬢さん、先日はコケにしてくれてありがとうよ!今日はお礼に来たよ!!」

後ろから抱きついた男が、マリアの耳をベロリと舐めた。

「~!!」

(キモい!キモい!キモい!…)

何とか逃げようと暴れるが、ガタイのいい冒険者と華奢な女の子では力の差は歴然たるもの、それでも必死に手足をバタつかせた。

「あんまり俺を舐めるなよ!」

男はマリアの首に手を回し締めた。

「ぐっ!」

(俺、また死ぬのか…)

息が出来ず、意識が薄れ躰から力が抜けてくると、男は手を離した。
マリアは床に崩れ落ち、むせながら息をした。

「また暴れたら、今度は首の骨を折るぜ。」

静かに耳元で脅した、マリアを床に押し倒し両手首を片手で抑え、もう一方の手が服の胸元を掴み引き裂いた。

「イヤー!!!」

「叫んでも誰も来ねーよ!」

胸元があらわになり男は興奮した、マリアが再び叫ぶが男は笑いながら涙が滲む頬を舐めあげ、マリアの胸に手を滑らせた。

(イヤだ~!!こんなゴリラじゃなく、せめてイケメンにチェンジしてくれ!!!)

目をつぶり足をバタつかせていると、ゴスッと鈍い音がした後、男がマリアの横に倒れた。

「マリア!大丈夫か!?」

目を開けると、真剣な顔のライリーがいた。

「ライ…リー…?」

「そうだよ、ライリーだよ!大丈夫!?」

(助かった…)

ライリーはマリアをそっと立たせると、自分の上着を肩にかけた。マリアは安心したのかポロポロと涙を溢れさせ、破れた胸元を隠しライリーの胸に寄りかかった。

「マリアの悲鳴が聞こえたから、慌てて来たらマリアが襲われてるんだもん…ビックリだよ!」

いつものライリーの軽口に少しづつ落ち着きを戻し、ライリーに男が意識を取り戻す前にギルドの柱に縛りつけると、マリアが近づいた。

「この変態が!変態が!」

男の頭をペチペチと何度も叩いていたが、ライリーがマリアの手を取った。

「止めなさい、手が痛くなるでしょ…それより、なんでマリアが襲われてるのに誰もいないの?ダレルさんとディオは?」

「えっと…どこから説明した方がいいでしょうか?」

少し変なテンションのマリアに、ライリーが顔を背け珍しく言いよどんで、マリアの胸元を指差した。

「あのねマリア、目のやり場にこまるので…もう少し隠してくれるかな…」

(あっ…全然隠れてない、かろうじてピンクな部分は見えてないが、丸見えよりエロいかも…)

「ちょっと着替えてくるから、その男見張ってて!」

バタバタとギルドの奥へ行き、急いで破れたブラウスとビスチェを変えライリーの元へ戻ると、タイミング良くダレルが戻って来た。

「あっダレルさん、宿屋の方は大丈夫だった?」

少し泣いた後のあるマリアと、バツの悪そうなライリーに、縛られて伸びている男を見て、ダレルが説明を求めた。

ライリーとマリアの話しは、一人でいたマリアが男に襲われ、たまたま近くにいたライリーが悲鳴を聞いて間一髪マリアを助けた、と説明した。

「なるほど、ライリーありがとうな!嫁入り前のお嬢さんがひどい目に会わなくて良かった…」

安堵しているダレルに、ライリーは強い口調で聞いた。

「なんでマリアが襲われた?なんでマリアを一人にしたんだよ!?」

ダレルがすまないと小さくなっているのをみかねて、マリアが説明した。

「元々…私が悪いの。」

王都の冒険者とのいざこざを、ライリーに話して襲われた原因は自分だと説明した。

そして宿屋の件は、マリアを一人にする為の陽動だと分かった。

(なんて面倒くさい事するんだ!宿屋の人達にまで迷惑かけやがって!!)

無言で立ち上がると男の前に行き、ゴスッといい音を立てて殴った。

「待て待て!マリア落ち着け!!」

「そうだよマリア、そんな奴殴ったら手を痛めちゃうからね⁉」

慌てて止めに入る二人が、無表情のマリアに戦慄をおぼえた。

「…こんなクズ消した方がいいのでは?」

『マリア!はやまるな~!!』

ダレルに羽交い締めにされ、ライリーには男が視界に入らない様にと、男を地下の倉庫に閉じ込められた。

「それよりダレルさん、あの男どうするの?あのままじゃマリアが殺っちゃうんじゃないか心配だよ…」

「夕方にはディオと騎士団が戻って来る、その時にでも騎士団に突きだすさ。」

二人に邪魔をされ、ふて腐れ気味のマリアはカウンターにアゴを乗せ遠い目をしている。

(いいけどさ…ギリ助かったから、でもやたら男に絡まれやすいよな~、ディオやライリーやダレルさんがいるのをあてにし過ぎるのもだし、俺が美少女に転生したばかりに………でも、男のまま転生してたら最初のゴブリンに殺られてたな。)

ふぅ~とため息を付いた、視線を感じて二人を見るとダレルとライリーが気を使って、ダレルが紅茶を淹れてくれて、ライリーは木苺のタルトやクリームたっぷりのマフィンを用意してくれた。

(どっちだ…慰めようとしているのか、機嫌を取ろうとしているのか…まぁいいか、角のパン屋の焼き菓子美味いから!)

ひどい目にあった後とは思えない食べっぷりに、ライリーを驚かせ、ダレルは笑っていた。
食べながらマリアが、ライリーに尋ねた。

「そう言えば、なんでライリー最近ギルドに来なかったの?」

恋愛経験ゼロ&空気を読めない鈍感のマリア、われ関せず…とダレルは窓の外を遠い目で眺め、又しても言いよどんでいた。

「あ~…マジで分かんないの?なんて言ってたもんか…マリアは誰かに恋心めばえたりした事ない?」

「…??」

(突然どうした?2次元ならありますが…)

クリームたっぷりのマフィンを食べながら無表情になるマリアに、ライリーがダレルに助けを求めた。

「ダレルさん!この子分かってないにも程があるよね!!」

ダレルは紅茶を飲みながら、静かにライリーの肩を叩いた。


そうして、夕方頃にディオと騎士団が戻ると、ダレルが騎士団長のヒースに昼間の出来事を報告し、ライリーが捕らえた男を引き渡していた。

「なんと卑劣な!!この男は王都で厳罰に処します!」

厳しい表情から一転、マリアに申し訳なさそうにヒースが謝った。

「未遂とは言え、怖い思いをさせてしまい…なんと詫たらいいか、この男は特に厳しく罰します誠に申し訳なかった!!」

あまりにもヒースが、大げさに謝るのでマリアどころかダレル達まで慌てた。

「ヒース殿、お嬢さんもあまり大げさにしたくない様ですし…なっ、お嬢さん!?」

ヒースの芝居じみた振る舞いに、少し引いているマリアだが、ダレルの言葉にウンウンと頷いていた。

(なんか…一人歌劇団みたいでウザい、それより厳罰って何?特に厳しくって言ってるし…)

スッとマリアの前に出て、ヒースは膝まつき手を取り手の甲に口づけをした。

(…ジェントルメン、だがちょっとイヤ!キスされた手拭いちゃ失礼かな…)

そして、ヒースは立ち上がると踵を返しダレルに探索の報告をした。魔族はいなかったが、大型モンスターが十数体とアンデット族が何体かいたらしく、王都に報告ののち部隊を増やし討伐を行なうと話しはついたらしい。
翌日の朝一で王都に戻り、準備が出来次第オデュッセル村に寄ってから、禁忌の森で討伐をするとダレルから話しを聞いた。



ヒース達が探索をしていたと同時刻、禁忌の森ではアンデット族達が儀式で捧げた生け贄が姿を消している事に慌てた。
祭壇らしき大岩の上に魔法陣と所々乾いた血の後を残し生け贄が消えた為、魔王への呪いが中途半端になってしまっていた。
見張り様に置いていたモンスターはいなく、同様にいたはずの魔族達は、制御しきれなくなったモンスターに襲われたのかほとんどが動かなくなっていた。

「……」

物言わぬアンデット族の呪術師は、虚空の瞳に蒼く鈍い光を宿すと、散らばったはずのモンスターを呼び寄せ生け贄を探し始めた。

かろうじて生きていた魔族は、アンデット族により記憶を吸い取られ、糸の切れた人形の様に地面に崩れ落ちた。

魔族の記憶を遡ると、儀式の祭壇の上で悲鳴を上げる少女に、鈍い色のナイフを心臓めがけ振り下ろし少女は絶命した。呪術師が少女の躰に呪い文字を長い爪で刻み、猛毒を持つヘビや虫を少女の亡き骸の周りに放ちそれで儀式は終わり、その後はヘビや虫達が少女の亡き骸を喰い付くして呪術が完成するはずだった。

しかし記憶によると、夜明け直前に少女の亡き骸が震え出すと、ヘビや虫は逃げ出しモンスターが暴れ出した。そんな中一瞬だけ少女の躰が光り消えた。

「!!」

呪術師は悩んだ、今までこんな事は起きた事なかった、もう一度生け贄を用意してなど危険過ぎる、既に発動している呪術を完成しなければ儀式に携わった者全てに呪術が数倍の威力で返ってしまう、急がなければ魂の消滅は免れない。

何としても、消えた少女の亡き骸を捜し出さなければ…

そして十数体のモンスターとアンデット族が、禁忌の森の中を捜し歩いていた…



ー翌日、オデュッセル村の門前で仰々しく騎士団が王都に戻る為、整列しダレル達に挨拶をし出発しようとしていた。

「それでは、数日後に戻って参ります。」

ヒースはマリアの前に出るが、マリアが腕を後ろに隠した。

(フフ~ン、またキスされてたまるか!!)

マリアの行動にクスッと笑い、ヒースは胸に手を当て囁いた。

「次にお目にかかる時は、貴方の手に口づける事をお許し頂けたら光栄です。」

キザなセリフをさらっと言うと、部隊の先頭で馬に跨がり号令をかけ出発した。

(次なんて無い!手じゃなく、靴にでもさせてやろうか!?)

心の中で悪態をつきながらギルドに戻った。

「お嬢さん、ヒース殿に大分気に入られた様だな。」

「正直…対応に困ります!」

口を尖らせ恨めしそうにダレルを見るが、笑い飛ばされた。

「ハッハッハッ、そんな顔してちゃ可愛らしい顔が台無しだぞ。」

頭をポンポンとダレルが軽く叩くと、近くにいたディオが微笑みながら、

「そうだよ、マリアには笑顔が一番似合うよ。」

ダレルとディオにつられ、マリアも笑顔になって笑った。

「そうそう、俺の為にマリアが笑ってくれるのが一ば、ごふっ!!」

マリアの手を取り、ヒースの真似をして手の甲に口づけをどさくさ紛れにしようとしていたが、笑顔のマリアのみぞおちへの右フックが決まった。
床にうずくまるライリーに、笑顔で指をパキパキ鳴らしているマリア、いつものギルドの風景が戻った。

『相変わらずだ…』

ダレルとディオが呆れ返った。

討伐が終わるまで、ギルドの依頼も中止状態で四人以外には誰もいない。
ディオの提案で、ギルドの裏庭で四人で昼飯をとる事になり、ダレルはギルドで準備し、ライリーはワインを買いに行き、ディオは屋台の串焼きを、そしてマリアはパンを買いに行った。

「え~っと、白パンと、マフィンと、ライ麦パンとタルトを5個づつ!あと木苺のジャムも!!」

欲望のままに、自分の好きな物ばかりチョイスしていた。
すると後ろから宿屋のおかみさんに声を掛けられた。

「あらマリア、お使いかい?」

「はい、ディオ達とギルドでお昼御飯食べようとパンを買いに…」

パン屋のおかみさんが、マリアの注文の品を紙袋にいれながらフフッと笑いながら話しかけた。

「マリア、あんたディオと仲がいいけど…どうなんだい?」

「…どうとは?」

キョトンとするマリアに宿屋のおかみさんまで、

「そうだよ!どうなんだい?」

「…?」

なんの事か分かっていないマリアの態度に、焦れったくなったおかみさん二人は、ハッキリ聞いた。

「とぼけちゃって、ディオと出来てるのかって事!」

「そうだよ~!」

(…今すぐ逃げたい!!)

昼食用のパンが入っている袋は、パン屋のおかみさんの手にあり、答えなければ渡して貰えそうになかった。

(女って何歳になっても恋バナとか好きだよなぁ~、バイト先のおばさん達も若い子と盛り上がってたな…)

ボヘっとしているマリアを余所に盛り上がるおかみさんズ、マリアは小悪魔女子のワードを探した。

「あっ!もしかして…ライリーなのかい!?」

「そうか、そっちなのかい?」

(……誰か助けて!俺、泣きそうです。)

若い娘の様にキャッキャッとはしゃぎまくるおかみさんズに、その場から逃げ出したい一心でディオの時と同じ事を言った。

「まだ付き合うとか無いですけど、頼りがいがあって、優しくて笑顔が素敵な人がいれば…」

おかみさんズ二人からダメ出しが出た。

「何言ってるんだい、そんなあやふやなモン!」

「せっかく美人さんなんだから、いい男捕まえないと!」

(キラーワードが…やっぱり女の人には効かないか、でも下手な事言ったらヤバそう!!)

二人が村中の男の名を出し、あーだこーだ言い始めていると、あまりにも帰りが遅いのでダレルが迎えに来た。

「お嬢さん、パンは買えたのかい?遅いんで来ちまったよ。」

ダレルの登場で、宿屋のおかみさんはそそくさと帰り、パン屋のおかみさんは慌ててパンを詰めマリアに渡した。

「毎度ありがとうございました~。」

紙袋を持って難しい顔をしているマリアに、ダレルは井戸端会議に付き合わされていたのだろうと考え、マリアは自分の立場を考えていた。

「さぁお嬢さん、二人が待ってるから急ごうか!」

そう声を掛け、マリアの持っていた紙袋を何も言わずダレルがヒョイっと取り、足早にギルドまで歩いた。

ダレルと裏庭に出ると、ベンチの所にわざわざテーブルと椅子を用意してあった。

「もしかして、ダレルさんわざわざ用意してくれたの?てっきり地面にラグでも引くものだと思ってた。」

ちょっとドヤ顔で振り向くダレル、ディオとライリーはテーブルにグラスを用意している。

「早く早く、せっかくの串焼きが冷めちゃうよ!」

「マリアにぴったりの果実酒も用意したんだ~。」

みんなで席につくと、他愛もない話しをし、酒のせいではしゃいだりと和やかな時間を過ごした。

(俺…女として生きなきゃいけないんだよな、でも男と付き合うのは抵抗あるんだよね~、我慢すればキスまでなら……やっぱムリ~!!)

ほろ酔い気分の中、一人真剣にこれからの事を考えた。

(でも、誰かと一緒に生きるなら…)

マリアは三人を見た、いつも爽やかな笑顔でマリアを何かと助けてくれるディオ、普段は軽いノリだがマリアに気遣う優しいライリー、頼りがいがあるが意外に照れ屋のダレル、村に来てまだそれほどでもないのに、馴染めたのはこの三人のおかげなので少し心を開いていた。

(あの王都の変態冒険者に比べたら三人の方がマシだから、最悪この三人の中から選ぶか…どうしてもの時にな!!)

不毛な考えを面倒くさくなり、マリアは考える事を後回しにした。

「マリア、もうお腹いっぱいになった?」

「ほらお嬢さん、またジャムが付いてる。」

「マ~リア、君には薄いピンクの果実酒をどうぞ~。」

(うん、色々考えた所でどうしようもないから、いつもどうりでいいや!)



夕暮れの中、オデュセルの村付近を黒騎士ギャレットが、一人禁忌の森で呪術の祭壇を発見していた。

「こんな所に…」

ギャレットは祭壇を壊そうとしたが、手を止め考え込んだ。
もし、壊した事で魔王への呪術が強まる様な事になったら…それこそあってはならないと、仕方なく祭壇を調べ、近くに術者がいないか探っていた。

(あまり気が進まないが…麓の村も調べて見るか。)

ギャレットは黒い鎧を脱ぐと、短い黒髪にブルーの瞳ぱっと見は人間そっくりだか、尖った耳をターバンで隠し、牙が目立たない様にストールで口元を巻いた、旅人を装い村の近くまで行くと、オデュッセル村の門前で番をしていた村人に止められた。

「おい!あんた、そんな所で何してるんだ!?」

旅人を装ったが気付かれたか、とギャレットが踵を返し、森へ戻ろうとすると。

「もう暗くなるから、早く村へ入んな!」

疑う事を知らないのか、見慣れない旅人のギャレットを心配し、村へ迎え入れた。

「すまない、旅の途中で迷ってしまって…」

ギャレットの嘘に村人は、顔を曇らせさらに心配した。

「そうか…でも運が良かった!最近この近くで大型モンスターが出て大騒ぎだったんだ!!今日はこの村に泊まって行きな。」

親切な村人にお礼を言い、村の中を観察した。

夕飯時のせいか、あちこちの家から料理の匂いがして、家路を急ぐ者や買い物をする者、通りを賑わせていた。
フラフラと歩いているギャレットに、ギルドから出て来たマリアとディオがぶつかりそうになった。

「あっ!ごめんなさい!!」

マリアは昼に口にした果実酒の酔いか、頬が少し薄い桃色に染まっていて潤んだ瞳をしていたが、ギャレットは大丈夫と去って行った。

「大丈夫だ、失礼する。」

隣にいたディオが、立ち去るギャレットの背をジッと見つめていた。

「何処から来たんだ…」

差程大きくもない村なので、ある程度村人の顔を知っているディオは、ギャレットを直ぐ村の外から来た事に気付いた。

「どうしたのディオ?」

「いや…何でも無いよ、急いで買い物しないとな!」

マリアとディオは、夕飯の材料を買ってギルドに戻った。
昼間、少し酒が入ってディオがうっかりギルドにマリアと泊まり、寝ぼけたマリアが寝間着姿でディオを驚かせた話しをした為…ライリーが自分もマリアと泊まりたいと騒ぎ出しダレルに泣きつき、どうしようも無くなったダレルがマリアとディオに泣きついた。

「私は別に良いけど?」

ダレルがホッとするが、ディオが嫌がった。

「ダメだって!だいたいライリーは何処に寝かせるつもりなの?」

ダレルはどうしたものかと悩み、ライリーは浮かれていると、マリアは冷酷だった。

「ギルドの床でいいんじゃない?」

『酷っ!!』

男3人がドン引きしたが、マリアはライリーに強めに言った。

「同じ屋根の下なんだから、文句ないよねライリー?嫌なら家のベッドで寝れば良いんだし。」

天使の如く微笑みながら、悪魔の様な言い方に逆らえず、ライリーは複雑な心境でのお泊まりとなった。
ダレルとディオは、何も起こりません様にと祈るばかりだった。


ギルドのテーブルを囲み、騒がしく食事を取る4人。

「いや~マリアの手料理美味しかったよ!」

「…ダレルさんが作ったのよそっただけだし…」

ニコニコしていたライリーの顔が、酸っぱい物でも食べたかの様になった。

「ぐっ!ちょっとぐらい夢見させて!!」

「スマンな、俺が作った料理で…」

「謝る事ないですよ、私が作るより凄く美味しかったもん!一人暮らし長いだけに手際も良かったし!」

にこやかなダレルが、みぞ落ちにパンチを喰らったかの様にウッ!と下を向いた。

「マリア、それ褒めてないから…」

楽しかった食事が、通夜の様に静かになり、マリアは笑って誤魔化した。

「アハハッ…ワインもっと飲みます?」

食事の後は、ワインを飲みながら他愛もない話しで盛り上がっていたが、ダレルが翌日も仕事があるからと、それぞれ寝る準備をしていた。

マリアが部屋に戻ろうとすると、ディオが“コレを”と何か渡した。

部屋でベッドを整えていると、今度はダレルが来てそっとマリアの手に渡した。

みんな、ワインの酔いでぐっすり眠った夜半に、マリアは何者かの気配で目が覚めた。

(…なんだ?誰かいる!!)

