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閑話4。主従の出会い

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ウォルター・クレイランスが主人であるシルヴィアーナ・ラミレスに出会ったのは今から九年前だ。

当時のウォルターは盗賊団のパシリとして飼われているスラムの子供で、盗みの見張りや鍵開け、スリなんかを繰り返していた。

あれはウォルターが十二歳、シルヴィアーナが四歳の時のことーー







「お兄ちゃん! ひとのものは、とっちゃダメなんだよ?」

それはいつもの仕事の最中ーー金を持ってそうな身なりのいい奴から、財布をくすねているところだった。

可愛らしい声とともに、財布を掴んだ腕がキレイに凍り付いて動かせなくなる。


「んなっ?! な、なんだこれ!?」
凍結魔法ふりーずをかけたの。ごめんなさいしたら、といてあげるよ」

声の先には、一目でそれと分かる上等なドレスを纏った、人形のような女の子。
煌めくような緑の瞳が、真っ直ぐにこちらを見つめていた。

ニッコリと笑いかけられて馬鹿にされたような気分になり、噛みつくように言い返す。

「ざっけんな! お前みたいなチビ助に魔法が使えるわきゃねーだろ!」
「つかえるよ? わたし、まじょだもん」
「はっ、魔女だ? んなの聞いたことねー「“拘束魔法ばいんど”」いっ!?」

次の瞬間、全身を見えないロープで縛られたようになり、バランスを崩して顔から地面に突っ込んだ。
鼻をしたたかに打ちつけて、顔面血だらけになる。

「……あ、やっちゃった。さきに浮遊魔法ふろーとかけるのわすれちゃってた」

ごめんねと謝りながら、女の子はウォルターに回復魔法を掛け、ついでのように浮遊魔法もかけてきた。その間も拘束魔法はかけたまま。
流れるように連続で魔法を掛けられ、ウォルターは度肝を抜かれた。


凍結魔法は攻撃魔法の一種、拘束魔法は支援魔法のひとつだ。
おまけに回復魔法に、上級魔法である浮遊魔法。

カテゴリ関わらず様々な種類の魔法を連続発動かつ継続展開、というのは例え名の通った魔道士にだって容易にできることではない。

そのことをスラム育ちの少年が知るはずもないのだが、本能で『こいつはあり得ない』と悟り、ウォルターは怯えた。


「おっ、お前一体なんなんだよ!」
「まじょだよ。さいしょにいったのに、わすれたの?」

こまったお兄ちゃんねと幼女はこてりと首を傾げ、肩口で切り揃えられた白銀の髪がさらりと揺れる。

その姿は見た目だけなら天使のようだったが、捕まったままのウォルターには恐怖の対象でしかなかった。

ーー彼女は悪魔か、でなければ死神か。
どちらにせよ、人間ではないと思った。

結果、いきがって我を通そうとしていた心が、ポキリと折れる。ーーコイツに逆らってはいけない、と。


「とったものかえして、ごめんなさいしよ? そしたらたすけてあげる」
「……すみませんでした。二度とやりませんので、助けてください」
「ふふっ、よくできました!」

その言葉と同時に全ての魔法が解除され、ウォルターは地面にへたり込んだ。

差し出された小さな手に大人しく財布をのせると、女の子は「ここで待っててね」と言い残しててくてくと人混みに歩いていく。
そこで「はい、おじさまどうぞ!」と財布をすられた男にそれを返して、ウォルターの方に戻ってきた。


「さっ、お兄ちゃんいっしょにいこ?」
「……行くって何処だよ。警備隊の詰所か?」
「ちがうよ。わたしのおうち!」

笑顔で腕を取られてウォルターは驚愕する。

服装や言葉遣いからして、この幼女は良いとこのお嬢様だ。
そのお嬢様が自分みたいな人間を家に連れて帰ると言う。


「いや、お前子供だから分かってねーんだろーけど、俺みたいなのを家に入れたら大問題だぜ?」
「だから、たすけるっていったでしょ? いいから、きて。やとってあげる」
「ーーは? 雇うって、俺を?」

呆気に取られて見上げれば、緑の瞳と視線がかち合った。
その顔は子供と思えないほど真剣なもので、知らずゴクリと唾を呑んでしまう。


「だって、かわりのしごとがないとまたおなじことするでしょ? それにわたし、おせわしてくれる人をさがしてるの。お兄ちゃんはわたしのまほー見てもさけんだりしなかったから、できそうだとおもって」
「……いいのかよ、俺なんかで。最底辺の犯罪者予備軍だぞ?」


『断った方がいい』『断るべきだ』理性はそう判断していたが、ウォルターは結局その手を掴んだ。

目の前のこの娘は明らかに異常な存在だったが、それ以上に抗い難いほど魅力的でーー何より、自分のことをほしいと言ってくれたから。


「いいの! まじょににごんはないんだから!」

そう言って小さな胸を張り、シルヴィアーナは花が咲くようにパァッと笑ったのだった。







その後ラミレス家の親戚筋であるクレイランス子爵家の養子となったウォルターは、シルヴィアーナの専属執事としての教育を受けラミレス家に仕えることになる。

このことを幼かったシルヴィアーナが覚えているかはウォルターは聞いたことがない。
ただウォルターの中では一生忘れられない思い出となっていた。







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