布団をかぶり、様子を伺っていると…何者かは静かにマリアに近づく、マリアはディオとダレルに渡された物を胸に抱き息を殺していた。

暗闇の中、マリアに黒い手が伸びると…

「きゃぁぁぁ~!?」

静かなギルドに悲鳴が響いた。

ディオ達が駆けつけると、薄暗いマリアの部屋でナイフの刃が鈍い光を放ち、白い首筋と胸に当てられていた。

「た、助けて~!!」

ディオとダレルはため息を付いた。

「ディオ寝るか…」

「そうですね、寝ますか…」

マリアにナイフを突き付けられ、情けない顔のライリーが2人を止めた。

「いやいや!?待ってよ!…それになんでマリアがこんな物騒なモン持ってんの?」

3人は、無表情になり感情のない声で言った。

「いや…何となく?」

「俺も、何となくな渡した…」

「私も…何となく受け取った。」

3人の声がハモった。

『絶対ライリーがやると思ったから…』

今にも泣きそうなライリーは、

「マリア…もうしないから、ナイフしまってくれるかい?」

少し考えてから、マリアはナイフを下げるとにっこり微笑み、ディオとダレルにお願いした。

「ディオ、ダレルさん、お願いしてもいいかしら?この変態す巻きにして、地下の物置きにでも放って来てくれると助かるのだけど…」

怒りを宿す瞳で、口元だけをニッと笑い…マリアが邪悪な笑みでライリーを見下ろすと、ディオとダレルが急いでライリーを縛り、地下に放り込んできた。

「2人共ありがとう、おやすみなさい。」

パタン…ドアが閉まると、2人は冷や汗を拭った。

「ダレルさん…俺、一瞬マリアがライリー本気で刺すかと思った。」

「…俺もだ。」

2人は何とも言えない感情のまま眠りについた。

翌朝、焼き立てのパンの匂いでマリアが目を覚まし、朝食を作るダレルの手伝いをした。

「ダレルさん、スープはもうよそってもいいかな?」

「おぅ、やってくれ!玉子も今焼けるから。」

匂いにつられ、ディオも起きてきた。

「おはよう~、美味しそうな匂いだね。」

ディオも加わり、朝食の準備も終わり食べようとすると、ライリーがいない事に気付いた。

「あれ?ライリーはどうしたの?」

ディオとダレルが慌てて地下に行き、ライリーを連れて来た。
ホコリまみれで、目の下には濃いクマが出来、少しやつれた様な顔に、マリアが大丈夫?かと聞いた。

「大丈夫じゃないよ!みんな酷いよ!!」

美味しそうな朝食を前に、マリアは感情のない声で、

「…私の部屋に忍び込まなければ良かっただけ。」

ディオとダレルも同じく、

「そうだね、忍び込まなければ、俺のナイフも使われる事なく戻って来たのに…」

「まったくだ…」

みんなの冷たい視線に耐えられず、泣きべそかきながら、ライリーはパンを一気に頬張った。

「どうせ、…俺が、…ングッ!」

「慌てて食べるから!」

ディオがライリーに水を飲ませた。

「かはっ!死ぬかと思った…」

ダレルが大笑いをすると、つられてマリアとディオも笑い、ライリーも笑って、楽しい朝食となった。

朝食の後、マリアはダレルに頼まれ門番をしている村人に、村の周りでモンスターを見たりしていないか聞いていた。

「村の周りじゃ見てないな~、少し先にある森にゴブリンがいるくらいだろ?」

マリアはゴブリンと聞いて、背筋がゾワゾワした。

「ありがとう…それじゃ頑張って下さい。」

この世界に来て一番最初に会った者、ゴブリンにされた事を思い出しむしゃくしゃしながら歩いていた。

足元に転がる小石を蹴ろうと、ちょっと強めに蹴った。

「いった!?おゎっ!!」

マリアが蹴ったのは、小石では無く石畳に使われている大きな石の一部、足が振り抜けなかったのと痛みでバランスを崩し、よろけて何かにぶつかった。

「女、大事ないか?」

「へっ?あっ、すいません!」

(女って…君とかお嬢さんとかあるだろ?)

ギャレットがマリアの腰に手を回し、体勢を直してやると、マリアが恥ずかしそうに頬を染めお礼を言おうとギャレットを見ると…

「あっ!昨日の…一度ならず二度も、本当すいません!」

「…私は問題無い、足元に気を付けられたらいい。」

ギャレットは会釈をして村を出て行った。

(なんだろ…騎士団のヒースさんみたいな話し方なのに、普通の対応…ヒースさんが特殊なだけか。)

「さて、ダレルさんに報告しなきゃな!」


ー数日後ー

朝から複雑な顔でギルドの受け付けに立つマリア、苦笑いのダレルにきらびやかな鎧のヒースがいた。

騎士団がモンスター討伐の為、人数と装備を整え再度村を訪れていた。

「それでは、ギルドからは回復薬と解毒薬を提供させていただきます。ヒース殿、どうかお気をつけて…」

「ありがとうございます、無事討伐を終えマリア嬢が笑顔で迎えていただけたら、最高の褒美です。」

ダレルとマリアに頭を下げ、ヒースは騎士団を率いて禁忌の森の討伐に向かった。

「お嬢さん…薬師に念の為、回復薬と治療薬を多めに用意して置く様に言っといてくれ…」

「はい、すぐ行ってきます。」

ヒース達が禁忌の森近くで、部隊を分け野営用のテントを張り、討伐に備えていた。

「各部隊に告ぐ!これより討伐を行なうが…この野営地より先に、モンスターをけして出さぬ様に!」

『御意!』

「森の右陣に1•2部隊、左陣に3•4部隊、弓矢部隊は援護射撃、残りの部隊は森から出たモンスターの駆逐に…いざ、討伐を開始する!!」

『御意!!』

ヒースの指揮で、部隊が森を囲む様に禁忌の森に入って行った。

村では…落ち着かない様子のマリアに、ダレルが剣を持ちディオが弓矢を、ライリーが細身のレイピアを腰に装備を整え、万が一村に近づくモンスターがいた時、討伐をする為に準備をしていた。

(騎士団頑張ってくれ…じゃないと…)

不安そうなマリアに、3人は笑いながら声を掛けた。

「大丈夫さお嬢さん、心配しなさんな!」

「そうだよ、俺達は万が一の為に用意してるだけだよ。」

「そうそう、不安なら俺の胸に…ゴハッ!?」

ライリーの脇腹にマリアの右フックが決まり、呻きうずくまった。

「まぁ…なんだ…」

「いつも通りだね…」

怒り気味のマリアがギルドの奥から短剣を持ち出した。

「私も一緒に行く!この間みたいに待っているだけなんて…」

優しく微笑むダレルが、短剣を持つ手をそっと握りマリアに言った。

「お嬢さん…勇ましいのもいいが、今回ばかりはダメだ…お嬢さんが怪我なんかした日には、俺達が悲しむ事を忘れないでくれ。」

ディオもライリーも、マリアの手に触れ優しく笑った。

「そうだよ、マリアにはここで待っていて欲しいな。」

「慌てん坊のマリア、俺達は万が一の時に用意してるだけ!モンスターが来なければ出番はないの、不安なら…マリア…なんで俺に剣を向けてるのかな?」

「お嬢さん、殺るなら外で頼むよ…」

「ライリー…いい加減学習しなよ…」

笑いながら3人は、村の入口で見張りに行ってしまった。

(俺…何の為にこの世界に来たんだ?こーゆー時って、転生して来た奴が世界を救ったりするのに…何の力も無いなんて…)

椅子に座り落ち込んでいたが、マリアの嫌な予感が当たった。

討伐部隊のすきをついて、森からモンスターが一体逃れて村に向かっていた。

ダレルを筆頭に、ディオとライリー村の冒険者達が、村の近くで戦っていた。

村の人達は教会に逃げ込み震えている中、マリアはギルドにいた。

(戦えない俺は、ここで待っている事しか出来ないのか…もし、ダレルさんやディオやライリーが、死んだら…)

遠くから聞こえてくるモンスターと冒険者達の声に、マリアは長いスカートを短く裂き、短剣を握りしめ戦っている3人の所に走った。

(誰も死んで欲しくない!神様、この世界ではちゃんとするから!)

マリアが駆け付けると、頭と肩から血を流すライリーを、脇腹に浅くない傷を負ったダレルが担ぎ、まだ動けるディオと村の冒険者達がモンスターと対峙していた。

「ダレルさん!ライリー!」

木の影にライリーを降ろそうとしていたダレルが驚き、かろうじて意識のあるライリーがマリアを見た。

「お嬢さん!なんで来たんだ!!」

「私も戦う、誰も死んで欲しくないから!!」

木に寄りかかるライリーに、マリアは近づき手を握った。

「ライリー…ちょっと待っててね!みんなで村に帰るんだから…」

マリアはダレルが止めても聞かず、まだ戦っているディオ達の元に行くと、ダレルも後を追った。

「ディオ!大丈夫?」

「マリア!!なんで来たんだ!?」

「私も戦う為に来たの、みんなで帰る為に…」

ディオの横で短剣を構えるマリアに、ディオは渋い顔で怒鳴った。

「帰れ!!俺達でも足止めにしかならないんだ!頼むから村に戻ってくれ!!」

一瞬マリアは戸惑ったが、迷わず走り出した。

「マリア!!」

「何してんだお嬢さん!!」

ディオとダレルが叫ぶが、マリアは冒険者達の間を抜け、象より大きく蛇の様な鱗が貼り付くモンスターに、短剣を斬りつけるが鱗が硬く弾かれた。

地面に転がるが、立ち上がり果敢にまた斬りかかったが、モンスターの尻尾に弾かれたが、マリアの頬が少し傷付き血が流れた。

「マリア!戻ってくれ…」

弓矢でディオが援護射撃をするが、マリアはまた立ち上がり短剣を震える手で握りモンスターに近づく…血が頬からアゴに伝い、白いブラウスの胸元に垂れて赤く染めた。

ディオの射る矢がモンスターの目を潰し、怯んだ所にマリアが短剣を高く上げた時、血の滲む胸元が青みを帯びた光を放った。

マリアの隣にいたダレルが剣を構えなおし、青い光を浴びたモンスターが怯えポロポロと鱗が剥がれた。

「ダレルさん、鱗が剥がれた場所に!!」

ダレルはマリアの言う通りにした、ダレルの剣がモンスターに深々と刺さると、他の冒険者達も鱗が剥がれた場所に剣やナイフ、矢を突き立て息の根を止める事が出来た。

しかし、ほとんどの者が深い傷を追って、何とか歩ける者が肩を貸し村に戻っていた。

モンスターを倒したのに喜ぶ者はいない、いつも門番をしていた男がモンスターの爪に裂かれ、無惨な姿になり、いつもギルドに来ていた冒険者の1人が右足をひざから下を失って死にかけていた。

村に着くと、門番の妻子が泣きながら縋りつき、冒険者の恋人と両親が青ざめ薬師に助けを求め、その他の冒険者達もぐったりとした様子でその場に座り込んみ、マリアと3人はギルドに戻った。

「…マリア、あの…光は…何なんだ?」

間近で見ていたダレルが、マリアと目も合わせず聞いた。

「分からない、ただあの時…胸が熱くなって…」

抑える手をズラすと、マリアの胸元にアザが浮かんでいた。

「ダレルさん、今はライリーの手当てを先に…」

気不味い雰囲気の中、マリアは回復薬と解毒薬を用意し、ダレルがライリーの傷口を消毒して止血した。
ライリーの手当てが済むと、ライリーも意識を取り戻した。

「お嬢さん、さっきの説明してくれるか?」

ダレルが言うと、ディオとライリーも真剣な顔でマリアを見ていた。

「私は…ただみんな無事に戻って欲しくて、あの場所に…」

はぁ~っとため息を付いたダレルが、険しい顔になった。

「そうじゃない、あの光は何なのか知りたいんだ…あの時、お嬢さんの胸元が光った後…モンスターは弱体化した様に見えた。」

マリアが自分の胸元を抑える手を退けると、光は消えていた。

「分からない…ただモンスターを倒さないとって思っていたら…突然光って…」

マリアが一歩後ずさると、ディオがダレルを止めた。

「ダレルさん!ちょっと待ってよ…確かにマリアが光ってたけど、モンスターは倒せたんだ問題ないだろ?」

ソファーに青ざめた顔で横になっていたライリーも、マリアを擁護した。

「マリアの光で弱体化したなら、マリアのお陰だろ?なんで攻める様な言い方…」

「…あの光、魔族が使う魔術と同じ光だった…」

ダレルはギルドの自室に入って行った。

(俺…魔族に転生してたのか?俺は人間の敵で…ここにいちゃいけない存在なのか?)

マリアが下を向いて震えていると、ディオとライリーがある話しをした。

「マリア…多分俺達以外の冒険者はモンスターの攻撃を防ぐのに夢中で、あの光は見ていないと思う…」

「ディオも俺も、マリアが魔族だなんて思ってないよ、そんな悲しい顔しないで…」

「…うん。」

「後…マリアには話して置くよ、ダレルさんが冒険者を辞めたのは…ダレルさんの恋人が原因なんだ。カトレイアって名前の冒険者だった…ダレルさんと2人でよくモンスター討伐をしていたんだけど、ある日…ゴブリンの巣を潰す依頼を受け、2人は森の奥にある洞穴に行った、ゴブリンは一匹残らず退治したが、運悪く魔族と遭遇して、カトレイアがダレルさんの制止を無視して斬りかかった時…魔術か呪術を受けて倒れた。」

そこまで言うとディオが黙り、代わりにライリーが続きを話した。

「ダレルさんはカトレイアの遺体を抱え、村に戻って来た後…冒険者を辞めて暫くは嘆いていたけど、当時のギルド長がいい加減年だからってダレルさんにギルドを引き継がせたんだ…」

(そうか、だから光った時ダレルさんが一瞬躊躇してたのか…)

マリアは胸元のアザを見せた。

「実は、あの光が消えた後…これが胸に浮き出たの…」

ブラウスをはだけ2人に見せると、ディオは慌てて顔を背け、ライリーは動きを止めた。

「……このアザ見えてる?」

2人がよく見ると、リンゴサイズの魔法陣が胸の谷間に焼印の様にハッキリ付いていた。

「マリア…どうしてこんな…」

「そうだよ、どうしてこんなエロい場所に…」

(…そういう奴だった、ライリーの性格は知ってた筈なのに…忘れてたよ。)

無表情のマリアに、赤い顔のディオと青ざめた顔でもにっこり笑うライリー…死にかけた後の重苦しい雰囲気も無くなったが、ライリーの信頼性も無くなった。

「まぁ、取り敢えず…騎士団が戻るまで動ける冒険者達は待機して、軽い怪我の冒険者達で門番をするか…あっ、ライリーは当分教会で怪我の治療な。」

「分かった、俺はマリアの膝枕で大人しく寝ているよ、そしてそのまま教会で…」

「棺桶で永眠する?」

「マリア…怪我してる時くらい夢見せてよ!」

いつもの様に、ライリーの軽口に場が和むと、ヒース率いる騎士団が戻って来た。

ディオがダレルを呼ぶと、ヒースとダレルが話し合いを始めたが、すぐに終わり難しい顔をしたダレルがマリア達にも説明した。

「お前達に話しがある、討伐は騎士団により成功した…だが、やはりこちらにも全員無事とはいかなかった様だ…騎士団の方達は何日か滞在をして、怪我の治療と村の近辺の探索をするそうだ。」

ダレルの後ろにいたヒースが、一歩前に出て話しをした。

「私達は滞在しますが、大型モンスターの脅威は完全に去った訳ではないので、暫らくはまだ警戒が必要です。ですが、近場なら騎士団員か冒険者の方達の護衛付きで村の外に出る事は出来ます。」

「そういう事だから、ディオは他の冒険者達に護衛の話しを通して来てくれ、お嬢さんは…暫らくライリーと教会だ、治療の手伝いをして来て欲しい。」

ディオは冒険者達の所を廻る為にギルドを出た、マリアは一瞬悲しい顔をしたが、笑顔でダレルに返事をして、ライリーに肩を貸し教会に向かおうとした。

「マリア嬢、彼は私が教会まで肩を貸そう、か弱い女性が無理は良くない…教会までの案内を頼みたい。」

ライリーはヒースに担がれ、ギルドに後ろ髪を引かれるマリアと教会に向かった。

「俺はマリアで良かったのに…」

ライリーが青ざめた顔でボヤくと、すかさずヒースが反論した。

「君は、か弱い女性を痛ぶるのが好みなのか?」

「なんでだよ!?そんな訳ないだろ、マリアの方が良かったってだけだよ!」

「君の様にガッシリした男性を、マリア嬢の様なか弱い女性に運ばせ様など、中々私には出来ないので女性に無理強いをするのが好みかと…」

青ざめた顔を赤くしてライリーが怒っていた。

「違う!どうせ触れるなら男より、マリアに触れていたかっただけです~!」

フッと鼻で笑うヒースに、ライリーが怒って暴れそうになると、マリアが慌ててライリーの手をつねった。

「イテッ、なんだよマリア…」

「ライリー…怪我ひどいんだから、あんまり興奮しないで大人しくして!本当に棺桶に入れるよ。」

教会に着くと、村人達にライリーは中に運ばれて行き、マリアがヒースにお礼を言うと…ヒースの手がマリアの顔の傷口をそっと撫でた。

「マリア嬢の可愛らしい顔に傷が…本当に申し訳無い…せめて傷跡がキレイに消える事を願う。」

毅然として屈強な騎士団をまとめるヒースが、本当に申し訳なさそうにマリアの顔の傷口を見ていたが、傷口にチュッと小さな音を立て離れた。

マリアが頬を押さえ茫然としていると、ヒースが微笑んでその場を去って行った。

(取り敢えず…ライリーが見てなくて良かった、それと…俺はどうなってんだ?魔族に転生…した訳じゃないと思うが、あの光と胸にある刻印?焼印?何かのマーク的な跡もどうしたものか…ダレルさんにも避けられてるし…)

マリアは複雑な心境になると、持ち前の性格の為に深く考えるのを止め、成り行き任せにした。

「…怪我人の手当てのお手伝いしよ。」

マリアが教会でバタバタしてる時、ギルドではダレルとディオが微妙な話しをしていた。

「ダレルさん、さっきの態度でマリアが落ち込んでいたよ…気持ちは分かるけど…」

「分かる訳ないだろ!!未来を共にする約束をした女が、魔族に目の前で殺されたんだ…俺は、ただ見てるだけだった…助けられたのに、ただ見てるだけ…」

ソファーに座るダレルは、両手で顔を覆いまるで泣いている様に見えた。

「だからって、まだ魔族かどうか分からないのに…マリアにあの態度は良くない。それにマリアは、俺達の為に危険な場所に駆け付け、擦り傷だらけになりながら一緒に戦ってくれた…マリアはマリアだろ?」

気持ちの整理が出来ないダレルは、黙ったままその場を動かず返事すらしなかった。

「…もし、ダレルさんがマリアの立場ならどうしてた?記憶がない、誰も知らない村での生活、危険を承知でまだ付き合いの浅い俺達と戦い、助けた相手から拒絶…俺ならぶん殴るか村を出るかもね。」

ディオはギルドを出て、マリアとライリーのいる教会に向かった。

教会では、色んな意味でマリアが苦戦していた。

「手当てをしますので、傷口を…」

「いえ!私達は大丈夫です、お気遣いなく。」

(なんか…騎士団の人達、萎縮して全然手当て出来ね~!)

「マリア、それなら俺の手当てしてよ~」

既に手当てを受け、包帯を巻いてベッドに横たわるライリーがマリアに甘えていた。

「ライリーはもう手当てしてあるよね!?」

「いや、まだ深い傷があるんだ…マリア…」

真剣な顔でマリアに手を伸ばすライリーに、他の傷口があるのかも…と近づくと、マリアの手を取りライリーは自分の胸にマリアの手を当てた。

「俺の心の傷は、マリアの口付けで癒され…ヒッ!?」

無表情な顔で、ライリーの胸の上の手を滑らせ、脇腹をくすぐった。

「アハッ…痛っ!アハハハ…痛ぇ~!。マリア…アハハッ、止め…」

(こいつはこーゆー奴だったな…)

くすぐられ、ライリーが体を揺らし笑うと肩の傷に響き、笑うたびに肩に痛みが走った。

「本当に、アハハハ…痛いって、アハハッ…もうしないから…本当に…いててっ、ごめんなさい!!」

痛みなのか…笑い過ぎか…涙目でマリアに許しを乞うライリーに、周りの怪我をした人や手当てをしている人、みんなが笑い穏やかな雰囲気になった。

ディオが教会に着くと、マリアとライリーを中心に村人も騎士団の人達も、にこやかに笑い合っていた。

教会の入口で、マリアを見ていたディオに気付き、マリアが声を掛けた。

「ディオ、手伝いに来てくれたの?」

「いや、ライリーが迷惑かけてないか様子を見に来たんだ。」

「俺は子供じゃないんだから、迷惑って…」

「そうよ、ディオったら子供の方が静かで、大人しいのに…ライリーの迷惑なのはいつもよ!」

マリアの周りの人達が笑い、ディオはつられて笑っていた。

翌日は、村の中はいつも通りだったが、教会の中で唯一の死者の弔いをしていた。
泣きながら棺桶にしがみつく女性と、小さな男の子が泣いている母の側でキョロキョロしていた。
門番の母親らしき年配の女性が、弔いに来た人達にお礼を言っていた。

(この村に来てどれくらいだろ…それでも悲しいんだから…家族にしたらもっともっと悲しいよな…)

「マリアどうしたの?」

教会の外にあるベンチに座るマリアに、ライリーが声を掛けた。

「門番さんの名前…ちゃんと聞いてなかった。いつも挨拶してたのに…」

「…シモンさん、奥さんはアリスンさん、息子はオーウェンだよ。」

ライリーが優しく頭を撫でた…ライリーの優しさに泣きそうになったが、マリアはライリーに突拍子もない事を言った。

「私も冒険者になれるかな?みんなみたいに戦いたい!」

『えぇっ!?』

ライリーの驚く声と被って、マリア達の後ろにいたディオとダレルが驚いていた。

「ダレルさん…どうして教会に?」

「俺もいるんだけど…」

「あぁ、ディオも…」

「ついでっぽいけど、まあいいや…ダレルさんがマリアに話しがあるんだって、ライリーは俺が見とくから2人でちゃんと話しして来なよ。」

ディオ達に見送られ、ギルドに戻って話しをする事にしたが、ギルドまでは2人共、無言で少し落ち着きが無かった。

(やっぱり、俺が魔族かも知れないからか…)

ギルドに戻っても、中々お互いに何をどう話していいか、悩んでいて話すどころか困って、お互いに相手が話し出すのを待っていた。

(どうしよう…俺から話した方がいいのか?でも…ダレルさんが話しあるってディオが…)

ゴホンと咳払いをダレルがして、マリアの前に来ると頭をかきながら謝ってきた。

「うん…その…昨日はすまなかった!!」

「ダレルさん!?何で謝るんですか?」

言いづらいのか、強面の大きな体のダレルがマリアの前で体を縮めて、申し訳なさそうに話した。

「昨日の夜、ディオに怒られたよ…マリアが魔族と決まった訳じゃないのにあの態度は無いって、確かにマリアは俺達を助けようとしたのに…本当に申し訳ない!」

普段は冒険者達を怒鳴ったりしているダレルが、小さくなってペコペコ謝る姿に安心するのと、胸が熱くなって自然に涙が溢れた。

「いやっ、何で泣くんだ?悪かったから…頼むから泣くのはちょっと待ってくれ!お嬢さん…」

(なんだ…ダレルさんはやっぱり優しくて…)

マリアはダレルに抱きつき、ダレルの胸で泣いていた。

「…悪かった、マリアはマリアなんだよな…」

優しく背中をポンポンと叩き、マリアが泣き止むまでダレルは待ってくれた。

「…ダレルさんすいません…私、ダレルさんに嫌われたって思ってたから…」

「そんな事は無い、俺が昔の事をいつまでも引きづってる様な弱い男だから…マリアを泣かせるなんて事に…」

困った顔が、優しい笑顔になりマリアの涙を拭ってくれた。

「ただ…出来ればもう泣かないでくれるか?どうも俺は、泣いている女を慰めるなんて…ライリーみたいに慣れてないからな。」

マリアもニッコリ微笑んだ。

(そうだ!ダレルさんなら分かるかな?)

「あのダレルさん、見て欲しい物があるんですけど…」

マリアはブラウスのボタンを外し、胸元をはだけて谷間を見せた。

「なっ!?待てマリア!!なんで服を…」

真っ赤になって顔を背けるダレルに、マリアが無理矢理両手で顔を押さえ、胸元を見せようとしたがダレルが固く目を閉じて見ない様にしていた。

「なんで見てくれないんですか?ダレルさん目を開けて見て下さい!!」

「落ち着けマリア!若い女がそんなに簡単に男に肌を見せるなんて…しかも胸を!」

(あぁ、ダレルさんってば勘違いされてますね~それなら…)

「ダレルさんに見て欲しいの…私なんて魅力無いかも知れないけど…ダレルさんなら…」

ニヤッと笑いながら、マリアはダレルをからかっていた。

「ダメだダメだ!本当に心から好いた相手以外にそんな事を…」

見た目に反して、あまりにも純情過ぎてからかいづらくなったマリアは、ちゃんと見てもらう為に話しをした。

「ダレルさん、見て欲しいのは胸に出たアザなんです。だからちゃんと見て下さい。」

マリアの話しを聞いて、ダレルが目を開けて見ると…胸元にある刻印の様なアザに頭を悩ませた。

「これは…いつからだ?」

「あの時です、青く光った後…胸元にこれが出たんです…」

「お嬢さん…ハッキリとは分からないが、もしかすると何かの呪いがかかっているのかも知れないな…」

(…生け贄の次は呪いですか、どんだけだよ!)

マリアが胸元にダレルの顔を押さえて、ダレルはマリアの腰に手を置いている所に、ギルドのドアが開き悲鳴に近い甲高い男の声が響いた。

「なんて事を!!俺のマリアの…俺のマリアの胸に顔を埋めるなんて、ダレルさんでも許さない!!」

ディオがドアの所で固まり、ライリーはそのディオの肩に寄りかかった状態でわめいていた。
マリアが手を離すと、ダレルが慌てて離れしどろもどろに言い訳をした。

「違う!誤解だライリー!!」

ボタンを閉めながらマリアがライリーに近づくと、ライリーの頬をつねった。

「私はライリーの物じゃないし、ダレルさんには胸のアザを見てもらってたの!ただダレルさんが胸元だから照れてちゃんと見てくれないから、顔を押さえてたんだけど…ライリーにも見せたよね?」

「ひゃい、ほめんなひゃい…」

マリアがつねるのを止めると、赤くなった頬を擦るライリーの隣で固まるディオに、マリアは向き直すと…

「ディオ?貴方にも昨日見せたよね…いつまでもぼーっとしてるなら、股の間蹴り上げるよ!」

ヒッ!と何故か3人が股を押さえた。

(やっぱり、男にはこれが一番効くな…自分でもヒヤッとするもんな。)

「お嬢さん、女性がそんな事言うもんじゃないよ…」

「そうだよ…思わず押さえちゃったよ!」

ディオも我に返ると、赤い顔をしてマリアをみた。

「マリア…蹴り上げるのは止めて下さい。」

ダレルとの話し合いが気になって様子を見に来た2人も合流して、アザについて話しをしたが分からないので、分かる人に聞きに行く事になった。

「俺の知る限り、オデュッセルから東にあるブローグの神殿の神官なら…多分分かる奴がいるかも…」

(神殿かぁ~、変な帽子被った爺さん辺りが、偉そうに神様の話しでもしそう…)

ダレルはギルドがあるから、ディオとマリアで訪ねる様に言っていると、ライリーが一緒に行くと我がままを言った。

(…爺さんじゃなく、美女がいるな…しかもかなりの美人と見た!)

「お嬢さん、行くなら早くした方がいい…そのアザ、何にしてもいい感じはしないからな。」

「はい、ディオが大丈夫なら明日にでも…」

「俺も行く!!」

肩の包帯が痛々しいライリーが、目を輝かせ挙手をしたが、マリア達は旅仕度に必要な物を…とスルーしていた。

「それじゃ、ダレルさんなるべく早く行くなら…東の山を一つ越えてから森を抜けてれば、神殿に着きますか?」

アゴに手をかけ、少し考えてからダレルが神殿までの道のりを変えた。

「いや、少し遠回りになるが…東の森は避けた方がいいだろ。」

一緒にいたディオが、不思議そうに聞いた。

「どうして?あの森なら何度か行った事あるけど…それほど危険じゃないかはず?」

「確かに…少し前なら、いたとしてもゴブリンかスライムくらいだったが…今は分からん、用心した方がいいだろ。」

話しの輪に入れないライリーは、いじけてソファーにふて寝している。

(せめて、怪我が軽いなら一緒にって言えるが…暫らくは大人しくしているしかないな…ライリーの代わりに美女は俺が見てくるよ!)


翌朝、朝もやが出ている道のりをマリアとディオが手を振りながら進んでいた。

見送りはダレル1人…マリア達はきっとライリーが拗ねて来なかったのだろうと…思いたかった。

「ねぇディオ…絶対来るよね…」

「うん、来るね…」

2人が山を越えて、東の森の前で休憩をしていた。

「…平和だね、モンスターも出なかったし、ライリーも出なかった。」

「マリア…甘いよ、ライリーを舐めちゃダメだ!あいつの美女に対する執念みたいなのは…半端ないんだから!」

のどかな草原で、ライリーの話しで穏やかな雰囲気も無くなり…げんなりするディオと、何故か短剣を確認するマリアがいた。

「それじゃ、行こうか…」

「ディオ、どうしても迂回しないとダメかな?地図だと、森を抜ければ夜には着くよ?」

「確かそうだけど、迂回しても半日くらいの差だし…どれくらい危険か分からない状態で、森を抜けるのは…」

「でも、危険じゃない可能もあるでしょ?なるべく急いでオデュッセルに戻りたいの…」

マリアのゴリ押しに負け、2人は最短ルートの森を抜ける事にした。

「マリア、俺から離れないでくれ…」

「分かった!一応短剣も用意してある。」

薄暗い森は生い茂った木々に、木々のすき間を藪が埋めていて、先に進むのに手こずったが、日暮れまでには森を出られそうだった。

「なんとか、森の半分は抜けたから…少し休憩するかい?」

「ハァ…大丈夫、急げば明るい内に着けるだろうから…」

明らかに、マリアが無理をしているのが分かった。
ディオは優しい口調で、マリアに休憩をする様に勧めた。

「マリア、慌てなくても神殿に近づいているから…」

ディオは話しを止め、口に指を当ててマリアに静かにする様に指示した。

「…何かいる…木の影に移動して…」

マリアは背を縮めて、ディオの後ろに付いていき木の影に隠れると、ディオが弓矢を出した。

「マリア、周りを確認して来るから…ここで隠れてて…」

ディオは、木々の影を素早く移動しながら、少し離れた怪しい藪に注意をはらって近づいていた。

マリアは木の影で短剣を握り、しゃがんでいると…音も無く木の上から降って来たモノに体を覆われ驚き慌てたが、ドロッとした液体が口に貼り付き、声が出せなかった。

短剣を刺そうにも、液体には意味も無くすり抜けた。

(ディオ!!何処にいるんだディオ!!気付いてくれ…)

マリアが藻掻くと、纏わり付いた液体がマリアの体を溶かし始めた…マリアの外套が溶けて、ブラウスとスカートが徐々に溶け出した。

(やばい!服が全部溶けたら…次は俺の番だよ!!)

暴れても、ぶよんぶよん…と波打つだけで死を待つ状態になっていた。

ディオは、気配がある藪に矢を射ると、聞き覚えのある悲鳴がした。

「…やっぱりライリーか…」

藪から矢を持って、涙目でライリーが現れた。

「もう少しで、俺のモノが使い物になら無くなりそうだったからな!!」

ため息を付いて、ディオがマリアに声を掛けた。

「マリア、大丈夫だよ…やっぱりライリーが付いて来てた!」

声を掛けたのに反応がない…ディオが駆け出すと、ライリーも走りマリアの元に急いだ。

(やばい…俺…もう…)

半分以上服が溶かされ、ヌメヌメと体に纏わり付くモノが、マリアの素肌に這う様に動いていた。

「マリア!?」

ディオとライリーが木の影を見ると、ディオが真っ赤な顔で固まり、ライリーは鼻血を吹いた。

透明なスライムが、マリアの服をほとんど溶かし…あられも無い姿のマリアに纏わり付き、2人は不謹慎にも呆けて見ていた。

「た…ろ…は…」

微かに声がすると、ディオがマリアの口を塞いだスライムを矢で刺し剥がした。

「ゴホッ!見てないで助けろ!早く!!」

マリアの怒鳴り声に、ディオとライリーがスライムを剥がし、マリアを助けたが…

裸に近い状態のマリアに、ディオは照れて見る事が出来ず、逆にライリーは近づいてスライムの体液でテカテカに光る、白い太ももやくびれた腹に釘付けだった。

そして、マリアがフラつきながらも立ち上がると、ライリーは2度目の悲鳴を上げ、ディオは外套を毟り取られた。

「マリア…潰れたらどーすんのさ!!」

(潰れてしまえば良かったのに…チッ!)

「マリア…ごめん!俺が離れたばっかりに…」

(あれは仕方ないのに…)

シュンとして落ち込んでいるディオに、怒りづらくなりライリーを睨んだ。

「ディオのせいじゃないから…どっかの誰かが隠れて付いて来たせいだから!!」

ライリーもシュンとしたが、マリアが許す訳も無く…
神殿までの残りの道中は、ライリーが話し掛けても全て無視をしていた。

(只でさえ寒いのに、外套の下はビキニ並みの布地しか無いから寒いな…)

マントの様な外套の為、歩くたびに生脚がチラリと外套の合わせから出るので、マリアは足元から冷えて風が吹くと震えた。

「マリア、もう少しで森を抜けるから…そうしたら神殿までそんなにないよ。」

「それじゃ、明るい内に着けるね。」

「あの神殿は温泉が湧いてるんだよね~!」

「……」

(怪我をしているのが分かっていても、何故かライリーに優しく出来ない…なんでかな?)

森を抜けると、神殿までは何事もなく進んでいると、白い白亜の建物が現れた。

「あれがブローグの神殿だよ。」

(タイにある寺院の…何だっけ?アレに似てるな…)

アジアンテイスト漂う神殿に足を踏み入れた、シスターと言うより…ベリーダンスの踊り子の様な女性達が迎えてくれた。

「ディオ…ここ、神殿だよね?」

(ヘタなキャバクラより刺激的なんだが…神聖な場所ですよね?)

ディオとライリーは来た事があるのか、あまり驚いていないが、マリアは迎えてくれた女性達をチラチラ見ながら神殿の奥に進んだ。

「マリア、ここから先に行く前に温泉に入るんだ、身を清める意味と疲れを癒やす為なんだよ。」

「そうなんだ…ディオは平気なの?こんなに薄着の女性がいっぱいいるのに…」

急に顔が赤くなると、ディオは慌てた。

「いや、ここはそういう所って思って…あまり見ない様に…考えない様にしてた。」

「いやいや、見るでしょ?普通の男なら見ちゃうでしょ?俺はその為に来たと言ってもいい!!」

神殿に入ってからニコニコしていたライリーが、欲望全開で言い放つと、マリアに脛を蹴られた。

「ぎゃっ!?」

「ディオ、神殿の神官に会うんだよね?早く2人で行こうか!」

脛を抱えうずくまるライリーを放って、マリアに引っ張られディオが連れて行かれた。

神殿の女性に呼ばれ、マリアとディオ達は男女に別れ、温泉で身を清める事になったが、マリアが外套を脱ぐと神殿の女性が少し驚いて着替えを用意してくれた。

「お着替えがお済みになりましたら、こちらでお待ち下さい。」

「はい、分かりました。」

(着替えたけど、布地少ないな…)

長いスカートは足元に行くほど透けて、上に至っては金太郎の前掛けの様に、紐で縛っているだけの背中丸見えな服に困惑した。

ディオ達が合流すると、マリアの姿にディオは照れて直視出来ず、ライリーははしゃいでいた。

「マリア!いつもその格好でいなよ、なぁディオ!?」

「いや、マリアはいつもの方がいいよ…」

(こーゆー所がライリーのダメな所だな…普段は凄く気が利くクセに、空気読めない時があるんだよな。)

神殿の女性がまた現れ、奥の間に案内した。

「こちらに神官ファラン様がいらっしゃいます、どうぞお入り下さい。」

頭を下げ、扉を開けると…長椅子に横たわり長いパイプの様な物でタバコを吸っている、ほぼ裸に近いダイナマイトボディの美女がいた。

「……」

(美女だって分かってたけど…布地が薄過ぎて胸が見えてる!)

マリアがディオを見ると案の定赤い顔で下を向き、ライリーは口元を手で隠しガン見している。

(ライリー…鼻血出てないか…)

神官のファランがフフッと笑うと、タバコをふかしながら聞いた。

「そなた達は、何ゆえここに来た?」

マリアは首に掛かる紐を解き、胸元のアザを見せた。

「そなた…もっと近くに。」

マリアが近付くと、ファランは顔をしかめて訊ねた。

「これはいつから?」

「このアザが出たのは、3日ほど前からです…このアザについて知りたく、この神殿を訪ねました。」

ファランはタバコを深く吸って、ゆっくり吐くとマリアの胸元に手を伸ばし、指でアザをなぞった。

「…呪いじゃ、しかもかなり強力なモノだね…」

(やっぱり…そうなのか、誰かに恨まれてんのかな?)

「私が恨まれて…呪いを掛けられたって事ですか?」

「違うね…お嬢さんは呪いの儀式の道具…言わば、生け贄にされたモノだね…」

ファランはマリアの瞳の奥を覗く様に、ジッと見つめるとフフフ…と笑い、小声でマリアに聞いた。

「あんた…中身が別人だね…」

ドキンッ!心臓辺りが痛いくらい脈打った。

ファランは、神殿の女性を呼ぶとディオとライリーを休ませる様に言った。

「旅の方達に食事と寝床を用意せよ…今宵はこの神殿に泊まっていかれよ…」

ディオとライリーが女性達に連れて行かれた後、マリアとファランの2人になると、ファランが話しを聞いた。

「そなたが…どうしてその様になったか…経緯を話せ…」

マリアは田中真理だった頃の話しは軽く説明し、転生後…マリアになってからの話しを事細かく説明した。

「ホホホ…中々に愉快な話しじゃったが…そなたの状況は笑えぬ事になっておるぞ…」

「どんな感じですか?」

ファランからの話しでは、呪い自体が不完全なのと、一度死んだ人間に別人の魂が入った事で、呪った相手が死ねばマリアも死んでしまう事、そしてマリアが死ねば呪いが完全になって相手を殺す事になると…
そして、呪い自体を解除すると呪われた相手は無事だがマリアは死ぬと言った。

「どっちにしても死ぬんかい!?」

「ホホホ…どちらにしてもそうなるの…言って置くがその呪い…アンデット族の呪術だろう…人間にはどうする事も出来ぬぞ…」

「呪われた奴が死ななければ…」

「それもちと…難しいやも知れん…強力な呪いだ…不完全とは言え何らかの影響はあるだろう…」

「えっと…死にかけてるとかじゃないですよね?」

「そうかも知れんし…そうじゃ無いかも知れん…我とてそこまでは分からん…」

マリアが黙ったまま足元を見ていた。

「…なんじゃ…男子のクセに泣いているのか…まぁ、今は女子じゃがな…」

「……」

「そなたに聞くが…そなたはこの世界は好きか?…前世は好きだったか?…どうじゃ…」

「前の世界は…ただそこにいただけだった、この世界は好きだよ…ダレルさんもディオもライリーも…オデュッセルの村の人達も…俺はこの世界に来て良かったって思ってるよ!」

拳を握りしめ肩を震わせて、涙目でファランに言った。

ニッコリと微笑んだファランは、タバコの煙を吐きマリアを見た。


「フフフ…ならば…始まりの地に行け…闇属の事は闇属のモノが詳しかろ…我が言えるのは…それくらいじゃ…それと、この話しは…信頼出来る者以外に…口にしてはならんぞ…」

マリアは涙ぐむ目を擦り、落ち込んでいた顔を微かに輝かせた。

「はい、分かりました!ファラン様ありがとうございます!!」

「よいよい…我に出来るのは…見透す事のみじゃ…後はそなた次第になる…生きるも死ぬも…そなた次第…今宵はゆっくり休み…明日の朝…村に戻るがよいだろう…」

ファランが侍女を呼び、マリアにも食事と寝床を用意する様に言うと、長椅子の上でタバコを燻らせウインクした。

その夜はゆっくり眠る事は出来なかったが、自分がこの世界で生きたいと思う気持ちに、なんとなく嬉しくて落ち着いていた。

翌朝、神殿の女性達に見送られ3人は村に向かった。

「…マリア、昨日はファラン様と何を話してたの?」

ディオが気になって聞いてきたが、マリアは内緒!と笑うと、ライリーが割って入り…

「女の子同士の恋バナだったりして!」

「…バカを直す方法でも聞いてくれば良かった…」

「そうだね…そんな方法あるなら、是が非でも教えて欲しいね…」

(信頼出来る者…ダレルさんとディオなら…ライリーは微妙なんだよな~、根本的にチャラい性格がな~…)

帰りは思ったより早く村に着いた。

多分、行きはモンスターを警戒したり、マリアを気遣うディオがまめに休憩を取っていたからだが、帰りはマリアがガンガン歩き、休憩さえろくに取っていなかったので、明るい内に着いた。

新しい門番になった元冒険者のブランドンが、マリア達に手を振っていた。

「みんなお帰り~!」

「ただいま、ブランドンさん!」

以前の門番のシモンを思い出し、少し寂しく思ったが…明るいブランドンのお陰で笑顔になれた。

「マリア、このままギルドに行くのか?」

ディオが宿屋の方を向いて聞いたが、マリアは真っ直ぐギルドに歩きながら…

「うん、ダレルさんが待ってるだろうから、ギルドに行くけど?」

「マリアがいいなら…」

(なんだ?疲れたから宿屋に戻りたかったのかな?)

3人でダレルが待つギルドに行くと、心配そうな顔のダレルが迎えた。

「お帰り!やっぱり付いて行ったか…」

『うん、やっぱり付いて来た!』

マリアとディオがハモり、ダレルが笑い出しライリーが口を尖らせ言い訳をしていた。

(やっぱり3人には話した方がいいか…でも全部じゃなくていいよね…中身が男って言ったら、ライリー辺りが騒ぎそうだし…)

「で、お嬢さんのアザについて分かったか?」

ディオとライリーは言いづらそうにしていたが、マリアが自分の事だからと、ダレルに話そうとライリーが外套を脱ぎ椅子に座ると、マリアも外套を脱いだ。

「お嬢さん!!なんて格好を…」

(神殿で用意してくれた服のままだった事忘れてた…だからディオがさっき言ってたのか…まぁダレルさんの反応が面白いからいいか!)

「ライリーのせいで、服がダメになったから神殿の人がくれた服着ていますが?」

ライリーを赤い顔で睨むダレルが、ライリーの頭に直下型のゲンコツをお見舞いした。

「ウギャッ!痛いよダレルさん!!」

「当たり前だ、このバカ者!!」

マリアが話しをするのに、2人をとめると…ダレルに話しをした。

「やっぱり呪いだったか…」

「うん、それと…ディオとライリーにも話してない事が…」

「ファラン様との恋バナ…ギャッ!」

茶化すライリーにダレルとディオが脚を蹴った。

「バカは気にせず、話しを続けてくれ…」

マリアは頷くと、ファランとの話しをした。

「今から話す事は、3人を信頼して話すの…だから他の人に…」

真っ先にディオがマリアを見つめて言った。

「言わないよ…信頼してくれたマリアを悲しませる事を俺もダレルさんもライリーも…裏切る様な事は絶対しないよ。」

3人はマリアに微笑んだ。

マリアは、一度呼吸を整えると話しを続けた。

「ファラン様に言われたのは…私は呪術の生け贄にされたらしいの…その時私が命を落として呪いが掛かるはずだったのに、」

驚いた3人がマリアを見て聞いた。

「ちょっと待って!マリアは生きてるよね?」

「そうだよ…お嬢さん、悪い冗談は…」

「冗談じゃなくて、本当なんです…ファラン様が体と中身が違うって…この体は生け贄で犠牲になった人で、中身の魂…私の魂が何かの拍子に入ってしまったんです…」

「それで俺とライリーが席を外されたのか…」

「マリアが魂だけって?」

ライリーに聞かれ、嘘を付いていたとマリアか言った。

「それはどういう事?」

「私は事故に合い…死んだんだと思う、目が覚めた時…あの森でディオに会った。
事故で自分が死んだ事は分かったが、何故か知らない少女の体で生き返っている事を言えなかった…罪悪感もあったけど、この村で見知らぬ私を優しく迎えて…村人同然に扱ってくれる…この村が大好きになって…」

マリアが頬に涙を流し、話しに詰まるとダレルが優しく頭を撫でて言った。

「ずっと言えず耐えてたんだな…だがなお嬢さん…俺達はそんな事でお嬢さんを嫌ったり、白い目で見ない…最初から言ってくれたら、この前みたいにお嬢さんを避けたりしなかったのに…でも、事情が分かった今はお嬢さんの為に呪いを…」

「そうだよ、マリアは水臭いな…」

「マリアはマリアだろ?何も変わらないよ…なっダレルさん、ディオ?」

2人も頷き、マリアが泣き止むまで待ってくれた。

「ごめんね、話しが途中だったね…
実は、この呪いはアンデット族の呪術らしくて、人間にはどうにも出来ないみたいなの…しかも、呪いが不完全だから私は生きてるけど、完全に呪いが掛かると私も死ぬって…不完全なままでも、呪いが掛けられた相手が死ぬと私も死ぬ…呪いを解いても私は死ぬらしいの…」

「なんだよそれ!?なんにしてもマリアが死んじゃうじゃないか!!」

「神官はそれ以外お嬢さんに言わなかったのか!?」

「…あるんだよね?」

一人落ち着いていたディオが言った。

「うん…あるにはあるんだよね…ただ確実じゃないんだけど、闇属の事は闇属に聞くのがいいだろうって…始まりの地に行けって言われました。」

「それって、禁忌の森に行けって事だよね…」

ディオがダレルを見ると、ダレルが静かに頷いた。

「お嬢さん、俺達が一緒に行こう…だから一人では行かないでくれ。」

「マリアがこの村を好きな様に、俺達もマリアが好きなんだ…だから一人で抱え込まないで、俺達を頼ってほしい。」

「俺だって、マリアが笑って側にいてくれるなら…どこにでも行くよ。」
またマリアは涙が溢れ、ありがとう…と何度も言った。

(まだ元男なのは隠してあるけど…それくらい神様、見逃してくれるよな…)

誰にも言えなかった秘密を聞いた3人は、マリアが宿屋に戻った後もギルドで話しをしていた。

「これ以上マリアを泣かせない為にも、話しが出来そうな闇属を探さないと…」

「う~ん、モンスターは例外だか…闇族か魔族、後は…魔王に近いモノだろうな…」

「闇族と魔族って、どう違うのさ?」

ライリーが聞くと、ディオもダレルを見た。

「あぁ、お前等魔族以外見た事ないのか…闇族は青黒い肌に角やコウモリの翼がはえてるんだよ、後は爬虫類みたいな獣族とかかな…アンデット族は話す事が出来ないんだよ骨だけの体だからな。」

ダレルの説明で、闇属の事は分かったが…どうやってコンタクトを取るか悩んでいた。



一方…魔王の城で異変がおきていた。

玉座に座る魔王の漆黒の髪が、銀に近い色に変わっていた。

「魔王様…そのお姿は…」

「黒騎士か、どうやら急速な老いが来たらしい…魔力もほとんど無く…後は命の灯火が消えるのを待つのみだ…」

床に跪くギャレットは床を拳で殴ると…

「今暫くお待ち下さい、魔王様の命尽きる前に…この身に代えても呪いを解いてみせます!」

ギャレットは闇の騎士達を引き連れ、魔王の城を再び後にした。

「皆、良く聞くのだ!魔王様に呪いを掛けた者を必ず見つけ出すのだ!恐らくアンデット族の呪術師だろう…散れ!!」

ギャレットの号令で、黒馬に乗る黒い鎧の騎士達は八方に分かれ、闇に消えて行った。

「必ずや見つけ出す…」

ギャレットの後ろに付く闇の騎士2人が、ギャレットの馬の前に出て、馬を静止させた。

「ギャレット様、我らが後ろへ!」

闇の騎士達が、馬上から枯れた木々の間をジッと見つめ、剣を抜いて構えた。

「…そこで潜む者、大人しく出ろ!」

紫煙の様な揺らめくモノが…フワリと舞出た。

「私はウーズ…闇に住まうモノ…魔王の命の灯火が危うい…闇の秩序を正したく…参上した…」

ギャレットが訝しげに話し掛けた。

「ウーズ、そなたは味方か?それとも敵か?」

ギャレットの前でフワリと揺れ、木々の間に薄れていきながら言葉を残した。

「私は正すモノ…魔王を助けたくば…始まりの地…そこで…」

ウーズが消えて行くと、共の闇の騎士達は剣を納めた。

「ギャレット様…あの者は一体…」

「分からん…だが始まりの地と言っていた…ジェイド!お前は城の戻り、智将ワイズマンに始まりの地…光と闇の狭間の地の事を調させろ!」

「ハッ!では失礼致します!」

黒馬を走らせ、来た道を戻って行った。

「アンバー、お前は私と人の住まう村に行くぞ…」

アンバーと呼ばれた黒い鎧の騎士が驚いて声を掛けた。

「ギャレット様!人の地に…我らが行くのですか!?」

ガッチリした黒い鎧から、見た目に反して若い女の声が響いた。

「そうだ、とある村の近くで儀式の後があった…行くぞ!!」

ギャレットが黒馬を走らせると、アンバーも後を追って村を目指した。



朝の陽射しの中に、胸焼けで胃の上を押さえ渋い顔をしたマリアがいた。

(昨夜食べ過ぎた…ストレスが溜まり過ぎて甘い物爆食いしたから…)

胸焼けを我慢してギルドに顔を出したが、青ざめた顔のマリアにダレルが気付き、奥の部屋で休む様に言った。

「お嬢さん顔色が悪いが…あまり無理は良くない、今日は少し休んでから帰るといい。」

青ざめた顔でお礼を言うと、ベッドに横になり暫く眠りについた。

マリアのいないギルドで、大きな体を丸めたダレルとライリーが小声で話しをしていた。

「やっぱり…元気そうに振る舞っているが、お嬢さん無理してるんだな…」

「そうだね…あんな華奢でか弱そうなのに…」

ヒソヒソと話している2人に、依頼品を持ってディオが現れた。

「2人で何してんの?」

ディオが依頼品をカウンターに置き、2人の側に行くと…

「いや…お嬢さんが健気に無理している姿に、俺達も何とかしてやりたくてな…」

ダレルの言葉にウンウンと頷くライリー、そして不思議そうに首をかしげるディオ…

「何の話し?禁忌の森に行く話し?」

「お嬢さんが、青ざめた顔で仕事に来たから心配しているんだよ!」

又しても、ウンウンと頷くライリー…

「あぁ~アレか、昨日の夜に宿屋に…騎士団のヒースさんからマリアにって、甘い焼き菓子が届いたんだよね…結構な量がね…」

ダレルとライリーの顔が、少し複雑な表情になっていた。

「まさか…食い過ぎか?」

「うん、木苺のタルトワンホールにクリームたっぷりのマフィンを5個に、コケモモのパイも食べてた…確か、エッグタルトも…」

「分かった!分かったから…聞いてる俺達も胸焼けしそうだよ…」

ニヤニヤするディオの話しを止めると、ダレルは胃を押さえて、ライリーは渋い顔をして口元を押さえていた。

「昨日のマリアの食べっぷりに、俺もそうなってたよ…」

げんなり顔の3人に、起きて来たマリアが声を掛けた。

「みんな揃って顔色悪いけど、どうしたの?」

『何でもない…』

3人の返事に不思議そうにしていたが、胸焼けが治まったマリアが、禁忌の森に行く為の話しをした。

「みんな居るなら…明日にでも禁忌の森に行きたいと思うんだけど…ダメかな?」

ダレルは少し悩み、ライリーは装備を整えてから…と言って、ディオはマリアを見た。

「俺達はいつでもいいが…マリアはそのままじゃダメだね。」

驚いたマリアの姿を見て、ディオが説明した。

「まずはその長いスカート、それに防具も無いし、靴だって木靴だし…ライリーが言った様に装備を揃えないとね!」

なるほど…と納得したマリアは、ディオに装備品の店をと言う前に、ディオとライリーに困った顔をされた。

「お嬢さん、正直に言うが…女物の装備品を取り扱った店はこの村には無い。」

(カトレイアはどうしたんだ?女冒険者だったはず!)

「カトレイアさんは?冒険者だったんですよね?」

ダレルが険しい表情になったが、ため息を付いて話しをした。

「あいつは、金を貯めて王都の鍛冶屋に作らせたんだよ。」

(なるほど、オーダーメイドって訳か…)

「かなり値がはって、貯めた金のほとんどが消えて…危ない依頼ばかりしてたな…」

「だったら、最低限の装備でいいです。どうせ鎧や兜なんて重いし、慣れてないと動くの無理そうだもん。」

マリアの押しの強さに負け、ダレルが胸当てと腰当てを用意してくれた。
ディオも新しい短剣とブーツを…ライリーはマリアを連れて、動きやすい服を選んで来た。

マリアの反応は良かったが、ダレルとディオは頭を抱えた。

(なんだ?結構いいと思ったのに、なんで悩んでる?)

「なんだよ~、マリアだってコレでいいって言ったのに!」

胸元の開いた白いシャツに、ブラウンのコルセット、赤いチェックのミニスカートコーデ…胸当てと腰当てを付け、ブーツを履いて腰当てに短剣を挿し、長い髪をツインテールにして3人の前でクルリと回った。

(やっぱり異世界転生系で、冒険って言ったらコレでしょ!)

喜んでいるライリーを無言で殴るダレルと、無言でマリアのシャツのボタンを上まで留めるディオがいた。

「お嬢さんがいいならそれで構わない、だが外套は羽織ってくれないか…」

「そうだね、外套は羽織って置こうか…」

こうして装備を整えた4人は、翌日の朝に森に行く事にした。


朝早くマリアとディオが宿屋を出て、足早に急ぐと…

村の門の前に、ダレルとライリーが待っていた。

「おう、2人共準備は大丈夫か?」

頷くと、ダレルを先頭に禁忌の森へ向かった。

朝もやの草原を歩き、小川を越えた先にうっそうとした禁忌の森木々が現れ、その先の雪原を目指した。

「前回の討伐から、それ程経ってないが…何処にモンスターがいるか分からん、気を抜くなよ!」

ダレルの言葉で、ディオとライリーの雰囲気が変わった。

いつも優しく笑うディオは、弓矢を構えながら回りの気配を気にして、ライリーは見た事のない真剣な表情でレイピアを抜いて、後ろからの気配に気を配っていた。

マリアも腰当ての短剣に手を当て、すぐ抜ける様にしながらダレルに付いて行った。

さいわい、森の中は静か過ぎるくらいで、何の気配もなかったが雪原に出る辺りで、馬の蹄の音が響いて来た。

「静かに!」

ダレルが、マリアを木の陰に連れて隠れると、ディオは右側に…ライリーは左側に…と隠れ、近付く音に警戒していると…

薄暗い森から飛び出した馬に、銀髪碧眼のヒースが乗っていた。

「ダレル殿!ダレル殿はいないか!?」

回りを見渡し、また森の中に戻ろうとするヒースに、ダレルが慌てて木の陰から出て行った。

「ヒース殿!どうしたんですか!?」

ダレルを見つけると、ヒースは馬から降りて静かに聞いた。

「ギルドを訪ねたが居なかったので、門番からダレル殿達が森に向かったと聞いて、慌てて後を追って来たのだが…」

よほど慌てていたのか、いつものキラキラの鎧を付けておらず、簡易装備の胸当てや腰当てに長剣のみだった。

「これは申し訳ありません、我々はちょっと事情があり、森に出向いていたのですが…何かお急ぎの御用がありましたか?」


「それ程急ぎでは無い…王都に戻る前にもう1度探索をと思ったのだが、その森に向かわれたので後を追って参った次第だ。」

少し訝しげにヒースが周りを見ていると…弓矢を手にしたディオと、レイピアを鞘に納めながらライリーが木陰から現れた…ダレルに訪ねた。

「その様子…ちょっとした事情では無いとお見受けしたが、我らルクスヘルム騎士団では信用出来ない様ですね。」

ダレル達は、ヒースに対して失礼の無い様にオデュッセルに戻る様に言ったが、ヒースが頑として譲らない為、マリアが仕方なく木陰から現れた。

(この手の人って、誤魔化したり嘘付くと面倒臭いんだよな…後々みんなに迷惑掛けられないし、悪い人では無いだろうからな…あんだけ部下に尊敬されてんだからな。)

「ヒース様、申し訳ありません…これは私の為にみんなが付いて来てくれたのです。」

慌てたダレルが、話しをするマリアを止めようとするが…

「大丈夫、ダレルさん心配しないで…」

ヒースに向き合うと、マリアが話しをした。

「ヒース様を信用していない訳ではなく、巻き込みたく無かったのです。」

マリアはファランに忠告されていたが、ヒースに事情を説明した。

「なんと!その様な事が…私はなんと愚かな…」

ヒースが片膝を付き、ダレルやマリア達に謝った。

「ヒース様、今の話しは…」

「無論、誰にも語らないと誓おう…」

ホッと安心すると、マリアがヒースを村に戻る様に頼むと…

「否、騎士団長として私も行こう!私とてマリア嬢を思う気持ちはある。」

(これは…帰ってくれないな、まぁ腕の立つ人が増えたと思って諦めるしかないな…ダレルさんも頭抱えてるし…)

「それではヒース様、よろしくお願いいたします。」

ヒースが加わり5人で雪原を歩き、その先にある木々の間を抜けると…大きなテーブルの様な平らな岩があった。

儀式で使ったであろう岩に近付くと、マリアは胸に痛みが走りうずくまった。

「うぅ…」

「どうしたお嬢さん!?」

「マリア!」

ダレルがマリアに肩を貸し、ゆっくり木陰に移動すると…ディオとライリーにヒースの3人が辺りを警戒した。

岩の向こう側から、馬の走る音にディオが弓を構え、ヒースとライリーが剣を構えマリアの前に立った。

「胸の跡が…灼ける様に…ジリジリする…」

ダレルにしがみつき、ハァハァと息苦しそうにしているマリアが、木々の間に紫煙の様に揺れるモノを見て指を差したが、痛みに気を失った。

「マリア!どうしたマリア!?」

ダレルの声が遠くに響いていた。

木々の間からは、黒馬に乗ったギャレットとアンバーが旅人風の姿で現れた。

「この様な場所に何用か?」

馬を落ち着かせ、馬上からギャレットがヒースの質問に答えた。

「我らは旅の者、森の中を迷いここへ…」

ディオとライリーが弓とレイピアを納めようとしたがが、チャキッと音を立て剣を構え直すヒースは、鋭い目つきで不審な旅人達に再度聞いた。

マリアを守ろうとする4人は、ギャレット達の雰囲気や言葉遣いに違和感を覚え警戒した。

「この場に何用か!?」

ギャレット達が無言で睨み合う中、ダレルの側で横たわるマリアが胸元を押さえて呻いた。

「うっ…うぅ~っ…」

ギャレットと一緒に居たアンバーが、呻くマリアをチラリと見ると…胸元から薄っすら青白い光が漏れていた。

「ギャレット様!あの娘を…」

視線をずらしマリアを見て、ギャレットの瞳が鈍く光り表情が強張った。

「貴様達に問う、あの娘はどうした?」

ギャレットの言葉に、ディオが弓を構えライリーもレイピアを抜きゆっくり挟む様な形をとると、正面のヒースがギャレットに問いただした。

「貴方達は、人では無いな…魔族の類いだろう?」

魔王の命を優先するべく、ギャレットが剣を抜きヒースに向かうと、アンバーも剣を抜きディオに飛び掛かった。

「魔王様の命を守る為、邪魔をする者は容赦なく切る!」

ヒースとギャレットが剣を交え、ディオとライリーは双剣のアンバーと戦い始めたが、マリアの側で黙って様子を見ていたダレルが双方を止めた。

「ヒース殿お待ち下さい!!そしてギャレット殿も…」

「ダレル殿!どうした事か!?」

ヒースが剣を引くと、ギャレットも納めアンバーにも引く様に指示した。

「ヒース殿、私にギャレット殿と話しをさせて下さい。」

ヒースが頷くと、ディオとライリーはダレルの代わりにマリアの側に行き、ダレルは剣をヒースに預けてギャレットに近付き話しをした。

「私はオデュッセルの村の者です、そこで横たわるのはマリアと言う娘…先程、魔王様の命をと言っていましたが、呪術が掛けられたのは…」

アンバーが剣に手を掛けたがギャレットが諌めて、ダレルをジッと見ると…

「我らは魔王様の騎士だ…そなたの言う通り魔王様に呪術が掛けられた。」

「やはり…」

ダレルは後ろを振り返り、ディオ…ライリー…ヒース…の顔を見て頷くと、ギャレットにマリアの話しをした。

………

「なるほど、ではその娘は死の淵で苦しんでいる訳か…我が闇の眷属がした事、代わりに詫びよう…」

「頭を下げなくていいですが…マリアを助ける手立てがあるなら、是非お教え願う!」

ダレルの悲痛の願いに、ギャレットとアンバーは顔をしかめた。

「すまぬ…我らもその術は知らぬ故、呪術の儀式を行なったであろう者を探していたのだ…」

ガックリと肩を落とすダレル達に、ギャレットがマリアの儀式の跡を見せてくれと言った。

マリアの胸元に魔法陣の様な跡が、微かに青白く光り血が滲んでいた。

「気休め程度だが、コレが効くといいんだが…」

小さな小瓶から、黄色く発光した液体を跡に垂らし指先で塗ると…光りが消えて血も止まった。

「ギャレット殿、それは一体…」

魔法陣の様な跡に塗り広げながら説明した。

「闇の眷属と言っても不死身ではない、怪我や病にもなる…コレは我らの傷薬の様な物だ。」

ギャレットが指を離すと、痛みが引いたのかマリアの呻きが止み、フッと目を開けた瞬間…間近にあったギャレットの顔に張り手を喰らわせた。

「なっ!?お嬢さん何してる!!」

「マリア!!」

ギャレットの側に控えていたアンバーが素早く剣を抜き、マリアに剣先を突き付けたが…

「アンバー、大事ない…剣を引け。」

マリアはダレル達の方を見て、拗ねた様な顔をした。

「何があったの?」

慌ててディオとライリーが、マリアにギャレット達の事を説明した。

「あ~…ごめんなさい!ついいつものクセで…」

ディオとダレルが、ライリーをジッと見た。

「中々におてんばな娘の様だ…フフッ」

少し赤い頬を撫で、ギャレットはアンバーに命令をした。

「アンバー、これより私はこの森に残る…お前は城に戻り、ジェイドと他の騎士の報告を持って参れ、分かったな?」

ギャレットに頭を下げると…

「仰せのままに…」

アンバーは黒馬に跨がると、木々の間に消えていった。

「ギャレット殿、この森に残ったのは…」

「あぁ、呪術が不完全なら…儀式を完成させる為にやって来る者を捕らえる。」

ダレルとヒースは頷くと、ギャレットに提案した。

「ならば私共と一緒に行動いたしませんか?私共は話しの通じる魔族の方がいて下されば、無用な戦いをせずに済みます…都合の良い事とは分かっています…失礼を承知でお願い申し上げる。」

チラリとマリアを見て、ギャレットは少し微笑むと…

「我とて、その娘が必要かも知れぬからな…宜しく頼む。」

(う~ん、また増えた…しかも魔族なんて、ダレルさんは大丈夫そうに見えたけど、カトレイアさんの事忘れてないなら…多分俺の為に我慢してるよな…)

テントを4つ張った、マリアのテントを中心に三角に張り、順番に見張りをする事になったが、マリアはまた仲間はずれになり拗ねていた。

「私も出来るのに!」

「お嬢さんは大人しく寝ててくれ、さっきまで気を失ってたんだからな!」

ダレルに言われしぶしぶテントに入るマリアに、ヒースが頬を緩め、ギャレットは珍しそうに観察していた。

「あの…ギャレットさん、そんなに見てますが…私が珍しいですか?」

「珍しい!儀式の生け贄が生き返るなんて、聞いた事ないからな…」

(俺もだよ…大概殺されるか、ギリ助かるなら分かるが…ある意味ゾンビの気分だ。)

ディオとライリーが、食料調達の為に狩りに出て行った。

ヒースが薪を拾いに行き、ダレルは野草や木の実を取りに…マリアの警護兼見張りとしてギャレットが、物珍しそうにマリアに質問をしていた。

「娘、その躰に入って違和感は無かったのか?」

「…マリアです。最初は違和感ありましたよ。」

「マリア、お前は…どの男と番いなんだ?」

「つがい?」

「まさか!4人全員とか!?」

「??」

困った顔のマリアの元に、薪を持ったヒースが戻って来ると、マリアがヒースに聞いた。

「丁度良かったヒースさん、あのギャレットさんが私の番いがって…4人全員か?って…」

ヒースは持っていた薪を落とし、整った顔が無表情になり、マリアとギャレットの間に座った。

「マリア嬢、ギャレット殿から離れて…番いとは、伴侶の事で夫婦や恋人同士の事です。」

マリアまで無表情で答えた。

「ギャレットさん、私には番いはいません…」

にっこり笑うギャレットに、ちょっと不機嫌そうなヒースがマリアに聞いた。

「不躾な質問だが…もし貴女が助かった後、その後はどの様にするのかマリア嬢に聞きたい。」

「助かった後?またオデュッセルでギルドのお手伝いを出来るなら…」

2人が無表情になりため息を付いた。

(ん?変な事は言ってないぞ…)

「ヒース殿も戻っていましたか、木苺とキノコが沢山採れましたよ!」

ダレルが籠いっぱいにして戻って来ると、2人の無表情に驚いて慌てた。

「どうしたんです?何かあったんですか!?」

ギャレットが苦笑いをした。

「いや、マリアだが…年頃の娘なのに番いがいないらしいな…」

無表情のヒースは…

「マリア嬢は、なんと言っていいのやら…」

2人の心情を察したダレルが豪快に笑って、マリアに木苺を渡した。

「あのお嬢さんは鈍いんですよ…周りの男が言い寄っても関心が無いのか、気付かないんです。」

なるほどと納得した2人に、ダレルが真剣な顔をしてギャレットに聞いた。

「ギャレット殿、少し聞きたい事が…」

「構わん、聞いてくれ。」

「呪術の不完全と失敗はどう違うのか…」

「簡単に言えば、不完全とは呪術が途中で止まった状態で…失敗は呪術を掛けた者に跳ね返る。呪いとは消せないモノなのだ…何処かにその代償が来る。」

ダレル達が頷くと、ギャレットは話しを続けた。

「兎に角呪術師を見つけ出し、どの様な呪術か知る事が重要になるな…」

ヒースは静かに拾って来た薪を火に焚べ、ダレルは薄暗い森を見た。

ディオとライリーが、狩ってきたキラーラビを引き摺って来ると、木苺に夢中だったマリアが驚いた。

「何アレ…」

「キラーラビだが…見た事無いのか?」

(どう見ても着ぐるみ並のデカさ…あんなにデカかったのか~。)

「初めて見た…兎だけど可愛くない…牙生えてるし…デカいし…」

ダレルとディオの2人が捌き、夕闇で暗くなる森の中でバーベキューをしていた。

夜が更けると、テントに入りマリアは短剣を握っていた。

(…ライリーが一緒だからな、念の為にね…)

夜半になると、馬の走る音にマリア以外がテントから出て辺りを警戒すると、アンバーが戻って来た。

「ギャレット様、遅くなり申し訳ありません!帰還した騎士によると、アンデット族がこの森に向かったと報告があり、取り急ぎ参りました…騎士達はジェイドと共に後からまいります。」

「ご苦労、アンデット族だけか?」

「…いえ、アンデット族の他に魔族のベルガモルドと闇族の者が数名…今回の儀式に加担した者達と思われます。」

「あの若造…父親の入れ知恵か!?」

ギャレットは黒い鎧を纏い、振り返るとダレル達に言った。

「アンデット族の呪術師以外は、反逆者の為全て討つ!」

ダレル達も装備品を身に着け、ディオとアンバーをマリアの護衛に残し、木々の影に潜むと息を殺してまった。

どれほど時間が経ったのか、闇の中を青白い炎が揺れた。

炎の数は20ほど集まり、儀式をした台座の前に集まって行った。

アンデット族の呪術師が、台座に白い蛇と黒い蛇を頭を落とし、血を振りかけると…テントの中のマリアが苦しみ出した。

「マリア大丈夫か?」

「娘、今は耐えろ!」

ディオとアンバーが声を掛けたが、胸の跡が光り血が滲んで白いシャツを染めていった。

「うっ…大丈夫…し、心配…しないで…」

1体の呪術師であろうアンデットが、マリアが居るテントの方を指差すと、他のアンデット族と闇族がゆっくりマリアに向かって歩き出した。

一歩一歩近付き、木々の間に差し掛かった時…ギャレットが手前の闇族の首をはねた。

「我が主、魔王様の為…全て塵に返す!」

ギャレットに続いて…ダレル、ヒース、ライリーも飛び出し、マリアに迫るアンデット族や闇族を斬りつけた。

「闇族はいいけど、アンデットって斬っても死なないの?」

ライリーがアンデットに手こずっていると、ダレルが剣でアンデットの頭を叩き割る様に斬った。

「ライリー!アンデットは頭を狙え!!」

「了解!」

マリアの側に居るディオは、木々の間を縫って矢を放ち、援護攻撃をしていた。

長く感じた戦いは程なく終わり、ギャレットが魔族ベルガモルドの喉に剣を突き付けた。

「ベルガモルド!貴様の様な奴が、何故魔王様の命を狙う!?」

ベルガモルドは微かに笑うと、ギャレットを睨んだ。

「黒騎士、貴方は知っているんだろう?現魔王が元人間であった事…そんな奴に闇の眷属をまとめられてたまるか!」

今度はギャレットが笑った。

「まさか、そんなデマを信じたのか?元人間風情にあの巨大な魔力があるわけないだろう…若造、此度の事は貴様の首であがなえ!!」

ギャレットの剣がヒュッと風を切ると、ベルガモルドの首が静かに地面に落ちた。

ダレルとヒースが息を整え、ギャレットの側に行くと…アンデットの呪術師は、眼下の窪みに青白い光灯ると骨だけの手を突き出し、ギャレット達の脚元に青く光る玉を撃ち込んだ。

飛び退き攻撃を避けていたが、ディオとアンバーに守れていたマリアが、苦しみに耐えていたが胸元が激しく光った。

「あぁ~っ!!」

「マリア!?」

呪術師がマリアを見つけると、マリアめがけ儀式で使っていたナイフを投げた。

ギャレットが手を伸ばしたが間に合わず、ヒースとダレルの間を抜け、マリアの呻きに気を取られたディオとアンバーは反応が遅れた。

ザシュッ!

柔らかな肉に深くナイフが刺さる音がした…ゆっくり地面に倒れるライリーがいた。

自分の身を盾にして、動けずにいたマリアを守った。

「ディオ…マリアは?」

慌ててディオが、ライリーに駆け寄ると背中に深々と刺さるナイフに動揺していた。

「ダレルさん!ライリーが…ライリーが…!!」

ダレルは呪術師を、頭から真っ二つに斬りつけた。

呪術師は体が左右に倒れると、塵となって脚元に崩れていった。

「ディオ!お前はマリアの側にいろ、ライリーはおれが見る。」

ダレルが手当てをしていると、ギャレットとヒースは呪術師の首に掛かっていた、首飾りを見付けると手に取った。

「ギャレット殿…その模様は、マリア嬢のモノと同じ…」

ギャレットが台座の上で、首飾りを剣で叩き割り付いていた碧い石を粉々に砕いた。

マリアは仰け反る様に倒れたが、胸の光りが治まった。

「これで呪術が解けたならいいのだが…」

ギャレットの言葉に、ヒースが頷きマリア達の側に走った。

「ダレル殿、その若者の怪我はどうだ?」

「ちょっと厳しいですね…肺まで刺さってなけりゃなんとでもなりますが、かなり深いのでなんとも言えない状況です…」

意識を失ったマリアと、ナイフの刺さったライリーは、みんなでテントに運ぶと手当てが始まった。

「ライリー、聞こえるか?」

意識の無いライリーに、ダレルが消毒用のアルコールをかけると、ライリーが目を見開き叫んだ。

「うおぉ~っ!!」

「ディオ!ヒース殿!ライリーを押さえてくれ!」

ダレルがゆっくりナイフを抜くと、真っ赤な血が溢れて地面を染めた…傷口をディオに押さえさせ、火で焼いた赤くなった剣で傷口を焼いた。

「うがっ!!」

ライリーはまた意識を失った。

「止血はしたが…後は村に戻ってからちゃんとした治療をしないと…」

ようやくジェイドが騎士達を連れ、ギャレットの元に来たが…闇族やアンデット族の骸を見て、膝をつき遅れた事を謝っていた。

「ギャレット様!申し訳ありません…この失態はどの様にでも…」

「大事ない、気にするな…」

ギャレットは、マリアの胸にある魔法陣が消えていない事に、頭を悩ませていた。

「ダレル殿、我らにそのナイフを預けてくれないか?まだ呪いは消えていない…魔王城に在る文献を急ぎ調べたい。」

「構わないです…私達は1度村に戻って2人を休ませたい…」

マリアとライリーは、ギャレットの部下達の手を借り村の近くまで運んでもらい、そこから村の人達の手を借り急いで教会に運ばれた。

「では…何か分かり次第知らせる故、我らはここで失礼する!」

ギャレット達が森の中に消えて行くと、ダレル達は教会に急いだ。

治癒師からは、ライリーの方は暫く安静だが命は大丈夫と言われたが…マリアは体は異常無いのに何故か目覚めないので、治癒師も首をかしげていた。

「やっぱり呪いか…」

ダレルの言葉に、ディオとヒースが暗い表情になった。

教会のベッドで深い眠りにつくマリアは、夢を見ていた…悪夢でしか無い夢…


………

……

スーツ姿の若かりし頃の田中真理がいた。

デスクに座り仕事を頑張っている…上司が書類をぶつけ紙が舞った。

(…あぁ、大事な書類のミスか…あれは課長のミスだったのに…俺のせいになってたな…損害が出たからって解雇された…)

振り返ると…作業服姿で、加工の仕事をしていた。

笑顔は無いが必死に働いていた…工場にあるベンチで1人コンビニ弁当を食べ、仕事に戻ると何故か同僚達が白い目で見ていた。

(…あれは俺じゃなかったのに、同僚の財布が紛失して騒ぎになったが…結局置き忘れだった…みんなの疑いの目が…信用されていない事に嫌になり辞めた…)

涙目になり、脚元を見ると…結婚を考えていた恋人が他の男と歩いている所を、目撃して震えている姿…

(あいつ、問い詰めたら開き直って…笑いながら他の男の所に行ったな…)

何処を見ても、田中真理の最悪な場面が出てきた…

(もういい…こんなの見たくない…)

………

……


ベッドに眠るマリアの頬を涙が流れていた。

「マリア!」

ディオがマリアの涙に驚いて勢い良く立ち、椅子をひっくり返すと、シスターが駆け寄ってきた。

「ディオ、どうかしましたか?」

マリアの手を握って目覚めを待つディオに、シスターは優しく話し掛けた。

「ディオ…神を信じましょう。そしてマリアを…」

「はい…シスター…」

マリアの隣の部屋で、ライリーは治癒師に背中の痛みを癒やしてもらっていた。

「先生…マリアはまだ眠ったまま?」

「…はい、君はまず怪我を治す事!心配なのは皆一緒なんですから…」

ヒースは報告と騎士達を王都に戻す為に、1度王都に戻って行った。

「マリア嬢…直ぐ戻ります。」

後ろ髪を引かれながら、オデュッセルの村を離れた。


薄い森を3頭の黒馬が駆け抜け、オデュッセルを目指していた。

ギャレットを先頭に、アンバーとジェイドが後ろに付き先を急いでいた。

その間も…マリアは静かに涙を流し続け、側でダレルとディオが祈っている…

「神がいるなら、お嬢さん…マリアを助けてくれ…」

「マリア…」

ギャレット達は黒馬に乗ったまま、オデュッセルの門番の横を走り抜け、教会の前に着くとバタバタとマリアを探した。

「ダレル殿!マリアは何処に!?」

ギャレットの声に、ダレルが慌てて部屋を出ると…

「ギャレット殿こちらです!」

部屋に入ると、シスターに退出してもらい…ダレルとディオに預かったナイフと、小瓶に入った赤黒い液体を渡した。

「これは…薬ですか!?」

「否、魔王様の血を頂いて来た。」

ダレルとディオが眉をひそめて、ギャレット達を見ると…ギャレットが一緒に来たジェイドに説明させた。

「初めまして、私はギャレット様の部下…ジェイドと申します。」

ジェイドは丁寧な言葉遣いをしているが、少し尖った耳に帽子を取ると角が生えていた。

「説明いたします。儀式は完成しないまま終わり、魔王様からは呪いは消えました…」

ディオは急いでマリアを見て、首に触れて脈を見た。

「生きてる…」

ホッとして、ジェイドの方を見た。

「良かった…」

小さな声でギャレットが囁いた。

ジェイドは咳払いをして、話しの続きをした。

「ギャレット様がお預かりしたナイフ、あのナイフ自体がカギになります。ナイフに魔王様の血を垂らし…そのナイフでマリア様の胸の魔法陣の真ん中を貫けば、マリア様に跳ね返っている呪いは消えます。」

ジェイドは淡々と話すが、話しの内容はとんでもない話しだった。

ディオが怒りをあらわに怒鳴った。

「そんな事したら、呪いは消えてもマリアが死ぬじゃないか!?」

ダレルはギャレットに訊ねた。

「ギャレット殿…魔王が助かれば、マリアはどうなってもいいと思っておいでか?」

「否、魔王城の書庫にいる者の話しだと、魔王様の魔力が宿る血を塗る事で、呪いのみを消すと言っていた。しかし前例が無い…故に絶対とは言えない…」

ガックリと力無く床に膝をつくディオと、涙を流し続けるマリアを見つめるダレル…

ジェイドが不思議そうに2人を見て、顔色が青ざめた2人に話した。

「呪術師を消した事で儀式は失敗しました、跳ね返るはずの術師がいなくなり、生け贄とは言え儀式に参加したマリア様に呪いが跳ね返っています…このままではマリア様が呪いにより苦しみながら死ぬ事になりますが…」

一刻を争う状況を理解はしているが、自分の心寄せる相手にナイフを突き立てるなんて、しかも助かるかどうかも分からない…ダレルとディオは焦っているものの、どうする事も出来なかった。

「ダレルさん…俺…マリアにナイフなんて向けたくないよ…」

「…俺もだ。きっとライリーだってヒース殿だって同じさ…」

焦れったくなったアンバーが、ジェイドを押し退けダレルとディオを殴った。

「あんたら、この娘が大切なんだろ?いつまで泣かしたままにしとく気なんだ!苦しんでる娘を助けたくないのか!?」

ダレルがナイフを握ると、ディオが止めようとダレルの腕にしがみつくが、振り払いナイフに魔王の血を垂らすと…マリアの胸元の魔法陣の真ん中に先端を当てた。

「…ディオ、俺は2度も愛する者を失いたくない…祈ってくれ!」

ダレルがナイフ突き立てた。

深く刺さると…魔法陣が青い光りを放ち、その場にいた者全てが目が眩んだ。

光りは直ぐ消え、マリアに刺さるナイフは砂の様に崩れ落ち消えた。

「マリア…」

ダレルがマリアの胸元を見ると、ナイフで開いた刺し傷がゆっくり閉じて行き、マリアの涙が止まった。

「ダレル殿、残った魔王の血をマリアに…」

震える手で、マリアの唇に魔王の血を注いだ。

「目覚めてくれ…」

マリアの頬に色味が戻り薄く瞳を開いた。

「…な…い…」

みんなで静かに見守っていると、カッと目を開いたマリアが、ゆっくり体を起こすと…

「ここは…」

ディオは涙を擦りながら笑顔になり、ダレルはマリアの手を取ると…

「キャッ!貴方達は誰ですか…?」

マリアは怯えた様に身を縮ませ、周りをキョロキョロと見回した。

「マリア…?」

ディオがマリアの名を呼ぶと…

「誰ですか?マリアって…私はミュゼです…」

ディオとダレルは絶望した。

ギャレットは眉をひそめている。

アンバーは壁を殴った。

そしてジェイドは、モノクルを付けミュゼと名乗ったマリアをジッと見ていた。

「あの、私はどうしてここにいるのですか?何かあったのでしょうか?」

「……嘘はいけません、マリア様を出しなさい!」

ジェイドの目が、金色に光り山羊の目の様になった。

「どういう事だ?」

ギャレットの問にジェイドは答えた。

「少々予想外ですが…呪いの一部が消えずに自我を持ち、マリア様の体を乗っ取っていますね…」

ジェイドの言葉にその場にいた者は再び困惑し、マリアが宙に浮かび笑っていたが、突然苦しみ出して床に落ちた。

「痛い~っ!」

またマリアがキョロキョロすると、ダレルとディオを見て声を掛けた。

「ダレルさん…ディオ…私はどうしてここに?…みんな森で戦って…!?」

マリアは飛々の記憶に、ライリーが倒れる姿を思い出した。

「ライリーは?ライリーは何処にいるの!?」

立ち上がりよろめいた。

「マリア?マリアなのか…?」

ダレルに訊ねられて不思議そうな顔で…

「??…マリアだけど、ダレルさんどうしたの?」

ディオもダレルの様に訊ねた。

「…俺の事分かる?」

「何言ってるのディオでしょ?」

一同が安心すると、ジェイドが考え込んだ。

「それより、ライリーはどうしていないの!?」

「落ち着いてマリア、ライリーなら大丈夫だよ…隣の部屋にいるよ。」

優しく笑うディオに、マリアも微笑むとガクンッと首が折れた様に天井を見て、頭を戻すと…マリアの瞳に狂喜が宿ってニィ~っと笑い、ディオの首を締めた。

「グッ!!…マリ…ア」

ギャレットとダレルがマリアを取り押さえると、咳き込むディオが呆然とマリアを見た。

「ジェイド!どうにかならんのか!?」

顎に手を当て、フムッ…とマリアを見つめると、マリアの中にある呪いは目を逸した。

「魔王様の魔力はかなり御戻りの様ですね…マリア様に与えた魔力が強く、余計なモノまで力を持ってしまったみたいです。」

「だからどうにかなるのか、ならんのか言わないか!!」

「ならなくも無いですが…その場合、マリア様を魔王城に連れて行く事になりますが…いかが致しますか?」

ギャレットがダレルとディオを見ると、2人は頷き暴れるマリアを拘束した。

「ジェイド殿、マリアはどうなりますか?」

「簡単に説明しますと…呪いを消す事=マリア様の死になるので、呪いを成長させてマリア様の体から追い出します。マリア様に宿る魔力に絡みついている呪いは、ある程度成長すれば体から引き剥がし易くなるので…」

「それなら今すぐにでも!」

ダレルの願いにギャレットが頷くが…

「ジェイド、魔王様にマリアを連れて行く許しを…」

「分かりました、それではお先に失礼!」

ジェイドが目深に帽子を被り、足早に教会を出て行くと、アンバーに馬車の用意を指示した。

「ギャレット様、馬車はすぐ御用意致します…」

アンバーも走り出し教会を後にした。

「ダレル殿…申し訳ないが、連れて行くのはマリアだけだ。人を闇の眷属の世界に連れて行くのは…」

ディオが喉を押さえながら、ギャレットに自分も行くと頼むが、ダレルに止められた。

「ディオ…今はマリアの為に我慢しろ、ギャレット殿の好意を無にするな…」

「でも、マリアを1人になんて…」

押さえ付けられているマリアが、ディオに向かって微笑んだ。

「私は1人じゃないよ、ギャレットさんもアンバーさんもいる…呪いなんか追い出してすぐ戻ってくるから、待っててね。」

ギャレットが押さえ付けていた手を緩めると…

「ギャレットさん、私を縛って下さい…誰かを怪我させるくらいなら、私を拘束して欲しい!」

マリアの気持ちを思えば、ギャレットは仕方なく拘束をしていた。

「マリア…」

「大丈夫!ダレルさん、ディオ、暫く留守にするけど…ライリーをお願いね!…後、ライリーにありがとうって伝えて置いてね。」

アンバーが馬車の用意が済み、ギャレットとマリアを迎えに来た。人目を避ける様に急いで馬車に乗り込むと…馬車は黒馬に引かれ、勢い良く走り去った。

「ディオ、お嬢さんに頼まれたライリーの様子を見に行くぞ…」

ディオは頷くと、ダレルの後ろを肩を落としトボトボと歩いてついて行った。

うつ伏せに横たわるライリーは、背中の包帯に赤いシミが滲み、血の気を失った顔で眠っていた。



うっそうとした暗い森を、アンバーが手綱を握りながら馬車を走らせていた。

「ギャレット様、少々揺れますので…」

ギャレットは隣りに座るマリアに手を伸ばし、マリアが倒れない様に抱えた。

(いわゆるバックハグ状態か…猛烈に恥ずかしい事になっているが、ヘタに反応しても恥ずかしい事になりそうだ…)

無表情で無反応をして、静かに遠くを見ていた。

「今はマリアか?どっちだ…?」

後ろから低いイケボで、マリアの耳元に囁いた。

「ひゃい!マリアです。」

突然の囁きに声が裏返り、返事をした後…真っ赤な顔を悟られ無い様に下を向いた。

(裏返った!めっちゃ恥ずかしい~、意識してるって思われたら面倒臭くなりそう…)

マリアの後ろから、ギャレットがクスッと笑って話し掛けた。

「マリア、そろそろ闇の眷属の世界だ…我ら以外と話しをするなよ、人にあまり友好的な魔族はいないからな…」

禁忌の森を抜けると、一瞬視界が歪みマリアが目眩を起こした。

「大事ないか?」

ギャレットの問にマリアが振り返り、にっこり笑うとギャレットに体を預けた。

「…ギャレット様、胸が苦しいです…どうか…!?」

ギャレットは冷酷な目をして、マリアの口を塞いだ。

「黙れ…お前に優しくする義理は無い!」

いつの間にかミュゼと名乗った呪いと代わっていたが、ギャレットは気付いて手厳しい態度になった。

暫く沈黙が続いていたが、魔王城に近付いたのでアンバーがギャレットに声を掛けた。

「ギャレット様、そろそろ城に着きますが…」

「目立たない様に裏門から回れ、ジェイドは既に城内に居るな?」

「はい、ギャレット様のお部屋にて待っているはずです。」

アンバーは怪しまれない様に馬車のスピードを落とし、ゆっくり裏門から入るとギャレットはマリアの中の呪いが騒がない様、溝落ちを殴り気絶させた。

「マリア…すまんな。」

グッタリしたマリアを担ぐと、ギャレットは自室に急いだ。

アンバーは馬房に黒馬を戻し、荷台を馬房の側に置きギャレットの自室に向かった。

ドアを開けると窓辺にジェイドが立って外を眺めていたが、ギャレットに気付くと…ギャレットが抱えていたマリアを、長椅子の上に運ぶのを手伝った。

「ギャレット様…ずっと気になっていましたが、何故この娘を助けるのですか?魔王様がお力を戻したなら、どうなろうと構わないのでは…」

「本来なら捨て置いた方が良いのだろうが…出逢って間もないのに、何故か気になるのだ…あの場にいたダレル殿やディオ、ライリー…何故か一緒に居るのも悪くなかった…」

マリアの向かい側の椅子に座るギャレットは、無表情のジェイドを見てフッと笑った。

「まあ…私達を見ても敵視しなかったですし、魔族に頭を下げる人間なんて初めて見ましたよ。」

ジェイドはモノクルを直し、長椅子に横たわるマリアを見ていた。

「でも、マリア様を城に招くまではいいですが…今後マリア様を何処に匿うおつもりで?」

ギャレットは当然の様にジェイドを鼻で笑うと…

「私の部屋でいいだろ?寝室と執務室があるから寝室を使わせればいい、私は執務室だってろくに居ないのだからな。」

ジェイドがため息を付くと、急いで来たアンバーが息を整え反対した。

「いけません!私達の宿舎に空きがあります、そちらに…」

「いや、私の部屋でいい…私の部屋ならばお前等が出入りしても不思議は無い、しかし私が宿舎に行くとなるとな…少々不自然になるからな。」

アンバーが口元を押さえ、ジェイドがまたため息を付き、ギャレットは2人の反応に笑った。

「安心しろ、こう見えて同意がなければベッドは共にはしない!」

逆毛立った猫の様なアンバーが、ギャレットに向かって声を荒らげた。

「同意だろうが合意だろうが、ベッドは共にしないで頂きたい!!」

「そうですね…同衾中に寝首をかかれるとか、黒騎士の名が泣きますからね。」

3人の話し声にマリアは目覚めていたが、再び目を閉じて声を掛けずらい話しに黙って震えていた。

(…無理、なんかギャレットさんと一緒に寝る方向の話しになってるし…それにギャレットさんめっちゃ笑ってて本気なのか冗談なのか分からない~!)

「ギャレット様…」

ジェイドが話しを中断すると、ギャレットは頷きマリアの前にしゃがみ込むと顔を覗き込んだ。

「マリア、気が付いたなら声を掛けたら良いだろうに…それともヤツの方か?」

マリアはブンブン首を振ると、慌てて3人にお礼を言った。

「あの…ありがとうございます、ご迷惑をかけると思いますが…」

「いや、迷惑をかけたのは…我が闇の者達だ。必ずマリアの中の呪いを取り除く!」

マリアの縄を解こうと、ギャレットが手を伸ばすがマリアは拒否した。

「まだ解かないで下さい!もしアイツが出て来て暴れたりしたら…」

アンバーが笑った。

「アハハハッ、私達に怪我でも負わせると思ってるのかい?」

ジェイドも口元を隠し笑った。

「一応、私達はそれなりに力があるつもりですが…」

「マリアがいいならそうしよう…正体が分かっていても、呪いの力がどれほどか完全に掌握出来ていないからな…」

ギャレットの指示で、アンバーがマリアの護衛権世話係になり、ジェイドは引き続き呪いの分析、ギャレットは魔王に事の次第を報告となった。

「アンバー、暫くは様子を見ていてくれ。」

「はい、お任せ下さい!」

部屋にマリアとアンバーを残し出て行った。

「……あの~アンバーさん、我がまま言ってもいいですか?」

「どうした?私の判断で聞けるものなら構わないが…」

「ちょっと…お腹が減っているので、何か食べる物があれば…」

緊張感の無いマリアに、アンバーは苦笑いをして食べ物を持って来てくれた。

「人間の食べる物と変わらないと思うが…」

袋からパンと干し肉やリンゴなど、確かにマリアでも食べられそうな物を持って来てくれたが…縛られたままのマリアが、悲しそうな顔でアンバーを見上げた。

「解くか?」

「いえ、いつアイツが出るか分からないので…食べさせて頂ければ…」

一瞬固まったが、マリアの隣りに座りアンバーは一息つくとマリアを見た。

「はぁ…分かったよ、何から食べたい?」

「パンからお願いします!」

パクパクとひな鳥の様に口を開け、パンを口いっぱい頬張るマリアの無防備さに、アンバーは何とも言えない表情をしていた。

マリアはコッペパンに似たパンを3つに、干し肉を2枚食べ、テーブルに並ぶ2つのリンゴを見ている。

「…まさか、まだ食べるつもりか!?」

「えっ!ダメですか?」

アンバーが腰に下がる短剣で、器用に皮を剥いて切り分けたリンゴをマリアに与えると…見事に完食した。

「あれだけ食べたら満足だろ?」

「それなりには…」

食事の終わった所に、ギャレットが戻って来た。

「アンバー、何か変わった事は無かったか?」

「いえ…変わった事は無いですが、食事を…」

「そうか、魔王様に報告した所…マリアに申し訳無いと言っていた、それと必要ならと魔王様が血をお分け下さった。」

小さな小瓶に真っ赤な液体が入った物を見せて、再びポケットにしまった。

「取り敢えず、コレはジェイドの報告を待ってからになるな…」

アンバーとマリアは頷き、ギャレットの小瓶の入っているポケットを見ていた。

ギャレットが椅子に座り、魔王の暗殺に関わった魔族ベルガモルドの親族達の処遇を考えていた。

「ギャレットさん…怖い顔してますね?」

アンバーに小声で話しかけると、アンバーは片膝を付きマリアに耳元で話した。

「魔王様の暗殺の主犯、ベルガモルドの血縁者全員の処罰や処遇を考えているのだ…」

「…家族とか親族とか全員ですか?」

「あぁ、そうだ。」

(家族はまだ復讐する可能性があるから分かる…親族なんて暗殺の事すら知らないかも知れないのに?)

「あの~ギャレットさん、血縁関係者全員に罰を与えるんですか?」

難しそうな顔のまま、マリアを見てため息を付いた。

「マリア、お前達の住む世界と我らの世界は似ている所もあるが、別物と思ってくれ…魔王様の魔力により荒ぶるモノ達を抑えているのだ、人間達のルールや規則とは違うのだよ…」

分かった様な分からなかった様な不思議そうな顔をしているマリアに、ギャレットはフッと表情を和らげるとマリアに聞いた。

「マリアは穏やかな世界にいたのだろ?マリアの世界では血生臭い事等は…」

「いいえ、ありましたよ…この世界ではなく、以前いた世界は身近では無かったけど、恨んだり妬んだり裏切ったり…人間だって同じです。」

「そうか…でもマリアのいた村の者達は皆穏やかで心優しい者が多かった、見知らぬ余所者の私を心配した門番もいたな。」

悲しい思い出が蘇り、泣きそうな顔でうつ向いた。

「多分その門番は、モンスターに襲われ亡くなったシモンさんです…」

ギャレットとアンバーの顔が曇り、アンバーは何も言わずマリアの肩に手を置き、ギャレットは余計な事を言ってしまったと…マリアに謝った。

「すまない、マリアを悲しませるつもりでそんな話しをした訳では無かったのだが…私が言いたかったのはお前の周りは優しい者達がいる穏やかな世界だと…そう言いたかっただけだ。」

静かに首を振るマリアが、突然仰け反り肩にあったアンバーの手に噛み付いた。

「なっ!?呪いか!!」

慌てて怒鳴りマリアの頭を押さえるアンバーに、マリアはギリギリと顎に力を入れ肉を噛み千切ろうとしていた。

「アンバー!」

ギャレットがマリアの首の後ろを手刀で打つと、マリアは口元をアンバーの血で汚したまま床に崩れた。

アンバーは傷口を押さえ、ギャレットを見て謝った。

「申し訳ありません…いつ入れ替わるか分からないのに、油断してこの様な不手際を…」

「いや、私も油断していた…アンバーは手当て後、ジェイドの元に行き呪いの分析を急がせろ。」

「はい!」

アンバーが出て行った後、ギャレットはマリアを抱えると、奥の部屋にあるベッドに寝かせ口元の血を拭うと、そっと唇を指でなぞると離れた。

執務室でグラスに入った酒を飲み、ジェイドの報告を待っているが、戻って来たアンバーからはまだはっきりしないと報告され、苛立たし気に部屋を出て行った。

アンバーは右手の包帯を見て深呼吸すると、マリアの眠るベッドの脇に立ち、マリアの様子を見てると言うより見張っていた。

「…う~ん、頭が痛い?」

「気が付いたか…」

腕組みをして壁に寄りかかるアンバーが、そっと包帯した手を隠したが、マリアは包帯に気が付くと落ち込んだ様子でアンバーに謝った。

「アンバーさん…それ私ですよね?本当にごめんなさい!」

「いや、気にするな…私の油断が招いた事、お前のせいでは無い。」

気まずい雰囲気になったまま、沈黙が続いていたが…執務室からバタンッと大きな音を立てドアが閉まると、ギャレットとジェイドの2人が急いで寝室に入って来た。

「良かった、気が付いていたか!」

ギャレットがジェイドにアイコンタクトすると、ジェイドがマリアに近付き、マリアの胸元…魔法陣のあった辺りに小さな水晶を置いた。

「マリア様、少々じっとしていて下さい…」

胸元の透明な水晶が、コーヒーを混ぜたかのようにゆっくり渦巻いて、黒く変色していった。

「…ジェイド、どうなんだ?」

「そうですね、呪いの力が強くなっていますが…まだまだの様です。」

キョトンとしているマリアをよそに、ギャレットとジェイドはマリアの胸元の黒い水晶に目をやり、呪いの対処法を話していた。

「…お2人共、いつまでマリアの胸元を見ているつもりなんですか!?」

アンバーが、マリアの胸元の水晶をジェイドに投げ、ブラウスのボタンを閉めてくれた。

「アンバーさん、ありがとうございます。」

静かに頷くと、ギャレット達の脇に仁王立ちしていた。

「わざとでは無い。」

「マリア様…申し訳ありません。」

(きっと話しに夢中だったんだろうけど、胸元晒したままって事に気付かなかったのは…2人が悪い!)

「それより、血を与えていいのか?」

ギャレットの質問にジェイドは考えながら答えた。

「多分…危険でしょね、力が付き過ぎてしまうと…マリア様にも影響がでます。最初は薄めてから様子を見て…徐々に濃くして行きましょう。」

ギャレットがポケットの小瓶をジェイドに渡し、ジェイドは腰に下げていた袋から緑色の液体が入った瓶を出し、魔王の血を1滴混ぜた。

緑色の液体は一瞬にしてドス黒い色に変わり、瓶の底からコポコポと気泡が出ていた。

(…嫌な予感しかしないが、多分アレを…)

瓶を持ちにこやかな笑顔のジェイドが、アンバーに瓶を渡した。

(アンバーに渡した…?)

「ギャレット様、その薬は呪いが現れた時に飲ませてこそ効き目が出ます…なので呪いが出たら私とギャレット様で押さえ、アンバーは薬を飲ませる…」

「それでどうなる?」

「飲ませて見ないと分かりません、この様な事は初めてですので…」

(早く帰りたい…が、アレを飲まされるのも嫌な予感しかしない…暫く呪いが出ません様に!)

「まぁ…都合良く出て来ないと思うので、マリア様にお聞きしますが、予兆の様なモノはありますか?」

「予兆と言われても、突然変わるから分からないです…」

(全然関係ないけど…起こしてくれないかな?寝そべったままじゃ話し辛いのだが…)

ベッドの上でモゾモゾと上半身を起こそうとしたが、柔らかなベッドで手を後ろに縛ったままの状態では上手くいかず…マリアは意地になって反動を付けたり色々試していた。

「あれは…呪いか?」

「さぁ、どうでしょうか…」

「ギャレット様…多分マリアですよ、起き上がりたいだけだと思います。」

物珍しそうに眺めているギャレットとジェイドは、手を貸す事無く傍観している。

「起き上がれると思うか?」

「筋力があるなら出来ますが…マリア様はあまり無さそうですね。」

仕方なくアンバーがマリアの背中を支え、ゆっくり起こしてやると、マリアはにっこり笑いお礼を言った。

「アンバーさんありがとう!…何故か男は手を貸さないけどね…」

ギロッと見るが、我関せずとジェイドはそっぽを向き、ギャレットは笑っていた。

「いや、自力で頑張っているのだから…邪魔しない様にしていただけだが?」

(そこは察しろ!ダレルさんやディオやライリーなら…きっと気付いてくれた…)

闇の世界では、昼間でも薄暗く昼と夜の感覚がズレてしまう、マリアも魔王城に着いてから2~3日しか経っていないのに、もう村が恋しくなっていた。

(ライリー…大丈夫かな?)

少し曇った顔になったマリアは、胸が痛かった…

(早くみんなに会いたいなんて、ホームシックにでもなったのか?)

マリアは背中を支えるアンバーに体を預ける様に、ゆっくり寄りかかるとアンバーの胸に後頭部が当たった。

ぷにゅっ…

柔らかな感触に、マリアは固まりアンバーの顔が見れず、パニックを起こしていた。

(ヤバい!ヤバいヤバい…アンバーさんの胸が…めっちゃ柔らかっ!!…違う!怖くて振り返れないよ~!)

恋愛スキル0の人間の頭に胸が…ヘタに動けずに緊張しまくった挙げ句、いろんな感情が処理しきれず気を失った。

「マリア、どうしたんだ?」

一瞬グッタリしたと思うと、アンバーににっこり笑った。

「大丈夫、ちょっと疲れたのかな…眠くなったみたい。」

「ならいいが、急に寄りかかるから驚いたぞ。」

ギャレットが近付き、アンバーと替わりマリアの背中を支えると…マリアはギャレットの方に振り返り笑顔を見せた。

「ギャレット、ありがとう…」

ギャレットがにっこり笑い、ジェイドをチラッと見ると…ジェイドは笑顔を崩さず近付き話し掛けた。

「マリア様、手首が赤い様なので…解きましょうか?」

「ありがとう、お願いしていいかしら…」

ギャレットとジェイドの行動と、マリアなら絶対に解く事を拒むはずなのに…アンバーはマリアの気を逸らした。

「マリア、村にいる恋人と離れて寂しいだろ?」

「えぇ…早く逢いたいです。」

背中を支えていたギャレットとジェイドが、マリアのフリをする呪いを両脇からベッドに押し倒し、押さえ付け…アンバーが瓶に入ったドス黒い液体を無理矢理口に流し込むと、吐き出さない様に口を押さえた。

3人掛かりでようやく押さえているが、激しく痙攣するマリアが、目を見開いて胸元を仰け反らせた。

「ジェイド!どうなんだ!?」

「もう少しお待ち下さい!」

ガタガタと体を震わせると…突然力なく目を閉じ動かなくなった。

「マリア?…これはどういう事だ!?マリア…目を覚ませ…マリア!!」

ジェイドを睨みつけるギャレットは、マリアの肩を持ち体を揺らしていた。



………

……

遠くから誰かの呼ぶ声に、マリアが振り向くが誰もいない…

黒いモヤの中に佇んでいると、誰かに話し掛けられた。

「ねぇ…貴女は…生きていて…楽しい?」

(誰?何処にいるんだ!?)

「貴女は…死にたい…と…思った事…ある?」

感情の無い声がマリアに聞く…

「貴女…は…どうして…奪う…?」

(はぁ!?奪うって何だよ?)

「貴女は…他人の痛み…分かる…?」

「貴女は…笑った事ある?」

「泣いた事は?」

(…何なんだよ!?)

繰り返すしつこい問いかけに、マリアは苛つき大きな声を出した。

「何なんだよ!あぁ、生きてるのは楽しいよ!死にたいと思った事もある!だが、誰かから何かを奪った覚えはないぞ!!」

マリアの目の前に、マリアそっくりだかドス黒い肌の呪いがニィ~ッと不気味に笑い…マリアの首を締めてきた。

「私も…生きた…かった…」

「うぐっ!」

ギリギリと黒い指がマリアの首にめり込んでいく、マリアは意識が薄れそうになりながら…ゆっくり手を伸ばすと…黒いマリアの胸元を掴み、掠れた声で怒鳴った。

「そんな…に、生きた…かった…なら、生きれば…いい」

黒いマリアの動きが止まった。

「ゴホッ…オェッ!生きたいなら生きればいいだろ…ハァ…お前、人を呪い殺すだけの力があんなら…その力を生きる為に使えばいいんじゃないか?」

「………」

「そーゆー事は出来ないのか?…もしかして思いつかなかったとか…じゃないよね?」

「……」

固まったまま、返事もなく動きもしない黒いマリア。

『マリア!…マリア…目を…』

『マリア様…』

『マリア…ダレル殿やディオ…ライリーが…』

ギャレット達の呼ぶ声に振り返ると、黒いモヤが薄れていた。

黒いマリアはまだ固まったまま…マリアは黒いマリアの手を取り、走り出した。

「流される方が楽だけど…今は生きる事を考える時だよな!!」

黒いモヤが消えると…床も消えてマリアと黒いマリアは、光の中何処までも落ちて行った。

「ま~じ~か~!?」

「……死ぬの?」

………

……



「マリ…、マリア!!」

意識を取り戻すと、ギャレットが激しく肩を揺さぶり続けていたせいで…

「お…」

「マリア!気が付いたか!!」

「オェ~ッ!」

マリアの口からは…タールの様な黒い吐瀉物を吐き出していた。

「オェッ…」

ギャレットの寝室の床に、大量にぶち撒けた黒い吐瀉物に、ギャレットとアンバーが固まった。

1人冷静なジェイドは、青ざめた顔のマリアの口元を拭いた。

「マリア様、ご気分はいかがですか?」

「最悪…」

マリアは周りをキョロキョロして、一緒に落ちた黒いマリアを探した。

「もう1人は?」

ジェイドはモノクルを直し、ヤギの様な目でマリアを見つめると…ギャレットに報告した。

「ギャレット様…呪いは消えた様です。」

「えっ?消え…た…」

呆然とするマリアに、ギャレットは近付き拘束を解いた。

「これで全て終わったな。」

ジェイドは目を薄め、アンバーの足元の黒い吐瀉物を険しい表情で見ると…

「アンバー、ソレから離れて!」

黒い吐瀉物はスライムの様に、ぷるぷると震えながら集まり黒い球体になった。

アンバーとギャレットは剣を構え警戒するが、マリアには球体から鼓動が聞こえた。

トクン…トクン…トクン…

(生きてる…もしかして…黒いマリアか?)

ギャレットが斬りつけようと剣を振り上げた…

(駄目だ!ソイツは生きたいだけなんだよ!!)

マリアは飛び出し黒い球体を庇おうとしたが…ギャレットの剣は速く、マリアの目の前で振り下ろされた。

「駄目~!!」

ガキンッ!!

金属のぶつかり合う音が響いた。

「間一髪ですね…」

ギャレットの剣を、アンバーの双剣がギリギリの処で止めていた。

ヨロヨロと黒い球体に抱きつくマリアに、ギャレットは驚き、アンバーは息を吐きながら壁に寄りかかる、ジェイドは興味深そうに球体を見ていた。

「マリア様、コレは呪いですね?」

「…そうだけど、そうじゃない…」

剣を納めてベッドに座るギャレットが、困った顔でマリアに訊ねた。

「マリア…どういう事か説明出来るならしてくれ…」

「そうですね、お願いします。」

マリアは意識を失った後、マリアと黒いマリアの事を話した。

「多分ね…この子は生け贄にされたモノの集まりみたいなの、生きていたかったのに…その無念な思いの塊なの!」

ギャレットが頭を抱え深いため息を付くと、意見を求む様にジェイドを見た。

「そうですね…大体マリア様の言った通りだと思いますが…ただ魔王様の血から魔力を吸収していますので、魔族になりますね。」

「…魔族?この子…人間じゃなく魔族なの?」

キョトンとするマリアと、ジェイドを睨むギャレットに…

「憶測ですが…マリア様が意思を持った呪いに、呪う力を生きる力に変えたのではないかと…今回の事は全て前例の無い事ですからね。」

マリアは瞳を潤ませ、球体を抱えながら上目遣いでギャレットに聞いた。

「この子…殺さないよね?」

「あぁ~~!分かった…だが魔王様には報告させてもらう。」

ギャレットは魔王の元に出向き、壁に寄りかかっていたアンバーがマリアに声を掛けた。

「ソイツ…どうするつもりだ?」

「……どうしようか?」

「アタシに聞くな!」

クスクスと笑うジェイドが、マリアに手を差し出すと
マリアをゆっくりベッドに座らせ、球体を持ちマリアの横に置いた。

「マリア様は…取り敢えず体を休めた方がいいでしょう、だいぶ顔色が悪いですし…」

「この子は?」

「研究したい処ですが…それはマリア様はお許しにならないでしょう?」

「はい!駄目です!!」

「暫く様子を見ましょう…ですが、魔王様は元よりギャレット様に仇なす時は…ご理解頂きたい。」

ジェイドは球体に触れ鼓動を感じると、フッと優しく笑い部屋を出て行った。

「マリア、あんたは少し横になりな…アタシがソイツ見とくから…」

怠い体で横になると深く眠りについた。


晴れた空の下、緑色の葉っぱが光り1人の少女がたくさんの花を抱え微笑んでいた。

“ありがとう…マリア!”


「マリア!ちょっと起きろ!!」

アンバーの怒鳴り声に飛び起きると、抱えていた球体は消え…白い肌に淡い栗色の髪の小さな子供が寝ていた。

「あの子は何処?そしてこの子誰!?」

突然の事に慌てて挙動不審になるマリアだったが…

「落ち着け!ソイツがあの黒い丸かったヤツだよ…マリアが寝てから暫くしたら、黒いのが弾けて中からソイツが出た!」

マリアとアンバーの声に、ギャレットが慌てて入って来たが…マリアの横に眠る子供に目が釘付けになった。

子供が目を覚まし、マリアを見るとキャッキャッと笑い…マリアに小さな手を伸ばした。

「マ~、マ~…」

(マ~マ?何の事だ?)

「えっ!?ママ!!」

よじよじとマリアの膝の上に登ると、マリアの胸にしがみついた。

「マ~…マ~?」

子供の姿は、肌の色と髪の色はマリアと同じだが…瞳は魔族特有の金色に近い色で、よく見ると耳が少し尖っていた。そして女の子だった…

「あの~、産んだ記憶無いんですけど…」

マリアはそっと抱き上げ、アンバーを見るとアンバーは首を振っている、ギャレットは呆然としていて、2人共役に立ちそうも無くマリアは悩んだ…

(とにかく、子供の服と…ミルクでいいのかな?)

「アンバーさん、この子に服を着せて上げたいんだけど…」

「分かった、服だな…すぐ用意する!」

アンバーはバタバタと走って部屋を出て行った。

残ったギャレットはマリアとマリアの抱く子供を見て、

「もしかして…ソレは呪いなのか?」

「多分ね、それよりギャレットさん…ジェイドさんを呼んでくれますか?」

「分かった、すぐ呼び出す!」

アンバーが子供の服を持って戻って来ると、丁度ジェイドもやって来た。

「マリア…服だ…」

「ありがとうございます、アンバーさん。」

「マリア様、その子供が呪いですか?」

(あんまり子供に向かって呪いって…良くない気がする…)

「そうですけど…名前付けた方が良さそうですね。」

マリアが名前と言うと、ギャレットが“ミュゼ”と一言言った。

「ミュゼ…可愛らしい名前ですね、今日からミュゼだよ~気に入ったかな?」

はしゃぐミュゼに、チュニックの様な服を着せると…

「マ~マ~、ンマー!」

マリアの胸元をペチペチと叩いて、何かを伝え様うとしている。

「痛くはないけど、機嫌悪いのかな…どうしたの?」

「ンマー!!」

(分からん…結婚すらした事無いのに、子育てなんて分かるか!)

最終手段…ジェイドを見ると…

「マリア様、幾ら私でも子育ては未経験なので…お役に立てないですよ…強いて言うなら、3大欲求ですかね。」

アンバーは気付いた様で、マリアにアドバイスした。

「食う、寝る、遊ぶかな?」

「違います…食事、睡眠、おしめです!」

ミュゼの愛くるしい姿に和んでいたが…ギャレットからは忠告をされた。

「マリア、お前は暫くしたら村に帰るが…ソイツは魔族だ、連れては行けない事を忘れるな…」

(そうか…魔族が人間を嫌う様に、人間も魔族を恐れ嫌う…そして村ではみんなが待っているから、ここにずっとは居られない…)

マリアは体調が戻っるまでの数日間、アンバーとジェイドそしてギャレットの3人と、ミュゼの子育てをしていた。

あっと言う間に数日間が過ぎると、ミュゼを抱いたままで魔王城を立ち去る前に、魔王に挨拶をする為に玉座の間にいた。

「娘、此度の件はすまなかったな…我が眷属のモノが迷惑を掛けた。」

美しい顔立ちに似合わず、鳥肌が立つ程の威圧感を纏った魔王に萎縮していた。

「そなたは村に帰るが良い、但しその赤子は魔族故に置いて行くのだ…我らが…ギャレットが責任を持って育てよう!」

不敵に笑う魔王に、ため息を付く黒騎士姿のギャレット、慌てるアンバーと含み笑いをするジェイド…

マリアは胸に抱くミュゼを、ギャレットに渡すと魔王に頭を下げて魔王城を出た。

「マリア、魔王様から伝言だ…落ち着いたらミュゼに会える様にすると言っていた。」

アンバーに送られる中、マリアは色々と考え思いふけっていた。

(この1年でいろんな人と出逢ったな~、いろんな事も合ったし…この後って村に戻って平和に暮らしました、めでたしめでたし…みたいな感じなるのかな?)

「オイ、聞いてるのか!?」

「あ…うん聞いて聞いてる!」

「聞いてないな…私は村の近くまでしか送らないから、後は自力で帰れ。」

アンバーは村が見える丘でマリアを降ろすと、踵を返し森の中に消えて行った。

(オデュッセルの村か…何か懐かしい感じだな、ちょっと離れてただけなんだけどなぁ~)

ゆっくり丘を下だり村に入ると、何も知らない村人達はマリアに挨拶をして来た。

(平和だな~、この時間帯ならギルドかな…)

マリアがギルドの扉を開ける、ギルドの中はカウンターに座るダレルがいた。

「ダレルさん、ただいま~!」

「お嬢さん!?」

マリアの帰還に驚いたダレルは、カウンターを飛び越えマリアを抱き締めた。

「お嬢さん…もう大丈夫なんだよな?」

「大丈夫ですよ、みんな話したい事もあるし…もういいですか?」

抱き締めたままな事に気付いたダレル、慌てて離れ挙動不審になっていた。

「いや、ついすまない!」

(相変わらずだな~、微笑ましいくらい変わらない…)

「私よりライリーは!?ケガ酷かったはず…」

驚きながらも笑っていたダレルの顔は、ライリーの名を出した途端に曇り、歯切れの悪い言い方になった。

「あぁ、ライリーは…まぁなんだ、教会にいるが…」

(ダレルさん…?まさか!?)

ギルドを飛び出し教会に向かったマリアに、ダレルが何かを言いかけていた。

「マリア!?ライリーは…」

(まさかライリーが…、あんなにケガ酷かった…最後に見たのは青ざめた顔のライリーだった!)

村の中を駆け抜けて教会の奥の扉を開けると…

「ヤダ~ライリーってば♡」

「いや、君は癒やしの天使だよ♪」

(分かってる…ダレルさんが言いかけていた。なのに話しを聞かず飛び出したのは俺だ…)

扉の前に仁王立ちのマリアに気付いたライリーは、甲斐甲斐しく世話をしていた女性に慌てて部屋から出る様に言った。

「あれ!?アハハハ…イザベラ今日はもう大丈夫だから帰ってくれるかな!?」

(浮気のバレた男か?…全くこっちも相変わらずみたいだな…)

イザベラと呼ばれた女性は、マリアとすれ違う時フンと鼻を鳴らし横目で睨んで出て行った。

(うゎ~…女ってやっぱり怖いわ…)

「マリア!!逢いに来てくれたんだね♡」

(こっちは…殴りたい!!)

「お邪魔して悪かったわね…元気そうで良かった、それじゃ…」

無表情のマリアが不穏なオーラを纏い、教会を出てギルドに向かうがライリーはマリアに言い訳をしながら後を追った。

「待って!マリア話しを聞いて!」

(何となく分かってたよ…そーゆー奴だって。)

「イザベラは最近この村に来た子で…」

(最近越して来たから見た事なかったのか…)

「俺にはマリア以外見えない!」

(眼科行け!)

「マリア待って!」

(…てか、ギルドに着いたけど…何処まで付いて来るつもりなんだ?)

マリアの不穏なオーラは消え、少し口元が笑っていた。

ギルドの中に入るとダレルが苦笑いをしながら話し掛けた。

「ライリーはほぼ治ってただろ?」

「えぇ…」

バタンッと扉を開けてライリーが入って来た。

「お願いだから話しを聞いて下さい!!」

(まだ付いて来ていたのか…アホだな。)

「何してんだライリー!?」

「なんでダレルさんいるの?」

笑いを堪えるマリア。

「なんでって、お前こそなんでギルドに来てんだ?」

「だってマリアが帰って来てるし、ちょっと話しもあったから…」

「イザベラって人とイチャイチャしてた言い訳だよね?」

「マリア!?だから違うって!!」

ライリーは両手をバタバタさせて取り繕おうと、マリアに話し掛けたが、ダレルにため息をつかれた。

「マリア…ライリーはほっとけ、もう少ししたらディオが戻って来るから、向こう側の話しを聞かせてくれ。」

「うん、色々あったからダレルさんとディオに話すね!」

ライリーを無視してダレルはカウンターに戻り、マリアはギルドでディオを待っていた。

「ねぇマリア、俺の話しも聞いて…」

「うるさい!」

ピシャリと怒られヘこむライリーを横目に見て、マリアは笑いを我慢した。

(ライリーは馬鹿だな…追って来なくてもちゃんとお見舞いがてら闇の世界の話しをしに行ったのに…)

まるで我が家に帰って来た気分のマリアは、ギルドの中を見回しカウンターの中に入ると、ふふっと悪戯っぽい笑みを洩らした。

「マリア…今の君は女神の様だよ!」

ライリーの言葉にダレルも頷いた。

「あぁ…少し雰囲気が大人っぽくなった気がする…」

「そう?ありがとう…」

(自分では分からないが…色々あったから成長したのかな?)

ぐぅ~っとマリアの腹が鳴り響く…

「やっぱり気のせいだったな…お嬢さんらしいがな。」

頬を赤く染めてマリアは自分の腹を押さえた。

「美味しいパンが食べたい!串焼きとシチューにサカナのフライ…あっちの食事はパンもどきと干し肉ばっかで、村の食事が恋しかったの~!」

マリアの大人っぽい雰囲気など消し飛ぶと、ダレルとライリーは笑い出した。

「やっぱりマリアだね…」

「ハハハ!今夜はマリアの為に美味い物用意してやるか!?」

そしてディオが依頼を済ませギルドに戻って来ると、マリアを見るなり駆け寄った。

「マリア!いつ戻って来たの!?」

「お疲れ様ディオ、少し前に村に戻って来たの。」

「それじゃ…もう呪いは大丈夫なんだね?」

「うん、みんなに心配掛けたけど…またよろしくね!」

マリアは笑顔で3人に抱きつくと、ディオは顔を赤くして、ライリーは喜び、ダレルは驚き慌てた。

その夜は、ギルドでのマリアの帰還を喜び宴会となったが…短い期間だったが闇の世界での事を話すと、3人は複雑な顔をしていた。

しかしマリアは久しぶりの甘い物に、3人が呆れるほど大量に食べまくった。

「お嬢さん…そのくらいにして…」

「そうだね…あまり食べ過ぎるとね…」

「俺はマリアがどんなにふくよかになったとしても、愛する自信があるよ♡」

ライリーの言葉と、飛んで来たハートに食欲を失い食べるのを止めた。

「……ご馳走さまでした。」

平穏な生活が戻って来たマリアだが、たまにギャレットが闇の世界にいる“ミュゼ”の事を報告がてらに遊びに来ていた。

「久しぶりマリア。」

「ギャレット!久しぶりミュゼは元気にしてる?」

「あぁ元気だ…俺もな、君のナイト達はどうしてる?」

呆れた顔をしてマリアはギルドの片隅を見た。

ギルドの依頼募集板の前に居るライリーは、困った顔で可愛らしい女の子と話しをしていた。

「だからね、俺もギルドの依頼を受けないと…」

「でも、またあんな怪我するかも知れないでしょう!?」

「いや…仕事しないと生活がね…」

「冒険者なんて止めて、他の仕事するのはダメなの?」

堂々巡りの話しに頭を押さえ込むライリーが、年若いイザベラに強く言う事が出来ないでいた。

「…アレは、あいつの新しいツガイか?」

「さぁ、知らないけど…毎回毎回ライリーがギルドに来ると、その度に付いて来てああやってるの…」

「…何とも毛色の変わった娘だな、マリアほどじゃないがな。」

(まぁ…ライリーにあそこまで執着するのはね。)

2人がライリーの様子を見ていると、奥からダレルが依頼書を持って現れた。

「ギャレット殿、久しぶりですね!」

「やぁ、息災の様で何よりだダレル殿。」

「貴方達のおかげでマリアも元気にしてますよ。」

和やかに話すギャレットとダレルをよそに、穏やかじゃないのはライリーに対するイザベラの異様な執着心、ライリーはホトホト困っていた。

マリアは仕方なくライリーに助け船を出すが…

「ライリー、東の森でのキラーラビの討伐を頼める?」

パッと明るい笑顔でマリアを見ると、イザベラから離れマリアの元に来た。

「もちろんだよ!」

「それじゃ…キラーラビ15匹よろしく!」

「えっ!?15匹…俺1人で?」

にっこり笑ったマリアの目は、射抜く様にライリーの目を見てもう1度言った。

「1人で、今すぐ、分かった?」

再びにっこり笑っているマリアに、ライリーはウィンクをして急いでギルドを出て行った。

「頑張って来るね~!」

ライリーが出て行くと、残されたイザベラはマリアを睨み付け怒りを露わにした態度でギルドを出て行った。

(怒ってたよな…でもいくらライリーでも自分の仕事を否定されたらな~…)

「マリア、気を付けた方がいいな…あの娘あまり良くない空気をしている。」

ギャレットが一連の過程を見ていたらしく、マリアに忠告をしていると…ダレルが不思議そうな顔で声を掛けて来た。

「ギャレット殿、マリアどうした?」

「別にライリーに依頼を頼んだだけですよ。」

ギャレットは腕組みをしてマリアを見ていた。

「……少し長居して行くか…」

ギャレットの言葉にダレルはニッと笑って、酒瓶を見た。

「ギャレット殿、長居していくならコレなんかどうです?」

「たまに人の世界の酒もいいな…」

その晩はギルドで酒盛りとなったが…ギャレットとダレルは酒を飲み始め、マリアはテーブルの上のご馳走を物欲しそうに眺めていた。

「ねぇ~、ライリーはまだ来ないの?」

「もう少しだけ待とう…」

(酒好きの2人はライリーを待たず飲み出しているのに…)

暫くして、ライリーが息を切らして入って来た。

「遅くなってごめんね~!」

「…本当に遅い!!」

不貞腐れた顔のマリアにライリーが少し苦笑いをした。

「ごめんよマリア、なかなかイザベラが離れなくて…」

ライリーの口からイザベラの名が出ると、マリアは何故か苛立った。

「…いただきます!」

(別にライリーに恋人が出来たって構わないけど…モヤモヤするのは何なんだ?モテない男の嫉妬か?)

モヤモヤの意味を考えながらも、ご馳走を食べる手を止める事無く口いっぱいほうばっていた。

(イザベラか…可愛くはあるけど、なんか苦手なんだよな~)

「マリア…誰も取らないからゆっくり食べなよ…」

呆れた様にディオが、マリアの頬に付いたソースを甲斐甲斐しく拭いて笑った。

「マリア、これも美味しいよ!」

ニコニコしながらライリーが、マリアの好きなクリームたっぷりのタルトを差し出した。

しかしマリアは、ライリーの差し出すタルトをじっと見てため息を付いた。

「どうしたのマリア…このタルト好きだよね?」

「……」

2人の少しぎこちなく見える様子に、酒盛りをしていたギャレットが場を凍りつかせた。

「マリアはライリーの新しい番いが気になるのか?」

「ギャレット殿!?」

「ギャレットさん!?」

敢えてイザベラの事を口にしなかったダレルとディオが慌てた。

「…別にライリーに恋人が出来たって構わない。」

マリアの冷たい言葉に、ライリーが慌てて言い訳をした。

「違うって!!イザベラは教会で怪我人や病人の世話を手伝いしていた子なんだよ。」

マリアのあらかさまな機嫌の悪さに、ディオもイザベラについて説明した。

「マリアが闇の世界に行ってすぐ来た子なんだけど…ちょっと変わってて、なんて言うのかな~最初に教会でライリーに一目惚れしたらしいんだよね。」

グラスの酒を飲み干したダレルも参加した。

「まぁ~、ライリーがいつもの軽口でも言ったのを真に受けたって事だな…女なら誰でも口説くライリーが悪い!」

(…見る限りイザベラがまとわり付く感じで、ライリーも困った顔してたからな~)

「俺が悪いの!?」

苦笑いのディオがライリーの肩を叩いた。

「でも、東から来た以外に分からないんだよね…母親と2人で村の外れにある空き家に越して来たけど、母親はあまり見かけ無いな?」

「それはイザベラが言ってた、母親が病弱だから薬で有名なオデュッセルに越して来たって…」

いつの間にかマリアは機嫌の悪さも忘れ、執拗にライリーに執着するイザベラに興味を持った。

「それなんだが、母親はなんで教会に来ないんだろうな…確かに薬で有名だが、キチンと治癒師に診てもらった方が治りも早いと思うがな~。」

“そうだよな、あんなにライリーにべったりで…母親の世話や看病ちゃんと出来てるのか?”

ギャレットもグラスの酒を一気に飲み干し、イザベラの印象を話した。

「あの娘…人間にしては纏う空気が淀んでいたな。」

ギャレットの言葉に一瞬嫌な予感がして、一斉にギャレットを注目した。

「なんだ!?」

皆の視線に少し苦笑いをして、ギャレットは話しを続けた。

「あの娘は確かに人間だ…ただ何と言うかこの村の民に比べ、少々闇の空気が混じっている感じだな。」

1番に声を荒げてたのはライリーだった。

「イザベラが闇の住人だって言うのか!?」

「落ち着けライリー…」

勢いよく立ち上がるライリーをなだめるダレルが、ギャレットに詳しく聞いた。

「ギャレット殿、私達にも分かる様に話していただけますか?」

ギャレットは頷くと、マリアを見てからその場にいる皆に聞いた。

「まず…皆にあの娘の印象を聞きたい、どう感じているかを…」

ライリーが最初に答えた。

「イザベラはいい子だよ!ちょっと面倒見が良過ぎて空回りするけど…悪い子じゃないよ!」

次に、ライリーに遠慮がちにディオが答えた。

「…ライリーには悪いけど、イザベラはライリー以外には少しキツい言い方や横柄な態度をとる事があるし…何となくあまりいい感じの印象は無いな。」

ライリーは驚いてディオを見るが、大きなため息を付いてダレルも同じ様に答えた。

「俺も大体ディオと同じだな、教会でのイザベラの態度もあり得ないものだったからな…」

顎に指を掛け、ウンウンと頷くギャレットがマリアを見た。

「私!?私はまだ数回しか会って無いからな~…まぁ初対面で睨まれたくらいかな…ライリーのせいで。」

まぁまぁ…とダレルがマリアをなだめ、ギャレットの方を見た。

「滅多にいないが、人間の中に魔族と闇の契約を交わし魔力を得る者が時折いるのだが…その類いではないかと思う。」

ギャレットの話しに皆静かになった。

(宴会どころの話しじゃないな…嫌な予感しかしない!!)

ギャレットは話しを続けた。

「もしそうなら、早めに対処した方がいいぞ…闇の眷属の者ならまだしも、人間に魔力の制御は難しいはず、力が暴走でもしたら己自身どころか周りにも相応の被害が出るかも知れないからな。」

(嫌な予感どころか、完全にフラグが立ってんな…)

ため息しか出ないマリアに代わり、ダレルとディオが話しを続けていた。

「被害って…どのくらい!?」

「そうだな~魔力を分け与えた闇の眷属の力量にもよるが…」

「ギャレット殿!すまないが力を貸していただけないだろうか!?」

ギャレットに助力を求めるダレル。

ライリーはダレル達の反応にただ呆然としていた。

「こう言う事に詳しい部下を呼ぶか…」

ギャレットがおもむろに立ち上がり、ギルドの窓を開け手のひらをかざすと、その手のひらに青白く発光する蝙蝠が現れ禁忌の森の方へ飛び去った。

「…明日の朝には来るだろう。」

(ギャレットさん…多分ジェイドさんに丸投げする気だよね…闇の世界でもブラックなんだな~。)

そして宴会気分が削がれ、もしもの時の場合の話し合いが始まった。

下級の魔力の者なら、村に体調不良の人が数人出る程度らしいが…上級になると村全体に疫病が蔓延する可能が有り、ダレルとディオは対策法をギャレットに訊ねているが、ライリーは未だに信じられないと頭を押さえ真剣に話し合う皆を狼狽えた目で見ていた。

(う~ん…ライリーには悪いが、どう転んでもフラグ回収作業が待ってる気がする…)

ギルドで夜を明かし、早朝には案の定人に扮したジェイドとアンバーの2人がギルドを訪れた。

「お久しぶりですマリア様、皆様もお元気そうで…」

ジェイドの挨拶もそこそこに、ギャレットが難しい顔でジェイドとアンバーを呼んだ。

「ジェイド、ダレル殿達の話しを聞いて…なんとかしてやってくれ。」

「アンバー俺は少し休む、昼過ぎには起こしてくれ…」

ギャレットがギルドのソファーに横たわると、アンバーが自分の外套を掛けた。

マリアはギャレットとアンバーの様子を見て考えていた。

(アンバーさん…よく見ると凄い美人だよな~浅黒い肌に薄紫色の瞳、短いけどサラサラの瞳と同じ色の髪…スタイルもいいし…胸もデカい!)

じっと見ていると、視線に気付いたアンバーがマリアに訊ねた。

「どうした?アタシの顔に何かヘンな所でもあるのか?」

「アンバーさん美人ですよね~…」

ぎょっとした顔でマリアを見たが、すぐ耳まで顔を赤らめた。

「なっ!?騎士に美人とか…」

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